山根一眞★スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち――標高5000mで動き出した史上最高の“眼" …………☆理系ノンフィクションを文系読者が読む

20170915

2017.09.15スーパー望遠鏡アルマの創造者たち


 アルマの目的は、大きくわけると3つある。
 1990年代にアルマの取材を開始して以来、何度となく聞いてきたその3つの狙いとは……。

(1)銀河系の誕生を探る
(2)惑星系の誕生を探る
(3)宇宙物質の進化を探る

 なかでも「惑星系の誕生を探る」のは、太陽系、そして地球がどのようにしてつくられたのかを知ることを意味している。

 宇宙のどこかで、太陽系と同じような惑星系が誕生しつつある姿を観測できれば、およそ50億年前の私たちの太陽系、地球がどうつくられたのかを知る手がかりが得られる。

 それは、私が、私が暮らす地球がどのようにして誕生したのかを、タイムマシンに乗ってまじまじと見ることにも通じる。


 とはいえ、そんなことは「多くの天文学者が抱いてきた夢」にすぎなかった。
 それが実現したというのだ。


★スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち――標高5000mで動き出した史上最高の“眼" |山根一眞 |日経BPコンサルティング|2017年7月|ISBN: 9784864430425 |○

 アルマ望遠鏡は、南米チリの標高5,000mのアタカマ砂漠の高原に設置された巨大電波望遠鏡。正式名称はアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計。

 この電波望遠鏡は、光ファイバーで相互に結ばれた66台のパラボラアンテナが一体となって、天体から数億年、数十億年かけて地球に届いている「電波」をとらえようというもの。

 ――電波も光も1秒間に30万キロメートルの速度で進むので、たとえば私たちが見ている太陽は、およそ8分前という「過去」の太陽の姿だ。それと同じで、アルマが受信するビッグバン直後の電波とは138億年前という過去に発したものなのだ。その電波を詳しく調べれば、宇宙の誕生時、ビッグバン直後の様子だって知ることができるかもしれない……。(本書)

 というのがアルマの目的なのだが、その“眼”は「東京から大阪にある1円玉がくっきりと識別できるほどの視力」なのだそうだ。

 ところで本書では、偉業をなしとげた天文学者たちだけでなく、アンテナ製造にたずさわった技術者たちも追う。たとえば、「主鏡面パネルは、800×800×50ミリのアルミ板をNC機械で数ミリ厚の表面とリブ構造に切削加工し、軽量でしかも5ミクロンという超高精度を達成することができた」と当方にはさっぱり理解できない技術について、当方にとって未知の人だが、当方の町の住民で、高校の後輩にあたるエンジニアが紹介されている。まことに喜ばしい。

 この国際共同プロジェクトには、日本・アメリカ・ヨーロッパの22か参加している。そして、……。

 ――アンテナや受信機、相関器などの開発製造は日本のみならず米国も欧州も渾身の技術を投入した。日米欧は、大きなライバル意識をもちながら切磋琢磨を続けた。〔…〕仔細に取り決めた仕様にもとづいて、それぞれが独自の開発製造をしたのだ。(あとがき)

 実際には、日本は、パラボラアンテナは66台のうちの16台、電波をとらえる受信機は10種類のうち3種類を開発した、という。つまり他国も日本と同様の開発製造技術をもっていたということらしい。

 だが本書は、「日本のものづくりの底力」として、また「日本が自信を取り戻す」熱いドラマとして喧伝されている。それはそれで結構だが、おそらく文系の編集者による惹句だろう。

 ところで、理工系には門外漢の当方にも興味ある挿話が記述されていた。

 ――アンデス地方では、天の川銀河の「暗い部分」のかたちを星座としてきたのだという。あまりにも明るい星の数が多く見えるため、明るい星のみを結んで星座をつくることができなかったのだ。

 まばゆいばかりの天の川という背景に暗いシルエットをつくっているのは、羊飼い、リャマ、リャマの子、キッネ、ヤマウズラ、ヒキガエル、ヘビなどの姿だ。彼らに欠かせない家畜であるリャマ、体表からの分泌液に幻覚作用があり神聖な存在とされるヒキガエルなど、それら影絵のような星座はアンデスの人々にとって天と地をつなぐ霊的な存在でもある。
(本書)

 チチャやピスコという酒をのみながら、「何だ、これは!」と絶句してしまう星空を眺めるために、そして66台の銀色に輝くパラボラアンテナの壮大な姿を見るために、標高5000メートルのアタカマ砂漠を訪ねたい。20年若ければの話ですが…。

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大野裕之★京都のおねだん  …………☆底抜けの“京都自慢”本

20170621

2017.06.21京都のおねだん


 実のところ、京都こそ水の都である。

 京都盆地の下には、琵琶湖の3分の2の水量を誇る地下水脈が存在している。それは、2百年前に比叡山に降った雨が長い年月をかけて地層をくぐつて濾過された名水であり、いわば名水の水瓶のうえに京都は成り立っている。

 京都の軟水だと、他の地域の硬水に比べて、出汁をとったときに1.5倍のうまみ成分が出るそうだ。

 水こそ京都の味を支える第一条件なのだ
〔…〕。

 いわれてみると、お茶といい生け花といい、京文化の粋は名水を条件としている。日本酒も水が命であるし、西陣織の仕上げにも大量の水が必要だ。


★京都のおねだん |大野裕之 |講談社現代新書|2017年3月|ISBN:9784062884198|○

 京都の料理の美味しさの理由は、京野菜など食材の良さ、懐石の本場の料理人の技、味わうほうの舌の肥え方の三つがあるが、しかしと著者はいう。「料理にとって、第一に重要なのはなんといっても水である」。

 その水を守るために、地下鉄工事では「鴨川の地下水脈」沿いに新しい井戸が多く掘られ、そのせいだけではないが、京都の地下鉄の建設費は大阪の2.6倍。すなわち水のおねだん、1キロ260億円。

