森 功◆悪だくみ ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞 …………☆安倍首相とその側近によるお友だちへの利権誘導事件

20180507

2018.05.07悪だくみ


 だが、それでも内閣府や官邸サイドでは、あの手この手で首相の関与を薄めようとあがいてきた。国会や記者会見を通じ、そのあまりのお粗末な政府の狼狽えぶりに、国民の疑念が募るのは無理もなかった。

 一連の流れを俯瞰してみると、これは巷間言われるような「総理のご意向」を忖度した結果の
行政のねじれではない。

 第一次安倍政権で発案された獣医学部の特区構想が、第二次政権で復活し、無理筋を通しながら実現寸前までこぎ着けた。そこにたまたま文科省の文書という蟻の穴が空き、これまで封じ込められてきた腐臭がいっぺんに漏れ出してきたのである。

 忖度は、あくまで周囲が主体となって便宜を図るものだ。

しかし加計学園の獣医学部については、首相本人や極めて首相に近い側近たちが能動的にかかわってきた。


そこには、忖度という言葉に隠れた不正があるのではないか。そんな疑いを抱かざるを得ない。


◆悪だくみ ――「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞 |森 功 |2017年12月|文藝春秋|ISBN:9784163907833|○

2018年4月、問題の加計学園今治学舎(岡山理科大獣医学部)が開学した。獣医学科、獣医保健看護学科あわせ定員200人、志願者2,316人、合格者は392人。と大きく報道されたが、実際の入学者は定員割れの186人だった。

 本書は“モリ・カケ”と称される安倍政権の二つの疑惑のうち、この加計学園獣医学部の新設問題を扱ったもの。

 もう一つの森友学園小学校新設問題は、安倍昭恵夫人が、幼稚園児に教育勅語を朗唱させる籠池泰典・諄子夫妻に共感し、新設小学校の名誉校長に就任したことに端を発した。大阪という地方の財務省、国土交通省の出先機関の役人や松井一郎大阪府知事等が、安倍首相に忖度し、設置認可、土地購入価格等の便宜を図ったという問題。山本太郎議員が名づけた“アッキード事件”である。昭恵夫人がすべての事件である。

2017年2月17日。衆議院予算委、安倍首相「私や妻がこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もしかかわっていたのであれば、これはもう私は総理大臣をやめるということでありますから、それははっきりと申し上げたい、このように思います」

 これに対し、加計問題は、上掲にあるように安倍首相、側近の下村博文文科大臣、萩生田光一官房副長官、官邸の柳瀬唯夫首相秘書官、和泉洋人首相補佐官、藤原豊内閣府審議官等が獣医学部認可のために暗躍した事件である。まさしく“首相案件”。

 下村博文は加計学園からの220万円の裏献金疑惑があり、今日子夫人は広島加計学園の教育審議委員。萩生田光一は落選中から加計千葉科学大客員教授。安倍昭恵は加計御影インターナショナルこども園名誉園長。……などなど安倍首相のアメリカ留学以来の親友加計孝太郎理事長は、安倍とその側近たちとで“儲かる学園ビジネス”を拡充していくのである。

2017年5月17日。上掲にある文科省文書、内閣府から「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」などと言われたと記録した文書が判明。「怪文書みたいな文書じゃないでしょうか」と菅義偉官房長官。「あるものをないとは言えない」と前川喜平前文部科学省事務次官。

2017年7月24日。衆院予算委の閉会中審査。
 柳瀬唯夫首相秘書官(現経済産業審議官)は2015年4月に愛媛県今治市の職員と官邸で面会した可能性に関し「お会いした記憶はございません」と繰り返す。「会ったのか、会わなかったのか」と事実関係をただされると「覚えていないのでこれ以上申し上げられない」。

2017.09.28臨時国会の冒頭、安倍首相は“モリ・カケ”隠しのため衆院の解散、総選挙に踏み切った。

 ――衆院の冒頭解散という奇襲に出る。
「所信表明演説も、代表質問も、党首討論もない、臨時国会の冒頭解散は日本の憲政史上始まって以来の暴挙だ」
 野党はとうぜん森友・加計問題隠しの大義なき解散だと非難を浴びせた。が、当人は耳をふさいで、論点をずらした。2年後に上げる「消費税10%の使い道を問う」などという理屈を並べ、そのまま選挙戦に突入したのである。(
本書)

 だが“モリ・カケ”問題は収束しなかった。
2018年4月10日。朝日新聞が愛媛県の面会記録をスクープ。「獣医師養成系大学の設置に係る内閣府藤原次長・柳瀬首相秘書官との面談結果について」という文書には、藤原内閣府地方創生推進室次長の発言として、「要請の内容は総理官邸から聞いており、県・今治市がこれまで構造改革特区申請をされてきたことも承知」とあり、柳瀬首相秘書官の発言として、「本件は、首相案件となっており、内閣府藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で進めていただきたい」。
 柳瀬審議官は同日コメントを出す。「自分の記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方にお会いしたことはありません」

 ――愛媛県今治市に計画された岡山理科大学獣医学部は、開校の条件がすこぶるいい。市が造成した約37億円相当のキャンパス用地を無償で譲り受け、施設整備費用192億円のうち、市は愛媛県と合わせて96億円を助成すると約束してきた。

 ――加計学園問題の本質は、忖度政治ではない。教育の自由化や特区という新たな行政システムを利用した権力の私物化、安倍をとりまく人間たちの政治とカネにまつわる疑惑である。
(本書)

 2018年5月現在、国会は混乱したまま。安倍首相は、国会混乱を率直に反省、丁寧な説明を心掛ける、膿を出し切る、と相変わらず空疎な言葉を発し続けている。だが柳瀬審議官の参考人招致で、不完全燃焼のまま幕引きになりそうな気配。トランプ、金正恩による初の米朝会談のおかげで安倍首相は“逃亡犯”のまま時効に向かうのか。

 本書は2017年12月発行だが、続編の書かれるのはいつになるのか、それは“完結編”になるのか、見通せない。


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橋本健二◆新・日本の階級社会 …………☆格差拡大、自己責任、アンダークラス、負の連鎖からベーシック-インカム、「非階級社会」の実現へ

