発掘本・再会本100選★名君の碑 保科正之の生涯|中村彰彦…………☆評伝的小説で“発掘”された肥後さま

20170905

2017.09.05名君の碑


「かえりみまするに天守閣とは、織田信長公の築きたまいし安土城のものがはじまりだったのではござりますまいか」

 さらに、正之はことばをついだ。

さりながら豊臣家が大坂城に滅ぶまで、天守閣がいくさのおりに要害として役立った例は史書に見えませぬ。

すなわち天守閣とは、そこに登りさえすればただ遠くまで見えるというだけのしろもの。


 大火後の公儀の作事がさらに長引くならば下々の暮らしむきの障りになるやも知れず、いまはかようの儀に国家の財を費すべき時にあらず、とそれがしは愚考つかまつります」


★名君の碑 保科正之の生涯 |中村彰彦 |文藝春秋|」1998年10月/文庫版2001年10月|ISBN: 9784167567057|〇

 当方の東北ひとり旅シリーズは、福島県を残すのみとなったが、体調を崩し、断念したままである。そこで福島ゆかりの本書を手にした。

 将軍家光の異母弟にして、のちの会津藩中興の祖保科正之は、その輝かしい功績は知られることなく、歴史に埋もれていた。それはもちろん明治薩長史観による朝敵会津だからだろう。未読だが、中村彰彦には、『保科正之――徳川将軍家を支えた会津藩主』(1995)、『保科正之言行録――仁心無私の政治家』(1997)の著書があり、光をあて、歴史に再登場させた。

 保科正之が四代将軍家綱の輔弼役としての功績を、著者は列挙する。

1 家綱政権の「三大美事」の達成(末期養子の禁の緩和、大名証人〔人質〕制度の廃止、殉死の禁止)。
2 玉川上水開削の建議。
3 明暦の大火直後の江戸復興計画の立案と、迅速なる実行。


 このうち明暦の大火は、江戸時代最大の火事で、江戸の町の6割が焦土と化し、10万人が焼死した。このときの保科の判断。

1 火事が城に迫ったとき、天下のあるじ家綱を軽々しく城外へ非難させるのはもってのほか、と反対。
2 幕府の米蔵が焼けたとき、火を消して米を持ち出せ、すなわち窮民は火消しに、蔵米は救助米にと一石二鳥の案。
3 諸大名に帰国を命じ、米の需要を減じ、米価を安定。
4 主要路の道幅を6間(11m)から10間(18m)になど大胆な復興計画。

上掲の天守閣再建問題は、そのときのもの。この江戸城の天守閣はついに再建されなかった。明治以降、宮城、皇居と名を変えた。もし天守閣が復活していたら、天皇家はこれほど親しみをもって存在したか疑問である。

 保科は、高遠藩、山形藩、会津藩と国替えがあるのだが、住民たちも保科を慕いついてきた。

  ――今日も長野県高遠町と福島県会津若松市とに、共通する姓が多いことは知る人ぞ知る事実。会津若松市のそば屋にかならず「高遠そば」という品書きがあるのも、正之にはじまった両地方の歴史的むすびつきを示す事例のひとつだ。

 いずれにしても、去った土地では惜しまれて臼ひき唄に歌われ、あらたに統治した土地で善政をまた唄に歌われた大名というのも珍しい。
(本書)

 会津藩主としての業績は、飢饉の年にも餓死者がなくなった社倉制度の創設、また間引の禁止等がある。そして、「あんずの種をそっと土に埋めるように、生涯を閉じる前にわが会津藩に不変不動の精神を植えつけておきたい」と会津藩の憲法である家訓十五ヵ条の「会津藩家訓」の制定。

一、大君の儀、一心大切に忠勤を存ずべく、列国の例をもってみずから処(お)るべからず。
もし二心を懐(いだ)かば、すなわちわが子孫にあらず、面々決して従うべからず。


 「徳川将軍家に対しては一心に忠義に励み」云々というもの。歴史の恐ろしさは、保科正之から200年後、9代藩主松平容保が家訓にそって京都守護職を受け、戊辰戦争を経て、“賊徒首魁”会津藩は下北半島の斗南藩に移封(10/1に縮小)。石光真人編著『ある明治人の記録』の柴五郎のことばを使えば、「挙藩流罪という史上かつてなき極刑」となる。

 さて、当方、福島へは以前、猪苗代湖を見下ろす磐梯山の麓に宿泊、会津若松の県立博物館へ、また福島市へ出張の折は県立美術館を訪ねたことがある。

 そこで今回のひとり旅は、旧磐城平藩(保科正之の正室は磐城平藩主内藤政長の娘菊姫)であるいわき市、その3.11の傷跡のままの海岸線を塩屋岬まで車で走ること、大内宿を経由して只見川河畔に泊まり、会津柳津町の斎藤清美術館を訪ねることを考えていた。その木版画の会津の風景が今も車窓に残っているのを祈って……。

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金 香清★朴槿恵 心を操られた大統領 …………☆“秘線”たちがつくった「朴槿恵システム」の崩壊

20170826

2017.08.26朴槿恵心を操られた大統領


 実は、朴槿恵も崔順実のように文章を区切らず、「これ」「それ」といったあいまいな言葉を乱用し、脈絡なく話すことで知られていた。

 2017年1月2日、彼女は弾劾訴追後に記者たちを集めて、懇談会を開いている。朴槿恵大統領にしては珍しいサービス精神に思えるが、国民から激しく糾弾されていたこともあり、記者たちに本音を聞いてほしかったのだろう。

 ところが、大統領の肉声を聞くため集まった多数の記者たちは戸惑った。

その日はいつもの会見と違って原稿がないからか、話に脈絡がない上に、「そこ」「これ」など代名詞が多くて、大統領が何を言いたいのか理解しにくかったからだ。


 <しかしこうやって、ほかのなんていうか、報道というか噂、話、どこかの放送に出たのを見ると、あまりに多くの歪曲、誤報、そこに虚偽がそのまま乱発されて、それで思い通りにならないように、どこからどこまでが事実なのか、