 といった、京都のおねだん談義は、食のおねだん、季節のおねだん、絶滅危惧種のおねだん、舞妓・芸妓のおねだん、すなわち、京都のおねだん、と続く。本書のハイライトは、「花街で、自腹で遊んでみた!」。

お茶屋遊び歴20年のAさんと、5時30分から某花街でじつに6時間半のお茶屋遊び。舞妓さん、芸妓さん、地方さんの3人が来て、宴会がスタート。近くの料亭からの仕出しの京懐石。食後、舞妓さん、芸妓さんの舞の披露。続いて、三味線の音にあわて「こんぴらふねふね」などのお座敷遊び。盛り上がって杯が進み、お開きは真夜中の12時。

 さて、お花代、ご飲食代、宴会ご祝儀お立替、あわせて24万4836円。その詳細な謎解きは本書で。そして恐ろしい言葉が付け加えてある。

 ――おねだんには、決して定価があるのではない。店と客の、人と人との「関係」のおねだんであり、それは請求書を受け取った客が己の価値を知る数字である。(本書)

*
2016.01.06京都ぎらい

 ところで京都ものといえば、大ベストセラーになった井上章一『京都ぎらい』(2015)がある。同書には、僧侶の話題がしばしば登場し、僧侶があそばなくなれば京都の花街はついえさる、「わしらでもっているようなもんや」という一僧侶の発言もあった。
 ところが本書ではほとんど僧侶が登場せず、「京都には何でお金を稼いでいるのかわからない暇な人が多く」、「京都人がお茶屋に通うのは、そこが安いと感じるからだ」とある。
 
 井上章一『京都ぎらい』は、洛外人による洛中人への“格付け”の憎悪を綴ったもので(じつは東京に対する京都自慢でもある)、当方はあとがきの「七は『ひち』である」に大いに共感した。井上章一のユニークな作品『愛の空間』『パンツが見える。』『日本に古代はあったのか』『妄想かもしれない日本の歴史』『美人論』などかつて愛読した。 

 ところが「井上センセ、またも京都人を敵にまわす!?」というコピーのある『京女の嘘』(2017)は、そのほとんどが旧著『日本の女が好きである。』に短いエッセイを加えたもので、“詐欺”本である。あの井上センセも60を過ぎればこうなるのかと、京都人から蔑視されるでしょうね。

 それはさておき、『京都のおねだん』の著者大野裕之は、1974年大阪府生まれ。京都大学入学後、京都に居住。チャップリンの研究家で、映画・演劇プロデューサー。

 本書は、底抜けに明るい“京都自慢本”。したがって揶揄する気にもなれない。




津野海太郎★読書と日本人 ※――あかし市民図書館、大丈夫か?

20170528

2017.05.28読書と日本人


「聖域なき構造改革」の旗のもとで、経営難になやむ各地の自治体がいっせいに図書館「改革」にはげみはじめた。〔…〕

 図書館のような公共事業にはとことん冷たい。その冷たさが自治体の役人や政治家、はては住民(利用者)の多くにまで共有され、図書館の内外で、いつしか「図書館に企業の経営手法を積極的にとりいれよう。それは文句なしにいいことなのだ」という判断が力をもつようになった。

 そんな空気のなかで、図書館予算を大幅切りつめ、専任の図書館員を派遣や契約社員におきかえ、ついには、われわれの社会に図書館があることの意味など本気で考えたこともないような外部企業に運営を丸投げしてしまう――

そんな無茶なことまでも平気でやってのけるようになってしまったのです。

 そしてこれらの「改革」の一環として、近年、図書館が新たに購入する本に占める〈やわらかい本〉の割合が激増し、その一方で〈かたい本〉のかずがますます減らされている。


★読書と日本人|津野海太郎|岩波新書|2016年10月|ISBN:9784004316268|

 本書は読書という行為の「源氏物語」時代から現在までの変化、さらに未来はどうなっていくのかを語った読書論だ。だが当方がいちばん気になったのは、「活字ばなれ」の現在について、著者の住む東京近郊の某市立図書館についての記述の部分である。

 ――読むのに多少の気力を要する部厚い翻訳本や研究書などはゼロ同然。岩波書店もみすず書房も白水社も藤原書店もなければ、講談社や中央公論新社や筑摩書房の叢書や双書類もない。
 おことわりしておくと、もともとここは全国でも有数のすぐれた図書館だったのです。それがちょっと見ない間に、いやはや、ここまですさまじい事態になっていたとは……。
(本書)

 以下、図書館の未来予測に続くのだが、それはともかく指定管理者を導入する図書館が急激に増え、窓口応対はていねいだが、レファレンスはやらない図書館が増加、と危惧したとおりになっていきつつある。

 ところで図書館といえば、宮田昇『図書館に通う――当世「公立無料貸本屋」事情』(2013)という示唆に富む好著があった。
 他方、川本三郎『そして、人生はつづく』(2013)には、図書館への“癇癪文”が掲載されていた。「××図書館に対して怒っている。温厚な私が?!」と。著者の些細なミスについての図書館の処置が厳しすぎると、怒っている。図書館と館長、苦情の手紙を出した区長、すべて実名である。数度にわたるエッセイでその図書館を嫌味たらしく非難している。『マイ・バック・ページ――ある60年代の物語』の著者は、1944年生まれ。癇癪持ちの老人の一面を見せるようになってしまった。

2017.05.28読書と日本人2

なぜこんな話を持ち出したかといえば、“公憤”“私憤”さまざまだが、以下の記述は、川本本とは混同しないでいただきたいからである。

 当方は、神戸市から姫路市まで(高砂市を除く)の4市2町の図書館を利用したことがある。そのなかで「本の探し難さ」でだんとつ1位という致命傷をもつのが明石市立図書館である。非難が目的ではないために書いておくが、返却場所が多数あることで「便利さ」でも1位である。

 この図書館が「あかし市民図書館」と名を改め、2017年に駅前再開発のビル4階に設置された。TRC(図書館流通センター)が指定管理者として運営する。
 蔵書2倍、床面積4倍になったという。駅に至近距離のためか、勉強する若者や窓際で駅前風景を眺める若者が目立つ。周辺の図書館が老人憩いの場となっているのと大違いで、若者を取り戻したことで大成功といえる。だが目当ての本が探せないのである。

