元木昌彦 ★現代の“見えざる手”――19の闇…………☆メディアが今しなければならないことは。

20170728

2017.07.28現代の見えざる手


  国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が発表した昨年の「報道の自由度ランキング」では、日本は対象の180カ国・地域のうち、前年より順位が11下がって72位だった。
 NGOは「日本の多くのメディアが自主規制し、独立性を欠いている」と指摘している。

私は以前から、日本には「いいっ放し」の自由はあるが、真の意味での「言論の自由」はないといってきた。

なぜなら、言論の自由も、民主主義も、自分たちで勝ち取った権利ではないから、言論の自由のようなもの、民主主義のようなものがあれば国民は満足してしまうからである。
〔…〕

 ジャーナリストとして守るべきことは「権力側、攻める側にカメラを据えるな」という姿勢を崩さないことであるはずだが、そうしたイロハのイもわからないメディア人間ばかりになってきたと思わざるを得ない。

――まえがき 元木昌彦


★現代の“見えざる手”――19の闇|元木昌彦 |人間の科学新社|2017年05月 |ISBN:9784822603281 |○

 元木昌彦(1945~)といえばウエブ・マガジン「日刊サイゾー」の「元木昌彦の『週刊誌スクープ大賞』」を毎週読んでいる。難点をいえばだらだら長文であること(ネット上では紙の新聞・雑誌と違い字数が厳格でないので、この連載に限らないが)、また編集部の要請だろうが「巻末付録」があって若い女性や熟女のグラビア、袋とじの紹介までしていること(そういえば“ヘアヌード”という言葉を創った人だった)。

 年を取ればこうなるのかと、ちょっと残念な気がしていた。が、本書を手にとって、ビジネス情報誌「エルネオス」で「メディアを考える旅」1996年から始め20年以上にわたり230人以上の人にインタビューをしていたことを知った。さすが“生涯編集長”である。本書はそのうち19人を登場させたもの。

 以下、本書から「メディアの劣化に歯止めをかけ、今メディアがしなければいけない大切なことは何かを考えてきた」ゲストの発言を抜粋する。ゲストは生年月順に並べ替えた。

◆「共生経済」で作る新しい社会――内橋克人(1932~)
 例えば、ネットで情報を見るというのも、そういうものに振り回されないためでなければなりません。過去に書かれたものはもちろん勉強します。それは同じことを言わないために学ぶわけです。そして、自分でなければ言えないことを言う。私の場合は、戦争で私の身代わりになって死んでいった人から預かった魂のためにも、きちんと書いていこうと。だから、ウォーニングを発することをやめるわけにはいかないのです。

◆“規制の虜”が起こした人災――福島原発事故――黒川清(1936~)
 ジャーナリストは自分で精査し、個人としてどう考えるのかを発表して問題提起するべきなのに、あなたの意見はどうですかと私に聞いてくるだけ。委員長が参考人の答弁をこのように批判したと書けば、自分の責任にならないからなのです。上が皆そうだったから真似しているだけですよ。日本のジャーナリストは基本的な姿勢を教育、訓練されていない。だから問題を自分のこととして考えたり、どう行動したらいいのかが分からない。

◆アメリカがすがるワラ――安倍首相 ――内田樹(1950~)
 別に今起きていることについて「だから、こうしろ」と対案や運動方針を出せと言っているわけじゃない。「現実はこうですよ」と客観的に提示してほしいだけなんです。それが本来のメディアの仕事でしょう。でも、今の日本のメディアは現実を隠蔽して、政府広報的な「ファンタジー」を広めることを仕事だと思っている。〔…〕
 メディア凋落の最大の原因は、マスメディアに関わっている人たちの質が落ちたことです。〔…〕メディアの未来より自分の出世を考えて、権力に尻尾を振るような人間ばかりがキャリアの階梯を上り、メディアの上層を占めるようになったというだけのことです。別にジャーナリズムが政府に強権的に支配されているわけじゃない。

◆ニッポンの「貧困大国」化を止められるか――堤未果(1972?~)
 活字メディアがまだ映像メディアに上書きされていない。活字というのは映像と違って、一方的な受け身の情報ではないし、出版の世界にはまだ多様性が生きている。〔…〕ネット世代は大手メディアを鵜呑みにしなくなってきていますし、憲法というのは日常とは遠いかもしれないけれど、確実に崩れてきていることを意識している人も多い。おそらく思っている以上に危機感があると思います。メディアが一番危機感がないのではないでしょうか。

◆鳩山辞任劇と原発事故――“永続敗戦”レジーム――白井聡(1977~)
 メディアを劣化させる要素は大きく言って二つあって、一つは内部の人間の劣化。〔…〕テレビも含めた大手メディアの社長が、料亭で総理と一緒に飯を食っているなんて、あれはもう論外中の論外ですよ。そういう行動様式をとる人間が出世するような組織にすぎないのですよ。もう一つは兵糧攻めです。メディアに対する一番有効な胴喝は、空気を読んだ財界が、政権が気に入らないと思っているであろうメディアから広告を引き揚げることです。だからメディアの腐敗と言う時には、同時に財界の腐敗も言わなければいけないのです。

◆安倍首相の“駄々っ子議論”を読み解く――木村草太(1980~)
 国会議員が何か言ってきた時には、まず「放送法三条に基づくところでは権限がないと介入できないはずですが、これはいったい何法何条に基づく手続きなんですか」とメディア側は言えなければいけません。〔…〕メディアに権力が介入してくることがいかに許されてはいけないことかについては、マスメディア側の意識が低いため、そこに付け入られています。

