小山鉄郎★白川静入門――真・狂・遊

20170227

2017.02.27★白川静入門



 村上の小説の中に、そのままでは意味が受け取りがたい部分が出てくるのだが、白川静が解明した漢字の世界を知っていると、その部分の意味が明瞭に伝わってくるように感じられるのである。
たとえば、『アフターダーク』に、こんな会話がある。

「今でも耳は切るのかい?」
男は唇を微かにゆがめる。「命はひとつしかない。耳は二つある」
「そうかもしれないけどさ、ひとつなくなると眼鏡がかけられなくなる」
「不便だ」と男は言う。
〔…〕

「今でも耳は切るのかい?」は、少し意味を受け取りがたい部分ではないだろうか?〔…〕

 このカオルと中国人組織の男の会話は「馘耳」をめぐるやりとりであることは間違いないだろう。

 つまり「今でも耳は切るのかい?」というカオルの言葉は「今でも戦争をするのかい?」「でも命は一つしかないよ!」という意味に、私には受け取れるのだ。


―― 第1章 白川静と文学者たち


★白川静入門――真・狂・遊|小山鉄郎|平凡社新書|2016年12月|ISBN:9784582858280 |○

 元共同通信社記者の小山鉄郎は、漢字の大家・白川静の門下生として多くの“白川漢字入門書”を著しているが、本書もその一つ。

 第1章では、宮城谷昌光『天空の舟」、栗田勇『一休』、高橋睦郎『遊ぶ日本』、石牟礼道子『不知火』とともに、村上春樹『アフターダーク』『スプートニクの恋人』『1Q84』など、白川静の文字学研究の反映がある作家と作品を取りあげている。

 上掲の村上春樹『アフターダーク』の「今でも耳は切るのかい?」は、「馘耳」をめぐるやりとりえあるとして、こう解く。

 ――この会話は「取」という漢字をめぐる話である。「取」は「馘耳」と呼ばれる行為を反映した文字だ。「取」は「耳」と「又」を合わせた文字。「又」は古代文字を見てみればわかるが、「手」のことである。「耳」に、その「手」を加えた「取」は白川静の漢字学によれは「死者の耳を、手で切り取っている」文字なのである。

 戦争の際、討ち取った敵の遺体をひとつひとつ運ぶのはたいへんな労力なので、ひとつの決め事、約束事として、敵の遺体の左耳を切り取り、その数で戦功を数えたのだ。
(本書)

 つまり、「今でも耳は切るのかい?」は「今でも戦争をするのかい?」という意味だ、と。

 第4章では、ひとつの文字の意味が理解できると、それに関連した字が芋蔓式にいっぺんにわかる漢字の体系的な成り立ちを具体的に説明している。
 
 たとえば、「非」……。もともとは髪をすくための櫛の形である。「非」を含む字には櫛のように「左右に並ぶ」という意味がある。

 ――「非」に「イ」を加えた「俳」は二人の人が並んで戯れ演じている姿のことだ。そこから「たわむれる」「おどける」などの意味がある。つまり滑稽な動作をする役者のことを「俳」と言う。今の言葉で言うと「喜劇俳優」のことである。日本の「俳句」「俳諧」にも、その滑稽な意味の味は残っている。

「排」の「非」は二人が相並んでいる姿のことで、「扌」(手)は「おす」こと。つまり相並んだ二人の片方が相手を手で「おす」ことが「排」である。「排斥」とは相並んで争う者の片方が、他方を押しのけることを言う。
「扉」の「戸」はドアのことで、「非」と合わせて左右に開く「とびら」のことを言うし、……。
(本書)

 なお著者は、白川静や村上春樹に直接取材し、「奥深い報道により、日本の文芸ジャーナリズムの可能性を広げた」として日本記者クラブ賞受賞している。

白川静■ 回思九十年



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13言葉コレクション│T版 2015年8月~11月

20151210

13言葉コレクション
★又吉直樹『火花』

鬱陶しい年寄りの批評家が多い分野はほとんどが衰退する。
★又吉直樹『火花』


 新しいものが出現すると、単なる流行りに過ぎないと断定する老けた奴が出てきて、伸び始めた枝をポキンと追ってしまう。
という文脈での又吉直樹『火花』の上掲のフレーズだが、このフレーズだけで一人歩きしそう。
 それにしても世間にこんなに小説好きがいるとは思われないのに、売れている。