また見ると「それも事実でなかった」、少し経つと「いや、これも事実でなかった」という風に言って広報室で:、こうやっていては終わりがないと、それで青瓦台ホームページに誤報を正しますとしてやって、

やったのにそれも全部はできなくて、いまあることだけでも数十あるし、おそらくすべて合わせると数え切れないほど多いでしょう>


★朴槿恵 心を操られた大統領 |金香清 |文藝春秋|2017年4月|ISBN: 9784163906157|○

 朴槿恵(パク・クネ、1952~ )は、2013年2月、大統領に就任したが、セウォル号事件への対応不備や崔順実(チェ・スンシル、1956~)ゲート事件など一連の不祥事により、2017年3月大統領弾劾で罷免された。現在はソウル拘置所、12㎡の特別独房に収監されている。薄緑色の服を着、番号「503」で呼ばれている。

 さて、上掲は青瓦台の常春斎という建物内での大統領懇談会。日付が2017年1月2日となっているが、中央日報日本語版によれば1月1日。記者団にあいさつをした後、一人一人に握手をした。43分間続いた懇談会で、朴大統領は「徹底的な自己防御」をした。

 崔順実被告について「数十年来の知人だが、だからといって知人がすべてをするわけがない。大統領の責務と判断があるのに、どうやって知人がすべてを行うのか」と語った。自らを「操り人形」などと言われているのを念頭に置いた発言である。

 予告なしの「報道前提」の懇談会だった。にもかかわらず自由な取材は認めなかった。ノートを持って懇談会場に入ることも、音声を録音することも許可しなかった。

 それなのになぜ上掲の朴槿恵の発言の一部が一言一句まで紹介されているのか疑問だが……。

 当方つねづね疑問に思っていたことが二つある。

 第1は、大統領への報告はメールやファクスによる「書面報告」がほとんどだという。そして大統領は側近や閣僚らの多くとの意思疎通ができない“不通(プルトン)大統領”だと批判されたりする。
 では、対面で会話せず、表情、態度を見ず、「書面報告」のみで内政、外交の判断をする“朴槿恵政策決定システム”はなぜ生まれたのか。

 それはまず青瓦台(チョンワデ)の物理的条件。青瓦台本館は、15万枚の青い瓦の2階建て。大統領の接見室・執務室・会議室など執務機能が集中する建物。秘書棟は、3棟ありスタッフの執務室。官邸は、大統領とその家族の住まい。それぞれに大統領執務室がある。
 
 大統領は住まいである官邸から本館へ行き、会見、会議など公式日程をこなすが、そのほかはほとんど官邸にいて、食事も一人でとるという。

 部下からの報告には、必要に応じ電話で問い合わせたりした。政治は、大統領、官僚、秘書=参謀のトライアングルで行われる。王朝時代の宦官のような秘書は約700人いるが、朴槿恵の議員時代からの「ドアノブ3人組」という3人の秘書官のみが大統領と直接、対面できた。ほかの秘書らに情報を遮断するとともに、国会議員も直接大統領に面談できなかった。

 このシステムをつくったのが、鄭潤会(チョン・ユンフェ)である(後述)。

 第2に、“秘線”という密かな線路の向うにいる影の人物(本書では「黒幕」としている)は、なぜ朴槿恵を操ることができたのか。

 朴槿恵の自叙伝『絶望は私を鍛え、希望は私を動かす』(大統領就任以前の2007年刊行)を“秘線”崔一家の記述を探して、読み直してみた。 
 
 79年朴正煕大統領暗殺され、全斗煥政権になると、新しい権力に取り入ろうとする人びとによって朴正煕の名誉は、嘘や推測、非難一色で罵倒され歪曲され傷つけられる。側近たちさえ、冷たく心変わりしていく。その失意のどん底にいた朴槿恵に崔一家が入り込む。そして88年に父・朴正煕の追慕事業で旧セマウム奉仕団の崔一家のみが「冬に初めて松の青さを知る」という言葉のように協力してくれたとの記述がある。

 朴槿恵にとっての秘線とは、崔太敏という大韓救国宣教団(のちの「セマウム奉仕団」)を設立した牧師であり、その娘、崔順実であり、娘の夫であった鄭潤会である。

崔太敏(チェ・テミン、1912~1994)は、74年朴正煕大統領の夫人・陸英修が暗殺された後に娘・朴槿恵に接触し、陸の霊の話をして「洗脳」し、当時23歳の朴槿恵を教団の名誉総裁にする。そして朴正煕の青瓦台を自由に出入りしていた。朴正煕大統領が79年に暗殺された後、いずれ朴槿恵を大統領にするべく動くが、94年に死去。

 鄭潤会(チョン・ユンフェ、1955~)は、崔太敏の秘書であったが、95年、その娘・崔順実と結婚する。98年朴槿恵が国会議員に出馬時から秘書のトップとして07年まで仕え、14年セウォル号事件時もずっと“秘線”であり続けた。「あの方が最初に政治家になった時から一緒に働いてきた。あの方の精神的な苦痛を横で黙って見ながら『死んでもいい』という覚悟で仕えた」(本人)。

 崔順実(チェ・スンシル、1956~)は、「セマウム奉仕団」で朴槿恵と知りあう。06年朴槿恵がテロの遭ったとき、病院で家族のように看護した。朴政権発足時から大統領並みの待遇を受け、検問もなしに青瓦台に出入りした。文化・体育事業などのミル財団、Kスポーツ財団を設立し、財閥から金を吸い上げるシステムをつくるなど、さまざまな利権に介入し私腹を肥やす。

 この3人が朴槿恵を“洗脳”し、操縦していた。

 さて、14年4月に発生し295人が死亡した旅客船セウォル号の沈没事故で、当日の朴槿恵大統領の動静がはっきりしていない、いわゆる「空白の7時間」をめぐる疑惑が生じた。