◆高齢化と生活費で下流老人になる‼!――救貧から防貧へ――藤田孝典(1982~)
 メディア自体、市民レベルの目線から離れつつあるように思います。〔…〕地道にじっくり時間をかけて、貧困の実態を追うというのはメディアの取材体制からみても構造的にも無理になっているように思います。〔…〕若い世代の記者さんは、子供の時から努力してきて大学へ入り、さらに就職試験の難関を突破して新聞社に入ってきた方が多いですから、努力したら報われる、そういう努力至上主義の人が多い。

なお、ノンフィクションに関して引用する機会があるかもしれないので、藤田孝典へのインタビュー(2015.10)の中での元木昌彦の以下の発言を記録にとどめておきたい。

 ――私の周りには私と同年代の高齢ノンフィクション・ライターがいっぱいいます。若い時は原稿料は安いけど働く雑誌はたくさんありました。〔…〕特にノンフィクションは取材費や資料代がかかります。しかも、ノンフィクションを載せる雑誌も次々に潰れ、出版社も売れないから単行本も出したがらない。

そういうライターでも、奥さんが働いているうちは何とかなるけど、年を取って働けなくなるとあっという間に下流老人になってしまう。大きな賞である大宅壮一ノンフィクション賞をとったノンフィクション・ライターでも苦しい生活をしている人が多くて、地方にいて東京に出てくる電車賃がないという人もいます。病気をして奥さんが救急車を呼んだけど「カネがないから入院しない」と救急車を返してしまった先輩ライターもいる。
 皆でカンパをしたりしてはいますが、プライドだけは高くて(苦笑)。


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国谷裕子★キャスターという仕事 …………☆日本社会で何が一番変化したかと問われると、それは「雇用」だ、と。

20170722

2017.07.22キャスターという仕事


番組を担当した四半世紀近くの間に、何が一番変化したのか。

 それは経済が最優先になり、人がコストを減らす対象とされるようになったこと。

 そして、一人ひとりが社会の動きに翻弄されやすく、自分が望む人生を歩めないかもしれないという不安を早くから抱き、自らの存在を弱く小さな存在と捉えるようになってしまったのではないかと思っていた。


 組織、社会に抗って生きることは厳しい。コンプライアンス(法令順守)、リスク管理の強化。番組でも、企業の不祥事が起きると、それらの重要さを強調してきただけに、ここで書くことにいささかの後ろめたさも感じるが、一人ひとりの個性が大切だと言いながら、組織の管理強化によって、社会全体に「不寛容な空気」が浸透していったのではないだろうか。

<クローズアップ現代>がスタートしたころと比べて、テレビ報道に対しても不寛容な空気がじわじわと浸透するのをはっきりと感じていた。


★キャスターという仕事 |国谷裕子|岩波新書|2017年1月|ISBN:9784004316367 |評価=◎おすすめ

 <クローズアップ現代> は、1993年4月から2016年3月まで23年続いたNHKの看板番組。政治、事件、国際、文化、スポーツと「テーマに聖域は設けない」番組だ。渋谷の放送センターのみならず、地域局や海外支局も含めNHKのどの部署からでも企画を提案でき、組織の力を結集した制作側にも視聴者にも魅力ある番組だった。そのクールにして熱きキャスターが国谷裕子。

――<クローズアップ現代>のキャスターを23年間続けてきて、私はテレビの報道番組で伝えることの難しさを日々実感してきた。その難しさを語るには、これまで私が様々な局面で感じてきた、テレビ報道の持つ危うさというものを語る必要がある。

 その「危うさ」を整理してみると、次の三つになる。
①「事実の豊かさを、そぎ落としてしまう」という危うさ
②「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」という危うさ
③「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」という危うさ
 キャスターとして視聴者にいかに伝えるかば、この三つの危うさからどう逃れうるかにかかっている。
(本書)

 2015年暮れに、国谷は、放送時間の変更に伴い番組をリニューアルするため、キャスター契約を更新しない旨を告げられる。とっさに、ケネディ大使へのインタビュー、菅官房長官へのインタビュー、沖縄の基地番組、「出家詐欺」報道など、“降板”の理由が浮かんだという。

  このうち菅官房長官へのインタビューは、2014年7月の「集団的自衛権 菅官房長官に問う」。「それはまったくない」「そこは当たらない」と木で鼻をくくったような再質問させない不遜な口調が絶好調だった時期(現在もそのスガ語は続いているが、加計学園問題で馬脚を現わし個人攻撃など下卑た“隠蔽”長官のイメージをまとうようになった)。しかし国谷は「憲法の解釈を変えることは、国のあり方を変える」と残り30秒を切っても問いつめた。これが様々なメディアで、首相官邸周辺の不評を買ったとの報道がなされたという。
 今も昔もNHKを“国営放送”と思っている安倍官邸をNHKトップがが忖度したことは容易に想像できる。

 本書で引用しておきたいのは、「報道番組のなかでの公平公正とは何か」という部分。「個々のニュースや番組のなかで異なる見解を常に並列的に提示するのではなく、NHKの放送全体で多角的な意見を視聴者に伝えていく、というスタンスだった」。たとえば「基地問題をめぐつては、定時のニュースなどで政府の方針をたびたび伝えていれば、逆に<クローズアップ現代>で沖縄の人々の声を重点的に取り上げたとしても、公平公正を逸脱しているという指摘はNHK内からは聞こえてこなかった。NHKが取るべき公平公正な姿勢とはそういうものだと、長い間、私は理解し、仕事をしてきていた」。

 しかし公平公正のあり方に対し風向きが変わり、<クローズアップ現代>で特定秘密保護法案を一度も扱われず、安全保障関連法は参院通過後に一度取り上げられただけだったという。

 こうして国谷は2016年3月に降板する。リニューアルした<クローズアップ現代+>はNHK女子アナのきれいどころを日替わりで登場させたが、低迷し、わずか1年でさらなるリニューアルを余儀なくされた。