13/言葉コレクション│T版 2015年1月~7月

20150825

13/言葉コレクション│T版 2015年1月~7月13言葉コレクション
■気になるフレーズ @koberandom 2月2日
★星野智幸『未来の記憶は蘭のなかで作られる』

「言いたいことや伝えたいことを、うまく表現することができなかった。言葉でなく行動で示して、まわりにわかってもらおうという考え方でした」。秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大被告が公判で★星野智幸『未来の記憶は蘭のなかで作られる』2014
**
加藤被告、死刑確定。星野智幸は「デモなき社会の憂鬱」でこう続ける。「日本で本当に意味のある政治的な抗議行動が起こるためには、まず個々人が自分の言葉で意思表示できるようになる必要がある。その能力を奪われていることが、この社会の深刻さだと思う」。本書は1998年以降のエッセイ44編。


吉田暁子■父 吉田健一

20140716

2014.07.16父吉田健一

 私が大学を卒業すると、この帰宅後の酒の相手を私がするようになった。父は自分の好きないくつかの詩について話すことが多かったが、時には人生についての所感を語ることもあった。

 ある晩、どんな話の流れか忘れてしまったが、「(この世の中に)こわいものなんかないけれど、

悲しいことというのはあるんだよ」と父は言った。


 私は返事ができなかったように記憶している。

 生きて行く上で悲しい事はあって、親しい人、良い習慣、馴染みの店、思い出の品、あるいは大いなる期待、そういう良いものが失われる時は悲しい。それは良いものが良いものである故に当然だ。

 しかしこわいものもって、それがこわくなくなるにはずいぶん自分を鍛えなければならないのではないか。〔…〕

 こわがるよりも、何が起ろうと精々平常心を失わず、自分の能力に即して対応するだけだ、ということを父が言ったと思っている。

――「悲しいことはある」


■父 吉田健一 │吉田暁子│河出書房新社│ISBN:9784309022505│2013年12月│評価=○

〈キャッチコピー〉
 いまだに多くの読者をひきつける吉田健一。愛娘が父をめぐって綴った文章を集成。あざやかな言葉によって刻まれた絶後の文学者の肖像。

〈ノート〉
 吉田暁子は、1945年生まれの翻訳家。吉田健一(1912~1977年)の長女。

 吉田健一は旅行好きだったが、旅行記とか紀行文はほとんど書いていない。しかし『私の食物誌』など、全国各地の食べ物を多く取り上げており、それが一種の旅行記でもあり、いまだに読まれている。

 「父は年に二度、11月には酒田と新潟、2月の末から3月の初めには金沢に出掛けた。金沢に滞在したあとは東京に戻る前に大阪と神戸を訪ねる」(本書「一人飲む父」)。酒田と新潟の旅はいつも一人で、金沢経由大阪、神戸の旅は同行者がいたという。

 「場所によってはそこに差す光線の具合でどこに来ているか解ることがある。神戸がその一つ」という書き出しの短篇「神戸」(『旅の時間』所収)では、「海があってその水気が光線を柔くしている感じだった。実際は光線の方が海を煙らせているに違いない」と書いている。

 神戸の光といえば、真珠加工会社が神戸にかたまっているのは、「北側光線」が柔らかく降り注ぐ場所であるかららしい。真珠の選別や加工に、真珠層の厚み、傷、照り、色合い、カタチを見分けるには、自然の「北側光線」が最も適している。

 稲垣足穂は、舞子明石あたりの「まるでガラス粉をぶち撒いたかのような眩しさ」を、陰翳にこだわる谷崎潤一郎は「あの辺は明るすぎて」とても住めないといい、東灘岡本あたりの光が好みだったらしい、と書いている。

〈読後の一言〉
 ――父は母に、子供達について遺言を遺していた。「アンデルセンで育ててね」と。〔…〕逆境にあっても救いを信じ、救いを求め、時には救いをもたらすだろう。こわいものはないが悲しい事はあることを納得するだろう。本当に強いものは優しいとも、父は言っていた。(本書)

〈キーワード〉
悲しいこと こわいこと 旅 北側光線 神戸

〈リンク〉
湯川豊□本のなかの旅




玉岡かおる■ホップステップホーム!