 運営するTRC(図書館流通センター)は、設立時はともかく現在は大日本印刷傘下の純然たる株式会社である。公共図書館の裏方であったが、苦節ン十年、指定管理者制度の発足とともに一躍表舞台に出た。取次店でもあるので、指定管理者のコンペがあっても経費面で断然優位に立つので、地域のNPOが地域に密着した図書館を提案しても、太刀打ちできない。

 明石市に隣接する播磨町でもTRCが指定管理者となっているが、当初、「新刊本を(書店に行かなくても)当図書館で取り寄せて購入できます」とPRしたので、「地域の書店を廃業させるつもりか」と苦情を言ったことがある。また、30年ほど前に刊行された作家の個人全集60巻余りが突如購入、配架されたことがある(理由は推測できるが、推測なので書かない)。TRCとはそういう会社である。
 
さて、大いに期待して明石市立図書館へ、ネットのOPACで事前に調べたうえ、「状態=貸出中」でない以下の3冊を借りに出かけた。

① 高島俊男『お言葉ですが…… 別巻7 本はおもしろければよい』
 このシリーズは18冊でているが、「文学」という表示の棚が約20あり、うち「エッセイ」の棚にたどりついたが、このシリーズは背ラベル「Eタ」という表示で無作為に(本巻1~11、別巻1~の順でなく)十数冊並べられていた。が、別巻7はない。念のため館内OPACで調べると、背ラベル「E タカ 18」とある。1メートルほど横にぽつんとこの1冊があった。

② 小玉武『「係長」山口瞳の処世術』
 「背ラベルのカタカナ表示はすべて著者の頭文字です」とこの館の社員は平気で嘘をつく。本書は、背ラベル「910.2」とある。著者は小玉だから「910.2 コ」を見たが、ない。以前読んだ小玉武の『佐治敬三 』は「Bサ」。この図書館は以前はNDC分類の「伝記」を「B」(Biographyのことか)と表示していた。同『開高健』は「910.2 カイ」。ようやく見つけた『「係長」山口瞳の処世術』は「910.2」の上に「や」という字のラベルが張ってあった。

③ 荒木一郎『まわり舞台の上で 荒木一郎』は背ラベル「289.1 アラ」とある。「個人伝記」の分類である。これが見つからない。10分ほどでギブアップし、窓口の社員に探してほしいと頼んだ。念のため時間を計ってみた。社員2人で探してくれたそうで、実に17分が経過したいた。背ラベルが分かっていながら、これだけ時間がかかるのは、配架に欠陥があるのは明らかである。

 さて、同ビル2階にはTRCと同じ大日本印刷の傘下にあるジュンク堂書店もオープンし、合わせると100万冊以上の本が集まる“日本一の本のビル”と(なぜ合算するのか意味不明だが)、明石市は豪語し、市長は(これも意味不明だが)「本のまち明石」をめざすという。

 その市長は自宅の壁はすべて本棚という。それほど本好きなら、この図書館でご自分の著書を何分で見つけることができるか、試してみてはいかがか。1人で同時に20冊まで貸し出すというサービス(どうやって持って帰るのか?)を自慢する前に、配架の表示と配架順を周辺地域の図書館並みに分かりやすくしたらどうか。

 TRC社員は、苦情を言うとその場限りの返答でクレーマー扱いする以前に、サービスは細部に宿る、ディテールこそ図書館司書の使命であることを知ってほしい。

 当方は、書棚番号優先の館内表示、旧館からの引継ぎ本の背ラベルと配架順の改善、館内案内チラシの改善について案を持つが、書かない。それを自ら考え、実行するのが、TRCの矜持だろう。

 

日野嗣士★神戸っ子の応接間――川瀬喜代子と神戸にしむら蜘排店

20170506

神戸っ子の応接間1



「いつからか、喫茶店というのは多くの人たちにとって目的地ではなく、待ち合わせのための場所になっていました。

しかし、ひとり一人がスマートフォンや携帯電話を持ち歩く今、昔のように喫茶店で待ち合わせをし忙しくても、お互いに連絡を取り合ってどこででも落ち合える時代です。

 そうなると、喫茶店は単なる通過点ではなく、目的の場所になり、時間を過ごすための場所になったとも言えるのではないでしょうか。


 そういう意味で、私たちはお客様にいい時間を過ごしていただける環境や雰囲気を提供しなければなりませんし、もちろんそれに相応しい商品を提供できるお店でないといけないとも思います」


★神戸っ子の応接間――川瀬喜代子と神戸にしむら蜘排店|日野嗣士|アートヴィレッジ|2017年1月|ISBN:9784905247579 |△

 本書は神戸ではなじみのにしむら珈琲店の創業から現在までを創業者の川瀬喜代子を中心に綴ったもの。

 コーヒー店といえば、最近はスターバックスやドトールコーヒーが駅ビルやその周辺に目につき、パソコンやスマホをいじりながら長時間滞在する若い層が目立つ。他方、下町では地元の高齢者が新聞を片手に朝食はモーニングでという、昔ながらの喫茶店も健在である。

 京都のイノダ、名古屋のコメダ、そして神戸といえばにしむらである。にしむらは、戦後間もない1948年に店舗を開いた神戸北野坂の入り口の中山手本店をはじめ、神戸大阪間に11店舗がある。

 長年にしむらのコーヒーを飲んでいるが、本書で初めて知った“あるある”集。

 1・コーヒーに無知だった川瀬は、イノダコーヒの創業者・猪田七郎氏に、豆の煎り方など基本を教えてもらったこと。
 2・六甲の宮水を使用しているのは有名だが、当初、御影郷菊正宗の井戸から汲みあげたものだったこと。
 3・焼き菓子は神戸のフロインドリーブ製だったこと(現在は子会社洋菓子セセシオン製)。
 4・ストレートコーヒーの販売やコーヒーゼリーのメニューはにしむらからが初めて。
 5・現在の会長(長女の夫)はUCC上島コーヒー社員だったこと。
 6・にしむらという店名は川瀬が離婚する前の夫の姓であること。