 事故が起きたのは朝の9時頃。韓国中の国民がテレビの画面を固唾をのみながら見守っていた。10時頃、大統領は書面で初めて報告を受けてから、午後5時過ぎに対策本部に姿を現すまでの7時間、乗客を救出できず時間を追うごとに船が沈んでいく様子が生放送されていた。朴大統領はこの日、21回(国家安保室10回、秘書室11回)の報告を受けたが、書面と電話だけで、対面での報告も、大統領主宰の会議もなかったという。

 この空白の7時間に大統領は鄭潤会(チョン・ユンフェ)と密会していたと一部メディアが報じた(孫引きした産経ソウル支局長が名誉棄損で起訴された、のちに無罪)。この直後、鄭潤会と崔順実とは離婚する。 彼は自分が朴槿恵から信頼されていることに、妻の桂順実が嫉妬したからだと離婚の理由を話す。

 以後崔順実は金を吸い上げるだけでなく、鄭潤会という“司令塔”に代わり政治そのものに介入する。毎日、青瓦台から30センチほどの厚みのある大統領の演説草稿や閣議での発言、政府高官の人事案などの報告資料を受け取りチェックする。多くの政府関係者が訪れ、大統領のスケジュールや国の政策について話しあっていたという。崔順実のタブレットに大統領の演説文が保有されていたし、20もの借名携帯電話を使い分け、朴槿恵とのおびただしい通話記録も残されていた。

 ――果たして彼女には本当に黒幕たる能力があるのだろうか。脈絡のない話し方、緻密さに欠けた行動、リーダーシップの欠如、わがままで周囲を振り回し、組織を恐怖心でまとめようとする発想。どれをとっても稚拙としか言いようのない資質ばかりが目立つ。(本書)

 また、「ドアノブ3人組」は崔順実との通話記録を録音していた。「脈絡がなく話すので、一度では内容を聞き取れなかった」からである。上掲の朴槿恵大統領の会話と同様に二人は思っていることを、正確に伝わるように言語化できないのだ。こうして多くの“証拠”を残し墓穴を掘った。

 朴槿恵という最高権力を崔順実は離婚後「独り占め」した。鄭潤会という司令塔を失って、政策はブレ、場当たり的で迷走する。

 こうして16年10月末に発覚した「崔順実ゲート事件」は、TV朝鮮、ハンギョレ、JTBCなどのスクープ報道等により、朴槿恵大統領を追い込んだ。

著者金香清(キム・ヒャンチョン)はフリーランスのライター、翻訳者。著者の韓国への取材によってメディアでの騒がれ方がよく分かった。なおこの一文は本書と中央日報日本語版などを参考に“朴槿恵備忘録”としてまとめてみた。

朴槿恵★絶望は私を鍛え、希望は私を動かす


岸川真★亀井静香、天下御免!…………☆慰安婦像は、お地蔵さんのようにどんどん建てればいい。

20170802

2017.08.02亀井静香、天下御免


 終わりと始まりはいついかなる時も来る。

 ダメだという時に浮き上がりもすれば、イイ時に沈む日もある。これに右往左往していたんじゃ駄目なんだというね。死の宣告を逃れた後に、警察の上級の発表があるわけ。行ってみると、7番で合格だった。

 だから人生は振り返っちゃいかんのですよ。

愚かしいことをやったり、苦労をしても振り返ったら、かえってソレに足を取られて苦労するんじゃないかな。


 むしろ、いつも前だけを向いて進んでいけば、人生の岐路、難所なんか何ということもないのではないかな。


★亀井静香、天下御免!|岸川真|2017年6月|河出書房新社|ISBN: 9784309248028|○

 亀井静香(1936~)は、最高齢の衆議院議員、建設大臣など歴任。いかつい顔だが、どこか愛嬌があり、ブレのない言動に右から左まで多くのファンがいる。その波乱万丈の人生を語ったもの。

 広島県比婆郡山内北村(現・庄原市)という山間の貧村で育った子どものころから東大経済学部卒業までの前半は、青春小説を読むように痛快無比。

 就職活動は「生意気とこの顔は変えられない」で、つぎつぎ失敗し、先輩に当たる人に誘われ別府化学工業大阪本社(現・住友精化)に入社(この工場が当方の住む町にあり、多少の縁がある)。しかし60年安保騒動を間近に経験し、警察を立て直そうと一念発起、1962年警察庁に入る。

率直に語る亀井だが、具体的に話さない2か所がある。
 その一つは、警察庁警備局情報担当キャップの5年間。斃れる部下、「人格が破壊されて辞めていく」部下がいた過激派組織対策のとき。
 もう一つは、細川護熙首相時代、夜陰に紛れて殿さまの首を取る話。細川がわずか9か月で首相の座を下りたのは、佐川急便ヤミ献金や国民福祉税構想ではなく、亀井がつかんだ“抜き差しならぬ”倒閣情報のためだという。具体的に記述していないが、汚職という犯罪は、誰にでも当て嵌めることができる、「捜査して初めて明るみにでる犯罪」だと書いている。

 政治家としてもっとも活躍したのは、その後の自社さ連立政権構築に奔走したこと、そして村山富市首相を支え運輸大臣として阪神淡路大震災復旧復興など。
 
 小泉純一郎政権では、なんども政策協定違反で煮え湯を飲まされるが、“純ちゃん”は抗議しても女の話ばかりしてはぐらかしばかりだったと。小泉“改革”の嘘を徹底的に批判している。その“純ちゃん”に郵政民営化選挙で広島6区にホリエモン堀江貴文を刺客に送り込まれる。

自民党、国民新党、無所属と1979年以来連続当選で衆議院議員を続ける。政治家は安定した選挙区をもてば、安心して自由に政治活動ができる。

――俺の場合は党じゃないんですよ、党は関係ない。零細や草の根の血盟団みたいな感じになっているから、その後も政治活動を自由にやれたんです。党が怖いわけでもないから党を出たって関係ない。国民新党を辞めて無所属になっても変わらないんだ。良い人に巡り合って、それがずっと続いていってる。

