高井隆一◆認知症鉄道事故裁判――閉じ込めなければ、罪ですか?  …………☆JR東海の理不尽な言動の数々に、読者も怒りがこみ上げる

20180711

2018.07.11認知症鉄道事故


 話し合いもしないまま内容証明郵便が到着したこと、あり得ない異例な仮差押え、JR東海の認知症へのあまりの無理解、尋問時の代理人の高圧的な態度、そして、最後に90歳になった母への執拗な尋問請求です。

 しかし一番は、父が降りていったであろう線路に降りる階段が、裁判中も無施錠のまま放置されていたことでした。 〔…〕

 その場所で父が亡くなった事実を全く無視するかの如くの対応でした。

危険な線路ともわからずに扉を開けて降りて行った父の姿が何度も私の脳裏に浮かび、その無念さを思うとき、扉を無施錠のまま放置しているような会社を、和解ながら許すことに耐えられなくなっていたのです。


◆認知症鉄道事故裁判――閉じ込めなければ、罪ですか? |高井隆一 |2018年4月|ブックマン社|ISBN:9784893088970|○

 これはJR東海共和駅で発生した鉄道事故の裁判で被告となった著者高井隆一(1950~)の記録である。認知症患者の父親が線路に立入り走行してきた列車にはねられたことにより、JR東海から振替輸送費等の損害賠償を請求する訴訟を提起された。

 ところで当方が「呆け老人」という言葉を知ったのは、1972年、この年に出版された有吉佐和子『恍惚の人』によってであった。「呆け老人をかかえる家族の会」発足はその8年後の1980年。そして2004年12月に「痴呆症」が「認知症」に厚生省通知により名称変更された。

 以下、この事件の経緯をみる。

2007年12月7日 JR東海共和駅構内で父・高井良雄氏が快速電車にはねられ死亡。(JRでは「衝撃」というらしい)
2008年5月19日 JR東海からの配達記録付き「ご遺族様」宛封書(720万円の損害請求)。
2008年6月3日~ こちらの弁護士から返書、あわせて電話する。JRから「認知症というなら診断書を送ってくれ」との回答。「診断書」「死体検案書」を送付。
2008年12月25日 「ご通知」と題した配達証明付き内容証明郵便が到着。「何らかの連絡がないときは、訴訟提起等の法的手続きをとります」。
2009年8月 JR弁護士から同主旨の内容証明郵便。同9月、「話し合いのないまま」の請求には応じられない旨の返信。
2009年11月 名古屋地方裁判所から母名義の不動産に「仮差押え」の通知。
2010年2月8日 JR東海、名古屋地裁に訴訟を提起。

2013年8月9日 地裁判決。男性の妻が「まどろんだことが過矢。目を離さず見守ることを怠った」と責任を認定。長男も「事実上の監督者で適切な措置を取らなかった」として2人に請求通り720万円の賠償を命令した。

2014年4月24日 名古屋高裁判決。長男は「20年以上父親と別居しており、監督者に該当しない」と請求を棄却。妻の責任は1審に続き認定し、半額360万円の支払いを命じた。

2016年3月1日 最高裁判決。長男はもちろん妻についてもJR東海への損害賠償義務を否定した。妻が民法第714条1項にいう認知症患者(責任無能力者)に対する法定の監督義務者としての地位になかったと判断。

 以下、JR東海の理不尽な言動の数々に、読者も怒りがこみ上げる。

第1。内容証明郵便だけで、姿を現さないJR東海。
 ――父が亡くなった日から現時点まで10年近く、一度たりともJR東海と面談も話し合いもしていない。顔の見えない相手から、内容証明郵便が送りつけられるだけ。
「形だけでも線香でも持って挨拶に来てくれてさえいたなら」とJRの傲慢で高圧的、非常識ぶりに著者はあきれ返る。

第2。平気で嘘の会見をするJR東海社長。
 ――当社としてはまずは話し合いによって解決をする。繰り返し話し合いの申し出をしたが、残念ながら応じてもらえなかった。(最高裁判決の翌日の JR東海柘植康英社長会見発言)
 JR東海が内容証明郵便を送りつけたことをもって「話し合いの申し出をした」としているなら、そんな常識はあり得ない、と著者は憤る。

第3。話し合いさえしていないのに自宅を仮差押えしたJR東海。
 仮差押え手続きは、債権回収ができなくなるという緊急性のある場合の手続き。何十年も前から父母の自宅であり、嫌がらせ、脅かし、JR東海の傲慢な意図を感じた、と著者。

第4。事故を起こした線路に降りる扉を裁判中も無施錠のまま放置したJR東海。
 共和駅で降りたものの、そこから排尿のためにホーム先端のフェンス扉を開けてホーム下におりて事故が起こったと推認されている。しかし上掲にあるように、「その場所で父が亡くなった事実を全く無視するかの如くの対応」をした、と著者一番にあげる怒りである。「扉への施錠は私たちが何度指摘しても無視され、無施錠のまま放置される状態が続き、管理には全く問題はないとの主張が続いていました」。
 「父が『隆や。わしゃあ、なんか悪いことでもやったかやあ』と言っている気がしました。

 JR東海といえば、国鉄改革3人組の一人葛西敬之が30年にわたり君臨している会社である。これが恐るべき葛西イズムというべきか。

 そして本書によれば、2016年には1万5千人の認知症の人が行方不明に。また、認知症の高齢者は2025年には700万人になるとの厚生労働省の推計がある。

他人事ではないのである。


松本 創◆軌道――福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い 

スポンサーサイト

横田増生◆ユニクロ潜入一年 …………☆潜入で分かった「守秘義務」による職場の“息苦しさ”