20180419

2018.04.19新・日本の階級社会


 自己責任論は、格差社会の克服を妨げる強力なイデオロギーである。〔…〕

 失業するのも、低賃金の非正規労働者になるのも、貧困に陥るのも、すべて自己責任と片付ける論調が少なくない。

 自己責任論はかなりの浸透力をもっており、貧困に陥った人々自身が自己責任論に縛られ、声を発しにくい状況に陥っていることも少なくない。〔…〕

 こうした自己責任論には、大きく分けて二つの問題がある。

 第一に、人が自己責任を問われるのは、自分に選択する余地があり、またその選択と結果の間に明確な因果関係がある場合に限られるべきだということである。 〔…〕

 そして第二に、こうした自己責任論は、貧困を生みやすい社会のしくみと、このような社会のしくみを作り出し、また放置してきた人々を免罪しょうとするものである。

 貧困を自己責任に帰すことによって、非正規雇用を拡大させ、低賃金の労働者を増加させてきた企業の責任、低賃金労働者の増大を防ぎ、貧困の増大を食い止めるための対策を怠ってきた政府の責任は不問に付されることになる。

 自己責任論は、本来は責任をとるべき人々を責任から解放し、これを責任のない人々に押しつけるものである。


◆新・日本の階級社会 |橋本健二|2018年1月|講談社現代新書|ISBN:9784062884617|◎=おすすめ  

かつて「一億総中流」と呼ばれた時代があった。世論調査では9割の人が「中流」だと答え、当方も1980年代には「中の中」だと思っていた。人々は、貧富の差にかかわらず、豊かな気分の生活を営んでいた時代であった。

 本書によれば、「格差社会」という言葉は、1988年11月19日の朝日新聞社説、「『格差社会』でいいのか」が最初だという。そして「自己責任」は『広辞苑』に表れるのは2008年の第6版からで、「自分の判断がもたらした結果に対して自らが負う責任」と説明されている。

 この「自己責任」という言葉を広めたのは、小渕恵三首相内閣の諮問機関である経済戦略会議が1999年に「日本経済再生への戦略」と題する答申からだという。

 ――この答申によると、日本の経済成長を妨げているのは「過度に平等・公平を重んじ」「頑張っても、頑張らなくても、結果はそれほど変わらない」日本社会のあり方である。だから日本は、「行き過ぎた平等社会」と決別し、「個々人の自己責任と自助努力」をベースとした「健全で創造的な競争社会」を構築しなければならない、というのである。

 答申は、所得税の最高税率を引き下げ、低所得者の税率を引き上げて税率をフラット化すれば「努力した人が報われる」ようになる、という。つまりここでは、「努力した人」と「高所得者」が同一視されている。所得の多い人は「努力した人」であり、所得の少ない人は「努力しなかった人」なのである。
(本書)

 この経済戦略会議の有力なメンバーだった竹中平蔵は、小渕、森の短命内閣の後、2001年に発足した小泉内閣で5年間大臣を務め、小泉首相・竹中大臣によって格差社会が一挙に進むのである。

 ――当時の小泉政権や財界寄りのマスコミなどが、「格差は拡大していない」「格差拡大は見せかけだ」と言い張ったことは、記憶に新しい。 (本書)

 後藤謙次『ドキュメント平成政治史2―― 小泉劇場の時代』(2014)には、「労働市場の規制緩和は多くの非正規雇用の労働者を生んだ。『格差社会』の言葉は小泉改革の拭い去ることのできない陰の部分を象徴する」とある。
 また竹中平蔵の“悪行”については、佐々木実『市場と権力――「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(2013)に詳しい。

 さて本書は、「現代の日本社会は、もはや『格差社会』などという生ぬる言葉で形容すべきものではない。それは明らかに、『階級社会』なのである」とした。そして「現代日本では格差は容認できないほど大きくなっており、格差を縮小させ、より平等な社会を実現することが必要だという認識」のもとに著わされた。

 まず「4+1階級の特徴」という表の一部を抽出し、勝手に簡略化して下に掲げた。
「4+1」というのは、正規労働者とアンダークラスは労働者階級として一つ階級であるが、両者の異質性はあまりに大きいので、アンダークラスを一つの階級として扱い、日本の階級構造を5階級構造とした、と説明されている。

グラフィックス2


 格差拡大の弊害として、著者は、アンダークラスを中心とする膨大な数の貧困層を生み出すこと、社会的コストが増大すること、そして格差の固定化からさらに多くの社会的損失が生まれること、の三つをあげる。このうちアンダークラスは、上の表のように労働者を二つに分け、一つの階級として扱っている。

 格差をいかにして縮小するか、について本書は、賃金格差の縮小、所得の再分配、所得格差を生む原因の解消、の三つをあげ、以下の提言をしている。道は遠い。

(1)賃金格差の縮小
・均等待遇の実現・最低賃金の引き上げ実現・労働時間短縮とワークシェアリング
(2)所得の再分配
・累進課税の強化・資産税の導入・生活保護制度の実効性の確保・ベーシック・インカム
(3)所得格差を生む原因の解消
・相続税率の引き上げ・教育機会の平等の確保

 なお、著者・橋本健二(1959~)は早稲田大学人間科学学術院教授(社会学)。ひさしぶりに真面目に勉強させていただいた気分である。




原田伊織・森田健司◆明治維新 司馬史観という過ち…………☆明治は江戸の遺産で成り立っている

20180410

2018.04.10明治維新司馬史観という過ち


森田 誤解を恐れずにいえば、現代の日本の政治は、明治維新の時の長州に非常に通じるところがあるという感じがしますね。

原田 私も、今の日本の政権与党は、そのまま長州型政権だという印象をもちます。 〔…〕

 それは内閣総理大臣が山口県出身だからというのではなく、政治的ビジョンを何も描けていないということが根本的な原因ですね。

 「癒着」「忖度」などという権力に対する接し方、対応の仕方などを観察していても、「ああ、日本というのは今も長州型政権が健在なんだ」という思いを、結構、強く感じるようになりましたね。


◆明治維新 司馬史観という過ち |原田伊織・森田健司 |2017年10月|悟空出版|ISBM: 9784908117381|○

明治維新をめぐる対談集だが、司馬遼太郎の著作における明治維新の解釈や考え方の功罪を論じるもの。著者の原田伊織には『明治維新という過ち』、森田健司には『明治維新という幻想』という著書がある。

 人物では、司馬遼太郎が誤った評価をしているとして吉田松陰、坂本龍馬、勝海舟の3人を否定的に扱っている。

 そういえば2017年12月「高大連携歴史教育研究会」が暗記中心の歴史の学習を思考力を育てる内容に変えるのが狙いで、歴史教科書に収める用語を半分に絞る「案」をまとめた。精選案には吉田松陰、坂本龍馬などが含まれておらず、“教科書から消える”と波紋が広がり、司馬ファンや龍馬ファンからブーイングが起こった。