 さて、上掲のこれからの喫茶店のあり方は、副社長・古谷修作の発言。――と、にしむらの宣伝に一役買ったが、実はあとがきの「私の中のにしむらコーヒー店物語」がいちばん面白かった。ところで、カラー写真で「坂本益喜画伯が描いた1953年頃のにしむら珈琲店」という絵が掲載されているが、「坂本」ではなく「小松」では?
神戸っ子の応接間2


青山文平■鬼はもとより

20161211

20161211鬼はもとよ



「優しさです」
間を置かずに、清明は答えた。
「貧しい国ゆえの優しさなのです」〔…〕

「この国では、“喰うや喰わず”は、比喩ではありません。飢饉でもないのに、喰えずに人が死にます。いつしか、人を追い詰めないのが習いとなりました。追い詰めれば、そこに死が口を開けると分かり抜いているからです。

藩士が御勤めに出て来ずとも、藩からの借財を返さずとも、注意をするのみで、それ以上の詮議はしないのが当り前になっていきました。

ほんとうに貧しい国では、誰もが人に対して曖昧に、優しくならざるをえないのです。

父もまた、〔…〕いつしか、自身も腹を切れない、というよりも、腹を切るということを思いつくことができない武家になっていたのです



■鬼はもとより|青山文平|徳間書店|2014年9月|ISBN: 9784198638504|◎=おすすめ

 北の海岸線の長い国でどんこ汁が名物とあるから岩手県の旧藩が舞台のようだ。東北地方に被害をもたらした宝暦の飢饉で島村藩1万7千石は病弊し、政治経済は混迷を極める。そこで小判など正貨の代わりに紙に印刷された藩札を流通させることによって産業を新興し打開を企てようとする。

 かつて小藩で藩札掛を経験した奥脇抄一郎は、島村藩執政梶原清明、その甥梶原講平の要請を受け、コンサルタントととして藩立て直しに参画する。

 というのがメインのストーリーだが、上掲にあるように武士の生き方がもう一つのテーマである。

 だが本書の面白さはそれだけでなく、司馬遼太郎の「余談だが……」と同様、間奏曲のように入る“無駄話”“うんちく”のたぐいである。たとえば……。

 ――諭せば通じるはずだと思った。が、抄一郎が並べた道理は、ことごとく訳の分からぬ言い分で跳ね返された。なんで、それほどに依怙地になるのか分からず、いささか面喰らって、些細なことにも理不尽は宿るものだと思った。〔…〕

 抄一郎の知る限り、その性癖はあらゆる女が備えているように思えた。男勝りの商家の女主人も、捉えどころのない妖しさを醸している囲われ者も、まだ可憐さを残す武家娘も、その点においては変わることがない。美形も、醜女も、老女も、若い女も、少女も、学問があるかないかも一切、関わりがない。
(本書)

 それは「己の非を非と認めない」という女の本質である。

 たとえば、また、「作事」は知っていても「中作事」という言葉には初めて出合った。

 ――船を長持ちさせるためには、補修が欠かせない。通常は造ってから7年目でノミ打ちをする。木組みが緩んでくるので、槙の木の皮でできた水洩れ止めを繋ぎ目に打ち込むのである。そして、11年を過ぎた頃には、垣立や屋倉など、甲板の上の造作をすべて取り替え、傷んだ船材を新材にして、釘や鎹(かすがい)も抜き替える。この大補修を、中作事と言った。(本書)

 さて、メインテーマのすさまじい武士の生き方だが、以下のみ引用する。

 ――武家にできて商人や百姓にできぬことが、一つだけ残る。
 死ぬことだ。(
本書)

青山文平■白樫の樹の下で


05ビジネスという甘きもの│T版 2016年1月~3月★なべおさみ★御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一★馬場マコト

20160406

05ビジネスという甘き物
★なべおさみ│昭和の怪物―裏も表も芸能界

いやね、私は普通の人達の経験よりも、どんどん三倍の早さで人生を進めていってるような気がしているんだ……。人が生きて行く上で、そんなに急ぐことって必要なんだろうか? 
いや、急ぐことなんか無いんじゃないかなって、思い始めているんですよ。
(盛田昭夫)

★なべおさみ│昭和の怪物―裏も表も芸能界│〇2015.12


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 仙台へ向かうソニーの10人乗りジェット機。「盛田、お前、そう気付いたか」と井深大会長。操縦するのは大賀典雄専務。なべおさみはソニーのイベント総合司会で同乗。
 『やくざと芸能と―私の愛した日本人』に続き恩義を受けた人のエピソードを綴る『昭和の怪物』。3冊目は「堅気でない人」を綴るのか?
**
 井深大会長について、なべおさみはこう綴る。
 ――人間の身の内には、土器で出来てるような壷が在るのではなかろうか。そしてその中には清らかで澄み切った、田沢湖の湖水の何十倍も透明度の高い水が湛えられているのだ。その水こそが、人の叡知を育むものなのではなかろうか。そして人間の全ての思考はこの水を潜らされ、この時濾過されて邪念を取り除かれているのだ。




★御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一│わが記憶、わが記録-堤清二×辻井喬オーラルヒストリー


堤清二は、時代の三歩以上も先を行きながら、さまざまなマーケットの開拓に貢献してきたのである。これは、「失敗」を補って余りある多大な「成功」といえるのではないだろうか。
 
ただし、父本人も認めていた弱点があった。それは「できてしまうとつまらなくなっちゃう」という点である。

(セゾン現代美術館代表理事・堤たか雄)

★御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一│わが記憶、わが記録-堤清二×辻井喬オーラルヒストリー│〇2015.11