 さて、当方が、本書でもっとも興味を持ったのは……。
――<クローズアップ現代>のキャスターを担当してきて、日本社会で何が一番変化したと感じているのかと問われると、「雇用」が一番変化している、と答えることが多かった。(本書)

 2016年2月放送さの「広がる労働崩壊~公共サービスの担い手に何が」は、前日まで「広がる正社員ゼロ職場」という番組タイトルだったという。しかし現場の実態は、公共サービスを担う労働者は経済的に追い詰められ、労働そのものが崩壊しているのでは、という認識がスタッフに共有されていった。

さらに、国谷は、書く。
 ――非正規社員化の問題のそもそもの発端は、メディアも住民も含めた強い風、すなわち「自治体の無駄をなくせ」「非効率な業務を改革すべき」という強い風のなかで起きてきたことだ。そういう実態をきちんと踏まえた番組にすべきだと考えた。

 ――キャスターを継続し担当してきたことで生まれてきた「時間軸」からの視点によって、視点の力点、前説の力点が変化してくる。<クローズアップ現代>の歴史のなかでは、自治体の非効率性を指摘したり、経費の無駄遣いをたびたび指摘してきたことを踏まえれば、「その指摘が結果として生み出したものは何か?」という思いを忘れるわけにはいかなかった。
(本書)

 かつてNHKディレクター、プロデューサーだった川良浩和が『我々はどこへ行くのか――あるドキュメンタリストからのメッセージ』(2006)『闘うドキュメンタリー ――テレビが再び輝くために』(2009)の2冊で「NHK特集」「NHKスペシャル」1986年以降の150本のうち100本を記録している。

 これらの番組から<クローズアップ現代>は、ほぼ10年遅れでスタートし、ずっと重なっている。国谷の23年を小さな新書に閉じ込めるのはなんとももったいない。国谷裕子のクローズアップ“現代史”として刊行できないか。

 とりわけ、<クローズアップ現代>は、バブル崩壊後から竹中平蔵、内橋克人という二人のゲストが多く登場したことに本書は触れている。竹中の構造改革の悲惨な結果と内橋のthink small firstという主張。小泉内閣から安倍内閣まで、何度も取り上げられてきた日本経済、とりわけ雇用問題について、せめて1冊の本にならないかと思う。


滝鼻卓雄★記者と権力   …………☆気配りの読売元社長、ナベツネを褒めまくり。

20170720

2017.07.20記者と権力


 私にとって忘れえぬ“事件”がある。それは私が社会部長、渡邊は社長兼主筆という関係の時に起きた。湾岸戦争が本格化し、多国籍軍の侵攻が厳しさを増していたころだった。当時の社会面が「街の声」とうたって、戦禍を心配する市民の意見を集めた。

 それを読んだ渡邊は社長でありながら、何階級下か分からないが、社会部長である私に直接電話をかけてきて、「街の声」を止めろ、と怒鳴りつけてきた。理由は簡単である。

酔った人たちが集まる新橋駅前の機関車がある広場、怪しげな服装をした若者たちが渡っている渋谷スクランブル交差点、

そんな場所で集めた「街の声」は市民の意見ではない、
というのが渡邊の考え方だった。


 新聞が民意を正確にキャッチすることは、本当に難しい。「戦争か平和か」という択一的な質問をぶつける記者はいないと思うが、時代が大きく変わろうとしている時、新聞記者が民意を可能なかぎり正確に把握することは、職業上の使命であろう。

「街の声を止めろ」と怒鳴った渡邊であっても、やはり「街の声」に耳を傾けて、ニュースの価値の方向性を探っているはずである。

―― 覚書9 朝日と読売


★記者と権力|滝鼻卓雄|早川書房|2017年4月|ISBN: 9784152096807|△

 本書でもっとも面白かった一節が上掲。

 著者が社会部長、渡邊は社長兼主筆時に湾岸戦争が本格化とあるから、1991年のことと思われる。社長になりたてのナベツネは紙面をすみずみまで目を通していて、気に入らぬことがあれば怒鳴りつけていたことが分かる。このころのナベツネは、まだ鋭いジャーナリストだったのだ。新橋や渋谷が“街の声”というのはせいぜいワイドショーの仕事で、渡邊がワンパターンの記事を叱るのは当然である。

 著者の滝鼻卓雄は、社会部出身で司法記者を長く、やがて社長・会長を10年務める。上掲を読めばわかるが、この程度の“感想”を書くところから、記者としてよりもサラリーマンとして優秀だったように思われる。

 「私も含めて近年のジャーナリストは、プライバシーなどの基本的人権の尊重や個人情報の保護といった“建前”だけにこだわりすぎて、“建前”を理由にして、真実への接近を怠っているのではないか。あるいは“建前”を口実にして、書かなければならないことを書いていないのではないか」

 と、わざわざ30年来の知り合いの著名弁護士に訊くのである。弁護士の答えは省略するが、自分の考えを書かずに他人の主張を引き出すのは「自分の責任にはならない」という記者根性である。あなたはジャーナリストで、専門だろう。単なるインタビュアーかと言いたくなる。(「覚書5 書くことと書かないこと」)。

 「覚書9 朝日と読売」では、読売の好きな“朝・読”比較である。朝日には“おれこそは”と言い張るスター記者が多いとしたうえで、東電吉田調書報道取り消し事件での朝日の記者体質を批判する。また尊敬する記者として疋田桂一郎と深代惇郎をあげる。そこまではいいのだが、さて、読売にも一人だけ“スター記者”がいる、として30年以上上司・部下の関係だった渡邊恒雄をあげる。以下、朝日の疋田と深代をまくらに使ったかのようにナベツネ褒めまくりである。