 本書ではこのほか徳川慶喜、福澤諭吉を“酷評”、逆に土方歳三、小栗上野介の功績、生き方を讃える。大河ドラマ『西郷どん』が進行中なので、本書での西郷隆盛の評価には触れないが、島津斉彬ではなく島津久光を高く買っている。

 吉田松陰は……。

 松下村塾というのは、塾ではなく、単なる若者のたまり場。吉田松陰は「松下村塾を主宰して多くの志士を育成し、日本の近代の幕を開いた」というイメージが通用しているが、そのキャラクターを
“創造した”のは明治新政府、日本軍閥の祖・山縣有朋など。足軽以下の身分だった者が立身出世し、自らの過去を飾るため“拠り所”として松下村塾や吉田松陰を偶像化したという。

 ――松陰の実像というのは、第一には「暴力主義」者であったということです。そのことと通じますが、第二は「対外膨張思想」。  〔…〕

 松陰の対外膨張思想というのは、蝦夷地を開墾して対ロシア防衛の最前線とし、カムチャツカ半島、オホーツク一帯を占領し、琉球(沖縄)を日本領とし、朝鮮半島を攻めて属国とする、更には中国大陸に進んで、北は満州、南は台湾を勢力下に治め、フィリピン諸島のルソン島、シャム(タイ王国)あたりまで攻め取ろうという、いってみれば後の「帝国主義」「侵略主義」なんですね。

 松陰が具体的に地名まで出したこの範囲は、「大東亜戦争(第二次世界大戦太平洋戦線)」で日本軍が侵攻、占領した最大域と見事にそのまま一致しますよね。ここが、近代日本を長州及び長州派政権が支配した恐ろしさでもあると思います。
 (本書)

 長州軍閥の流れを汲む昭和の帝国陸軍が主導して、その通りのことをやってしまうのは1世紀後のことである。

坂本龍馬は……。

 ――「龍馬の英雄的な仲介によって、敵対していた薩摩と長州が…」、これは歴史の誤認というより、殆ど捏造に近い。実践面でも、或いは思想的にみても、龍馬という人は幕末の歴史において取り上げる必然性を見出せない人物。

 本書で著者が言いたいのは、以下の言葉に尽きる。

 ――原田 司馬さんの表現を借りると「明治は江戸の遺産で成り立ちていた」となる。結局、「明治」という国家をつくったのは、或いは支えたのは、殆ど幕臣であったということです。文字通り、江戸の遺産が「明治」という時代においては生きていた。武家の精神文化を含めてソフト面全般について申し上げれば、司馬さんの「江戸の遺産」という表現はいい得て妙かなという気はします。  (本書)

 薩長にはビジョンがなく、ただ暴力だけで世の中を転換させようとしていたのに対して、幕臣たちは文武両道で外交交渉においてもレベルが薩長政府とは異なる。
 明治維新というものを麗しい物語として美化してしまったのは、「司馬史観」なるものが大きく関わっている。

 当方は“終活”のため、司馬遼太郎の本は、「街道をゆく」シリーズを残し、すべて処分してしまったため、いま読み返すことはできない。しかし司馬の本はほぼリアルタイムで愛読しており、「司馬史観」にどっぷり浸かって育った。

 司馬の死後、司馬批判が湧き出してきたことに違和感を覚えたことも過去にあって、本書はまことに刺激的であった。それは歴史は勝者によって創られるということだ。ただ、歴史と小説を混同することはない。当方にとっては司馬の歴史小説も山田風太郎の時代小説も同列で、痛快であればいいのである。

真山仁◆標的……☆小説では東京地検は次期総理を逮捕、現実の“アッキード事件”では大阪地検は霞が関や首相官邸の指示通り?

20180312

2018.03.12標的


「恐縮ですが、ご同行願えますか」
「被疑事実を伺えますか」
 萩原が尋ねた。
「受託収賄容疑です」〔…〕

「冨永検事、同行を拒否したらどうされますか」

「その場合は、私の上着の内ポケットにある文書を提示して、越村代議士にとって不名誉なことをしなければならなくなります」


「逮捕状が出ているという意味ですか」
萩原は曖昧な言葉が嫌いなようだ。
「そうです」

「あなた、誰を逮捕しようとしているのかを自覚しているんでしょうね」
刺すような視線をぶつけてくる越村に向かって、冨永は領いた。
「越村みやびさんに対してであると承知しております」


◆標的 |真山仁 |2017年6月|文藝春秋| ISBN:9784163906676|△

 惹句から引用すれば、……。48歳という若さの越村みやび厚労大臣が日本初の女性総理としてにわかに現実味を帯びはじめる。そんな中、医療・福祉系投資会社の元CEOが、収賄の疑いでみやびを告発したいと東京地検特捜部に接触する。『売国』につづく冨永検事シリーズ第2弾。

 政界、検察、マスコミという3つのグループが交互に登場、交錯し、ストーリーが展開する。

 厚労大臣・越村みやび、その夫・雪の鶴酒造当主越村俊策、厚労大臣諮問機関の事務局長の投資会社代表・楽田恭平など、“越村グループ”。暁光新聞記者・神林裕太、大塚有紀、上司の東條謙介部長など、“暁光新聞”グループ。そして東京地検特捜部検事・冨永真一、藤山あゆみ、羽瀬喜一副部長。岩下希美部長など、“東京地検特捜部グループ”。

 物語は、サ高住こと、サービス付き高齢者向け住宅の新法制定をめぐって展開する。読者である当方がいちばんスカッとするのは、上掲のように地検特捜部が次期首相を逮捕するところである。

 著者真山仁はインタビューでこう語っている。

 ――「権力イコール悪とか、検察は本当に悪い政治家は逮捕できないとか、言うのは簡単。でもその嫌悪感に根拠はなかったりする。検察にエールを送っているわけではないんですよ。検事という人間が組織の中で何に縛られて、何をモチベーションに動いているのか。小説を楽しみながら、いろんなことに興味を持ってもらって、理解してもらいたい。それはずっと私のテーマなので」(2017.3.6 産経新聞)

  『標的』では、拘留中の越村みやびと富永検事とのこんな会話もある。

 ――「国民感情というのは、怖いものですね。総理が漏らした呟きが、多くの国民の怒りに火を点けた。そして不思議なことに、総理自身にまで火の手が回ってしまった。みるみるうちに支持率が下がった上に、総理を辞めよという声が日増しに高まっています」
「それだけ国民の目がしっかりしているということではないのかしら?」
「ですが、越村先生への非難もやまない」(
本書)

 さてさて、現実の森友学園問題では、近畿財務局職員の自殺、佐川宣寿国税庁長官の引責辞職、そして本日、財務省は決裁文書の書き換えを認め、国会に報告するところまできた。