20140612

2014.06.12ホップステップホーム

 だいたい私など、東京あたりで口を開けば一言で「関西の人でしょう」と見破られるが、続く会話で、
「へえ。じゃあ関西のどこか知っとう?」
と尋ねた瞬間、ズバリ、
「あっ、神戸弁」
とわかる人は少ない。

座っとう立っとう、となる語尾は確かに神戸。

だがよくよく聞けば、座っとる立っとる、何言うとんねん知っとんねんと、さらにエラソーなのが播州弁なのだ。
〔…〕

 須磨と垂水の駅でくっきり線引きされるという。なんとその駅の延長上、須磨浦山頂には播磨、摂津の国境線が存在するのだからあなどれない。

 人が地図を見失っても、行政がどのように境界線を混ぜ返そうとも、言葉はなお厳然と国境線を守っているという事実。

――「関西弁の境界線」


■ホップステップホーム! │玉岡かおる│有楽出版社│ISBN:9784408594064│2014年02月│評価=△

〈キャッチコピー〉
 嫁・妻・母として家を守りながら作家としても大人気の著者が、生まれて初めての一人暮らしに挑戦。仕事場のある大阪と加古川の自宅を往復しながら見えてきた夫婦の絆や家族の関係、そして新しい自分――著者初のエッセイ集。

〈ノート〉
 上掲のエッセイの中で、以下の記述がある。

 ――なにしろ神戸は明治以降、政治的な意図からわざと摂津の一部と播磨の一部を合体させてできあがった行政区画だ。外国への玄関口として開かれたものの、神戸の地面の多くが未開で人口も少なく、税収は隣のゆたかな播磨からまかなうほかはなかった。だから播磨も神戸もいっしょくた、というのも無理はないのだ。(「関西弁の境界線」)

 これは事実誤認。摂津の一部で神戸市が誕生したのは1889(明治22)年だが、播磨(垂水など)が神戸市に初めて加わったのは1941(昭和16)年、その後摂津・播磨の広大な農村地域が1947(昭和22)年に加わったのは、戦後の食糧確保のためだとされる。

 ところで著者は、播州三木で生まれ育った。

――実家は戦国時代の城下町の中にある。難攻不落は筋金入りで、町ごと立て籠もって秀吉を迎え撃った期間は1年10カ月にもおよぶ。
だがそんな籠城記録を持ちながら、物語では省略されてしまうのが常である。何度か放送された大河ドラマでも、ナレーションでさらっと流し「信長は播州三木を落とし備前へ進み」と、たった数秒語ってスルーされる。
(「播磨が天下をとれないわけ」)

 というわけで、『虹、つどうべし――別所一族ご無念御留』(2013)を自ら書き下した。が大河ドラマ『軍師官兵衛』がただいま進行中で、三木合戦はスルーされることなく、間もなく別所長治の悲劇が放映されるだろう。

〈読後の一言〉
 地元貢献に積極的な人で、本書でも県教育委員を引き受けたことを書いている。当方、この作家と図書館や先端医療の審議会で同席したことがある。会議では自ら数分、自説を述べて、委員としての役割をきっちり果たす人だった。

〈キーワード〉
関西弁の境界線 神戸弁・播州弁 三木市 

〈リンク〉
玉岡かおる◎お家さん


佐々木健一■辞書になった男 ――ケンボー先生と山田先生

20140530

2014.05.30辞書になった男

 どうやらことばは、コミュニケーションの道具でありながら、集団における情報や技術の流出を防ぐため、コミュニケーションを妨げるものとしても進化した。

 つまり、「ことば」には元来、意思疎通をはかるために“伝える”という要素だけではなく、わざと“伝わらないようにする”要素も含まれており、様々に変化し、多様化していくという、二律背反した要素が備わっているのだ。