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 『わが記憶、わが記録-堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』は政治の御厨貴に経済の橋本寿朗、文化の鷲田清一が加わり「オーラル・ヒストリー変じて大シンポジオンの趣き」(御厨)に。
 たまらず堤は途中で打ち切りを宣言。
 ポスト中曽根を狙う竹下登、安倍晋太郎、宮澤喜一に密談の場を提供する秘話も語る。





★馬場マコト│朱の記憶――亀倉雄策伝

「上野の森でやっても意味がない。我々の仕事は、生活のなかにあってこそのものだ。生活の場で見せるのはどうだろう。美術館でなくデパートで開催するというのは」

★馬場マコト│朱の記憶――亀倉雄策伝│〇2015.12


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 馬場マコト『朱の記憶』は、1964年東京オリンピックのエンブレム亀倉雄策の評伝。
 2020年東京は、新国立競技場、エンブレム、聖火台などトラブル続き。著者はいう。「誘致した国にその想いと戦略がない以上、どんなデザインがでてきても、国民の共感は得られることがないだろう。そしてそれはいつまでも模倣探しの標的になる」。
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05ビジネスという甘きもの│T版 2015年12月

20151231

05ビジネスという甘き物
★『仁義なき宅配――ヤマvs佐川vs日本郵便vsアマゾン』

もし現在の宅配業界が、労働者や下請け業者の犠牲の上に成り立っているとするのならば、そうしたサービスが“社会のインフラ”として長つづきすることは難しいだろう。

★『仁義なき宅配――ヤマvs佐川vs日本郵便vsアマゾン』〇2015


『仁義なき宅配』によれば、100個の荷物を運ぶとすると、不在再配達で全部運び終えるのに123回配達するという。セールス・ドライバーは午前8時から午後6時までが定時だが、7時から積み込み、8時IDカード打刻、3回ルートを回り、8~9時に戻り打刻、その後翌日準備で1時間。これが平均的な労働とサービス残業の実態。
**
配達無料、時間指定可に甘えてアマゾンをつい利用するが、これが地方の書店廃業、地方消滅の一因。当方への宅配は佐川、郵便ともに零細下請け業者で21時過ぎてもピンポン。ヤマトは車を止めて当方宅まで荷物を抱えて、走る。走ることが義務付けされているようで、迅速なサービスというよりブラック丸出しという印象だ。『仁義なき宅配』は著者得意の潜入労働ルポ。




★立石泰則『パナソニック・ショック』/★岩瀬達哉『ドキュメント パナソニック人事抗争史』

森下〔社長〕はMCAの売却に踏み切る。MCAをマネジメントすることもできず、MCAを利用した新しいビジネスを始めるなどの事業戦略も持たない以上は、もはや手放すしかなかった。〔…〕MCAの買収は失敗だったのである。

★立石泰則『パナソニック・ショック』〇2013
**
「MCAの買収は、その膨大なソフトに魅力を感じたからですわ。映像ライブラリーだけでなく、音楽著作権などソフトの宝庫やからね。ところが、森下〔社長〕には、その事業の奥深さが理解できなかった。〔…〕その辺のセンスがないから、苦労して買ったものを叩き売ってしまった」

★岩瀬達哉『ドキュメント パナソニック人事抗争史』〇2015


ノンフィクション作家の立石泰則と岩瀬達哉は、共に松下・パナソニックという企業の長年にわたるウオッチャーである。
岩瀬『ドキュメント パナソニック人事抗争史』、立石『パナソニック・ショック』は、とともに“歴代社長勤務評定本”。
違うところは、アメリカのMCAの買収と売却問題の評価である。売却したことを、岩瀬本は否とし、立石本は是とする。




05ビジネスという甘きもの│T版 2015年9月~11月

20151201

05ビジネスという甘き物
★曲沼美恵『メディア・モンスター――誰が「黒川紀章」を殺したのか?』

 建築の本質は言葉では語り尽くせない空間の中にもある。だが、黒川はすべてを言葉で説明しきれると信じきっているようだった。
 形態には異様なほどのこだわりを見せても、建築が持つ空間の魅力にはほとんど関心を持っていなかった。


★曲沼美恵『メディア・モンスター――誰が「黒川紀章」を殺したのか?』△2015


  『メディア・モンスター――誰が「黒川紀章」を殺したのか?』は、そのセンセーショナルなタイトルに首をかしげた。
黒川を取り巻く人のインタビューも日常の言動をスケッチした程度。建築や都市論は長文のコピペ。信ぴょう性をチェックしないで過去の週刊誌記事の多用。人生最後のパフォーマンス、参院選出馬の真意も探れず、その結果の考察もない。
対象をリスペクトせず、年譜もつけない“評伝”は致命的。



★井上理津子『葬送の仕事師たち』

 「僕ら葬儀屋は『傘』やなと思うんです。
 亡くなった人のご家族の傘。深い悲しみに陥った家族がやがて一区切りついて日常に戻ると、傘なんか要らなくなる。
電車の中に置き忘れられるくらいがちょうどいいんです」
 (堀井久利)
 
★井上理津子『葬送の仕事師たち』〇2015


 団塊の世代が80代になる2027年以降“大量死”時代がくる。
 井上理津子『葬送の仕事師たち』は葬儀運営のプロ、湯潅・納棺・復元のプロ、薬品を使い遺体に防腐処置を行うエンバーマー、火葬場で働く人などを取材、葬儀の現状と未来を探る。
 「1日1家族限定」、「最後の一夜を過ごすホテル型」、「尊厳ある遺体安置室」、「故人の作品展示コーナー」「棺の通販」など新機軸を紹介。家族葬の先に棺と骨壷だけを自分で用意して直葬を選ぶ遺族が増えるのだろうか。