 現時点で当方が思うのは、山本太郎議員が参院予算委で発言した“アッキード事件”ということばが正鵠を射ていることだ。
 学校法人森友学園の籠池泰典・諄子という“特異な教育をする”理事長夫婦に共鳴した安倍昭恵首相夫人が名誉校長に就任したことからすべてが始まった。大阪府私学課、近畿財務局、大阪航空局がそれぞれ設置認可、土地評価、売却価格に“忖度”を働かせたことに尽きる。

 そして安倍晋三首相の「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」という国会での発言が“命取り”ぬならぬよう首相官邸、財務省は、嘘に嘘を重ねた。

 それにしても大阪地検特捜部は何をしているのか。
 籠池夫婦を8か月近く拘留したままで、大阪府、近畿財務局、大阪航空局への捜査は放置したままである。
 2010年の自らの証拠改ざん事件のトラウマが癒えぬのか、あるいは霞が関の顔色を窺う幹部しかいなくなったのか。
 本日(2018.03.12)押収した決裁文書を財務省に返し、それが公表される。まさか、官邸に都合のいいように大阪地検が改ざんしたものではないでしょうね。そして佐川逮捕で終わらせるつもりではないでしょうね。

 ちなみに『標的』の東京地検特捜部長は女性であり、現実の大阪地検特捜部長も“初の女性部長”である。



発掘本・再会本100選◆戦後秘史10・大宰相の虚像|大森実…………吉田茂首相の“神話”を裁断する国際事件記者のライフワーク

20180305

2018.03.05★戦後秘史2


  吉田・アイゼンハワー会談がホワイト・ハウスで行なわれたのは、〔昭和29(1954)年〕11月9日の朝であった。〔…〕

  中庭テラスの渡り廊下から、4、5メートルの距離を隔てて、すぐ目の前に、ガラス張りの大統領執務室のなかがまる見えだったのだ。ガラス越しに日米頂上会談の実況が目撃されたのである。サイレント映画を見る思いであった。〔…〕

 吉田はステッキの銀の握りに両手と顎を当てたまま、こっくり、こっくりうなずき、終始、ニコニコ笑っていた。吉田側が語っている光景はほとんど見られなかった。

 十のうち八、九までがアイゼンハワー側のぺロレーション(長広舌)であった。そしてあっという間に歴史的な日米首脳会談の幕が閉じたのであった。


〔…〕「おや、もう終わったのかね」と、アメリカ人のカメラマンがあきれた顔で溜息をついたが、これでは、いったい吉田はなにをアイゼンハワーに訴えたのか、いやしくも中国問題などもちだす
チャンスは皆無ではなかったかと、怒りの感情がこみあげ、筆者は深い失望感にとらわれてしまった。


◆戦後秘史10・大宰相の虚像|大森実 |1976年11月|講談社|文庫版ISBN:9784061341609|◎おすすめ

 まず、上掲の「わずか30分で終わった日米首脳の頂上会談」を説明をする。

  毎日新聞記者の大森実は、カメラを首から吊るしてホワイト・ハウスに出かけた。ハガティ報道官は、カメラマン・グループだけを中庭のテラスに入れた。その中に大森はまぎれこむ。吉田・アイゼンハワー会談の同席者は井口駐米大使、アリソン駐日大使とロバートソン国務次官補。

 この会談前の10月29日ロンドンで朝日新聞の吉武信特派員が吉田首相に単独会見し、その全文が朝日に掲載されていた。その一部……。

問 いよいよ米国ですね。交渉の腹づもりを聞かせて下さい。

答 ハッハッハッ、金をくれといいますよ。日本をいまのように無力にしたのは米国ですからね。もう少しはもとに返してもらわないと困る。

 第一、米国はいつも日本をかりたてた。ところがいざやってみたらこれは大変だと気がついた。あまり大変だと思いこんだものだから、今度は占領と同時に労働法規の改正だ、財閥の解体だ、教育の民主化だ、中央集権の廃止だ、と日本を無力化することに一生懸命になった。いい分は結構だが、結果はよくない。共産党を解放したことなどは全くそのとおりです。

 ある責任者としましょう、日本にやってきて私に再軍備をしろという。私はいってやった。再軍備せよといったってできないようにしたのはあなたたちじゃないか。夫や子供を失った人々が戦争に反対するのはこれは当りまえです。共産党がこれを悪用する。国民投票をやったらどうなるか分りませんよ。国民投票で勝つ自信がないなら、憲法改正はできない。再軍備はできないでしょう。ハハハ……。これから米国に渡ろうというのに、これ以上手のうちは見せられん。
(本書)

  そう豪語した吉田首相は、アイゼンハワー大統領が右手の拳を振りあげて熱弁を振るっている前でほとんどしゃべらずニコニコとしているだけの30分。じつはこの会談で、小麦、大麦、大豆など余剰農産物の購入問題の決着のほかに、米国側から憲法改正要求、日本側から台湾問題の処理が議題にあがると観測されていた。しかし共同声明の全文には余剰農産物の具体的数字はなく、憲法改正も中国問題もいっさい触れられなかった。

 ――好意的に吉田を見るとき、米政府は吉田に重い荷物を背負わすことを意識的に避けたと見るべきであろう。もし悪意をもって見るとき、米政府は、崩壊寸前の吉田政権に、話をすべき中身ある議題をもたなかったといえよう。(本書)

2018.03.05★戦後秘史

  この昭和29(1954)年とは、どういう政治状況だったか。

 1月から強制捜査が始まった「造船疑獄」では、4月に犬養健法務大臣は検事総長に指揮権を発動し、佐藤栄作自由党幹事長の収賄罪逮捕を延期させた。吉田自身が国会から証人喚問を要求されたが公務多忙や病気を理由に出頭せず。
 6月、警察庁及び道府県警察を設置する警察法全面改正では、堤康次郎議長に議院警察権を発動させて国会に警官隊を初めて投入。
 7月、保安庁と保安隊を防衛庁と自衛隊に改組し、自衛隊発足。
 12月、解散か総辞職かと党内抗争の末、吉田内閣総辞職。そして鳩山内閣発足。

  ――渋面の吉田が、自動車で大磯に去ったときの写真が印象的であった。新聞はこの写真に「みぢめな最後」という説明を添えていた。“引退の花道”を飾れなかった吉田の最後は、たしかにみじめであった。戦後時代の“最後の大宰相”は、みじめな姿で政権の座から引きずりおろされたのだ。『白雲一片悠々去』という色紙が吉田から後日になって池田、佐藤らに与えられたというが、けっして吉田は一片の白雲のごとく去ったのではなかった。(本書)

