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山折哲雄◆老いと孤独の作法 …………☆好きなことをして生きる「林住期」から、死を見つめる「遊行期」へ

20181217

2018.12.17老いと孤独の作法


 いまわれわれは「挽歌の季節」を迎えているのかもしれない。〔…〕

 あの大災害のあと、気がつくとわれわれの社会は急激な人口減少と少子高齢化の大波によって、

まさに「挽歌の季節」としかいいようのない状況のなかに置かれているからである。


 周りを見渡すと、この世に生き残った者たちが同じ生き残った者たちに寄りそい、耳を傾け、慰めの声をかけようとしている光景に、災害地にかぎらずどこでも出会うようになった。

 介護の手を差しのべる人、ケアのために献身する人、そして最期の看取りをする人、人……。

 ――「無常を受け入れてきた日本人の死生観」


◆老いと孤独の作法 |山折哲雄|2018年10月|中公新書ラクレ|ISBN:9784121506337|△

 上掲は、「挽歌とは究極の愛の相聞歌」だと、こう続く。

 ――ああ挽歌とは、生き残った者たちが同じ生き残った者たちに向けてさし出す悲しみと慰めの歌だったのだ、ということに気づく。一見それは、死者たちに向けられた死者のための歌のように受けとられがちではあるけれども、じつはそうではなかったのだ。それは生き残った者たちに向かって、さらに生きよ、と語りかける励ましと慰めの歌だったのかもしれないのである。 (「無常を受け入れてきた日本人の死生観」)

 本書は、雑誌に掲載した「伝統的な死生観から老い方を考える」エッセイを集めたもの。西行、芭蕉、良寛など、「沙門にあらず、俗人にもあらず」の生き方、自らの「林住期」と「遊行期」とわけた日常の紹介、天皇の「退位」問題、司馬遼太郎の著作等から、日本人の死生観をさぐり、老齢期の生き方を示唆する。以下も、引用のみに終始する。

 著者の貧乏暮らしの三つの心構え……。

1・「出前」の精神。どこへでも自分から出ていく、自分を出前する精神。
2・「手作り」の精神。足りないもののために自分の手足を使うことが必要。
3・「身銭を切る」ということ。貧乏は貧乏なりに身銭を切る。

 ――逆に、誰かに来てもらう、出来合いのものを使う、会社の経費や公共のサービスを必要以上にあてにする。ここからは何も生まれない。出前、手作り、身銭を切る。これら三つの心構えに共通するのは、「一人のライフスタイル」である。いわば貧乏暮らしの三原則こそが、「一人の哲学」を生み出す上でのスタートラインになる。 (「一人で生きることの意味と価値」)

 そして著者から読者への提言……。

 ――いまこそ日本に「死の規制緩和」が必要だ、と。死の緩和要件の第1は「90歳以上の安楽死・尊厳死を認めること」。第2は「死の定義を変えること」である。 (「瘋癲老人が見た日本」)

 著者は常々「断食」による死を望んでいると公言しているが、ここでは「90歳を超えた人間がみずからの死に方を選ぶことは当然の権利であり、義務である」と書いている。

 2千年前に書かれたインドの法律書『マヌ法典』の「四住期」という人生区分は、いっときブームのようになったが、本書では老後を「林住期」と「遊行期」との区分をより明確にすべきと提言する。

 ――私たちは老後を漠然と考えがちだが、余生が長くなったいまこそ、「林任期」と「遊行期」に分けて考えることが必要ではないだろうか。覚悟を持って新しい世界に踏み出す期間、そして死を正面から見つめる期間。第二の人生を平坦なものにするのではなく、あえて段階を設けることで、気持ちの整理をつけていくのである。 (「第二の人生を林住期と遊行期に分ける」)





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