 ――故郷の須川で隣に住んでいた、大迫さんの封書です(財布から古い封筒を取り出す)。94歳の時に私へこの封筒へ10万円を入れて下さった。政治に使ってくれと。ここに「谷間の美田は草原に/時の流れの悲しけり/美しい国とは昔の言葉/国の未来が思いやられる」そう書かれています。大迫さんは大金を託してくれた。これは私の心に突きさきったままです。
(本書)

 当方がもっとも賛同するのは慰安婦問題での亀井の考え方だ。

 ――慰安婦像について日本国内で大きな反発はあるけど、私はそうしたひどい目に遭ったと思っている人が、そうしたいと仰るんなら好きなようにおやりになったら良いと考えます。
 日本で道々に地蔵さんがあるでしょう。あれと同じように気が休まれるなら地蔵さんを建てるように、どんどんお建てになったらいい思うんです。国辱ではないかと言う輩もいるでしょうが、被害を受けた方はいつまでも覚えているものだ。占領された、植民地支配を受けたほうが忘れません。
(本書)

 当方は、慰安婦像は好きなだけ設置すればいいと思っている。それが地蔵像のように地域で親しまれ続けるか、二宮金次郎像のようにいずれ時代に合わず撤去されるか、韓国民に委ねればいい。ゴールポストをどこまで動かすのか、韓国民の心情は推し量れないが。

 ――主義でもないけど、見栄も張らない、恩も売らない、媚もしない。三ないだ。加えて可愛げもない議員だったんです(笑)。(本書)

「彼の人生から信念の在り処を窺い知れれば、先の読めない時代に生きる我々の,〈ひとつの処方箋〉に
なりうるのではないだろうか」と著者岸川真はいう。

 ――だからこうやってね、栄耀栄華で暮らしていて、エラそうにあなたに話していてさ。後ろめたさなんてねえと断言しなから、俺は偽善者だなと思うわけだよ。〔…〕ふーん何を言っているんだアイツは。そういう眼が、俺をじっと睨んでいるじゃないかと感じられてならないんだ。(本書)

 亀井静香。含羞の人である。
 

成毛眞★この自伝・評伝がすごい!  …………☆山口敬之『総理』や安倍を褒めようとしたが、できなかった(著者)

20170717

2017.07.17この自伝・評伝がすごい


安倍の返答を記している。

「総理大臣になることや総理大臣であり続けることが重要なのではなく、総理大臣になって何をするかが重要なんです」。

 ここで著者が強調したいのは「何をするかが」という部分だが、注意すべきは「総理大臣になって」の部分だ。つまり総理になってやらないと意味がないということである。

よって、安倍が「総理大臣になることや総理大臣であり続けることが重要なのではなく」の部分は嘘で、あくまで総理であることが重要なのだ。何故か、総理大臣の専権事項がたくさんあるからだ。

安倍以外、興味がない憲法改正など、総理でなければできるはずもないのである。

憲法改正が現実味を帯びるのは「いちばんやりたい安倍が総理大臣だから」なのだ。


――幸運力・安倍晋三(山口敬之『総理』)


★この自伝・評伝がすごい! |成毛眞|KADOKAWA|2017年4月|ISBN: 9784046019257|△

 HONZという書評サイトがあり、著者はその代表者。ブロガーと思われるメンバーがノンフィクションを書評する。以前、『紙つなげ!』という企業PR本を大々的にほめていたり、「今週のいただきもの」という出版社から送られてきた本を紹介したり、恣意的な書評サイトだと思っていた。したがって著者の本を手にするのは、初めて。だが、一味違っていた。

 パラパラとページを繰っていたら、山口敬之『総理』を扱っていた。準強姦罪容疑で逮捕状まで出ていたあの山口敏之の事件発覚前の著書である。いったん書棚に戻そうとしたが、どう安倍の“評伝がすごい!”と褒めているのか知りたくて、本書を手に取った。

 ――この推薦本(山口敬之『総理』)は、冷静さを欠くほどの安倍礼賛本である。著者は、安倍との出会いについて「当初からウマが合った」とし、2000年以来の関係を「時には政策を議論し、時には政局を語り合い、時には山に登ったり、ゴルフに興じたりしたと書いている。

 挙句の果てに出てくるのが「栄光と挫折を足掛け1 6年にわたって至近距離で見てきた」という一節だ。もちろん、時の宰相を描くときに自身が何ものであるかということをつまびらかにすることは重要である。ただ、シビリアン・コントロールを任せられている国民が、総理を捕まえて「栄光」とは、いかにもまずいのではないか。
(本書)

 そして著者成毛眞は、「批判的に読むのにちょうどいい、という理由で選定した」と書く。「また何とか、安倍晋三を、そして推薦本を褒めようとしたが、できなかった。申し訳なく思う次第である」とも。

 本書は一筋縄ではいかない本である。無謀力・小倉昌男、金策力・山中伸弥、貴族力・チャーチル、インパクト力・徳川綱吉など17人の自伝・評伝を取り上げている。自伝・評伝をダシに、○○力という表現が示すように、いわば逆張りの人物評を著者はやってのけた。タモリは絶望力であり、岡崎慎司はネガティブ力 であり、ニクソンは平和力なのだ。

 たとえばニクソンは(単独の自伝・評伝でなく、明石和康『大統領でたどるアメリカの歴史』をテキストにしている)、ウォーターゲート事件やドル・ショックで批判されるが、ベトナム戦争終結、中国との国交正常化、ソ連との冷戦の緊張緩和、この3点で評価されるべきで、「アメリカの大統領の中で誰が一番か、と問われれば、それはニクソンになる」と。すなわち「平和力・ニクソン」である。

 それにしても、安倍晋三は何をしたいのか。当方には、最初に憲法改正をした男という肩書だけがほしくて、唱えているだけに見える。別に9条でなくてもいいのだ。その程度のたくらみであればいいのだが。

 その安倍官邸がだんだん汚らしくなってきた。この『総理』で安倍を絶賛した山口敬之が準強姦罪容疑で逮捕寸前だったのを、捜査打ち切りにしたのが中村格警視庁刑事部長であり、“菅官房長官の片腕”である。さらに山口敏之は“安倍首相の右腕”北村滋内閣情報官に事後対応について相談していたという。官邸がレイプ事件を隠蔽したのだ。

