谷川俊太郎編★辻征夫詩集  ☆気になるフレーズ=平成引用句辞典☆

20170514

2017.05.14辻征夫句集


熱燗や子の耳朶(みみたぶ)をちょとつまむ

(なに?

うん?

いま耳にさわったでしょ?

うん

なに?)


おでん煮ゆはてはんぺんは何処かな

――「耳朶」『俳諧辻詩集』



★辻征夫詩集|谷川俊太郎編|岩波文庫|2015年2月|ISBN:9784003119815 |○

 小沢信男『俳句世がたり』で辻征夫(つじゆきお)の俳句を知って、急に辻征夫の句集を読みたくなった。『貨物船句集』(2001)といっても貨物船が描かれているわけではない。貨物船は辻の俳号である。

 同句集に小沢信男の跋文がある。その一部を引用する。

《蝶来タレリ!》韃靼ノ兵ドヨメキヌ

 この一行で一篇の詩のわけだ。と同時に、やっぱり俳句なのですな。字余りながら五七五だし、「蝶」という春の季語もあるし、というだけではなくて。
 いうまでもなく右の一行は、かの安西冬衛の「春」と題した一行詩を前提とする。

 てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った。

 颯爽たる昭和モダニズムの記念塔。現代詩の辺境をひらいた先達へ、ざっと70年をへだてて世紀末の平成から、はるかに送るエール。その挨拶のこころこそが、俳諧に通じるのではないか。
(「貨物船が往く――辻征矢よ」)
 
せりなずな地震はこべらほとけのざ
ははありき夢まぼろしの土筆摘み
土筆摘み神戸が起きる朝ぼらけ


 この3句は、1995.1.17の震災句らしい。第1句は春の七草、「地震」に「ごぎょう」が消えているが、「ごぎょう」は母子草、「地震」に「母と子」が隠れている。第2句の「土筆」の語源には「付く子」「突く子」「継く子」があり、いずれにしても「子」が隠れている。

 なお坪内稔典の次の句を思い起こす。

せりなずなごぎようはこべら母縮む
ほとけのざすずなすずしろ父ちびる
2017.05.14貨物船句集

 さて、辻征夫には『俳諧辻詩集』があり、詩の中に俳諧とは何?と『辻征夫詩集』を開いてみる。上掲の「耳朶」という詩は第1行と最終行が俳句である。

頭から齧らるる鮎夏は来ぬ

(友釣りってのは乱暴で
嫌いだから
おれなんかただ川を
見ているだけさ
竿はたしかに出しているけれど
(以下、略)

と始まる「夏の川」の最終行は、この句で終わる。

笹舟のなにのせてゆく夏の川

 辻征夫は、1939に生れ、晩年に脊髄小脳変性症という難病を患い2000年に60歳で死去する。『辻征夫詩集』には、自筆年譜が掲載されていて、たとえば、……。

1977年(昭和52年)38歳
2月、長女葉子誕生。4月、第3詩集『隅田川まで』(思潮社)を刊行。江戸川区春江町の団地の6階に転居。

1978年(昭和53年)39歳
冬の日の夕方、自宅6階の西側のベランダから、空に浮かぶ葉巻型の、白熱灯のように光る飛行物体を妻と2人で見る。15分くらいは見ていただろうか。翌日の新聞に幾つかの目撃談が出ていたが、私たちのように遮蔽物のない場所で消えるまで見ていたという談話はなかった。因みに、この日、長女葉子が初めて自力で歩いた。

1979年(昭和54年) 40歳
6月、船橋市のマンションに転居。10月、第四詩集『落日』(思潮社)刊行。12月、次女咲子誕生。


 光る飛行物体を見たのが生涯最大のエピソードだったのだろうか。なお貨物船という俳号の前は「蕪山村」後は「茫野」。いかにも茫洋とした詩人の生涯だ。






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小沢信男★俳句世がたり 

20170508

2017.05.08俳句世がたり



葉桜やふとももはみな桜色   征夫

 五月は三社祭。葉桜のシーズンながら、くりだす女神輿の満開色のみごとさよ。


と謳いあげた右は、浅草生まれ向島育ち辻征夫の『貨物船句集』より。

 そもそも神輿は、御神体をお乗せしてお旅所をめぐるもの。男どもの奉仕でかつぐ。日本の寺社の祭事の習いでもともと女人禁制でした。子供神輿さえ男の児だけでかついだ。わが少年期には。