ケンボー先生は、「ことばは、音もなく変わる」と言った。

山田先生は、「ことばは、不自由な伝達手段である」と言った。


 辞書に人生を捧げた二人の編纂者は、「ことば」というものの本質を見事に捉えていた。「客観」と「主観」。「短文」と「長文」。「かがみ」と「文明批評」。
 対立しながらも互いに存在感を放ち、屹立する。

 「ケンボー先生」と「山田先生」は、二律背反する「ことば」のように、表裏一体の関係のまま50年に及ぶ辞書人生を駆け抜けた。


■辞書になった男 ――ケンボー先生と山田先生 │佐々木健一│文藝春秋│ISBN:9784163900155│2014年02月│評価=◎おすすめ

〈キャッチコピー〉
 一冊の辞書(『明解国語辞典』)をともに作ってきた二人はなぜ決別したのか?なぜ一冊の辞書が二つ(『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』)に分かれたのか? 昭和辞書史最大の謎がいま、解き明かされる。NHKで放映された傑作ノンフィクション。

〈ノート〉
 手元に三省堂の国語辞典がある。表紙に『明解国語辞典』改訂版 金田一京助監修、とある。奥付を見ると、昭和18年初版、昭和27年改訂版、昭和41年改訂123版発行とあり、定価は500円。家人が20歳のころから使っていたものである。

 当方もときどき使っていたが、この辞書の最大の難点は、たとえばコンサアト(コンサート)、どおぶつ(動物)など、見出し語の表記が「徹底的な表音式である。現代かなづかいとは必ずしも一致しない」ことである。

 この辞書は、各人の分担として、「編集の大綱については金田一(京)がその衝に当たり、随時、疑問を明かにするところがあった。見出し語の選定と語釈には見坊が主として当たり、山田がこれを助けた。旧版の不備を指摘、修正することは山田が主として行なった」云々とあとがきにある。

 そしてこの『明解国語辞典』から、見坊豪紀(けんぼうひでとし)は『三省堂国語辞典』(累計1,000万部)に、山田忠雄は『新明解国語辞典』(累計2,000万部)に分かれていく。 

 本書は、その謎を追い、“二冊の辞書の誕生と進化を巡る、二人の男の情熱と相克の物語”である。著者の佐々木健一は、1977年生まれのテレビ・ディレクター。2013年4月にNHKBSプレミアムで放送された「ケンボー先生と山田先生」を元に書籍化したもの。


 見坊の用例採集カードは145万枚を超える。見坊は「辞書=かがみ論」を唱える。鏡として事実を映し出し、それを鑑の立場から選別する、というもの。
『三国』の一番最後に載ることばは、漫画、小説、雑誌などから採集した、これ。
【んんん】①ひどくことばにつまったときの声。②〔二番めの音を下げ、または、上げて〕打ち消しの気持ちをあらわす。

 山田『新明解』第4版に、こんなことば。
 きりはり【切り張り】「この著者は他人の著作の切り張りをやっている〔=他人の著作を盗んで来て、自分の著作のごとく扱っている〕」              
 コピペ、すなわちコピー・アンド・ペーストである。当時の辞書は、他の先行辞書から盗用、剽窃が多かった。そして山田は、『新明解』初版の序文に、「今後の国語辞書すべて、本書の創めた形式・体裁と思索の結果を盲目的に踏襲することを、断じて拒否する」と書いた。

 用例が“私的な事柄”が多いことを、本書で知った。
 「山田といえば、このごろあわないな」(『三国』2版)
じてん【時点】2月9日の時点では、その事実は判明していなかった」(『新明解』4版)
 著者は、この2月9日という日付から、二人に亀裂が生じた謎を解明していく。

 見坊豪紀と山田忠雄。東大の同級生であり、『明解国語辞典』で共同作業をやりながら、やがて『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』に分かれていく二人。そのそれぞれの人物像が、二転、三転する。そこがノンフィクションの醍醐味かもしれない。