 “もり・かけ”疑惑では、安倍アキレ夫人が首相と同じ厚顔・姑息な単細胞の似たもの夫婦であることが判明した。また菅義偉“名長官”の化けの皮がはがされ、警察官僚を駆使し私生活を暴いたり個人攻撃する下卑た“隠蔽長官”であり、最近では会見の場でもリスペクトされず、「そのような指摘は当たらない」などスガ語には失笑が漏れるようになった。

 元文科事務次官の“出会い系バーへの出入り”は、杉田和博官房副長官から読売新聞にリークされたのではないかとの疑惑があるし、加計学園で暗躍している萩生田光一官房副長官は落選時に加計に養ってもらっていた。安倍擁護のネットの書き込みは、官房機密費から金がでているのではないかと疑ってしまうほど、官邸は汚れている。

 安倍官邸のオモテの政策も、「地方創生」まではよかったが、「ニッポン1億総活躍プラン」、最近では「みんなにチャンス!構想会議」で「人づくり革命」だと。安倍官邸は、国民を舐めきったようなキャッチフレーズを多用し、だんだん恥ずかしくみじめたらしくなってきた。

 本書は「幸運力・安倍晋三」だが、当方は「姑息力・安倍晋三」がふさわしいと思う。

原田國男★裁判の非情と人情   ☆「信頼したい」という気持ちにさせてくれる一書

20170609

2017.06.09裁判の非情と人情


 裁判官をしている40年近くの間、最も心掛けたことは、被告人の人権の保障でも適正な裁判の実現でもない。

それは、記録を紛失しないことである。


 記録あっての裁判であり、人権の保障も適正な裁判もその前提に立っている。

 これを聞いて、何と情けない、志のない裁判官かと嘆かれよう。〔…〕
しかし、修習生時代から耳たこで聞かされ、私ども裁判官は、なり立てのころから、このことには最大限の注意を払ってきた。〔…〕

 大型事件(脱税事件や経済事件等)では、その量は半端ではない。ロッカー何棹にもなる。万丁事件といって、話録が1万丁を超える事件も少なくはない。丁数でいうから、頁数では、その倍である。10万丁事件もやったことがある。これを全部読んで手控えをとって判決を書くのだから大変である。

――「10万丁事件――裁判は記録あってこそ」


★裁判の非情と人情 |原田國男 |岩波新書|2017年2月|ISBN: 9784004316466|〇

 当方は図書館にあっても手にすることのない岩波書店『世界』。そこに連載された「裁判官の余白録」という短いコラムをまとめたもの。『世界』らしからぬやわらかい筆致と考えに驚いた。たとえば……。

――裁判員裁判における死刑第1号事件で裁判長が判決の言渡し後、被告人に控訴を勧めたことがマスコミ等で批判された。しかし、これもおそらく、裁判員のほうから、自分たちの判断が最後となって判決が確定するときついから、裁判長にお願いしたのではないかと思われる。(「死刑の話」)

――裁判官は、しょせん、社会経験が乏しい。よく学生に、裁判官がかかわらない人生の三大運動とは何かと聞く。労働運動と学生運動と選挙運動である。いずれも、それに関する民事・刑事の事件を扱うが、その経験がないのが普通である。裁判官の経験不足を補うという意味でも、裁判員裁判は、有益である。(「裁判官vs.新聞記者」)

――裁判官と刑事弁護人の本質的な違いは、被告人が本当に真犯人ではないという確信(心証)を持てるかどうかである。私は、控訴審の裁判官として8年間に20件以上の逆転無罪を出しているが、そのなかで真っ白だと思うに至った例は少ない、あるいは、かなり少ないといわざるをえない。多くは、灰色無罪なのである。それは、けしからんと思う人もいるかもしれないが、刑事裁判に求められているのは、白か黒かの判断ではなく、黒と断定できるかどうかの判断である。(「裁判官vs.弁護士」)

――勇気がいるというのは、無罪判決を続出すると、出世に影響して、場合によれば、転勤させられたり、刑事事件から外されたりするのではないかということであろう。これも、残念ながら事実である。その意味で、無罪判決をするには勇気がいるかもしれない。(「『合理的な疑い』とは何か?」)

 裁判制度の「負」の面はすこし顔を覗かせる程度で、やや楽天的に胸の内を語るのも好ましい。裁判本といえば、瀬木比呂志『絶望の裁判所』など、「負」の本ばかり。本書は、たまには何かを「信頼したい」という気持ちにさせてくれる。
 執筆の動機が、「裁判官も世間から見るより、ずっと人間的で素晴らしい人が多い。このことを少しでもわかってもらいたい」という思いからだと。

 それにしても現実に戻れば……。

 「記録あっての裁判であり、人権の保障も適正な裁判もその前提に立っている」とあるが、こう言い換えたい。「記録あっての行政であり、人権の保障も公正な行政もその前提に立っている。

 森友学園問題で、官邸を経産省に奪われた財務省の安倍首相へ“忖度”、佐川宣寿理財局長の国有地売却の交渉記録を記した文書や電子データを廃棄・消去したと「得意げな虚偽答弁」にはうんざりした。その財務省が当時使用していた情報システムを更新したという。

 財務省が更新したシステムは2013年1月から使用していたもの。森友学園が国有地取得要望書を提出した同年9月から、学園に国有地を売却した昨年6月までの全期間で使われていた。職員に貸与されていたパソコンも一斉に更新された。かつて日本を牽引した誇り高きトップ官庁は、いまや“隠蔽と忖度の財務省”となった。
 それにしてもペーパーレスの進行で、電子化された文書など、公文書館のあつかいはどうなっていくのだろう。

著者の「“ヒラメ裁判官”が多いともいわれる。だが、裁判官も職員も、知的にも人間的にもレベルが高く、信頼するに足りる」というフレーズが“虚偽答弁”でないことを祈るばかりである。


今野 敏★去就 隠蔽捜査6  ☆菅義偉“隠蔽”長官をモデルの次作を期待!