  この人物中心の『戦後秘史』は、1(崩壊の歯車) 2 (天皇と原子爆弾) 3 (祖国革命工作) 4 (赤旗とGHQ) 5 (マッカーサーの憲法) 6 (禁じられた政治) 7 (謀略と冷戦の十字路) 8 (朝鮮の戦火) 9 (講和の代償) 10 (大宰相の虚像) の全10巻。大森実のライフワークの一つである。

 大森実(1922~2010)は、元毎日新聞記者。1965年、毎日新聞外信部長としてベトナム戦争を取材し、『泥と炎のインドシナ』として刊行。取材内容をライシャワー駐日アメリカ大使から批判され、対応した毎日新聞に抗議し、辞職。以後、フリージャーナリストとして活躍。

  なお大森実の『わが闘争わが闘病』(2003)では新聞社の後輩だった山崎豊子が大森をモデルに小説を書きたいと要請があり、なぜ断ったかが山崎の小説作法とともに詳しく綴られている。当方の好きな作品は、ベトナム戦争、カンボジア内戦取材中に死去した部下の鎮魂の書とした書かれた『虫に書く──ある若きジャーナリストの死』(1972。のちに『虫よ、釘よ、中島よ』と改題)である。

ロレッタ・ナポリオー二著/村井章子訳◆人質の経済学…………☆後藤健二と湯川遥菜は当初「助かる人質」だった。

20180129

2018.01.29人質の経済学


 湯川遥菜は2014年夏に、後藤健二は同年秋に誘拐され、当初は身代金と引き換えにするグループに分類されていた。

 安倍首相は、後藤が2014年11月に誘拐されたことを承知しており、後藤の妻によると、同月中にイスラム国から誘拐を通告するメールが届いたという。そして12月後半には20億円(およそ170万ユーロ) の身代金を要求するメールが届く。

 交渉はメディアに嘆ぎ付けられることなく極秘裏に進められたが、2015年1月の安倍首相の中東訪問ですべてが変わる。

 首相はカイロでの経済ミッションの会合で、イスラム国と戦う周辺各国に2億ドルの非軍事支援を約束したのである。

 安倍首相のこの約束は、イスラム国にしてみれば、有志連合を挑発し、日本に罰を加える願ってもないチャンスである。


〔…〕そこで湯川と後藤の解放交渉は突如として公にされ、ソーシャルメディアは大騒ぎになった。敵の弱点を突くべく、イスラム国はとうてい受け入れられないような条件を出してくる。


◆人質の経済学| ロレッタ・ナポリオー二著/村井章子訳|2016年12月|文藝春秋|ISBN: 9784163905808|○

 上掲にあるようにジャーナリスト後藤健二への身代金は20億円だったが、安倍首相が「イスラム国と戦う周辺各国に総額で2億ドル(200億円)程度の支援をお約束します」という発言したのち、後藤の身代金はその支援金と同額の2億ドルと10倍になった。こうして1月末に湯川と後藤は処刑され斬首の画像が全世界に発信された。

その10年前の2004年、日本人では劣化ウラン弾廃絶運動の一員18歳の今井、ホームレスの子ども支援の34歳の高遠、週刊誌取材のフォトジャーナリスト32歳の郡山の3名がイラク南部で武装集団に、またフリージャーナリスト30歳の安田純平と、市民団体に所属する元自衛官36歳の渡辺も誘拐された。

 かれらは、政府の渡航自粛勧告を無視して拉致されたのだから自業自得だと、政府やメディアから激しいバッシングを受けた。安田は2015年に再度拉致され、今も行方不明のままである。

 他方、同じ2004年に誘拐されたイタリア女性2人は、イラクへの先制攻撃を正当化する物語に仕立て上げられ、ヒロインのように扱われたという。

 すべては、2001年9月11日が発端だった。アメリカ同時多発テロ事件。
 第1に、その後、アメリカは報復として、対テロ戦争、イラク戦争を行い、これが大量の難民を生む根本原因となった。
 第2に、世界の麻薬取引の利益は大半がアメリカで洗浄され、クリーンな米ドルに替えられていたが、愛国者法(PATRIOT。正式名称は、テロリズムを阻止および防止するために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを団結させ強化するための法律)によってドルのマネーロンダリングができなくなり、舞台はアフリカを経由しヨーロッパのユーロ決済ルートに移った。

 やがて犯罪組織や武装集団は誘拐によって資金調達をするようになる。当初誘拐の主たる対象は、紛争地に難民を救援するために赴いたNGOなど援助団体のメンバーや、紛争地の悲惨な状況を世界に伝えようと取材に入ったジャーナリストたちだった。

 ――誘拐の目的は三つあった。難民キャンプからNGOを追い払うこと。欧米に拘留されている仲間のジハーディストを解放させること。そしてもちろん、身代金をせしめることである。 (本書)

 アフリカに麻薬が持ち込まれ、それが誘拐ビジネスに発展した後、犯罪集団は人質から、難民の密入国斡旋という新しい“品目”を扱うようになる。

 ――2015年に中東で発生した大量の難民が雪崩を打ってヨーロッパをめざす難民危機が起きたとき、誘拐組織や密輸組織が密入国斡旋に手を拡げるのは造作もないことだった。彼らはすでに緻密な組織を持っていたし、人質の取引で得た潤沢な資金を新しい商売に投資することもできたからだ。 (本書)

 ヨーロッパに流入した難民の90%は、犯罪組織によって行われたという。東地中海ルート、すなわちシリアからトルコ、ギリシャを通り、バルカン諸国経由でドイツやスウェーデンをめざす。このほか、リビアからイタリアへ渡る中央地中海ルート、さらにモロッコからスペインへ渡る西地中海ルートである。密入国斡旋業者は、出航許可を得るために利益の半分をイスラム国に納めるという。

 こうして大量の難民の流入という圧力を受けて、英国のEU離脱などヨーロッパの内部崩壊が始まった。

 著者のロレッタ・ナポリオーニ(1955~)はローマ生まれ。『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』等の著書をもつマネーロンダリングとテロ組織のファイナンスに関する研究者だという。本書、誘拐ビジネスについて書いてはとヒントをくれたのは、日本の版元である文藝春秋の編集者だったという。

井手英策・宇野重規・坂井豊貴・松沢裕作◆大人のための社会科――未来を語るために…………☆自己責任社会は、いまを生きる多くの大人たちに生きづらさを刻み込んでいる。

20180122

2018.01.22大人のための社会科


 日本国憲法では、その第27条1項に、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」ことが盛り込まれました。ちなみに、