〈読後の一言〉
辞典といえば、中学生の孫娘に三浦しをん『舟を編む』を、また高校入学祝いに電子辞書を贈ったが重宝しているらしい。当方はもっぱらネットで、紙の辞書を引くのは『逆引き季語辞典』くらいになった。

〈キーワード〉
見坊豪紀 山田忠雄 金田一京助 三省堂国語辞典 新明解国語辞典

〈リンク〉
三浦しをん▼舟を編む
荒川洋治▼ラブシーンの言葉



加賀まりこ□純情ババァになりました。

20131107

20131107純情ババアになりました

ある日、舞台装置が出来上がってきて「明日からここで稽古するから見ておけ」と言われ、スタッフ、キャスト、打ち揃って本番用のセットを眺めていた。

その時、偶然私と隣り合わせに立っていたのが当時、日生劇場の若き重役だった石原慎太郎さん。

……水の精オンディーヌが湖に還りゆくというラストの場には、見るからに幻想的な装置が組まれていた。と、そこに照明が入った瞬間! 舞台の景色は私の想像をはるかに超える別世界に変わったのだ。

思わず息をのみ「ワアーッ、すごい!」と口走った私に、石原さんが言った。

「キミね、そういう表現はみっともないよ。人はもっといろんな語彙を持っているはずで、感想を述べる時に“ワア、すごい”で片付けるのは、いかにキミのボキャブラリーが貧困かってことだよ。

女優として恥ずかしいと思いなさい


スパーン!と心に飛び込んでくる言葉だった。


□純情ババァになりました。 │加賀まりこ│講談社│文庫│ISBN:9784062760690│2008年08月│評価=○

〈キャッチコピー〉
傷つくことを怖がって、待っているだけの人生なんてツマラナイ。好奇心のおもむくままに、自分の感性に正直に。かつての早熟少女時代から、自称・純情ババァとなった現在に至るまで――媚びない女優・加賀まりこが、自分の目で見て、考え、感じてきたことすべてを綴るエッセイ集。

〈ノート〉
『安井かずみのいた時代』(島崎今日子・2013)を読んで気になったのは、1960~70年代の文化人の溜まり場だったイタリア料理店「キャンティ」のこと。そしてあとがきに「取材を引き受けてもらえなかった証言者がいるのは、心残りである」とあり、まず親友だった加賀まりこの名が浮かんだ。

で、本書を手にとった。これは加賀まりこの半自伝的な作品『とんがって本気』(2004)に加筆、改題したもの。もちろん安井かずみも登場する。

赤坂のディスコの店『ビブロス』で毎晩ベロンベロンに酔っている安井かずみを見つけ車で彼女の部屋まで連れて帰った。「私はそんな“看護婦役”が決して嫌ではなかった。友達って、そんなふうにどこかで“松葉杖”の役目をし合えることが大事なんじゃないだろうか」。

――磁石のごとく強烈に引き合い、時には殴り合いの喧嘩もしながら、姉妹以上に密度濃く付き合ってきたのだと思う。互いに、一生得難いような友達。が、しかし、そんなかすみと私は、ある時期から相手を思いながらも疎遠になっていく――。(本書)

安井かずみが加藤和彦と結婚したとき、「今日で彼女の看護婦役を卒業します」とスピーチし、祝福する。少しずつ疎遠になり、彼女が変わっていくことに淋しさを感じ、「もっと素朴をよしとするところに還ってきなよ」と言いたかったのに言えなかった、と。

「でも、かずみは“自分が一番好きな自分”を演出して人生を紡ぎ、終止符を打ったのだから。女優以上に“女優”だったのかもしれない」(本書)。

『安井かずみのいた時代』にインタビューに応じなかった理由を本書から見つけ出せなかった。が、間もなく古稀を迎える加賀にとって、20年前に亡くなった安井の思い出は語りつくしており、今になって話をする気になれなかったのかもしれない。