★俳句世がたり |小沢信男 |岩波新書 |2016年12月|ISBN: 9784004316343|○

 いつだったか、当方より年上の作家の本はもう読まない、と決めたことがあった。老齢となり、かつての作品を自らコピーしたような文章をだらだらと垂れ流したような本は、もういいと。ところが文庫本売り場の新刊をながめても、知った顔がないし、若い読者を対象としたものが多い。で、逆戻りすることにした。

 本書の著者小沢信男は1927年生まれ。ずいぶん年上である。『犯罪紳士録』(1980)、『悲願千人斬の女』(2004)、『東京骨灰紀行』(2009)を以前読んだ。プロの俳人ではないが、句集も出している方の「俳句鑑賞本」が当方は好きである。たとえば多田道太郎が「週刊新潮」に連載した『おひるね歳時記』(1993)。

 さて本書は、月刊「みすず」の表紙裏に2010~2016年に連載されたもの。風天こと渥美清、三菱重工爆破事件の死刑囚大道寺将司、伝説の鈴木しづ子、ホームレス川柳大濠藤太など、もちろん芭蕉、蕪村をはじめ多彩な顔触れである。
 
戦災や震災の句が多く取り上げられているが、ここでは祭りの句を紹介。

神田川祭の中をながれけり  万太郎
――(久保田万太郎の句は)蔵前の榊神社の祭りだそうですがせっかくの神田川だもの、天下の神田祭と思いたい。(本書)

祭笛吹くとき男佳かりける  多佳子
――ちかごろナサケないばかりのような男どもの一人として、こうホメられてわるい気はしません。(本書)

 さて上掲の辻征夫(1939~2000年)。著者たち旧友が集まって辻の実家の向島が見渡せる浅草のホテルで辻をしのぶ会を催したら、建設中の東京スカイツリーが見えた。

――地上350メートルと450メートルにできる展望台へ、誘えばたぶん、すぐにやってくるね辻征夫は。死んでるのも忘れるほどの物好きが、気のなさそうな顔つきでさ。そうしてわれら余人が気づかないなにかを、ヒョイとみつけるんだ。あったなぁ再々そんなことが。さてはスカイツリーがひらひら葉っぱを散らすとか。それよ!

落葉降る天に木立はなけれども  征夫


 引きたい句が多い本書だ。この辻征夫をふくめ「どうやら追悼録の一面があるではないか」と自ら書き、自句をそえて、こう締めくくる。

――おっつけこの身もあちらへ参る。その節はどこかでばったり、あの人この人とまためぐりあう。なんてことはあるわけないにせよ、まったくないともかぎらないぞ。これはたのしみだ。おいしいことは、なるべくさきへ延ばすとしましょう。

よみじへもまた落伍して除夜の鐘


小沢信男■ 悲願千人斬の女


伊藤龍平:訳★怪談おくのほそ道――現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』

20170125

2017.01.25怪談おくのほそ道



「なるほど、わたくしはこのような廻国の身でございますが、もとより才能も知識も乏しいので、
さしたる句もございません。

近ごろ、この土地を巡り歩いていたときに、海辺で星賦の一句の着想を得ましたが、いまだ句作りが決着しておりません。まず、お笑いぐさに」

と言って、手に提げていた頭陀袋のなかから、短冊をとり出して硯を乞い、
   荒海や佐渡に横とふ天の川


の句を書いて差し出したところ、「松尾」ではなく「はせを(芭蕉)」と書かれてあったので、主人は大いに驚き、
「さては翁でございますか。光栄なお方をお泊め申しました。〔…〕

 主人は山口という姓で、江戸の素堂のいとこだった。近所の好士のもとや、そのほか、あちらに四、五日、こちらにも四、五日と留められたが、紀伊国屋が一番長く留めたので、思いがけなくも、二年も過ごしてしまった。この国(越後)と佐渡は、海を隔ててはいるものの、ほど近い位置にある。

――第13話 翁、北国行脚のこと


 ★怪談おくのほそ道――現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』|伊藤龍平:訳|国書刊行会|2016年5月|ISBN: 9784336060112|△

上掲は、芭蕉が越後長岡の紀伊国屋に滞在していたときの話。曽良旅日記によれば、越後弥彦、その翌日出雲崎にそれぞれ1泊しているが、その間寺泊辺りを通っているが、長岡には行っていないし、2年滞在した事実もない。
 