★田崎健太『真説・長州力』

「人間はみんな永遠に酒を飲めると思っているんでしょうね。やっぱり勢いがいいときは、どんな仕事の世界でも旨い酒を飲めます。

でも、いつまでも旨い酒は飲めない。だんだん透明になって底が見えてきた」


★田崎健太『真説・長州力1951-2015』◎2015


 長州力のマットを一度だけ見たことがある。1980年代、維新軍を率いて馬場の全日本に参戦していた頃で、ラリアットを放ち、サソリ固めでフィニュシュ。地方の試合であったとはいえ輝くカリスマだった。
上掲の「旨い酒」を飲んだ時期は、この頃からこのあと新日本に復帰、坂口のあとの現場監督(マッチメーク担当)の頃だろう。
 **
 当方にとってプロレス本といえば、門茂男→村松友視→井上義啓→柳澤健という流れだった。しかしプロレスが演劇に似ているとはいえ、どれも著者が作った知的遊戯の舞台を見物している観があった。
 ところが本書『真説・長州力1951-2015』は、マニアには突っ込み不足で不満が残るかもしれないが、長州力という人物とその時代のプロレスの興亡を描いた正統派ノンフィクションであり、一級品である。



★小田豊二『日曜日のハローワーク』

 「このたび、私、アイスマン福留は、日本初のコンビニアイス評論家として本格的に活動を開始します」。

「コンビニ」がよかった。なぜなら、毎日、毎日、近くのコンビニに行って、買って食べることができるからだ。これが、「アイスクリーム評論家」だったら大変だ。

★小田豊二『日曜日のハローワーク』△2015


 小遣い稼ぎや副業という生活の匂いではなく、夢や自らの尊厳を証明する職業を紹介する『日曜日のハローワーク』。露天商、銭湯絵師、宝くじの販売、屋形船の船頭など、二足の草鞋はちょっと無理。
 多くの仕事を転々としてきたコンビニアイス評論家はいう。「自分にしかできないオリジナルの世界観をつくれば、誰でもその世界の評論家になれますよ」



★吉村喜彦『ウイスキー・ボーイ』

 ウイスキーにとって甘みは見果てぬ夢みたいなもの。だから、ウイスキーはどこか寂しい。
甘みが欠落しているんです。でも、その寂しさが魅力なのかもしれません。

★吉村喜彦『ウイスキー・ボーイ』◎2014


 パソコンでNHK-FM「音楽遊覧飛行―食と音楽でめぐる地球の旅」という食欲を誘う番組を聴いている。ナビゲーターの吉村喜彦には食にまつわる著書があるにちがいないと近くの図書館へ行ったら、『ウイスキー・ボーイ』があった。元サントリー宣伝部での経験を小説化したもの。その内容からメジャーな出版社では出せなかったのだろう。快作である。
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 『ウイスキー・ボーイ』にはこんなフレーズも。「仲の良い友人でも、どこかで分かれ道は来るもんです。相性の賞味期限てあるんでしょうかねえ。若い頃は、ちょっとした生き方の違いもある程度許せたのですが、この歳になると、どんどん懐が浅くなってくるようで…」。



★川内有緒『パリの国連で夢を食う。』

 私が入学するのではなく、なぜか私が逆にソルボンヌ大学で「先生」として教えるという展開になっているではないか。
「セ・ブレ?(本当ですか)」
「プルコワ?(どうしてですか)」


★川内有緒『パリの国連で夢を食う。』◎2014


 パリの国連機関(ユネスコ?)で働く30代女性の日々。いっちょかみの性格か充たされない症候群か、なにしろ残業ゼロの職場、じっとしておれない。
 やがて結婚もするが、サプライズは憧れのソルボンヌ大学の聴講生にという思いが、同大学院の「開発プロジェクトの事後評価」という授業を担当することに。一気に5年半を読ませる傑作長編エッセイ。




★川内有緒『パリでメシを食う。』

 パリは違う。職人がいて、その人が作ったものがそこで売られている。それが、この街を都市でありながら“村”のようなものに仕立てあげる。

そして人々は、路上を生活の場にしているから、人生のドラマが路上で起こっているんです。
 (写真家・神戸シュン)

★川内有緒『パリでメシを食う。』△2010


 2015年11月のパリ同時多発テロ事件、非常事態宣言の先が見えない。ニューヨークもロンドンも東京も外から運び込まれものがショーウインドーにあるだけ。でもパリは違う、と写真家・神戸シュン。
 『パリでメシを食う。』は、パリで働く花屋、料理人、鍼灸師、漫画喫茶経営者、スタイリストなど10人の生き方を探った好著。



★馬場錬成『大村智――2億人を病魔から守った化学者』

 「経営を研究する」というのはよく聞くことだが、「研究を経営する」という言葉は聞かない。

 大村は、この「研究を経営する」という視点で〔北里研究所〕監事を務めることにした。

★馬場錬成『大村智――2億人を病魔から守った化学者』◎2012



 『大村智――2億人を病魔から守った化学者』は、2015年ノーベル生理学・医学賞の大村智の評伝。受賞以前の2012年に出版されたもので、ノーベル賞のプロモーション本のおもむきがあるものの多面的に人物をとらえた好著。
経営的に破たんしていた北里研究所を立て直す。「書庫を整理しているとき経営に関する書物があまりに多いので数えてみたら100冊ほどあった」、それくらい買って読んだのである。
 大村は研究・発見・特許、その費用、薬の開発、販売はメーカーという“産学共同”。のちに特許ロイヤリティ収益250億円以上を研究所に還流させた。








05/ビジネスという甘きもの│T版 2015年4月~8月

20150911

05/ビジネスという甘きもの│T版 2015年4月~8月

05ビジネスという甘き物

**2015.04.01
★大内順子『お洒落の旅人』

彼[夫・宮内裕]にはクリエイターとしての類い稀なる素質があり、もしも生涯にわたりファッションデザインに携わっていたならば、ディオールやサンローランと肩を並べ歴史に残るデザイナーになっていたに違いないでしょう。★大内順子『お洒落の旅人』△2014
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『お洒落の旅人』は黒メガネのファッション・ジャーナリスト大内順子の自伝。夫・宮内裕は、デザイン画家、服飾デザイナー、マネキン製作、舞台衣装、装置デザイナーと変転。一筋であれば巨匠と夫の才能を惜しむ。「夜寝たら朝、目が覚めないのがいちばんいいわ」その通りに夫の誕生日に80歳で死去。