その安井と同様、加賀も恋多き人生だった。未婚の母騒動、ミュージシャンとの恋、女にだらしないテレビ局の男との結婚、離婚、一回り以上年下の男との恋、妻ある出版人との恋と死、などなど。60歳を越えてからも“事実婚”のニュース。

上掲は、21歳、日生劇場での初めての舞台『オンディーヌ』でのこと。石原慎太郎は、当時30代前半。「言われた瞬間、シマッタ!と思ったのは事実。心に押し寄せた感動をそんな言葉でしか言い表せなかった自分が恥ずかしかった。同時にそれを指摘してくれた石原さんを、なんて親切なオジサン(!!)だろうと思った」(本書)。

〈読後の一言〉
作家や編集者など「私の耳学問の“教授陣”は当代一流、豪華絢爛」というトモダチ・リストはまことに贅沢。生意気な小娘が成長し、“ズカズカ踏み込まず・さっぱり・きっぱり”の距離感をもって、やがて古稀を迎える。

〈キーワード〉
すごい! ボキャブラリー 石原慎太郎 安井かずみ

〈リンク〉
島崎今日子□安井かずみがいた時代


佐藤良明/柴田元幸□佐藤君と柴田君の逆襲!!

20131009

20131009佐藤君と柴田君の逆襲

ページをめくって「ふら」にいくと、ブラ(ブラジャーの略)からフライ(揚げ物)まで洋の言葉の18連発。「ふら」で始まる約260語のうち、9割弱がカタカナ言葉だ。

まるでスッポンのような吸着力である。

国力に優る相手に対時して、相手の言葉をどんどん吸い込み国風化する日本語のパワーと気合い。

このごろでは「訓・音・英語」を三つ備える日本語が増えた。「ひらく/かい/オープン」「だいどころ、厨房、キッチン」の使い分けを僕らは楽々こなしている。

和漢洋、三つのレベルをしなやかに行き交う言語をもって、少なくとも文化的には繁栄している国民から、その繊細華麗な日本語思考を取り上げて、「英語で授業」をすることがどういうことか、まず理解すべきである。

目の前の英文を、日本語による理解にどう収めるかを目的として、緻密な「国風化英語教育」を練り上げてきた一億国民。その百年の営みを逆転させるのが簡単であろうはずがない。

――「四月ふつつか」(さ)


□佐藤君と柴田君の逆襲!!│佐藤良明/柴田元幸│河出書房新社│ISBN:9784309022000│2013年07月│評価=△

〈キャッチコピー〉
英米文学の名翻訳者・紹介者として知られ、ポップカルチャーにも造詣の深い二人が、同僚時代の東大裏話にはじまり、翻訳論、音楽論、世代論、本をめぐる話など縦横に語り合うジョイント・エッセイ集。

〈ノート〉
佐藤良明、1950年生まれ。柴田元幸、1954年生まれ。二人は1995年に『佐藤君と柴田君』を出した。その帯に「佐藤君は東大の先生。柴田君も東大の先生。そしてこの本は、当代一のセンセイション」とあった。それを見た柳瀬尚紀氏から、東大の先生がションベンをしているようでよろしいとの評をもらったという。

前著から20年近く経過し、再びジョイントでの雑文コラム集である。

上掲は(さ)氏による『広辞苑』第6版のページを繰りながらのお話。
以下は、(し)氏の「ただいま翻訳中」というコラムから……。原文は( )ではなくルビ。 

――目下トマス・ピンチョンの『メイスン&ディクスン』を訳していて(※その後2010年に新潮社より刊行)、原文が擬古文であるのにあわせて、古めかしさを醸し出そうと、通常カタカナで表記される普通名詞もすべて漢字で書き、ルビをつけている――窓幕(カーテン)、乳酪(クリーム)、陰翳(ニュアンス)…‥といった具合。

そこでお世話になっているのが、吉沢典男・石綿敏雄著、1979年刊の『外来語の語源』(角川書店)と、1928年刊の『三省堂英和大辞典』。〔…〕

むろん、これらの辞書に載っていなかったり、載っていてもしっくり来ない訳し方しかない言葉も当然出てくるわけで、そういうときはもっともらしい言い方を捏造する。鯨骨腰衣(コルセット)、秩序攪乱者(トリックスター)、白醤煮込(フリカッセ)はちょっと苦しいか……。
(本書)