20170606

2017.06.06去就-隠蔽捜査



「方針をはっきり決めてくれないと困る。秘密樫に解決するなら、それなりの方法がある。また、世間に発表するなら、別のやり方もある」

「いずれにしろ、一社が嗅ぎつけたら、他社も気づく。
やつら、ゴキブリと同じだ。一匹いたら百匹、だ」


 刑事部長が、マスコミをゴキブリにたとえた、などということがどこかに洩れたら、けっこう大事になるだろう。

 発言者が、どういうニュアンスで言ったかなど、マスコミにとっては問題ではない。彼らは、言葉尻を捉え、前後関係を無視して、糾弾を始める。
 ヤクザの言いがかりや、クレーマーの苦情と同じだ。ジャーナリズムよりセンセーショナリズム。それが今の日本のマスコミの現状だ。

 竜崎は伊丹に言った。
「つまり、そのうちにマスコミが大挙して押し寄せてくるということだ。情報管理が必要だったが、それを怠ったということになる」



★去就 隠蔽捜査6 |今野 敏|新潮社|2016年7月|ISBN:9784103002581|○

 エド・マクベイ「87分署」シリーズやW.P.マッギヴァーン「悪徳警官」の昔から警察小説は大好きだが、今も佐々木譲の道警もの、今野敏「隠蔽捜査」シリーズは読んでいる。

 北方謙三があるインタビューで、小説の質が落ちている、テレビドラマみたいになっている、と発言していた記憶にある。「映画というのは、スクリーンに突如として息を飲むような映像が現れたりするわけよ。その非現実の美が瞬間的に現れるのが映画で、そのよさが小説にもあるべきだと思ってるんだけど、最近は物語を追った小説が多くて」云々。

 たしかに佐々木譲は冒険小説のころの文体と著しく変わり、セリフとト書きを読んでいるようなそっけなさがある。今野敏『去就 隠蔽捜査6』も同様で1時間もあれば読み終わる。季節の挨拶から始める当方のメールと、「り」という一語だけの孫の返信との差かなと思う。上掲の場面でも、地の文と主人公のセリフとの違いが分からない。

 それはともかく、隠蔽捜査シリーズは2005年以来、長短あわせ本書『去就』で8冊目である。今回はストーカーがテーマだが、竜崎伸也大森署長、伊丹俊太郎警視庁刑事部長に加え、新たにノンキャリアの弓削篤郎方面部長が登場したものの、ややマンネリか。

 そこで提案したいのが、次作は菅義偉“隠蔽”官房長官をモデルにしたらいかがかと。上掲の「やつら、ゴキブリと同じだ。一匹いたら百匹、だ」に似たセリフを菅“隠蔽”長官はオフレコでしゃべっているのでははないか。

 さて安倍晋三首相追及は、森友学園問題から加計学園問題に移行している。当方は、当初、園児たちの「安倍晋三内閣総理大臣を、一生懸命支えていらっしゃる昭恵夫人、本当にありがとうございます。安保法制国会通過よかったです」の唱和の映像に鳥肌が立った。

 が、森友問題は、①家庭内野党とかリベラルな考えをもつという安倍“アキレ”夫人の“印象操作”が剥がれ、卑しい似たもの夫婦、単なる晋三のコピーだったと分かったこと、②官邸を牛耳っている経産省出身の今井尚哉首相秘書官などに対し、失地回復に必死の財務省官僚の“忖度”右往左往を目の当たりにしたこと、が成果だった。

 加計学園問題では、①いまどき珍しく地盤、看板、鞄なき政治家として、ついには内閣官房長官最長記録を更新中という菅義偉官房長官が、馬脚を現わし下卑た男だと分かったこと。②安倍首相が“お友達ずぶずぶ隠蔽”論点ずらし答弁の醜態を万人の目にさらしたこと、が成果だった。

 菅“隠蔽”長官のセリフ。「その指摘は全くあたらない。粛々と進める方針は、いささかも揺らぐことはない」。二の句が継げない、対話を拒否する答弁である。しかも前川喜平前文部科学省事務次官への誹謗は、手を変え品を変え下品な個人攻撃に終始する。「教育行政のトップが出会い系バーに行き小遣いまで与えていたことに、国民のみなさんもそうでしょうが極めて違和感を感ずる」と下品な薄ら笑いを浮かべながらの発言。当方はかねがね安倍よりも菅を攻めよと思ってきたが、ここへきてメディアの一部は、菅“隠蔽”長官の卑しい品性に気づきはじめたようだ。

 その前川喜平前事務次官はどこか「隠蔽捜査」の竜崎伸也を思い起こさせるところがある。警察庁出身の杉田和博官房副長官は、前川前次官が現職の時に出会い系への出入りを注意したという。私生活まで監視していたらしい。また“官邸御用達”ジャーナリスト山口敬之が準強姦容疑で逮捕される寸前だったのを、菅義偉官房長官の右腕といわれるエリート警察官僚中村格刑事部長(現警察庁組織犯罪対策部長)が捜査にストップをかけていたというのも、サイドストリーとして盛り込んでもらいたい。ついでに読売新聞の卑しい品性の記者も登場させるのもいい。

 それにしても“姑息な安倍”は、野党の追及に“印象操作”だと反論しているが、みずからの“隠蔽操作”の間違いではないか。お友達は胡散臭い連中ばかり。落選中は加計学園に養ってもらっていた萩生田光一副長官。「総理は自分の口から言えないから、私が代わって」とねじ込んだ和泉洋人首相補佐官。文科省OB・加計学園理事・内閣官房参与の“三つ股”木曽功。それらが官邸内を闊歩している。

 今野敏さま。『隠蔽捜査』次回作は、ぜひ“卑しい”菅義偉“隠蔽”長官を敵役に、竜崎伸也署長が一矢報いる物語で、読者をすかっとさせてください。



菅野完★日本会議の研究

20170428

日本会議の研究


 園児に戦時歌謡を歌わせる塚本幼稚園、そして籠池姓の人物が「生長の家原理主義運動」と強く関わりがあるといってもいいだろう。

「安倍後継の最有力候補」稲田朋美や「官邸側のイデオローグ」百地章、そして園児に戦時歌謡を歌わせる「塚本幼稚園」をつなぐ「生長の家原理主義運動」という一本の線が浮かび上がってきた。〔…〕