**2015.04.13
★野村進『千年企業の大逆転』

もし老舗企業が閉鎖的で固陋な“静”の組織であったなら、とっくに消え失せていたにちがいない。時の試練に耐え、いまなお繁栄をつづける老舗企業は、ほとんど例外なく、オープンで進取の気性に富む“動”の組織を築きあげている。★野村進『千年企業の大逆転』△2014
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アジア取材が多い野村進は、中国の大気汚染、インドやフィリピンの貧富格差を見て、日本の老舗企業が育んできた価値観(仕事観・技術観・倫理観)こそ、アジアに発信できるものではないかと気づく。『千年、働いてきました』に続く、近江屋ロープ、ヤシマ工業、新田ゼラチン、テイボー、三笠産業という老舗ルポ。



**2015.04.20
★吉野次郎『なぜ2人のトップは自死を選んだのか――JR北海道、腐食の系譜』

正視するに耐えない社内から目をそらす方法が、自決だったのかもしれない。それは一世紀を超える鉄道史の中で、むしばまれる組織体を放置し続けた末路である。腐食は社内の奥深くまで進行していた。★吉野次郎『なぜ2人のトップは自死を選んだのか――JR北海道、腐食の系譜』△2014
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『なぜ2人のトップは自死を選んだのか――JR北海道、腐食の系譜』△2014。今も重大事故が絶えない。2015年4月にも青函トンネル内で特急が発煙事故。労使対立が原因か。列車高速化や副業を重視し、補修費や人件費を抑える経営陣。ついには事故原因の隠蔽という現場の腐食。日経ビジネス記者吉野次郎がJR北海道の病巣を追う。




**2015.04.23
★中島岳志『下中弥三郎』

下中が出版社を立ち上げる際、「あかつき社、あけぼの社、希望社、純真社、天真社、愛人社、便利社」と悩んでいたところ、傍でそっと「平凡社はどう」とささやき、これが採用された。(妻の)みどりは、常に前のめりな下中に「平凡」という釘を刺したのである。★中島岳志『下中弥三郎』○2015
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中島岳志『下中弥三郎-アジア主義から世界連邦運動へ』は、平凡社創業100周年記念出版。だが著者は、創業者の偉人伝や成功譚を書くつもりはない、下中は私にとって受け入れ難い人物である、と。陶工、代用教員、雑誌編集者、労働運動指導者、世界連邦運動など“厄介な怪物”の生涯を描く。



**2015.04.27
★朝日新聞社取材班『非情世界――恐るべき情報戦争の裏側』

「サイバー攻撃について情報を収集し、他国とも共有しなければ、他国の良い情報は得られない。情報は『寂しがり屋』であり、情報を持っている人、発信しようとする人に他の情報も集まっていく」(西本逸郎ラック専務理事)★朝日新聞社取材班『非情世界――恐るべき情報戦争の裏側』○2014
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シリア、北朝鮮のインテリジェンスの容赦ない世界を描き、日本のインテリジェンスは大丈夫かと問う。とりわけ陸・海・空・宇宙空間に次ぐ“第5の戦場”サイバー空間。情報収集・分析システム「エシュロン」を共同運用する米国などの「ファイブ・アイズ」に興味深々。



**2015.05.18
★蔭山洋介『スピーチライター』

スピーチライターはただの受け身の代筆屋ではありません。政策やビジネスのプロフェッショナルとして、トップの一番近くにいてさまざまなアドバイスをしながら、スピーチを一緒に生み出していく仕事です。★蔭山洋介『スピーチライター』〇2015
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オバマ大統領の「Yes we can」というキャッチフレーズは、当時26歳のアダム・フランケルによるもの。わが国でも首相がスピーチライターを多用するようになってきた。本書『スピーチライター』は、新社長就任のスピーチと、企業の新規事業の記者発表を例に、ライターの仕事やコミュニケーション戦略のノウハウについて説明する。化粧、ファッション、スピーチ、ますます“見た目”社会に。


**2015.06.12
★須田桃子『捏造の科学者――STAP細胞事件』

ある研究者は、[笹井氏の]小保方氏への遺言について、メールにこう記した。「足かせを一生かけたとしか思えません。はいたら踊り続けなくてはならない『赤い靴』ですね」★須田桃子『捏造の科学者――STAP細胞事件』◎2015
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『捏造の科学者』は毎日新聞東京本社科学環境部記者によって、同社のチームによる取材をもとに、その一部始終を丁寧に記述したもの。科学記者として正確さと分かりやすさを心がけ、決してセンセーショナルなとらえ方はしない。事件は、笹井氏の自死、小保方氏の失脚により、収束した。そして神戸医療産業都市構想に暗雲が立ち込めた。



**2015.07.26
★こうやまのりお『みっくん、光のヴァイオリン』

その日、みっくんがヴァイオリンを演奏すると、佐村河内さんはヴァイオリンに手を当てながら、じっと目を閉じていました。そうすると楽器の震動が指から伝わって、音が聞こえるというのです。「すごい人だな〜」と、みっくんは改めて思いました。★こうやまのりお『みっくん、光のヴァイオリン』△2013
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義手の少女ヴァイオリニストと聴覚障害の作曲家との“師弟愛”を描き、佐村河内守を絶賛した。上掲の嘘くさい場面を感動的に書きながら、神山典士は1年後、佐村河内は耳が聞こえ、作曲は新垣隆というゴーストライターがいたと、暴くことになる。



**2015.07.26
★神山典士『ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌』

だが世間から見れば、私を含めたマスメディア全体が、ある意味で佐村河内の虚構づくりに加担した「共犯者」であることを忘れてはいけない。たとえそれが無自覚ではあっても、私たちは「障害者、被爆二世、クラシックの長大な交響曲」という3つの物語にやすやすと乗ってしまったのだ。それが「売れる」と思って。★神山典士『ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌』〇2014
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佐村河内ゴーストライター事件では「私を含めたマスメディア全体が共犯者」と白々しく書き、自著『みっくん、光のヴァイオリン』が絶版になったから自分も“被害者”と語る。少なくとも活字の世界では、マッチポンプの張本人は神山典士であろう。