 『記者と権力』というタイトルはすごいが、凄腕記者のイメージはなく、全編気配りの人という印象だった。

 そういえば、安倍首相が「憲法改正に関する私の考えは読売のインタビュー記事(2017.5.3)を読んでほしい」と、国会で発言し物議をかもした。この記事で政治部長は「社長賞」(副賞100万円)をもらったそうである。

 また前文部科学事務次官が、安倍首相のお友だちである加計孝太郎の加計学園獣医学部新設問題で、官邸に楯突いたら、読売は社会面で大々的に前川次官は“出会い系バー”に出入りしていたと報じて、官邸の印象操作に加担した。政治部が官邸にべったりは、朝日でも菅直人時代にあったが、社会部が従順というのは読売ならではである。

 かつて読売社会部で活躍した本田靖春(1933~2004)は、朝日の深代惇郎とは同じ時期に警察担当だった。「組織が大きくなればなるほど、個が強くならなければならない。〔略〕かつて、社会部では噛みつくことがよしとされた。噛みつくというのは、弱者である若手が、自分よりも強い上位者に向かって、非を鳴らすことである。社会部で最も忌み嫌われたのは、ごますりであった」と書き残している。

 首相の指南役を自称するナベツネの読売らしく、政治部長も社会部長もナベツネに従順である。いずれ本書の著者のように社長になるのかも知れない。


高橋輝次★編集者の生きた空間――東京・神戸の文芸史探検 …………☆小寺正三の女弟子

20170618

編集者の生きた空間


「この文章を筐底に蔵して、私はあと幾許を生きることか。とても畏れがあり、他人には見せられない。ご遺族にも一入に恐懼で、今なお心が揺れ止まないのである」と。

 最後に、それでも「さすがに文字の老化は醜く、やはり活字にしておきたい。心を許せる友の二人か三人かには、密かに贈りたい。

今の私の齢にちなみ、八十五部の限定を、依頼しょうか。

その殆んどは残冊となり、いつの日か、市役所の燃えるごみ収集の車に積まれて、灰となるであろう
」と結んでいる。

 これを読んで、私は奥付表示がない理由が何となく分ったように思った。それでも加藤さんは師との交流を通して御自分が懸命に生きた証を活字に刻みつけて遺したかったのであろう。いわばこれも文学者の業のようなものではなかろうか。

――第2 1章 ある女性文学者の、師への類まれなる献身――小寺正三氏と加藤とみ子さんの深い交流


★編集者の生きた空間――東京・神戸の文芸史探検 |高橋輝次 |論創社 |2017年5月 |ISBN: 9784846015961 |〇

 古本との出逢いを通して、東京・神戸の編集者たちや無名に近い作家たちを甦らせる。
 著者高橋輝次は、1946年生まれの元編集者。『ぼくの古本探検記』など古書に関する多くの著作がある。

 第1部・編集部の豊穣なる空間では「第三次『三田文学』編集部の面々――山川方夫と四人の仲間たち」など、第2部・編集者の喜怒哀楽では「弥生書房、女性社長の自伝を読む――津曲篤子『夢よ消えないで』から」など、第3部・神戸文芸史探検では「戦後神戸の詩誌『航海表』の編集者とその同人たち」など、全22章。

 上掲の小寺正三(1914~1995)の名は記憶にある。多田道太郎『新選俳句歳時記』で「俳句と川柳の間の敷居をカルークまたいで渡った小寺さん」と紹介されていた。本書によれば、豊中で古書店閑古堂を営みつつ「大阪作家」、「俳句公論」等を発行し、自らの句集、小説集を持つ俳人である。

 小寺正三は平成7年に81歳で亡くなった。その2年後、小寺を敬愛する晩年の弟子加藤とみ子は、柚木ふみ子名義で『天のシナリオ』という回想記を自費出版する。小寺家を思いばかって人物は仮名に、著者名も別の筆名にしている。そのあとがきの一部が上掲で、読んでみたいが、入手は困難である。著者はブックオフの100円コーナーで手に取り、小寺がモデルだと気づく。

加藤とみ子(1911~2010)は、18歳で結婚、夫の出征、幼い息子の病死、商家の倒産、1978年夫の病死後、それまでの歌集、詩集に加え、同人誌で小説など発表、小寺の知遇を得る。実家の遺産分配で得た金を小寺の「俳句公論」に貢ぎはじめる。10冊近い自費出版の著書をもつ。

 ――子も孫もなく、「文学」の他に何の生きがいもない彼女は、「俳句公論」社をお社とみなし、毎月、そのお神体への貢ぎを始める。〔…〕

「総合文芸誌の経常は、一個人で賄えるしごとでは絶対ないのである。先生を底抜けの愚者とはいわないで戴きたい。それくらい純粋な大犠牲は、地方の私共無名作家をいか程満たし温めたことか。魂の贈りものは万金に換えられない。私にとっても、わが人生にこよなき宝を、いのちを恵んでいただいていた訳である」と。(本書)
 
 先生は「文学」の技の人でなく魂の人である、とするとみ子は小寺の文学碑を建てようと奔走したり、その善意の献身ぶりが、ときに小寺の重荷にもなる。

 「彼女の詩や書簡を読めば、その深層に恋に似た感情(プラトニック・ラヴ)が少しもなかったとは言い切れないだろう、などとつい想像してしまうのは私が俗物だからだろうか」と著者は遠慮がちに書く。

 この加藤とみ子という人は、40代のころ、関西歌壇の長老で「野崎小唄」の作詞者でもある今中楓渓に一目惚されたり……。新村出から18通の封書、127枚のはがきを貰ったり……。

 ――若い頃から中年期にかけて、年上の男性、とくに文学者や知識人を魅きつける容貌と雰囲気を備えた人だったようだ。むろん加えるに、その人間性と、文学や芸術への純粋な熱情や教護の深さが会話の端々にも表れていたからだろう。(本書)