 『芭蕉翁行脚怪談袋』には24話が収録されているが、奥の細道関連はこの第13話のみ、芭蕉が訪れたことのない西国の話が多い。また怪談といっても、狸や狐、幽霊がでる程度でおどろおどろした怪談ではない。すなわち、本書『怪談おくのほそ道』というタイトルは羊頭狗肉である。

 ――史実の芭蕉と、伝承上の人物としての「芭蕉」は、ことさらに対立させるべきものではなく、相互補完的なもの、あるいは、共鳴し合うものだと捉えるべきかもしれない。本書のタイトルを『怪談おくのはそ道』としたのは、『芭蕉翁行脚怪談袋』という作品の本質をついていると思うからである。芭蕉を慕う人々の心と、奇談を好む人々の心とがクロスするところに、本書はあった。(「解題」)

 と苦しい言い訳をしている。

 さて、『芭蕉翁行脚怪談袋』は、松尾芭蕉とその門人たちを主人公とした奇談集である。江戸時代後期(1777以前)のもので、本書の底本は鶴岡市郷土資料館に所蔵のもので、同市の斎藤三郎衛門が書写したのは1846年と推測されている。ちなみに芭蕉は1644~1694年の人である。

 本書の訳者の伊藤龍平は、至れり尽くせりの解説をしており、“俳諧説話”というものがよく理解できる。芭蕉はいつの時代もこれほど親しまれていたという人物だったと改めて思った。ただ読者としては、原文をいかなるものか、その一部でも収録されていたらと思う。



11癒しの句・その他の詩歌│T版 2015年11月~12月

20151231

11癒しの句その他の詩歌
★谷川直子『四月は少しつめたくて』

詩とは、心の内側に下りていくための階段だ。詩人が発見した言葉を読み心の内側に下りていくことで、読んだ人もまた発見をする。

何度繰り返されても消費されない強さを持った言葉。それが詩の言葉のあり方なんだ。


★谷川直子『四月は少しつめたくて』〇2015


 「すべてを吐き出してギリギリまで痩せてるか、あるいはあらゆるものを飲み尽くし見事に丸々と太っていなくちゃならない。詩人はそんな言葉を探し出してきて機を織るように詩をつくる」(本書)。
**
 『四月は少しつめたくて』は、なんだか前夫の高橋源一郎と著者との組合せのような1950年生まれの詩人と女性編集者による再生の物語。
 黒田三郎、石原吉郎、新川和江、伊藤比呂美など詩人の名が出てくるが、当然のことながら作中の詩は著者の自作である。
広告のコピーと詩を書き分けるなんて、著者は作家以前にすぐれた詩人である。



11/癒しの句・その他の詩歌│T版 2015年1月~7月

20150824

11/癒しの句・その他の詩歌│T版 2015年1月~7月

11癒しの句その他の詩歌

気になるフレーズ @koberandom 3月5日
★夏井いつき『超辛口先生の赤ペン俳句教室』

普通の句会では、よっぽど下手くそな句は誰からも顧みられないまま闇に沈んでいくので、その手の句を丁寧に添削するなんてあり得ないのだ。★夏井いつき『超辛口先生の赤ペン俳句教室』2014
**
バラエティ『プレバト! ! 』の俳句コーナーを1冊に。添削で全く違った俳句に変わる『言葉の化学変化』を楽しむ番組だが、本で見ると、タレントの句と夏井組長の添削後にそれほどの落差はない。あじさいに江ノ電ぼうやほれてるぜ(浜田まり)HEY! あじさい江ノ電ぼうやがほれるぜ(添削後)。




**2015.06.29
★今井聖『部活で俳句』

この吟行の中の句で、ダンスの振り付けをやるとしたらどの句がいい。「う〜ん、最後の句かな」「菜の花や波紋広がる水一滴」〔…〕ヒップホップの曲「「Don’t Sweat Technique」がかかった。リズムに合わせて板倉の句のイメージをブレイクダンスで踊る。★今井聖『部活で俳句』2012
**
『部活で俳句』第1章「〈踊る俳句同好会〉誕生」は、高校教師でもある著者の実体験を“小説化”したもの。俳句同好会ダンス部会、すなわち踊る俳句同好会の話だ。第2章以下は、平凡な俳句入門講座が続く。「俳句甲子園」など高校生俳句は興隆をきわめているが、部活で俳句をやっている高校生には「高校生向き俳句入門書」など不要だろう。