(さ)氏と(し)氏の二人は、「なんとなく二人で一組のように見られがちで、時にはほとんど入れ替え可能と思われてるんじゃないかという気がすることもあった」と書いている。

〈読後の一言〉
元より当方、翻訳書から遠ざかって久しいので、両先生に縁はない。(さ)氏と(し)氏のこのコラム、果たして「入れ替え可能」かに興味をもった。入れ替え可能のようである。

〈キーワード〉
広辞苑 「訓・音・英語」 ルビ

〈リンク〉
柴田元幸◆それは私です


山口謡司□日本語にとってカタカナとは何か

20131008

20131008日本語のとってカタカナ

日本語の中に溜っていく外来語は、世界の潮流の最先端で使われる言葉を、地層のように積み上げてきたということである。〔…〕

〈カタカナ〉とは言うならば、言語の正倉院たったのである。

我が国の文化は、世界からさまざまなものを輸入し、そしてそれを独自に発達させながら、世界に誇るものを創ってきた。「畳」「柔道」「着物」などは、いまや、ローマ字の「tatami」「judo」「kimono」となって外国でも使われている。グローバル化によって、日本語も国際語を供することになったのである。

しかし、こうした文化を創るためには、柔軟に外国のものを受け入れでいくための機能が必要であった。

〈カタカナ〉は、まさに、その柔軟性をもって外国語を受け入れ、日本の文化に浸透させる役割を果たしたのである。

これなくしては、日本語はこれほどまでにおもしろく発達することはなかったであろう。


〈カタカナ〉は、文化の最前線で戦う日本語の格闘家たちなのである。

――第9章 カタカナ語論


□日本語にとってカタカナとは何か │山口謡司│河出書房新社│ISBN:9784309624426│2012年04月│評価=○

〈キャッチコピー〉
テンプラ蕎麦と書いてあると、どこかヘンに感じるのはなぜ? 漢字、ひらがな、カタカナの三種類の文字を使い分けるのが日本語の特性。しかしカタカナはいったい何のためにあるのか? その歴史と機能をエピソードたっぷりにつづる、画期的な日本語論。

〈ノート〉
たとえば「マニフェスト」は、本来「主張する」という意味だが、日本に来てカタカナ語になると「公約」という意味に変化する。

――和製外来語と呼ばれるカタカナ語は、日本人の知恵とセンスが融合した独自性が際立っている。カタカナ語の飽くなき変貌、斬新な発想はたまらなくおもしろい。それは我が国の文化そのものである
 
と著者はいう。また「マニフェスト」を「まにふぇすと」とひらがなで書くと違和感を感じるが、

――まだ日本語として同化するには時間的にも日が浅く、日本の文化のなかにしっかりと根付いたものではないという感覚を受けるからに他ならない。

つまり、このカタカナ語は、日本語としては未熟な段階にある、と言う。

こんな一文がある。いつごろ書かれたものだろうか。

――すべてを文字の意味によって漢語で書き表したとしたら、古語が持っている心を表すことができない。かといってすべての発音をそのまま万葉仮名で書いたとしたら、いたずらに文章が長くなってしまう。だから、時には一句の中でも音と訓を交えて使い、時には一句の中すべてを、意味を取って漢語で書き表したのである。

なんと太安万侶『古事記』の序文である(著者の訳)。

こんな挿話も……。

坂口安吾が1942年に新聞に書いたものによると……。ラジオとかアナウンサーという外来語を使用するのはけしからんと論じている人がいるが、まだ我々文化は話にならぬほど貧困である。ラジオは日本人が発明したものではない。このような言葉は発明者の国籍に属するのが当然。我々は文化の実力によって、言葉を今後闘い取らなければならない、と。

そういえば柔道用語にしろ料理用語にしろ、日本語がそのまま国際語になっていく例が増えたきた。

中国では、たとえば「コンピューター」を「電脳」、「キーワード」を「関鍵詞」、「インクジェットプリンター」を「噴墨打印機」と漢字に翻訳して使われる。中国語を母国語としない人は理解しにくい。