 ついでに小寺正三の本書には掲載されていない句を10句ほど……。 

秋風に首吊りという既製服
上手より下手に俳味が根深汁
年の暮眼鏡はどこだ返事しろ
木の芽和有季定型然として
老い老いて足袋潔白に冴えにけり

野や枯色母枯色に死にゆけり
ひと去るやひとの匂ひは枯草に
ふるさとにただ親しきは茄子の紺
放蕩の夜のむなしさよ落花生
廓町いでゝ旧師に目礼す


01ジャーナリスト魂・編集者萌え│T版 2016年1月~3月★危険地報道を考えるジャーナリストの会:編

20160401

01ジャーナリスト魂・編集者萌え
★危険地報道を考えるジャーナリストの会・編│ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか


情報の空白は、国策を誤らせることにつながる。

情報の入りにくい「危険地」を取材するジャーナリストをもつことは、国民の利益、すなわち真の意味での「国益」につながっていると言えるのではないか。
(高世仁)

★危険地報道を考えるジャーナリストの会・編│ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか│○2015.12



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日本で、そして世界で起こる大事件、大災害、紛争、戦争を、報道機関は取材して伝えなければならない。そのために報道機関は存在するのである。(石丸次郎)『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』
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ジャーナリストという仕事は、本人が生活の糧を得る“生業”の一つ。そこには野次馬根性、好奇心、功名心、自己顕示欲、金銭欲もある。その一方で「戦争などで苦しむ民衆の惨状を伝えることになり、またそれが虐殺など惨劇を止める抑止力になる」ことに少しでも貢献できればうれしい。(土井敏邦)『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』。
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危険地域へ行くべきでないという世論、政府の報道統制、メディアの萎縮。それでも『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』と石丸次郎・川上泰徳・横田徹・玉本英子・及川仁・内藤正彦・前世仁・細井健陽・高橋邦典・上井敏邦の10氏、名前を記して、エール。
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01ジャーナリスト魂・編集者萌え│T版 2015年12月

20151231

01ジャーナリスト魂・編集者萌え
★松本創『誰が「橋下徹」をつくったか』

世論を喚起する訴求力を備えた“人間メディア”たる橋下は、世の中に鬱積していたマスメディア不信をバックに、鋭い刃を向けてきた。
★松本創『誰が「橋下徹」をつくったか――大阪都構想とメディアの迷走』◎2015

『誰が「橋下徹」をつくったか』は、メディアを思うまま操る橋下徹と、橋下に操られる大阪の新聞、テレビとを批判する。内田樹をはじめ100人の学者が大阪都構想に反対しても、市民は耳を傾けなかった。当方は、こうなれば特別区と“都”への膨大な経費負担で破産する大阪の姿を見たい気もする。
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『誰が「橋下徹」をつくったか』。市長の橋下は、朝夕の登退庁時にぶらさがり取材に応ずる形式で記者会見し、これは任意なので気に入らないことがあると、その社の質問は許さないし、固有名詞入りで罵倒したりする。記者クラブの弊害が問われて久しいが、そのデメリットを上回る権力者が取り行う会見の恐ろしさである。



01/ジャーナリスト魂・編集者萌え│T版 2015年9月~11月

20151129

01ジャーナリスト魂・編集者萌え

★塩澤幸登『編集の砦――平凡出版とマガジンハウスの一万二〇〇〇日』


ただ、人生が次第に後半戦に入って来ているからだろうが、わたしも自分史を書きたくてしょうがない。

ノンフィクションを書きつづけてきた人間が自分のことを書き残したくなるなんて、本当はみっともない、カツコ悪い話なのだが、これはもう、本当に業のようなものだ。


★塩澤幸登『編集の砦――平凡出版とマガジンハウスの一万二〇〇〇日』△2014



 『平凡パンチの時代』『「平凡」物語』『雑誌の王様』平凡出版=マガジンハウス3部作の補遺のつもりのマガジンハウスの編集思想の紹介と雑誌編集の実際の記録だが、自伝になってしまった。
 なにしろ著者は14歳から40年間にわたり書き綴った大学ノート70冊を残す“記録魔”。
 編集はエネルギーだ、文章はその場のパフォーマンスだ、エピソードの重複は必然だ、書き出したら誰も止められない饒舌の私的記録。もううんざり。



★清水潔『騙されてたまるか――調査報道の裏側』

 本来、記者に求められているのは、一方的に発表された情報を一言一句漏らさず届けることではない。
 自分の頭で考えて内容を精査して、読者にとって重要なことを届けることである。
★清水潔『騙されてたまるか――調査報道の裏側』◎2015



 『騙されてたまるか』の著者は、桶川ストーカー殺人事件では、警察より先に犯人を特定し、さらにはストーカー法制定の契機をつくった。また、連続幼女誘拐殺人事件でも犯人を特定するとともに、「足利事件」の菅家さんの冤罪を救った。
 これらの輝かしい功績もさることながら、声高に正義を叫ぶのではなく、じっくりと事実に向き合う“職人的”ジャーナリストとして、函館ハイジャック事件、群馬パソコンデータ消失事件、北海道図書館職員殺人事件などで、ジャーナリストの本領を発揮。本書ではその取材方法を明らかにする。
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★『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』

 結局のところニュースのバリューやプライオリティを決めるのは直感です。言い換えれば主観。マニュアルや方程式があるわけじゃない。
 そこに客観性や中立性などあり得ない。〔…〕
 ニュースとは主観なのだとそろそろカミングアウトすべきです。
 公正中立とか客観性とか、そんなタテマエを掲げているから、今も政権から「客観的にやれ」とか言われて反論できなくなるわけです。
 (森達也)