いま現在主要先進国のなかで、「労働の義務」ではなく「勤労の義務」を定めた憲法をもつ国はありません。

それだけ日本人にとって勤労とは独特の価値をもつものだったのです。


 「勤労の義務」とは、まじめに労働にいそしむという「あるべき日本人の姿」を示しています。問題は、この考え方が、日本国憲法の第25条1項と結びついていた点です。

 ――第2章 勤労――生きづらさを加速させる自己責任の社会


◆大人のための社会科――未来を語るために|井手英策・宇野重規・坂井豊貴・松沢裕作|2017年9月|有斐閣|ISBN: 9784641149205|○

たまたま図書館で手に取った「中央公論」2018年1月号。作家の五木寛之(1932~)とそのご指名による慶大教授井手英策(1972~)との対談「85歳の作家が気鋭の財政学者に訊く 日本は本当に貧しくなったのか」があった。二人の世代の違いか、まったく話がかみ合わないが、消費税論など、その面白さに、井手英策に興味をもち、本書を手にした。以下、コメントを加えず、紹介のみ。

 本書は社会科学といっても財政学、政治学、経済学、歴史学と専門分野の違う4人によって書かれた「教科書」である。

 第1部ではGDP、勤労、時代という経済、第2部では多数決、運動、私という政治、第3部では公正、信頼、ニーズという社会、第4部では歴史認識、公、希望という未来を読みとくキーワードが用意される。

 上掲の「勤労」では、まず辞書に「賃金をもらって一定の仕事に従事すること」と同時に「心身を労して仕事に励むこと」と説明がある勤労の概念から始まる。現行憲法制定時にも「勤労の義務を果たさない者」には「国は生存権を保障する責任はない」という主張が公然と行われていたという。

「勤労国家は自己責任によって支えられ、これを家族や地域の助け合いが補完していた」という戦後の流れを概観する。

 ――袋だたきの対象のなかには、地方に住む人々、貧しい人々、高齢者や病気になった人など、多くの社会的な弱者が含まれていました。このように社会の優しさが失われた理由は何だったのでしょう。

 それは、中間層の生活水準が激しく劣化したことです。1990年代半ばをピークに、年収400万円から800万円くらいの所得階層の人たちが大きく所得を落としました。95年に34%だった年収400万円以下の世帯の割合は、47%に増えました。また、いまでは、非正規雇用の割合が全体の4割におよび、年収200万円以下の世帯割合も2割を超えています。
(本書)

 そしてこう結論づける。

 ――勤労国家という名の自己責任社会は、いまを生きる多くの大人たちに生きづらさを刻み込んでいます。 (本書)

 第4部では「人間と人間が価値を分かち合うときに、はじめて個の集合は社会に変転します。しかし、歴史認識問題に象徴されるように、過去の事実でさえ、価値の共有が難しいのかいまの状況です」とし、第10章「歴史認識――過去をひらき未来につなぐ」では、以下の記述が……。

 ――政治家は、歴史認識問題について「未来志向」という言葉を用いることがあります。これが、過去のことはきれいさっぱり忘れてしまおう、という意味ならば、それはむしろ問題を過去に押しやるだけで、そうして押しやられた過去は、いつか再び現代社会に噴出してきて、未来を作ることの妨げになってしまうでしょう。

 過去を、相互不信を生み出す源泉ではなく、認識の共有の場とすることは、人々が協力しあい、〈私たち〉として、未来を作っていくための必要条件なのです。
(本書)



畠山 理仁■黙殺――報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い…………☆全裸や候補者名のないポスター、放送禁止用語連発の政見放送の真意は……。

20180115

2018.01.15黙殺


 実際、後藤は20歳の頃から政治家を目指し、政治について考えてきたという。
 それなのに後藤は政見放送であえて政策を言わず、「放送禁止用語だらけの政見放送」にした。なぜなのか。
 後藤は私の問いかけに姿勢を正し、まっすぐこちらを見て答えた。

「『政治に関心を持たないのはなぜなんだ!』という怒りがある。もともと自分が立候補したのは、

『なんだこいつは』『なんでこんなやつが立候補しているんだ』と驚きを与えることで、みなさんに政治に関心を持ってほしいと思ったからです」
〔…〕

 しかし、都知事選の供託金は300万円だ。そんな大金を失うリスクを冒してまでやるべきことなのだろうか。

――第3章 東京都知事候補21人組手


■黙殺――報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い |畠山 理仁|2017年11月|集英社|ISBN: 9784087816518|○

 本書の帯に「落選また落選! 供託金没収! それでもくじけずに再挑戦!」とあるが、新聞・テレビなどのマスメディアからは「黙殺」されがちな立候補者たちを追ったもの。

 たとえば、2016年の東京都知事選には、小池百合子、増田寛也、鳥越俊太郎の“主要3候補”をはじめ21名が立候補した。

 ――この都知事選中に民放テレビ4社の看板ニュース番組が「主要3候補」と「それ以外の18候補」に割いた時間の比率は「97%対3%」だった。〔…〕公職選挙法に抵触しないよう、「主要3候補」の報道が終わった後に全候補者に触れている。たとえばテレビであれば、「今回の都知事選には、ご覧の18人も立候補しています」と申し訳程度に名前と年齢をまとめて表示し、数秒間だけ映す。 (本書)

 “泡沫候補”のなかでもっとも著名なのがマック赤坂(1948~)という人。著者に問われて、マック赤坂はいう。

 ――「私が壊したいのは、体制、常識、コメントばかりして行動できない人。〔…〕NHKは日本の保守的な部分、とんでもなく常識的な部分だ。しかも、NHKに出れば日本人はコロッと信用する。おれはNHKという権威に対する過度な信頼感も壊したい。何も考えずに信用してしまう日本人の無意識を壊したい。それを一旦壊したら、瓦礫の中から何かが生まれる。そこなんですよ、私の原点は」 (本書)

 当方がとりわけ興味を持った“泡沫”は、上掲の後藤輝樹(33歳=7,031票で21名中13位)という人である。

 後藤の都知事選でのポスターには、軍服姿の本人の写真はあるが、「候補者の名前」が書かれていない。また、それ以前の千代田区議選では「全裸ポスター」を使用したという。

 その後藤の「選挙公報」に掲載した公約は、以下のようなもの。

 ――「江戸城天守閣を再建」「築地市場移転を中止、見直し」「東京五輪中止または超低コストでや
ります」「横田基地を返還させ、横田空域を解放し、首都圏の空の主権を回復します」「排気ガス税導入」「超高層ビル群を建設」「日本の漫画アニメ特撮等の純国産テーマパーク」「無修正ポルノを合法化します」「パチンコ店を減らします」「独身税、肥満税、海外旅行税を一律10万円にします」「東京都心の最低時給を1200円以上にします」「1度だけ歯列矯正を無料にします」……
(本書)