――こうした中国語に対して、日本語にカタカナがあるのは、ヨーロッパの文化を受け入れるのに非常に有益であった。外国語をカタカナという音で表せば、それで済む。(本書)

〈読後の一言〉
カタカナ語の氾濫に渋面をつくる論調が多いなか、本書は日本語のなかで奮闘するカタカナ語の応援歌である。

〈キーワード〉
日本語の格闘家 古事記 坂口安吾 文化の最前線


丸谷才一□無地のネクタイ

20130517

20130517無地のネクタイ


ところで、一つ作ってもらひたい辞書がある。引用句辞典である。〔…〕

英米の家庭でこれを備へつけるのは、差当りクロス・ワード・パズルのためらしいが、あのパズルの出題で引用句からみのものが多いのは、彼らの文化それ自体が引用句に満ちてゐるからだ。

政治家の演説も、新聞の論説も、長篇小説の題も、日常の会話も、典拠を持つことがしばしばである。

そのへんの事情を最もよく示すものとしては、はじめて『ハムレット』を見た女の人が、「変なお芝居ねえ。誰かが言った文句ばかり集めて書くなんて」とつぶやいたといふ笑ひ話がある。

かういふジョークを作るやつは偉いよ。


実はわれわれの文化も、かつては引用づくめだった。

――「ほしい辞書」




□無地のネクタイ │丸谷才一│岩波書店│ISBN:9784000022286│2013年02月│評価=○

〈キャッチコピー〉
古今東西にわたる広く深い教養を背景に、多彩な仕事を遺した文学者、丸谷才一。自由闊達な想念、社会と切り結ぶ問題意識、洒脱な文章表現。エッセイの真髄をここに示す。

〈ノート〉
丸谷才一、2012年10月没。87歳。もう名人芸のエッセイを読めないと思っていたら、「図書」連載をまとめた本書が登場。かつて、トリビアの宝庫にして、品格ある猥談、ちょっと余談にして、引用の名手、と評したことがある。

はじめて丸谷才一の本を買ったのは、『女性対男性―会話のおしゃれ読本』(1970)だったと思う。もう40年も読者だったのか。まだ丸谷の名前は売れておらず、旧制新潟高校の後輩で、売れっ子の野坂昭如が“跋”のようなものを書き、丸谷を宣伝していたような記憶がある。この寡作の作家が文壇の大御所になるとは……。

本書でも、「私怨の晴らし方」「学問の本の文体」「架空美術展」「女房が、女房について、女房のために書いた文学の研究」「欠伸する虚子」「春画、春本、そして伝記」など、魅力的なタイトルで読者を誘う。 

しかし巻末で池澤夏樹が書いているように、いつもの「オール語物」に連載されたエッセイとは若干肌触りが違い、硬い。「文藝春秋と岩波書店それぞれの社風に合わせて書き分けたのだ」と池澤は言う。

それでも「名前をつける」など、喫緊のテーマがないときの定番ネタもある。日本海軍の軍艦名は趣味がよかつたと名前をあげ、近頃の相撲の醜名に転じ「風雅な趣と縁遠く、様式美が乏しい」と嘆き、本論である“できの悪い地名”、東かがわ市、四国中央市、伊豆の国市など知恵がない、つくばみらい市というのは情けないと。

――しかしめっぽう気に入った新地名もある。一つは石川県の白山市。名山にちなんで柄が大きくまことに楽しい。〔…〕もう一つは静岡県の裾野市。富士を誇って言ふほのめかし方に風情がある(本書)。裾野は単に位置を示したものだと思うが。

〈読後の一言〉
丸谷才一といえば、和田誠の装幀、挿絵、バー・コードの無い裏表紙、そして丸谷式かなづかい。

〈キーワード〉
引用句辞典 ハムレット クロス・ワード・パズル 

〈リンク〉
丸谷才一●人間的なアルファベット



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平成引用句辞典2013.02~
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