★『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』〇2015


 『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』は、池上“無双”と“絶滅危惧”森とのメディアをめぐる対談。
 「政権は剥き出しの弾圧はしない。メディアの側が権力者の意向を忖度。自主規制が広がることが問題」と池上。大手新聞が親安倍、反安倍を鮮明にしだしたのに、客観中立だと市民が信じていることこそが問題だ。メディア入門書として若者におすすめ。






01/ジャーナリスト魂・編集者萌え│T版 2015年4月~8月

20150902

01/ジャーナリスト魂・編集者萌え│T版 2015年4月~8月

01ジャーナリスト魂・編集者萌え

**2015.05.01
★門田隆将『「吉田調書」を読み解く――朝日誤報事件と現場の真実』

吉田昌郎氏、そして現場の人々は、実は事故と闘っただけではなくて、「官邸」とも闘い、「東電本店」とも闘っていた。さらにいうなら、現場の所員の多くは福島県浜通り出身の地元の人間であり、彼らは愛する郷土とそこに住む人びとを守るために奮闘していた。★門田隆将『吉田調書」を読み解く――朝日誤報事件と現場の真実』○2014
**
『死の淵を見た男――吉田昌郎と福島第一原発の500日』の著者による朝日新聞「吉田調書」スクープ記事への反論の書。門田の反論に対し、朝日は、「朝日新聞の名誉と信用を著しく毀損する。法的措置を検討する」との抗議書を門田に送りつけた。そして安倍官邸が「吉田調書」全文を公開する日、朝日新聞は「当該の記事を撤回し、謝罪する」という前代未聞の謝罪会見を行った。




**2015.05.06
★青木理『抵抗の拠点から――朝日新聞「慰安婦報道」の核心』
吉田調書報道に関していえば、朝日は記事化の過程で大きなミスを犯したというのだが、政府が隠している情報をいち早く入手し、世に発信しようとした姿勢と努力は認めるべき。★青木理『抵抗の拠点から――朝日新聞「慰安婦報道」の核心』○2014
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朝日新聞への“異常かつ過剰なバッシング”を朝日の現役、OBの生々しい証言、率直な心情を聞き出したもの。だがあの記事は、“逃げた”650人の誰一人にも裏付け取材せず、多くの人びとを傷つけた。「手術は成功したが、患者は死亡した」「いい材料での料理だから、味はまずくても」と同じで、著者の擁護は納得しがたい。





**2015.05.08
★朝日新聞有志『朝日新聞――日本型組織の崩壊』

「吉田調書」の入手先についても、朝日社内では「菅直人ではないか」との憶測が絶えない。そのような憶測が流れるのには理由があった。★朝日新聞有志『朝日新聞――日本型組織の崩壊』△2015
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「朝日新聞社の病巣はイデオロギーではなく、官僚的な企業構造にこそ隠されている」とする朝日有志による内部から告発の書『朝日新聞――日本型組織の崩壊』。これだけの問題を起しながら当該記者は減給処分。社員に甘い朝日は、定年まで寄生する自称ジャーナリストばかり?どこの企業、役所にもあるサラリーマン権力闘争の暴露本。



**2015.08.18
★徳山喜雄『「朝日新聞」問題』

ジャーナリズムの鉄則は「提示された事実」の裏付けをとり、裏付けがとれたなら、公益性を判断するためその事実に社会的な文脈を与え、そして取材対象者に反論の機会を与える」というものだ。★徳山喜雄『「朝日新聞」問題』
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記事審査室幹事も務めた朝日の現職記者。慰安婦報道、原発報道などの“朝日問題”を第三者機関の報告書を含め検証したもの。ジャーナリストの青木理、魚住昭は“吉田調書”記事取り消しを行き過ぎだと批判したが、著者は慰安婦報道を放置してきた愚を繰り返さないという社の判断があったと推測し、情報源秘匿を口実に証拠を開示せず、原発から逃げたという東電社員に反論の機会を与えず「裁く」やり方を是としない。まことに明解な解説書。



**2015.05.13
★長谷川幸洋『2020年新聞は生き残れるか』

何を隠そう、私自身がそうだった。現役の取材記者時代、記事を書くのに読者のことを考えたことはほとんどなかった。★長谷川幸洋『2020年新聞は生き残れるか』△2013
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長谷川記者の頭には①ライバル他社、②取材相手、③デスク、④同僚の順で、読者は不在。そして「読者、視聴者に支持されているかどうか」がプロのジャーナリストの存在証明だと。東京新聞論説副主幹には時の政府の権力を監視する姿勢は微塵もない。東京五輪決定の翌朝新聞が休刊でも「新聞がなくても困らない」と読者は実感し見放されたと、再三他人事のように述べている。



**2015.05.29
★宝島「殉愛騒動」取材班『百田尚樹「殉愛」の真実』

今回の問題はメディア業界における作家タブーの存在と、それに起因した異様な自粛、言論封殺であり、大手週刊誌が1人の作家に完全敗北するというジャーナリズム史上最悪の言論事件だった。★宝島「殉愛騒動」取材班『百田尚樹「殉愛」の真実』◎2015
*
「殉愛騒動」における「週刊文春」「週刊新潮」のだらしなさ。百田に全面降伏し媚を売り続けた。花田元文春編集長は「百田が生み出す利益を考えたら、出版社は批判しないのは当然」と古巣をかばう。「週刊現代」「週刊ポスト」の黙殺も許せない。これ以来、文春や新潮のどんなスクープ大見出し広告にも胡散臭さを感じる。
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『百田尚樹「殉愛」の真実』の執筆者の角岡伸彦、西岡研介(松本創を加えた神戸新聞出身トリオで)は、百田などに構っておらず橋下徹を書いてもらいたい。佐野真一のような“血脈”ではなく、橋下が府庁、市役所で公金、公務を蹂躙し、大阪独自の文化やコミュニティを破壊したことを書いてほしい。放っておけば国政に進出しかねない。