 ユニークなものもあるが、東京をこうしたいという、しっかりとした政策である。だが、全裸や候補者名のないポスター、6分間放送禁止用語を連発する政見放送をしなければならないと、後藤が思うほど、若者たちは政治に無関心なのだ。

 本書ではこうした“泡沫=無頼系”候補に密着している。
 かつて朝日新聞は候補者を「一般候補」「準一般候補」「特殊候補」の3つに分け、報道に格差をつけるようにしていたという。
 準一般候補:当選の可能性は別にして、まじめなミニ政党などの候補者。
 特殊候補:選挙を売名や営利などに利用したり、自己のマニア的欲求を満足させるために数々の選挙に立候補、云々。

 当方は“泡沫候補”はただただ目立ちたいだけと思っていた。だがよく考えると、当方も“泡沫”ではないが、選挙地事情を見れば落選するだろうなと思いつつ“反安倍”であるが故に野党の候補に一票を投じることがある。当方からすれば“泡沫候補”も“野党候補”も“落選覚悟”に見える。

 そして“泡沫=無頼系”候補にとって最大の難関である供託金の確保に奔走する姿を知り、これは目立ちたいだけではないと思うに至った。

 衆・参の選挙区、300万円、比例で600万円。知事選も300万円の供託金が必要なのだ。衆院25歳以上、参院、知事30歳以上で、「誰でも出られる」といっても、経済的ハードルが厳しい。ちなみに供託金は、イギリスが7万5000円、カナダ、オーストラリアが9万円、韓国でも150万円程度だそうだ。フランス、ドイツ、イタリア、アメリカなどは供託金制度そのものがない。

 著者は20年にわたる選挙取材から本書を執筆し、“泡沫=無頼系”蔑視に異を唱え、メディアの扱いに疑問を呈し、供託金など選挙制度の改善を提唱する。



広原盛明★神戸百年の大計と未来 ……☆市役所一家の呪縛から逃れられない“残念な本”

20171107

20171107神戸百年の大計と未来


 人口縮小にともなう都市の様相や市民のライフスタイルの変化は、すでに神戸でも随所にあらわれている。〔…〕

 整然とした街並みを誇った都市景観が観光客の眼には画一的と映り、却って都市の魅力を失う引き金になっている。

 成長の時代には神戸を「輝ける都市」に押し上げた成功要因が、縮小の時代には逆にマイナス要因へと急速に転化しつつあるのである。〔…〕

問題なのは数々の政策が提案されてきたにもかかわらず、神戸市政にとってはそれらが単なる「アイデア」の段階に止まり、本格的な政策転換の課題として認識されてこなかったことである。

 云い換えれば従来からの成長型コンセプトを基本的に維持したまま、新しいアイデアを考えるという小手先の「改良レベル」の対応が、本格的な政策転換を阻んできたのである。

――序章 神戸開港150年を迎えて 広原盛明


★神戸百年の大計と未来  |広原盛明ほか|晃洋書房|2017年8月|ISBN:9784771029149 |△

 神戸は元気がない、と全国をツアーするミュージシャンが言う。「神戸へ行ったらこれを食べようというご当地グルメがない。仙台の牛タンや名古屋の味噌カツのように、和食の店でもレストランでも、“神戸ステーキ丼”をメニューに入れたらいいのに」。
そういえば灘の生一本の飲み比べをしながら、神戸牛のステーキやすきやきを食べられるという気楽な居酒屋を紹介したいが、当方もそんな店は知らない。

 さて、神戸は戦前・戦中・戦後を通して一貫して高度成長を目指した急進都市であった、という。その神戸が、元気がない。次の時代に立ち向かう「神戸百年の大計」が求められている、として本書が編まれた。まえがきに、「本書は、神戸市民や市関係者と共にいま神戸市政が直面する課題を分析し、その打開方策を見出そうとする1つのささやかな試みである」云々とある。

 著者広原盛明といえば、神戸市政批判の急先鋒の人というイメージがある。しかし本書は「神戸再生の書」であって「神戸批判の書」ではない、と繰り返し述べられている。

 第1部では、神戸が直面する3大プロジェクトの課題として、
1 神戸医療産業都市構想の推移、その背景(川島龍一)
2 神戸空港は再び離陸できるか(高田富三)
3 新長田南再開発に未来はあるか(出口俊一)
 が、俎上に載せられる。たしかにこの三つは1995年の大震災以降の最大の課題である。

 当方の率直な考えをいえば、医療産業都市への一点集中投資により、福祉、文化、その他の市民生活への意欲的な施策が組まれなかった。
 また理化学研究所のSTAP細胞騒動、医療産業都市構想全般にかかわった笹井芳樹氏の死去、国際フロンティアメディカルセンター(KIFMEC)による生体肝移植事故など、医療産業都市戦略が一挙にイメージダウンした。
 神戸空港は、3空港の機能分担としてLCC格安航空専用に特化することによって飛躍すべきだった。
 新長田南再開発は、地域を平凡な高層住宅群にしてしまい、アジアの“職”と“食”を拠点としたまちづくりのチャンスをのがし、長田の下町気質も地下鉄海岸線も生かすことができなかった。

 さて、本書の眼目は最終章「人口縮小時代、神戸再生への視点」(広原盛明)にある。神戸が今なすべきことは、神戸再生のための新たな座標軸すなわち「ポストモダン都市=現代都市」の方向性を見極めることである、とする。

 「神戸らしさ」とは、神戸が発祥の地となった「ハイカラ文化=洋風の生活文化=都会文化」であり、「都会っ子=神戸っ子=生粋の神戸市民」によって体現されている都会風のライフスタイルのことだという。そして、
「グローバル時代の神戸文化=ハイカラ文化十郊外モダニズム」という図式の中に解決のヒントがある、とする。

 都市づくりの方向としては、郊外住宅地の良好な環境を維持しながら、中心市街地や既成市街地の多様な「まちなか文化」の再生を目指すというもの。
 もう一つは、都会の中にあっても郊外的なライフスタイルを可能にする「新まちなか住宅」を計画するとか、郊外であっても都会生活を楽しめる「新郊外モダニズム区域」を開発して都会と郊外の交流を活発化させるという方向。
これに加えてもう1つ、これまでの西欧型ハイカラ文化を発展させて、神戸が「多文化共生都市」をつくり出すというもの。

