小谷野敦★芥川賞の偏差値

20170424

芥川賞の偏差値



文学が衰退している、と人はよく言うが、

それはつまり、19世紀に盛んになった「小説」というものが、終わりつつめる、ということであって、たとえばクラシックの作曲家に、いまブラームスやチャイコフスキーがいないからといって、「音楽の衰退」とは言わない、それと同じことであり、ゴッホやルノワールがいないからといって「美術の衰退」とは言わない。

 たとえば『源氏物語』のあと、それに匹敵する作品が書かれない時代が何百年も続いたわけで、

今はそういう時代に該当するのだ。


 ないし、19世紀小説によって開発された技術は、映画やドラマ、漫画などに引き継がれているのだ。


★芥川賞の偏差値 |小谷野敦|二見書房|2017年3月|ISBN:9784576170299 |○

著者肩書に文筆業とあるが、たしかにおびただしい著作がある。そして文筆業者らしくサービス精神がまことに旺盛である。
 
 まず18ページにも及ぶ長い「まえがき」で芥川賞“小史”を記述し、芥川賞には名前の最初に「佐」と「島」がつく者は受賞できないというジンクスある、とまで教えてくれる。佐伯一麦、佐川光晴、佐江衆一、佐藤泰志、佐藤洋二郎、島田雅彦、島本理生、島尾敏雄、島村利正と、佐か島がついて受賞した人はいない、と。
 受賞作全作品を辛辣に寸評し、すべての作家のゴシップ付き。「受賞作なし」の回もかならず言及し、さらに芥川賞ではないが、昭和10年以降の名作も偏差値付きでリストアップする。

 さて、当方が一時期好きだった作家に対して、たとえば……。

開高健「裸の王様」
――初期の「パニック」「裸の王様」「巨人と玩具」などを見ても、下手な作家だなあと思うだけである。

大江健三郎「飼育」
――せいぜいが戦後最大の作家だったが、伊丹十三を描いた『取り替え子』からあと、その達成は谷崎や川端、漱石を超えるにいたった。

丸山健二「夏の流れ」
――取材して書いたものらしい。それが私には気に入らない。作りごとなら、作りごとなりの面白がらせる工夫が要るだろう。それがここにはない。

清岡卓行「アカシャの大連」
――これは散文ではない。散文詩である。

丸谷才一「年の残り」
――長編作家ゆえに芥川賞をとらずじまいになってもおかしくなかったが、意図して短編を書いて受賞した。

吉田修一「パーク・ライフ」
――これなどはスターバックスの宣伝のための小説のようで面白くも何ともない。

 第1回から第156回までの全164作のうち、偏差値最低25は楊逸「時が潜む朝」で「単なる日中友好のための受賞としか思えない」と書かれ、偏差値最高72の村田沙耶香「コンビニ人間」は「あまりに面白いので手あたり次第に村田の本を読んだ」と書かれている。

 ところで小谷野敦自身は二度芥川候補になっている。「母子寮前」(第144回)と「ヌエのいた家」(第152回)である。芥川賞をとる秘訣はまず第一に「退屈であること」だと書いているので、自身の作品は面白すぎたのだろう。

 そして自身の候補作が選ばれなかったときの受賞作、朝吹真理子「きことわ」、西村賢太「苦役列車」、小野正嗣「九年前の祈り」を著者はどう評価しているか。

 また自身が落選時、その選考委員であった池澤夏樹、石原慎太郎、小川洋子、川上弘美、高樹のぶ子、宮本輝、村上龍、堀江敏幸たちの作品がどう評価されているかは、本書の読者のお楽しみである。

小谷野敦▼文学賞の光と影
小谷野敦●現代文学論争


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1冊の本の中から気になるフレーズを紹介する。2004年から開始し、2015年1月からツイッター版も。全索引あり。

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