**2017.07.31
★吉野弘『妻と娘二人が選んだ「吉野弘の詩」』

結婚 して長女が生まれ、娘の寝顔を見ていた時に、ふとめずらしくこの詩を思い出し、手に取って読んでみて涙が止まらなくなりました。子供を持って初めて知った父の気持ちが、波のように押し寄せてきて、ずっと避けていたこの詩に、申し訳ないような気持ちになったものです。★吉野弘『妻と娘二人が選んだ「吉野弘の詩」』
**
吉野弘の著名な詩の一つ「奈々子に」について、当事者である娘奈々子が綴ったもの。父二十代最後の頃の作。自分がその「奈々子」であることは友人知人には積極的に明かしたことはないが、教科書に掲載されたとき、自分の学校で使われる教科書かどうかひやひやしたという。
**
母は
舟の一族だろうか。
こころもち傾いているのは どんな荷物を
積みすぎているせいか。(「漢字喜遊曲」)

詩人の没後、こんなに多くの詩集が出版されるのは、驚き。さらに妻と娘がが選ぶという詩集も珍しい。上掲は『妻と娘が選んだ「吉野弘の詩」』に収録されている。



谷川俊太郎=詩/正津勉=編★悼む詩

20150317

2015.03.17悼む詩

 とまれ最初の一篇「ジェームス・ディーンに」をみよ。早く逝った銀幕の雄を、末だ若い詩人は悼む。

私のなかの年とらない私
きみよ
……
そして私たちの生きているのは
果されなかったきみの未来

 ここにこのように正しくあるとおり、

わたしたちの生はというと、「私のなかの年とらない私」である死者の

その「果されなかったきみの未来」、それをこそ生きることだ


 ということわりを心にしているしだい。

そのことはこの、のちの悼む詩のもと、となっているだろう。

――編者覚書 正津勉



*

 1955年、24歳で亡くなったジェームス・ディーンから2014年88歳で亡くなった吉野弘まで、谷川修太郎のつくった33人への弔詩を、正津勉が編集したもの。

 谷川俊太郎の父・徹三(1895~1989)の「父の死」の一節。「葬儀屋さんがあらゆる葬式のうちで最高なのは食葬ですと言った。/父はやせていたからスープにするしかないと思った。」

 最初の妻・岸田衿子(1929~2011)への「なぜ 問いばかり」の一節。「草花の日々星の日々せせらぎの日々/そして詩の日々をあなたは生きて/いま私たちの魂の風景の中に立ちつくす

 当方、もっとも気に入ったのは「人間吉野と詩人吉野」。その一節。

詩人吉野は魂で読むしかない行間にいる
行間よりもっと自由な余白にいる
詩の始まる前のまた終った後の
静かで豊かな空白に

そのまっさらな白に
羞じらいながら
ときにへべれけに酔っ払って
詩人吉野が立ちつくしている

33人の“紙碑”だと正津勉はいう。

★悼む詩│谷川俊太郎=詩/正津勉=編│東洋出版│ISBN:9784809677540│2014年11月│評価=○│今もあなたは生きている。ゆかりある人33人に捧ぐ哀悼詩集。

小田 久郎★戦後詩壇私史

梯久美子□声を届ける――10人の表現者

正津勉□詩人の愛――百年の恋、五〇人の詩


夏井いつき★超辛口先生の赤ペン俳句教室

20150306

2015.03.06超辛口赤ペン先生の俳句教室

 いやはや、困惑の連続となった。

 句会でも添削指導はするし、投句の一字を添削して俳誌に掲載することもある。

 が、普通の句会では、よっぽど下手くそな句は誰からも顧みられないまま闇に沈んでいくので、

 その手の句を丁寧に添削するなんてあり得ないのだ。


 番組内で発表される句は、予めリストをもらって順位付けするのだが、収録スタジオにて作者自身が何を表現したかったか聞いてみないと皆目分からない句が沢山ある。



*

 本書はテレビのバラエティ番組『プレバト! ! 』の俳句コーナーを1冊にしたもの。タレント数人が写真を見て作った俳句を、夏井組長が100点満点で採点し、才能あり、凡人、才能なしに格付けし、原句を添削するというもの。