 宗教法人「生長の家」本体は、1983年に政治運動から撤退している。しかし、その路線変更を良しとしない古参信徒たちが今、教団に反旗を翻し「生長の家原理主義」運動を展開中であり、その運動に、稲田朋美や百地章など、安倍政権と深いつながりを持つ政治家・学者が参画している。

 さらにこの「生長の家原理主義」運動は、塚本幼稚園の事例のように、政治の世界だけでなく、市民社会の中にあって、ファナティックな右傾化風潮を醸し出す要素の一つとなっている。


★日本会議の研究 |菅野完|扶桑社新書|2016年5月|ISBN:9784594074760 |○

いわゆる森友問題は、瑞穂の國記念小學院新設のための国有地の格安払い下げ問題に端を発し、特異なキャラクターの籠池泰典森友学園理事長とその妻、顧問弁護士であった稲田明美防衛大臣の連続虚偽答弁、安倍昭恵夫人の名誉校長就任、百万円寄付問題、松井大阪府知事の論点ずらしの“すり替え”発言、財務省の安倍首相へ“忖度”、佐川宣寿理財局長の得意げな“隠蔽”答弁、総理大臣夫人付官邸職員の暴走、官邸の姑息な動き等々、めまぐるしく動いた。

  この著者が一躍脚光を浴びたのは、籠池理事長の“代理人”のような立場で、新聞、テレビの取材に応じ、生中継されてからである。このときの取材者に対する著者の批判は半端ではなかった。いちいち的を射ていた。その一部……。

「判断の責任を問われるべきは、私人である籠池泰典森友学園理事長ではなくて公人である前理財局長・迫田英典国税庁長官と松井一郎大阪府知事ではないですか? マイクを向け、カメラを向けるべきは、政治家と役人ではないですか?なぜ二人の家に行かないんですか?」(2017年3月15日)

  これも別のところに書いたが、当方は、当初、塚本幼稚園の園児たちが、「日本国のために活躍されている安倍晋三内閣総理大臣を、一生懸命支えていらっしゃる昭恵夫人、本当にありがとうございます。安保法制国会通過よかったです」の唱和の映像に鳥肌が立つほど驚いた。昭恵夫人は「感動しちゃいました」と涙を流した場面である。

 籠池理事長の政治思想、教育方針は全面的に否定したい。しかし官邸、財務省、大阪府の“平気で嘘をつく”やり方に憤りを覚え、籠池がんばれと言いたくなっている。また官邸周辺の評論家、コメンテーターたちの菅野完の“悪行あばき”という姑息な手段にもあきれる。

 で、菅野完(すがのたもつ)って何者?となって本書を手にした。

「たとえ過去10年間で日本政治が保守化したとしても、それは政治家の右傾化であって、有権者の政策位置が右に寄ったのではない」と世論調査を分析した谷口将紀東大教授。
 この指摘を引用したうえで、「社会全体として右傾化したとは言い難いにもかかわらず、政権担当者周辺と路上の跳ねっ返りどもだけが、急速に右傾化している……。これはなんとも不思議だ」と。

 ――「安倍政権の反動ぶりも、路上で巻き起こるヘイトの嵐も、『社会全体の右傾化』によっ
てもたらされたものではなく、実は、ごくごく一握りの一部の人々が長年にわたって続けてきた『市民運動』の結実なのではないか?」
(本書)

 そして著者は“日本の保守圧力団体”である「日本会議」の存在に行き着くのだ。
 常に「なぜメディアはこれまで日本会議のことを書かなかったのだ」という憤りが取材や執筆のモチベーションだった、とあとがきに記す。しかし調査・報告はやはり新聞やテレビ以外の仕事だ、と気づく。

 なお、本書は、登場人物の一人が扶桑社に対して出版差し止めの仮処分を申し立てており、東京地裁は1カ所の記述について「真実でない部分がある」として仮処分を認めた。これにより36字を抹消した「修正版」が販売されている。
 また著者に対して名誉毀損として損害賠償などを求めている別の裁判も進行中である。

 驚いたのは、本書が大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞(従来の大宅賞を衣替え)の候補になっていることだ。残念ながら本書は“取材ノート”をそのまま本にしたような粗削りで、資料集のようで“作品”ではない。著者はおそらく“森友問題”を新しく執筆中だと思うが、これぞノンフィクションという出来になり、そしてベストセラーになり、安倍内閣に強烈な打撃を与えることを期待したい。


青木理★日本会議の正体
青木理★安倍三代





青木理★日本会議の正体

20170428

日本会議の正体


 まず、日本会議の源流が新興宗教団体・生長の家にあるのはもはや疑いない。いや、正確に言うなら、生長の家に出自を持つ者たちによる政治活動が日本会議へとつらなる戦後日本の右派運動の源流になった、と記すべきだろう。

 あらためて強調しておかねばならないが、現在の宗教団体・生長の家は一切の政治活動を行っておらず、日本会議とは組織的な関係をまったく有していない。〔…〕

 日本会議の源流となったのが新興宗教・生長の家に出自を持つ右派の政治活動家たちだったとするならば、

 現在の日本会議を主柱的に支えているのが、伊勢神宮を本宗と仰ぐ神社本庁を頂点とした神道の宗教集団である。


 いくら生長の家出身の活動家らが熱心かつ執拗だとはいっても、彼ら自身が巨大な動員力や資金力を持っているわけではない。この点において宗教団体としての神道と神社界には、けた外れの動員力と資金力と影響力がある


★日本会議の正体 |青木理|平凡社新書|2016年7月|ISBN:9784582858181 |○

 日本会議に関する本が目白押しである。本書もその一つ。“日本最大の草の根右派組織”である「日本会議」について、そのルーツである「生長の家」から現在の活動の中枢である神社本庁、そして運動のテーマ、安倍内閣との係わりなどを探った“基礎編”というべき一書である。とりあえず日本会議のメインテーマを本書から引用する。