**2015.08.20
★永栄潔『ブンヤ暮らし三十六年――回想の朝日新聞』

入社した年だったか、広岡知男社長・主筆が、朝日の中国報道への批判に対し「相手の嫌がることを取材したり書いたりする必要はない」と。「私たちは日々、相手の嫌がることを取材している。社長をお辞めになるべきだ」と社長に手紙を出したが、咎められることもなかった。★永栄潔『ブンヤ暮らし三十六年』
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1947年生まれ、「友がみなわれよりえらく見ゆる」日々だったというが、出世を望まず、事には是々非々、ゆえに狂犬、破壊分子と陰口を叩かれた元朝日新聞記者の回想録。ソ連のKGB資料をめぐり後藤田正晴から右翼だと言われた話、瀬島龍三、赤尾敏、金賢姫など取材の裏話も興味を引くが、なんといっても朝日の社内事情、先輩・同僚・後輩との確執話がおもしろい。船橋洋一元主筆などぼろくそに書かれている。









神山典士★ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌

20150726

2015.07.26ペテン師と天才

 会見では、当然のことではあるけれど、佐村河内を崇拝するような番組を作ったNHKの記者や、これまで佐村河内のインタビュー記事を何本も掲載してきた全国紙の記者たちからもたくさん質問が出た。

 時には新垣を詰問するような、佐村河内を断罪するような内容の質問もあった。

 だが世間から見れば、私を含めたマスメディア全体が、

ある意味で佐村河内の虚構づくりに加担した「共犯者」であることを忘れてはいけない。


 たとえそれが無自覚ではあっても、私たちは「障害者、被爆二世、クラシックの長大な交響曲」という3つの物語にやすやすと乗ってしまったのだ。それが「売れる」と思って。

 つまり私たちは佐村河内と同じ穴の貉ではないか。「売れるが勝ち」という、市場原理に踊らされた者として――。そのことを訴えたかったのだ。




 現代のベートーヴェンと騒がれた聴覚障害の作曲家佐村河内(さむらごうち)守は、実は耳も聞こえ、作曲は新垣(にいがき)隆というゴーストライターが行っていた、と世間を騒がせた2014年の事件。嘘の上に嘘を重ねる佐村河内、流されるままに流れていく新垣、二人の“犯罪”はともかく、その生き方は興味深い。しかし、ここで問題にしたいのは、著者神山(こうやま)典士の“はしゃぎぶり”である。

 狭い世間というか、何とも不可思議な構図なのだ。Mさんという先天性四肢障害をもつ少女ヴァイオニストがいる。2001年、Mさんが4歳のころから彼女のヴァイオリン発表会でピアノの伴奏をしていたのが新垣隆である。2009年、Mさんが小3のころテレビ番組で紹介された。それを見て、Mさんに手紙を出したのが佐村河内守である。

 2011年佐村河内の企画によるMさんのヴァイオリン・コンサートが開催され、Mさんは佐村河内から贈られた「左手のためのピアノ曲 MIKU1」を演奏する。著者である神山典士は、ここで佐村河内とMさんに出会う。

 この光景を見て、この夜二人に初めて出会ったわたしは、とてもおどろきました。
――片腕のない子がピアノとヴァイオリンを演奏するだけでも大変なことなのに、その曲を作ったのが、耳がまったく聞こえない作曲家とは――。
(『みっくん、光のヴァイオリン』)

 そしてのちに判明するが、Mさんの伴奏者新垣隆と、Mさんに曲を贈った佐村河内守は、その15年前からの知り合いであり、新垣は作曲家佐村河内のゴーストライターを務めていた。Mさんに佐村河内が贈った「左手のためのピアノ曲 MIKU1」は、Mさんのピアノ伴奏者新垣が作った曲だったのだ。

 新垣は佐村河内から「ヴァイオリンを弾く義手の女の子」のための曲を頼まれたとき、それはMさんのことであることに気づくが、佐村河内には話さないで引き受ける。(新垣隆『音楽という〈真実〉』)

 この頃から佐村河内、新垣の二人はMさんとその家族をだましていたのである。ゴーストライター騒動の発端は、佐村河内の無理難題(たとえば舞台に登場して観客の前で義手を装填せよ)に耐えられなくなったとMさんの両親が新垣に漏らしたところ、新垣が佐村河内は楽譜も書けない人で、実は古い付き合いで、と告白する。両親は『みっくん、光のヴァイオリン』の著者神山にそのことを打明け、2014年1月、Mさんの両親、新垣、著者神山が善後策を相談する。Mさんが佐村河内の“ペテンぶり”を知っている以上、このまま放置すれば、

 ――「この世の中は嘘も突き通せば通用する」と思わせてしまうことになる。それでいいのか。ここは大人がふんばって、子どもたちに恥ずかしくない世の中にしていかなければいけないのではないかと説得して、同年2月6日、新垣氏の単独謝罪記者会見を開くに至った。(『ゴーストライター論』2015年4月)

 さて、著者神山典士である。

 神山は、その著『みっくん、光のヴァイオリン』(2013年1月)のなかで、2009年Mさんと佐村河内が初めて出会ったときのことをこう書いている。

 ――その日、みっくんがヴァイオリンを演奏すると、佐村河内さんはヴァイオリンに手を当てながら、じっと目を閉じていました。そうすると楽器の震動が指から伝わって、音が聞こえるというのです。「すごい人だな〜」と、みっくんは改めて思いました。

 なんとも嘘くさい話である。さらに……。

 ――こうして二人は、初めて出会った瞬間に、おたがいの音楽的なすごさをみとめあったのです。〔…〕守さんには、耳が聞こえなくても、世界に通用する曲を作っていきたいという夢がある。(Mさんには)、右手がなくてもピアノやヴァイオリンを弾いていきたいという夢がある。二人は障害を持ちながらも同じ音楽への夢を追っている。(『みっくん、光のヴァイオリン』)