 当方の俳句仲間も見ている人が多い。俳句をかじった人は、原句を自分ならいかに添削するか、そして実際に夏井組長はいかに添削するか、を見るようだ。
 
 したがって惹句にある「初めての人でもうまくなるやさしい入門書」とは、ちょっと違う“添削による上達法”本である。

 著者も「芸能人の皆さんの俳句が、ちょっとした添削によって全く違った俳句に変容する『言葉の化学変化』を楽しんで下さい」と書いている。たとえば無作為に紹介すると……。
 
 良きことの願ふ手のさき風ひかる  石田純一
 良きことを願ふ柏手風光る      添削後

 東京の花冷え紛らすタワーの火   高橋茂雄
 東京の花冷えほどくタワーの灯   添削後

 万緑や風巻き込みて水落つる    梅沢冨美男
 万緑や風巻き込みて轟く水      添削後

 あじさいに江ノ電ぼうやほれてるぜ    浜田まり
 HEY! あじさい江ノ電ぼうやがほれるぜ 添削後

 北斎の眺めた赤い富士を踏む    武井 壮
 北斎の赤富士を踏む土を踏む    添削後

 それぞれ問題点を指摘し、添削理由を説明しているのだが、いま較べてみると、「原句との落差が大きければ大きいほど、ふふふ〜と満足度が高くなる」と夏井組長が言うほどの“落差”もない。

 当方、むかしある結社に属していたが、投稿句が主宰に勝手に添削され、当方の句として掲載されるのが嫌で、すぐ脱会した。添削は季語やてにをはを替える程度が望ましい。

 ただこの俳句の世界、夏井組長がテレビで突出する人気が出ると、それをやっかむ主宰があまた出て、姦しくなりそう。したがって、ここでは本書を批判しないで、楽しむだけにしたい。

★超辛口先生の赤ペン俳句教室 │夏井いつき│朝日出版社│ISBN:9784255008097│2014年11月│評価=△│バラエティ番組『プレバト!!』俳句コーナーをまるごと1冊に。


発掘本・再会本100選★業句の海――小説・俳人下山逸蒼│長尾宇迦

20141120

2014.11.20業句の海

 兄さんの、米国における文芸界での躍進ぶりは、折々の便りでわかっているし、新聞切抜きや回送されてくる『層雲』などを感心して目を通している。しかし、た。その作句活動は、あくまで趣味の上でのことではあるまいか。兄さんの猛省をうながす所以である。

 逸蒼は、四郎からの書状を手にしたまま、しばらく窓外の地平につながる緑の耕地と、一片の雲もない碧空に、放心したような眼をやっている。〔…〕

 四郎よ、バカを申すではない。〔…〕

 俺は、アメリカにおける自由律俳句の実践者であり、その光栄ある先導者である、と自負している。それに、生き切るところから、すでに趣味ではない。

 いってみれば、これに挑み、抗(あらが)い、引き据え、爽快な勝利感を味わう、格闘家である。

 そうだ、文芸格闘家である、と思ってくれ。


 逸蒼は、ペンをたたきつけるようにして、もどかしく一個の封書をつくった。


■業句の海――小説・俳人下山逸蒼 │長尾宇迦│読売新聞社│ISBN:9784643971187│1997年11月│評価=○

〈キャッチコピー〉
 産みの母親に棄てられアメリカへ移民、弟子との不倫の恋、難病で片足を切断、そして孤独な死。心の闇を作品に託して生きぬいた俳人逸蒼。

〈ノート〉
 下山逸蒼(本名:英太郎)、1879(明治12)~1935(昭和10)。岩手県出身。1903年、渡米。自由律俳句の萩原井泉水「層雲」に参加。農業従事者,魚商,缶詰工場労働者など職を替えつつ、邦字新聞俳壇等を通じアメリカ日系人社会における自由律俳句の育成に努める。

 魔とよんで章子(たこ)喰わぬ国や浅き春
 秋立つ日そそる句意我は魚肆(さかなや)に居て


 1917年、第2句集刊。地元紙の出版広告。
――「俳句と言えば芭蕉を語り寂び、しをりを説くのが通例だが、著者は自らの自由律俳句によりて、大胆に人生苦を問ひただしてゐる。〔…〕この赤裸々なる恋愛記録は、幸福を絶望と憤怒と諦観のあやを以て織りなされた、一大交響楽の趣を成功させるのである」
 