 ――①天皇、皇室、天皇制の護持とその崇敬、続いては②現行憲法とそれに象徴される戦後体制の打破、そして、これに付随するものとして③「愛国的」な教育の推進、④「伝統的」な家族観の固守、⑤「自虐的」な歴史観の否定。(本書)

 ――日本会議とは、表面的な“顔”としては右派系の著名文化人、財界人、学者らを押し立ててはいるものの、実態は「宗教右派団体」に近い政治集団だと断ずるべきなのだろう。そこに通奏低音のように流れているのは戦前体制――すなわち天皇中心の国家体制への回帰願望である。〔…〕その「宗教右派集団」が先導する政治活動は、確かにいま、勢いを増し、現実政治への影響力を高めている。(本書)

 実は当方、日本会議のルーツとされる谷口雅春の生長の家には記憶がある。明治最後の年に生まれた父は、部屋に『生命の実相』全20巻と雑誌『生長の家』を置いていた。父が読んでいるのを見たことがないし、家族に語ったこともない。父は「病気の治癒」や「人生苦の解決」に悩んでいたわけではない。
 
 父に内緒で『生命の実相』を開いてみたことがある。仏教、神道、儒教、キリスト教などがごちゃ混ぜになって、そのうえフロイドやマルクスも引用されていた。本書でも大宅壮一の谷口雅春論が引用されているが、いま手元のある『昭和怪物伝』(1973・角川文庫)の「谷口雅春」の章を見ると……。

 谷口は神戸出身で、中退した早大では青野季吉、西条八十、木村毅、直木三十五などと同級であり、もともと小説家志望で、この国の“神々の世界”には見当らない文筆的表現力をもっていたという。当時のパンフレットによると、生長の家を『宗教百貨店』といい、ある人は『抜粋』といい、真理なる生粋の優良真理を抜粋して陳列してあるのであります、と。
 
 カモのされた政治家は鳩山-郎。鳩山が脳溢血で倒れたのは、吉田茂に対する悪感情からで、復帰でき、さらに鳩山内閣ができたのはのは、信者の「熱心なる神想観」の結果だという。谷口と鳩山の共著『危機に立つ日本』と題するパンフレットがあるという。

 ――警戒にあたるべきメディアもひどく鈍感で、たとえば2016年5月のG7サミットが伊勢志摩で開かれ、安倍が各国首脳を伊勢神宮へと誘ったことを批判的に捉える報道すら皆無だった。神社本庁が本宗と仰ぐ伊勢神宮にスポットライトが当てられたことは、日本会議と神社本庁にとっては悲願ともいうべき出来事であったにもかかわらず――。(本書)

 たしかにG7サミットの伊勢志摩を会場にしたのは警備を優先したからと安倍内閣は強調した。伊勢神宮がそばにあり、当方、不吉な予感がしたが、まさかオバマ、メルケル、キャメロン、オランドなど各国首脳を“参拝”させるとは思わなかった。安倍と日本会議のメンバーは会心の笑みをもらしたに違いない。「政教分離」の大原則を侵しかねない一大事だった。

青木理★安倍三代
菅野完★日本会議の研究

04政治の品格│T版 2016年1月~3月★本田雅俊★井戸まさえ

20160405

04政治の品格2
★本田雅俊│元総理の晩節

当人たちが望む晩節や老後を過ごせたかどうか、過ごせているかどうかの最も大きな決定要因は、月並みながら健康状態に他ならない。

★本田雅俊│元総理の晩節――平成の首相にみる生き様△2015.11


**
 本田雅俊『元総理の晩節』は、竹下登から野田佳彦まで平成の27年間、17人の元総理を軽やかに素描する。
 うち13人が健在。どおりで鬱陶しいはずだ。政治から離れ余生を愉しんでいるはずの細川護煕、小泉純一郎が都知事選で騒ぎを起こしたのには思わず失笑した。
 当方のワースト3は、小泉、菅、安倍。その理由、品位がない。





★井戸まさえ│無戸籍の日本人

裁判官が「信用しがたい」「不自然である」としたことが「当たり前」に起こっているのが無戸籍問題であり、拒絶され続けてきたのが無戸籍者たちなのだ。

★井戸まさえ│無戸籍の日本人│〇2016.01


**
 無戸籍で就学できなかった者がパソコンが使え語彙も豊富な陳述書を書いたゆえ、裁判官は「却下」。日本の社会が見て見ぬ振りをしてきた性・国籍・出自・貧困・搾取・犯罪・女性、それらが重なり合ったところに無戸籍問題は存在するのだと、井戸まさえ『無戸籍の日本人』
**
 『無戸籍の日本人』の著者井戸まさえも再婚後の子どもが一時無国籍状態になったことから、NPOを主宰し、千人以上の無国籍者の支援にかかわる。民法第772条に「離婚後300日以内に生まれた子供の父は前夫」の規定があり、2015年12月最高裁は再婚禁止期間の100日を超える部分については違憲とした。今後は「離婚後100日問題⁉」



04政治の品格│T版 2015年12月

20151231

04政治の品格2
★高井有一『時のながめ』

私はもはや70歳、退隠の季節を迎へた身だから、先行きに望む事は多くはない。ただ一つ、超大国に迎合し、進んで他国への武力行使に参加する事態に遭ふのだけは御免だ。――書いてみて虚しくなる。もの哀しくもなる。戦後58年が経った今、どうしてこんな事を書かなくてはならないのか。

貴重だった筈の〈昭和〉の体験は、いつの間に、どこへ、吹き飛んでしまったのだらう。
(2003)

★高井有一『時のながめ』△2015


1932年生まれの作家の短文集。ほぼ全編友人知己を悼む文章で埋まる。時に戦争のこと、ふるさと角館のこと。そういえば角館青柳家には著者の「葉桜や直武もいて歴史村」の色紙が展示されていた。それにしても2015年は「もはや戦前である」ことの色濃き年だった。


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