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2019. 05. 26  
◆T版 2019年5月

★01/ジャーナリスト魂・編集者萌え
相澤冬樹◎安倍官邸vs. NHK――森友事件をスクープした私が辞めた理由

プロの記者の記事・原稿を信じないというのは、報道への不信であり、これは民主主義の根幹を揺るがす。
だがこれはマスメディア側の責任が大きいと思う。一言で言えば、偉そうにしていると思われている。
自分たちの出すものが真実だと押しつけている感じを持たれているのではないか?


★相澤冬樹◎安倍官邸vs. NHK――森友事件をスクープした私が辞めた理由  2018/文藝春秋
*
 NHK大阪の記者として、森友事件でスクープを放つが、放送をめぐって安倍官邸に忖度する上層部との軋轢が生じ、左遷を契機に退職する。東大卒のエリートだが、一癖あり、出世とは縁がない記者生活だったようだ。
「プロの記者の仕事が信用されなくなり:ネット上のあやふやな情報の方が信じられている。この事態を正していかなければならない」として本書を執筆する。
 取材現場を裏話をまじえ詳細(たとえば著者の書いたニュース原稿と、修正されて放送されたものとの比較)に書いていて、それはそれで興味深いが、かんじんの安倍官邸がまったく登場しない。NHK第一線vsNHK上層部のドキュメントである。





★02/作家という病気
椎名誠◎われは歌えどもやぶれかぶれ

 面白いことに「鬱屈」が強くなると、原稿を書くことに逃げるようになる。
 長いものを書いていると、その小説世界に入っていくのが気持ちのやすらぎになるのだ。〔…〕

 小説は生半可には書けないから、全神経を集中させる必要がある。心身ともに深い疲労。それがいいのかもしれない。
 だから一本の小説を書き終わる頃になるとじわじわと虚しさに襲われる。


★椎名誠◎われは歌えどもやぶれかぶれ 2018.12/集英社
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 気がつけば椎名誠(1944~)は、れっきとした老人なのであった。
 この『サンデー毎日』に連載されたエッセーのタイトルは室生犀星『われはうたへどもやぶれかぶれ』(1962)に拠る。そのことをしつこく何度も繰り返し話題にしている。
 長年の持病睡眠障害はともかく、白内障、前立腺肥大、痛風など“病気自慢”の話も多い。共感を強いて、共感してくれる昔からの読者がいるのだろう。“自虐”も健在である。
「所詮は暴走作家がその週、その時間によって変わらぬ粗製濫造ペースで書いてきたもの」で、「言葉づかいも薄っぺらで恥ずかしいのだなあ」と。




★03/芸というもの
高田文夫◎東京笑芸ざんまい――わたしの芸能さんぽ

(永六輔の孫、作家デビューした永拓美に向かって)
85歳の(野末)陳平翁得意そうに
「君のジイちゃんはクソマジメだから、面白くも何ともなかった。才能だけはあったけど。オレと野坂昭如はメチヤクチャ。青島幸男は調子いいだけ、巨泉はインチキだーッ」。

生き残って言った者勝ちだ。


★高田文夫◎東京笑芸ざんまい――わたしの芸能さんぽ  2019.03/講談社
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「なんの理論も理屈もないが、“東京の芸が好きだ”という、ただその一点で、東京の大衆芸能を書きつづったシリーズ三部作の完結編。

「第15章オールナイト文春を検証する」では、「週刊文春」2017年12月7日号、420円に出ている名前を見ていくだけで、見事に戦後笑芸70年史ですよと、萩本欽一・立川談志・ビートたけしから高田文夫・水道橋博士・宮藤官九郎・柳家喬太郎までのラインナップを紹介している。

 ――そう、関西が一人もいないのだ。吉本がまったくいないのだ。オール関東の笑いなのだ。文春はどれだけ東京の笑芸が好きなのか。(本書)

 なんとも清々しい号があったものだ。





★07/老人たちの賛歌
小林信彦◎生還

――(脳梗塞で緊急入院し、その約一週間は)
84年にわたる私の人生で、もっとも死に近づいていた期間ともいえる。
かつての私は、そういう期間はもっとも苦しい、痛いものと考えていた。
痛くも苦しくもなかった一週間。私はただ眠って夢を見ていた。


★小林信彦◎生還  2019.03/文藝春秋
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 呂律がまわらなくなり、救急車で運ばれて、脳梗塞の診断。
 その闘病の記録を読者に役立つようにと“実用性”を意識し書き始めたと思われる。リハビリの効果が表れ、いつもの連載エッセイのように懐古的な映画の話もはさみこみはじめる。しかし大腿骨骨折というアクシデントがあり、そこからは“実用性”は無視され、現実と夢が交錯する小説世界が展開される。
 
 ――とにかく、生きていても、死んだ時と同じような状態になってしまう。呼吸はしているのに、息を引きとったあとのような、世の中の音がすべて消えてしまったような感覚は独特である。(本書)




★08/メディア的日常
阿部恭子◎家族という呪い――加害者と暮らし続けるということ

「家族がいて幸せだった」と生涯を終える人と、家族に人生を台無しにされ、「自分の人生は、どこで間違えてしまったのか……」と嘆き悲しむ人に、大きな違いがあるわけではないことに気がつきました。