 落葉さむざむ泣き濡るる瞼を吸ひつ
 真赤な花びら文より散りし胸さわざ


 第5句集をネームバリューのある鎌倉の層雲社から出版したいと荻原井泉水の手紙を書くが、その返事。「西海岸の同好者には、至極もっともな句境であり、実感であろうが、日本本土で果たして感銘がうけられるか、とするギャップ。エキゾチズムの魅力は認めるも、これは、カリフォルニア自由律といった特異なジャンルというべきもの」。要するに“売れない”として断わられる。

 天の川に曝らすめちゃめちゃにつかったあたま
 日本人は俺きりなこの山の湯の月夜


 作った句は3万を超えたという。5冊の句集を残し、33年もの間,一度も帰郷することなくその生涯を終えた。サンフランシスコ市郊外の日本人共同墓地に埋葬され、2年後の1937(昭和12)年逸蒼の埋葬地に句碑が建てられた。

――「夜霧の友が減って減って一人 逸蒼」とあり、これは、大月喜三郎らが、荻原井泉水に依頼して、井泉水が揮毫して刻まれ、秩父丸によって到着したものであった。(本書)

 俺を振り落とさずに一年廻つた地球だ

〈読後の一言〉
 夏に盛岡、宮古を横断する旅をしたとき、岩手関連本として本書を手にした。先人の一人、米国自由律俳句の創始者として、地元では讃えられているようだ。

〈キーワード〉
自由律俳句 井泉水 アメリカ日系人社会 岩手盛岡 

〈リンク〉
石川桂郎★俳人風狂列伝
川村蘭太□しづ子――娼婦と呼ばれた俳人を追って
正津勉■脱力の人
牧野和春★辺境に埋もれた放浪の俳・歌人田中寒楼
半藤一利◆隅田川の向う側――私の昭和史



小林凛/日野原重明■冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに

20141112

2014.11.12冬の薔薇

日野原先生へ  小林凛

2013年10月4日
日野原先生、百二歳のお誕生日おめでとうございます。
先生のお誕生日に、一句お贈りします。

「百二歳師の笑み優し竹の春」


小林凛君へ  日野原重明
◆漂君から届いた、私の百二歳への祝いの言葉に応えて

君の笑み百二の僕の心射す
百二歳君からうけし凛として

――私は凍君の俳句をうけておのずと背を張る。

百二歳こころ躍らす神のたまもの


■冬の薔薇立ち向かうこと恐れずに │小林凛/日野原重明│ブックマン社│ISBN:9784893088277│2014年09月│評価=△

〈キャッチコピー〉
小林凛、2001年生まれ。ランドセル俳人を卒業し中学生に。少年と大人のあわいで紡いだ、十七音の世界。

〈ノート〉
 今回は日野原重明、1911年生まれの年齢差90とのコラボ。いつも思うのだが、生涯現役をめざしている、男では日野原重明、女では瀬戸内寂聴1922年生まれの秘書たちはほんとうに大変だと同情している。

 その日野原重明は、「98歳の時、なんとかやったことのない新しいことを創めようと思い、俳句を作る決心をしました。俳人の金子兜太先生が、私の教師となって下さることになり、私が送った句を添削してくれたことは有り難い極みです」とのこと。

 その金子兜太はこう書きている。

――表現力の豊かさはすでに大人の世界です。それとともに批判力も持っていて、〔…〕いじめる相手を直接非難するような句より、それに耐えている自分の心の動きや思いを俳句で表そうとしています。〔…〕俳句を見れば彼が必死に耐えていることがわかりました。凛君のように、抵抗しているものを自分の内面で消化し表現できる子は、辛くても耐え抜ける。(本書)

 さて、小林凛くんの今回の句で気に入ったものは、以下……。

  ブランコに座れば秋の刻止まる
  笑みに似てはじけたる栗ありにけり
  無花果を割れば無数の未来あり
  蟷螂や鎌下ろすなよ吾は味方
  ツリー背に算数に泣く聖夜かな

  亡き祖父の名も書かれけり祝い箸
  冬日差良きこと待ちてただ浴びる
  バッタ捕り跳ねて逃げれば跳ねて追う
  吸い込まれ追い出され行き春の駅
  みぞれ降り止まらぬいじめ折れし椅子