 この結論は大枠過ぎて、具体的なイメージもわかないし、何も提案していないのと同じある。

 ――思えば1989年11月に笹山市政がスタート以来、長らく「宮崎ロス=宮崎なき宮崎イズム」の時代が続いてきたが、いま漸く「ポスト宮崎」時代への動きが始まってきたように思える。(本書)

 海上都市ポートアイランドでのポートピア81博覧会は宮崎辰雄市政(1969~1989)の、いや神戸という都市の絶頂期であった。そして1995年の大震災。それから20年を経て、ようやく復興をなしとげた段階である。復興の息切れで、次なる明確な目標が見えてこない状態が続いている。
 本書では大阪がしばしば引用されているが、その大阪は考える前に暴走でもなんでもとにかく走るのに比べ、神戸は2017年久元市長の公約で分かるが、相変わらず市役所一家による市役所的発想から抜けでない。

 著者が書いているように本書で紹介された「これらの神戸再生のアイデアは、これまでも多くの識者から指摘されていたことであって特に目新しいものではない」し、また、結びの言葉が、「神戸の新しい潮流をになう(市役所の)中堅管理職員の台頭に期待したい」では……。なるほど「まえがき」のある「市民」はつけたしで、「市関係者」向けの本であったのか。

 市役所一家による役所的発想から抜けでよ、そして若い商工業者、企業家、NPO、学生を鼓舞する提言が「神戸再生の書」の役割ではないのか。市役所一家の呪縛から逃れきれないなんとも残念な本である。

 神戸は元気がない、と全国をツアーするミュージシャンが言う。「最近、BE KOBEという誰から誰へのメッセージかわからないキャッチコピーが使われ、港にBE KOBEという立体文字が据え付けらています。アムステルダム名物の「I am・sterdam」の立体文字のパクリじゃないでしょうね」。

発掘本・再会本100選★名君の碑 保科正之の生涯|中村彰彦…………☆評伝的小説で“発掘”された肥後さま

20170905

2017.09.05名君の碑


「かえりみまするに天守閣とは、織田信長公の築きたまいし安土城のものがはじまりだったのではござりますまいか」

 さらに、正之はことばをついだ。

さりながら豊臣家が大坂城に滅ぶまで、天守閣がいくさのおりに要害として役立った例は史書に見えませぬ。

すなわち天守閣とは、そこに登りさえすればただ遠くまで見えるというだけのしろもの。


 大火後の公儀の作事がさらに長引くならば下々の暮らしむきの障りになるやも知れず、いまはかようの儀に国家の財を費すべき時にあらず、とそれがしは愚考つかまつります」


★名君の碑 保科正之の生涯 |中村彰彦 |文藝春秋|」1998年10月/文庫版2001年10月|ISBN: 9784167567057|〇

 当方の東北ひとり旅シリーズは、福島県を残すのみとなったが、体調を崩し、断念したままである。そこで福島ゆかりの本書を手にした。

 将軍家光の異母弟にして、のちの会津藩中興の祖保科正之は、その輝かしい功績は知られることなく、歴史に埋もれていた。それはもちろん明治薩長史観による朝敵会津だからだろう。未読だが、中村彰彦には、『保科正之――徳川将軍家を支えた会津藩主』(1995)、『保科正之言行録――仁心無私の政治家』(1997)の著書があり、光をあて、歴史に再登場させた。

 保科正之が四代将軍家綱の輔弼役としての功績を、著者は列挙する。

1 家綱政権の「三大美事」の達成(末期養子の禁の緩和、大名証人〔人質〕制度の廃止、殉死の禁止)。
2 玉川上水開削の建議。
3 明暦の大火直後の江戸復興計画の立案と、迅速なる実行。


 このうち明暦の大火は、江戸時代最大の火事で、江戸の町の6割が焦土と化し、10万人が焼死した。このときの保科の判断。

1 火事が城に迫ったとき、天下のあるじ家綱を軽々しく城外へ非難させるのはもってのほか、と反対。
2 幕府の米蔵が焼けたとき、火を消して米を持ち出せ、すなわち窮民は火消しに、蔵米は救助米にと一石二鳥の案。
3 諸大名に帰国を命じ、米の需要を減じ、米価を安定。
4 主要路の道幅を6間(11m)から10間(18m)になど大胆な復興計画。

上掲の天守閣再建問題は、そのときのもの。この江戸城の天守閣はついに再建されなかった。明治以降、宮城、皇居と名を変えた。もし天守閣が復活していたら、天皇家はこれほど親しみをもって存在したか疑問である。

 保科は、高遠藩、山形藩、会津藩と国替えがあるのだが、住民たちも保科を慕いついてきた。

  ――今日も長野県高遠町と福島県会津若松市とに、共通する姓が多いことは知る人ぞ知る事実。会津若松市のそば屋にかならず「高遠そば」という品書きがあるのも、正之にはじまった両地方の歴史的むすびつきを示す事例のひとつだ。

 いずれにしても、去った土地では惜しまれて臼ひき唄に歌われ、あらたに統治した土地で善政をまた唄に歌われた大名というのも珍しい。
(本書)

 会津藩主としての業績は、飢饉の年にも餓死者がなくなった社倉制度の創設、また間引の禁止等がある。そして、「あんずの種をそっと土に埋めるように、生涯を閉じる前にわが会津藩に不変不動の精神を植えつけておきたい」と会津藩の憲法である家訓十五ヵ条の「会津藩家訓」の制定。

一、大君の儀、一心大切に忠勤を存ずべく、列国の例をもってみずから処(お)るべからず。
もし二心を懐(いだ)かば、すなわちわが子孫にあらず、面々決して従うべからず。


 「徳川将軍家に対しては一心に忠義に励み」云々というもの。歴史の恐ろしさは、保科正之から200年後、9代藩主松平容保が家訓にそって京都守護職を受け、戊辰戦争を経て、“賊徒首魁”会津藩は下北半島の斗南藩に移封(10/1に縮小)。石光真人編著『ある明治人の記録』の柴五郎のことばを使えば、「挙藩流罪という史上かつてなき極刑」となる。

 さて、当方、福島へは以前、猪苗代湖を見下ろす磐梯山の麓に宿泊、会津若松の県立博物館へ、また福島市へ出張の折は県立美術館を訪ねたことがある。

 そこで今回のひとり旅は、旧磐城平藩(保科正之の正室は磐城平藩主内藤政長の娘菊姫)であるいわき市、その3.11の傷跡のままの海岸線を塩屋岬まで車で走ること、大内宿を経由して只見川河畔に泊まり、会津柳津町の斎藤清美術館を訪ねることを考えていた。その木版画の会津の風景が今も車窓に残っているのを祈って……。

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