涸沢純平★遅れ時計の詩人――編集工房ノア著者追悼記…………☆本は著者のものだが、制作過程で編集者の私の身体の内に入ってきて、自分のもののような錯覚に陥る。

20171120

20171120遅れ時計の詩人


清水さんと私のつき合いは、編集工房ノアで1979(昭和54)年10月に出した、『清水正一詩集』の時からだから、長い年月とはいえない。。〔…〕そんな清水さんを、私がなぜ父のように思ったか、自分でもよくわからない。〔…〕

 詩集の製作にあたって、作品の選択から配列、校正を二度、三度としていくと、本はあくまで著者のものでありながら、

親しみの湧くものほど身体の内に入ってきて、最後は他人のものとは思えない、自分のもののような錯覚に陥ったりする。


 出版というのは事業には違いないが、自分の編集しない、名のみの発行者であってみれば、喜びはなにほどのものであろうか、と思う。

 とりあえずの仕上がりの、出来たばかりの『清水正一詩集』を持って、夜、清水宅に行った。

――「遅れ時計の詩人」


★遅れ時計の詩人――編集工房ノア著者追悼記 |涸沢純平|編集工房ノア|2017年9月|
ISBN: 9784892712814 |〇

 涸沢(からさわ)純平(1946~)は、大阪の出版社編集工房ノアの社主。
 自ら編集出版に携わった港野喜代子、天野忠、富士正晴、東秀三、足立巻一、杉山平一、桑島玄二など、関西の詩人たちを追悼したエッセイをまとめたもの。2006年の還暦のとき校正刷までできていたが、出版に踏み切れずにいたものを、このほど刊行。

 編集工房ノアといえば、当方は、山田稔の数々のエッセイ集、天野忠の詩集でずいぶん至福の時間を味わった。その出版社のある大阪中津へは、一度だけ若い同僚に誘われて飲みに行ったことがある。梅田から一駅なのに、なんとも昭和の匂いを残した下町であった。そういえば本書そのものがほのぼのと昭和を感じさせる。

 上掲の清水正一という詩人は本書で初めて知った。その詩集を手に入れたいが、とりあえずネットで詩を探したら、4篇見つかった。短い詩を二つ……。

◆徒歌(はうた)
         詩をかくも残るも死ぬも縁かいな

好きなひとというものは
はやくしぬものだ と
この頃しみじみ思う
少年時代からそうだった
好きな女(ひと)の目に
とまらぬゆえ
ひょっとすると
僕は今日まで
いきられたのか


◆左岸ノ町ヘ

久シブリニふたりデ左岸ノ町(海老江)へ行ッテミタ
三十九年マエ初メテ所帯ヲモッタ
中一丁目八十番地ノ家ノ前ヲトオッタ
二階ノ窓カラ燈ガモレテイタ
――消シワスレタノハ僕トイウ気ガシタ      


 海老江や中津と淀川をはさんだ西の十三で、清水正一は蒲鉾屋を営みながら詩作をしていたという。『清水正一詩集』は67歳のときの初めての詩集である(71歳で死去後、『続・清水正一詩集』。いずれもノア刊)。

 詩人の家の掛け時計は、いつも大幅に遅れ、その遅れのままに過ごしていたという。

 ――この大幅遅れの時計が清水さんの詩であったのかも知れないと、今は思う。蒲鉾屋の時間を、詩人の時間にする時計であったのかも知れない。(本書)
 
 1985(昭和60)年に亡くなり、通夜の席で「清潔な一生だったと思います」と長男があいさつした。こんな幸せがあるだろうかと、著者は書く。

 伊賀上野で生まれ、大阪で長く暮らした清水正一の墓は、長男が住む播磨にある。その寺の墓地は、当方がいつも散歩し、ベンチで本を読む公園と隣り合わせにある。当方の納骨スペースもこの寺に確保している。なにかの縁と思い、本書に登場する多くの詩人のなかから、清水正一を紹介した。

 それにしても社主涸沢純平夫婦と編集工房ノアの世界は、暴走する維新政治やテレビ局を席巻する吉本興業がつくりだす大阪と比べ、なんとあたたかくしみじみとした大阪であることか。
 

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