〈読後の一言〉
 6年生のとき、前著『ランドセル俳人の五・七・五』が出版されたが、しかしその後もいじめは続いたという。学校は何も変わらなかった。さて、本書の出版社、編集者、そして彼を有名人にしてしまったメディアは、彼へのいじめが続いていることをどう捉えているのかぜひ知りたいものだ。

〈キーワード〉
往復書簡 年齢差90 金子兜太 いじめ

〈リンク〉
小林凛■ランドセル俳人の五・七・五―― いじめられ行きたし行けぬ春の雨



小林凛■ランドセル俳人の五・七・五―― いじめられ行きたし行けぬ春の雨

20141104

2014.11.04ランドセル俳人の五七五

 僕は生まれる時、小さく生まれた。「ふつうの赤ちゃんの半分もなかったんだよ、1キロもなかったんだよ」、とお母さんは思い出すように言う。

 だから、いじめっ子の絶好の標的になった。危険ないじめを受けるたびに、不登校になってしまった。そんな時、毎日のように野山に出て、俳句を作った。

「冬蜘蛛が糸にからまる受難かな」
 これは、僕が八歳の時の句だ。
「紅葉で神が染めたる天地かな」
 この句は、僕のお気に入りだ。

 僕は、学校に行きたいけど行けない状況の中で家にいて安らぎの時間を過ごす間に、たくさんの俳句を詠んだ。

 僕を支えてくれたのは、俳句だった。不登校は無駄ではなかったのだ。


 いじめから自分を遠ざけた時期にできた句は、三百句を超えている。
 今、僕は、俳句があるから、いじめと闘えている。


■ランドセル俳人の五・七・五―― いじめられ行きたし行けぬ春の雨 │小林凛│ブックマン社│ISBN:9784893087997│2013年04月│評価=○

〈キャッチコピー〉
 たった944gでこの世に生まれた男の子。入学と同時に受けた壮絶ないじめ。母は、不登校という選択をした。学校に行けなくても、俳句があるから僕は生きていける。不登校の少年凛君は、俳句をつくり始めたことでいじめに耐えた。春の陽に彼は輝く。

〈ノート〉
 小林凛、2001年生まれ。8歳で「朝日俳壇」に掲載され、話題になったという小学生俳人。

 「今日も張り切って不登校――そして凛の俳句は生まれた」と題された母の手記から。

――凛はテレビや絵本で俳句と出会う。私や祖父母から、俳句を教えたことはない。だが気づけば凛は、自分の思いを指を折らずとも、五・七・五の十七文字で表現するようになった。凛の口から次々と溢れだす十七文字を、私と祖母は時に驚嘆し、時に涙しながら、ノートに書き留めていった。〔…〕

――家族に俳句の心得のある者が居ず、俳句の約束事も知らず、俳句とは無縁の生活を送ってきた私たちは、急きょ『俳句入門書』を読んで学び始めた。凛のおかげで家族にとっても、俳句という奥深い文学に縁する好機となった。

 いじめは同級生だけでなく、教師からも。
――「俳句だけじゃ食べていけませんで」。また、別の教師は家に来て凛の前で「おばあちゃんが半分作ってるのかと思っていました」とも。

いじめ受け土手の蒲公英一人つむ (11歳)
おお蟻よお前らの国いじめなし (11歳)
秋晴れの心の晴れぬいじめかな (11歳)
 といったいじめの句や普通のおとなが作るような句も多いが、当方の気に入った句を5句掲げると……。

ススキのほ百尾のきつねかくれてる (8歳)
万華鏡小部屋に上がる花火かな (10歳)
空へ投げ一番星になる海星(ヒトデ)(10歳)
ブーメラン返らず蝶となりにけり (10歳)
吾が嗅げば犬も嗅げ来る若葉かな (11歳)

〈読後の一言〉
 いじめの連続で不登校となった子どもをもつ母の手記と、その子と家族を救った子ども自身の俳句。出版を介在した教育コンサルタントのカニングハム久子の言葉を意訳する。「本が世に出れば、悪意に遭遇する。それでも将来につながるから、がんばれ」。

〈キーワード〉
いじめ 不登校 小学生俳句




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1冊の本の中で「気になるフレーズ」を見つけることが“書評”である、と。



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平成引用句辞典2013.02~
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