なぜなら加害者は、特殊だったり恵まれない環境で育った人ではなく、大半が、ごく普通のどこにでもいる家族から生まれているからです。


★阿部恭子◎家族という呪い――加害者と暮らし続けるということ  2019.01/幻冬舎新書
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「何度逮捕されでも性犯罪を操り返す夫」「妻の不妊治療に協力しながら痴漢行為をやめない夫」「会社で仲良しの後輩を夫がレイプしても別れない妻」等々、家族によって不幸になる人が後を絶たない。
著者阿部恭子は、社会的差別を調査研究するNPO法人World Open Heart理事長。

同じ幻冬舎新書にNHKディレクター・鈴木伸元『加害者家族』(2010.11)がある。失職や転居を余儀なくされるだけでなく、インターネットで誹謗中傷され、写真や個人情報まで流出される。その事件後の家族の苦しみをリポートする。これに対し本書『家族という呪い』は、家族の予防と再生に主眼を置く。




★14/シンプルライフ・イズ・ベスト
綿貫淳子◎南極ではたらく――かあちゃん、調理隊員になる 

悪魔のおにぎり(簡易版)
材料(1合分)=
ご飯1合。めんつゆ大さじ2~3。あおさのり小さじ1。天かす大さじ5~6

1ご飯にめんつゆを回しかけてむらがないように混ぜる。
2天かすとあおさのりを加えてほどよく混ざったら、お好みの大きさに握る。


★綿貫淳子◎南極ではたらく――かあちゃん、調理隊員になる  2019.01/平凡社
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 調理隊員として第57次南極地域観測隊に参加した1年4か月の記録。上掲の「悪魔のおにぎり」がテレビで評判になり、某コンビニチェーンで商品化された。

 本書で知ったこと。
1 昭和基地は南極大陸上にはない。大陸から的4キロ離れた東オングル島という島に位置している。
2 57次越冬隊は隊長1名、観測系が12名、設営系が1 7名。なんと観測をする隊員よりも、人間の生活と基地を維持するための隊員の方が多い。
3 人間l人がl年間に消費する食糧は的1トン。越冬隊全員分となるとおよそ30トン。隊員の給料から差し引かれる。




★14/シンプルライフ・イズ・ベスト
絲山秋子◎絲的ココロ工――「気の持ちよう」では治せない


 年をとるごとに私も踊りは楽しいと思うようになった。習ったことはないし上手でもない。それでも、お風呂と同じくらい気持ちよく、体にとっても必要なものだと思う。

 ストレスや鬱屈、怒りなどというものは、知らないうちにたまっている。〔…〕 そういう、いやな気分のときにも私は踊る。

 踊るというのは、私という存在が面白くて心地よいと表現することだ。


 自分を嫌ったり、責めているときは踊れない。過剰な自意識や恥ずかしさ、自分を嫌う癖を手放し、こころの扉を開けて一歩外に出なければ踊れない。

絲山秋子◎絲的ココロ工――「気の持ちよう」では治せない 2019/日本評論社
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 双極性障害(躁うつ病)で永年苦しんできた著者が、家族や同僚、友人など周りの人に当事者が欲しいものは「アドバイスや共感ではなく理解なのだ」として執筆した。
 上掲「伸ばすこと踊ること」は、本論ではなく、幕間のコラムである。以下、続く。

 ――歌よりも型には去りにくく、個性が丸見えになる。かっこ悪さや異様さ、顔つきや体形のだらしなさも実はまったく問題ではないとわかる。変な動きや面白いポーズも自分でやってみて楽しければ、それだけでかっこいいのだ。踊ることで体とリズムがこころを励ましてくれる。

 ほんとうは外でも踊りたい。友だちとも踊りたい。だが、踊れる場所は自宅しかない。嬉しいとき楽しいとき、すてきな音楽を聴いたとき、お祝いを言いたくなったとき、わあっと踊りだすということがない。
なにも、ミュージカルやインド映画みたいな暮らしがしたいというわけではない。

ときどきでいいから、カラオケのようなカジュアルさで踊れるよぅな世の中になればいいと思う。お酒を飲みに行く代わりに踊りに行くよぅな時代が来たらいいと思う。(本書)

 たまたま観たNHK日曜美術館『踊らばおどれ~一遍聖絵の旅』で、舞踊家の田中泯が踊り念仏について語っているのを見た。「踊りは自分のことを表現するのではなくて、何かが私の体を通過していく」、「嘘をついている人は、体がつらい」、そして「「言葉で解消できないものがたくさんある。それは体に任せてあげないけない」と。




★15/ミステリアスにつき
古橋信孝◎ミステリーで読む戦後史 

――(読者は)自分の、犯してしまう可能性がある心を鎮めることになる。いわば、犯すはずの犯罪に向かう心をあらかじめ鎮魂してしまうのである。〔…〕
そのような意味でも、推理小説は社会的な意味をもつのである。


古橋信孝◎ミステリーで読む戦後史  2019.01/平凡社新書
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 10年単位で各時代の社会問題を扱ったミステリーによって、戦後史をたどるという試みである。
 取りあげられていた60冊を超える作品は、日本推理作家協会賞など受賞作を中心に選ばれており、またストーリーが詳しく紹介されているため、ミステリーファンにとっては、違和感を覚えるかも知れない。もっとも著者は「推理小説の評価を書きたいわけではない」と断りを入れている。

 その著者がとらえた“現代の社会状況”とは、「悩むことはストレスと受け取られ、病とみなされ、『癒し』がいわれるようになった」とのことである。






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