**2015.07.26
★神山典士『ゴーストライター論』

私自身にしても、公に「ゴーストライティングをしています」と語ることはまずない。仮に誰かに聞かれたら、「著者と一緒に本をつくりました」とか「この本の『企画構成』を担当しました」と表現することが多いだろうか。私はここで改めて、この作業を「チームライティング」と呼んだらどうだろうと思っている。本書でも書いたが、著者とライターと編集者がチームを組んで新しい価値を紡ぎ、それを出版する。★神山典士『ゴーストライター論』△2015
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佐村河内ゴーストライター事件を暴いた神山典士は、自ら50冊以上のゴースト本を手掛けてきたライター。「ゴーストライターがゴーストライティングの批判をしている」との批判を想定し、「チームライティング」論を展開。小説家が本業の小説を代作させればバツだが、スポーツ選手が口述で自伝を代作させればマル。と当方は考える。



**2015.08.05
★清武英利『切り捨てSONY』

〈工場を売り、ビルを売り、土地を売り、人を売り、今回ブランドまでもが売りに出されました。こういった会社は「何業」に分類されるんでしょうね。資産を売ってるわけだから不動産業ですか。なるほど〉★清武英利『切り捨てSONY』〇2015
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創業者盛田昭夫は「学歴無用論」を唱えたが、東大卒の幹部社員が増殖するに従い、自由闊達なる社風が消え、やがて没落するSONY。資産切り売りと人員削減のリストラで目先の利益を追う出井伸之以降の米国型経営。キャリア開発室という追い出し部屋の技術者たちの矜持を描く。遺伝子は残るのか。



**2015.08.17
★開高健・島地勝彦『蘇生版水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』

「四番勝負」だけは、開高健先生抜きでわたしの独り芝居でやったことは、ジョークではなく真実である。(島地勝彦)★開高健・島地勝彦『蘇生版水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』△2015
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開高健にはジョーク集が2冊あって、『食卓を笑う』1982と『水の上を歩く?』1989。後者は古書店でも高価だったが、16年ぶりに復刊された。「サントリークオータリー」連載4回目に開高健がギブアップ、“架空対談”で島地が一人二役を演じたと、当時に編集者が本書でバラしている。時効?




**212.80.510
★原田マハ『モダン』

一年間の研修後、東京で新しい私立美術館の開設に関わることになっていた。世界一流の美術館のノウハウを学ぶために、新美術館を開発の目玉として計画している企業に学芸員として雇われた彼女は、その企業から派遣されていたのだ。その企業はMoMAに多額の寄付をしていた。その見返りに、MoMAは研修員の受け入れを認めたというわけだ。(「あえてよかった」)★原田マハ『モダン』△2015
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原田マハの『楽園のカンヴァス』『ジヴェルニーの食卓』『太陽の棘』など美術を扱った小説を愛読。本書はニューヨーク近代美術館(MoMA)が舞台の短編集だが、9.11や3.11を盛り込んだ虚実ないまぜ小説は成功したとは言い難い。上掲で伊藤忠商事、森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館に勤務という原田の経歴の意味が分かった。『モダン』というタイトルだが、実は『MoMA』としたかった魂胆がみえみえ。







須田桃子★捏造の科学者――STAP細胞事件

20150612

2015.06.12捏造の科学者

 小保方氏への遺書にあったという「絶対にSTAP細胞を再現してください」という言葉も謎を残した。この言葉が本当なら、笹井氏は最後まで、STAP細胞の存在を確信していたということになる。〔…〕

私は、あまりにも多くの矛盾が噴出し、小保方氏とSTAP現象を信じ続けることが難しくなったことこそが、笹井氏を苦しめた最大の要因ではないか――と推測していた。でも、それでは遺言の説明がつかない。

 一方、ある研究者は、小保方氏への遺言について、メールにこう記した。

「足かせを一生かけたとしか思えません。はいたら踊り続けなくてはならない『赤い靴』ですね」



*
 2014年1月29日の衝撃的な“世紀の大発見”STAP細胞の記者会見以降、本書が書かれた11月半ばまでに、毎日新聞の一面に掲載された関連記事は35回に及ぶという。論文関連記事でこの多さは恐らく例がないだろう。

 本書は毎日新聞東京本社科学環境部記者によって、同社のチームによる取材をもとに、その一部始終を丁寧に記述したもの。科学記者として正確さと分かりやすさを心がけ、決してセンセーショナルなとらえ方はしない。

 当方は、しかしゴシップ的にしか興味を示さない。山中伸弥教授のiPS細胞に比べより簡単につくれるという記者会見の言葉になぜか胡散臭さを感じていた。小保方晴子という国立大学では准教授に相当する「研究ユニットリーダー」という魅惑的な女性。“研究馬鹿”のように誠実そのものの若山照彦教授、多芸多才の印象の理化学研究所CDB(発生・再生科学総合研究センター)笹井芳樹副センター長など、最初から“役者”が揃っていた。

 2014年8月笹井氏の自死によって事件は収束に向かう。小保方氏は「踊り続けなくてはならない『赤い靴』」にはならず、失脚した。著者は笹井氏を「科学の醍醐味、奥深さを感じさせてくれる、魅力的な研究者の一人だった」と敬愛をこめて書く。

 理化学研究所のこの事件に続き、同年11月開設の神戸国際フロンティアメディカルセンター(KIFMEC)による生体肝移植の死亡例の多発など、神戸ポートアイランドの医療産業都市は“功名争い”の結果のような災難が続く。医療産業都市構想全般にかかわっていた笹井氏の死によって、神戸の都市戦略に暗雲が立ち込めているようだ。

★捏造の科学者――STAP細胞事件│須田桃子│文藝春秋│ISBN│9784163901916│2015年01月│評価=◎おすすめ│

小畑峰太郎★STAP細胞に群がった悪いヤツら




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