 神山の著は佼成出版社の「感動ノンフィクションシリーズ」の1冊として出された児童書である。障害を持つ音楽家同士の師弟愛を軸にしたけなげな少女の成長物語である。「取材を終えて佐村河内さんの家でバシャリ!一番左が筆者」という写真も、「このころには、ヴァイオリン用の特注の義手を使って演奏するようになった」という演奏するMさんとその後ろでピアノ伴奏をする新垣が写った写真も掲載されている。発行部数3000とはいえ、全国の図書館や学校図書室に配架され、多くの小学生に読まれたと考えられる。

 新垣のゴーストライター謝罪会見の場で、神山はこう発言している。

 ――「神山と申します。今回、この記事を書かせていただきまして、一つだけ皆さんに聞いていた だきたいことがあります。実は今日この会場に来る途中にメールがありまして、義手の女の子のことを主人公にした私の児童書――去年の正月に出たものですが――は今日の段階で出版停止にします、ごめんなさいというメールが出版社からきました。仕方ないとは思いながら、とても悔しい、悲しい思いをしながらこの会場まで来たわけです。〔…〕
 同時に、私も自分の作品がこれ以上読んでもらえないということになりましたから、この事件の被害者ということにもなります
」(『ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌』)

 なんという厚顔であろう。上掲のように「私を含めたマスメディア全体が」云々と他人事のように書いているが、少なくとも活字の世界でのマッチポンプの張本人は神山である。その神山が“被害者”である、とは笑わせる。その後、プロデューサー気取りで新垣隆のコンサートを企画したり、自らのゴーストライター歴の言い訳として「ゴーストではなく、チームライティング」と呼べと主張したり、このはしゃぎぶりはどうだろう。

★ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌│神山典士│文藝春秋│ISBN:9784163901848│2014年12月│評価=○│週刊文春が告発した佐村河内守のゴーストライター事件の全貌。大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。












角岡伸彦・西岡研介・家鋪渡・宝島「殉愛騒動」取材班★百田尚樹『殉愛』の真実

20150529

2015.05.29百田尚樹「殉愛』の真実

今回の問題はメディア業界における作家タブーの存在と、それに起因した異様な自粛、言論封殺であり、

大手週刊誌が1人の作家に完全敗北するというジャーナリズム史上最悪の言論事件だった。


 巨大なカを持った1人の作家が、歪んだ権力を行使し、大メディアを沈黙させる――。

 百田が好んで使うフレーズにならえば、「おぞましくておぞましくて」身の毛もよだつ言論封殺事件。それが「殉愛騒動」の本質なのだ。



*

 百田尚樹『殉愛』(2014年11月)の出版と同時に、亡くなったやしきたがじんと3番目の妻さくらの「愛」がテレビで宣伝され、他方ネット上で疑惑が噴出し、大騒動となった。

 「取材時間は300時間以上。取材ノートは30冊以上。書きながら、こんなに泣いた本はない」、そして「本格的なノンフィクションである」と百田は自らツイッタ―に書いた。「小説・殉愛」としておけばよかったのに、「かつてない純愛ノンフィクション」と喧伝したため、バッシングがやまなかった。

 このため虚偽記述に“事故本”とまで批判された。百田はツイッタ―で吼え続けていたが、半年たった今、次々現れる“真実”とさくら夫人の挙動にさじを投げ、さすがに騙されたと気づき、黙して語らなくなった。

 当方は、コリア系日本人夫婦の“純愛”や“後妻業”の物語に何の興味もない。

 当方が問題にしたいのは、「週刊文春」「週刊新潮」など出版社系週刊誌のだらしなさである。ベストセラー作家百田に全面降伏し媚を売り続けた。花田元文春編集長は「百田が生み出す利益を考えたら、出版社は批判しないのは当然」と古巣をかばい、自らの雑誌でも百田の代弁を誌面で行った。「週刊現代」「週刊ポスト」の黙殺も許せない。

 これ以来、大宅壮一ノンフィクション賞に雑誌部門が設けられたことに疑問視をするようになったし、文春や新潮のスクープ大見出し広告にも胡散臭さを感じるようになった。

 ところで以前、たかじんが亡くなったので“大阪の三悪人”の一人に百田尚樹を加えたいと書いたが、他の一人橋下徹が“大阪都構想”の住民投票に敗れ、政界引退を表明した。大阪には探してももう“小物”しかいなくなった。

 なぜこれを話題にするかというと、本書の執筆者の角岡伸彦、西岡研介(松本創を加えた神戸新聞出身トリオで)は、大言壮語の百田などに構っておらず橋下徹を書いてもらいたい。佐野真一のような“血脈”ではなく、橋下が府庁、市役所で公金、公務を蹂躙し、大阪独自の文化やコミュニティを破壊したことを書いてほしい。放っておけば国政に進出しかねない。

 ところで橋下が政界引退を表明した途端、地元の新聞、テレビは“べたほめ”に変わった。しかし退陣をいちばん喜んだのは、反対陣営や府市職員ではなく、橋下に翻弄され続けた大新聞の大阪本社の連中だろう。それほど大阪のメディアは情けなかった。

★百田尚樹『殉愛』の真実│角岡伸彦・西岡研介・家鋪渡・宝島「殉愛騒動」取材班│宝島社│ISBN:9784800237545│2015年03月│評価=◎おすすめ│ミリオンセラー作家・百田尚樹の「純愛ノンフィクション」、その疑惑とウソを徹底解明!

角岡伸彦■ゆめいらんかね――やしきたかじん伝


古川嘉一郎■たかじん波瀾万丈



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Author:koberandom

1冊の本の中で「気になるフレーズ」を見つけることが“書評”である、と。



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平成引用句辞典2013.02~
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