20180625


2018.06.25ユニクロ潜入一年


さらに、私の神経を逆なでしたのが、感謝祭前日の日付が入った柳井社長からの激励の手紙。
休憩室に恭しく掲げであった。
「一人ひとりのあなたへ」ではじまる手紙だった。〔…〕

 皆さん一人ひとりに使命感があるのかないかで、仕事の結果は大きく変わります。

あなたの日常の一つ一つの行動を変えていけば、周囲が変わり、確実に世界は変わっていきます。そのことを忘れずに、変化を恐れず、勇気を持って新たな一歩を踏み出しましょう。〔…〕

経営者というより、教祖様からの慈悲深いお言葉がつづられ手紙のようだった。


しかし、感謝祭前の殺伐とし空気が充満する休憩室には、場違いと思える手紙であった。


◆ユニクロ潜入一年 |横田増生|2017年10月|文藝春秋|ISBN:9784163907246|〇

 『ユニクロ帝国の光と影』(2011)に次ぐ著者2冊目のユニクロもの。

 アルバイトとしてユニクロに潜入するため、著者は法的に改名する。妻と離婚し、再婚して、名前を変え、健康保険や免許証の名前も変え、銀行口座を開き、クレジットカードも作る。
 さらに50代の男がなぜユニクロでと疑われないように髪を染め、若者向けのカジュアルウエアに身を包む。

 ユニクロは1984年に広島市に1号店を開き、30年後には海外17か国1,089店舗を含む3,294店舗をもつ。だが柳井正会長兼社長は、二つの顔がある。

 その一つは、個人商店主のままであること。ある新聞のインタビューで、“お叱り”の言葉。

 ――仕事をしているフリ、商品整理をしているフリ、接客しているフリをする従業員がいる。自分が何のために売り場にいるのか、必要な仕事は何かをわかっていないとそうなる。 (本書)

 もう一つの顔は、上掲にあるように職場に掲示された手紙は、新興宗教の教祖のようでもある。

 かつて柳井は、世間ではユニクロに対してブラック企業だとの批判があるという質問に対して、「我々は『ブラック企業』ではないと思っています。『限りなくホワイトに近いグレー企業』ではないでしょうか」と答えている。

 この部分を読んで、のちに雨上がり決死隊の宮迫博之が、二人の女性と不倫していることを文春記者が「本当に真っ白(潔白)ですか?」と聞かれると、「えー、オフホワイトです」と回答したのを思いださせるゲスさ加減である。

 ユニクロの経費節減とは、バイトの出勤日数・時間を減らす出勤調整、無理なシフト、記録にに残さないサービス残業などによる人件費抑制だと分かる。

 著者潜入先の一つ、ビックロユニクロ新宿東口店では、「全館で約400人いる従業員のうち、約半分が中国人や韓国人を中心とした外国人である」という。
 それで思いだしたが、ユニクロは2012年に社内公用語を英語にしたはず。それは海外店舗の拡充だけでなく、国内店舗の外国人雇用をも想定していたのか。

 著者をはじめメディアの批判が成果をあげ、アルバイトをはじめ社員の職場環境が少しは改善されたのだろうが、マイナス面もある。それは「守秘義務」の強化によるトラブルの隠蔽など職場の“息苦しさ”である。社内の文書を外部の委託業者にメールで送ったため、降格になった人もいるという。

 著者が入手した入社時誓約書の宛名は「株式会社ファーストリテイリング株式会社ユニクロ代表取締役柳井正殿」となり、そのうち「企業秘密に関する誓約」には……。

「私は、貴社の企業秘密に関する諸規定を遵守し、貴社に就業中にその業務上知りえた事業戦略・決算・実績数値等に関する情報、商品の開発・製造・販売等に関する情報、出店・店舗運営・情報システム等に関する情報、顧客・従業員等に関する情報、グループ会社・取引先等に関する情報その他、貴社の事業活動に有益な技術上または営業上の情報(以下、「機密情報」という)につき、貴社の許可なく如何なる方法でも開示・漏洩・使用しないことを誓約します。また、私は、貴社を退職した後においでも、機密情報を貴社の許可なく如何なる方法でも開示・漏洩・使用しないことを誓約します」

「損害賠償」の規定もあり「私が本誓約書の各条項に違反した場合、それにより貴社が被った一切の損害を賠償します」とあり、そのあとに署名と捺印する欄がある。

 恐ろしいのは、この誓約書や雇用契約書は、本人控えがないことである。誓約書まで機密情報らしい。

 だが、著者はユニクロ経営を批判しつつ、「現場には、業務を改善するヒントが宝の山のようにうずたかく積まれたままで放置されている」、「会社を改善するヒントやインスピレーションが数多く眠ったままとなっている」などと、だんだん経営者の目線になっていく。改名までした潜入取材に敬意を表するが、あんた社長かいとツッコみを入れ、ニヤリとする読者も多いのではないか。
 
横田増生▼ユニクロ帝国の光と影



本城雅人◆傍流の記者 …………☆社会部“最強の同期”5人の出世競争の行方

20180618

2018.06.18傍流の記者


 個人的に会った記憶がないと公言した大塚首相が、堀田理事長と会食した記事は掲載された。
ただし社会面で、だ。

 一面は政治部が持ってきた大塚首相がこの秋にも訪露し、北方四島での共同事業について首脳会談を行うという独自ネタだった。

 社会面では収賄ともとれる便宜で追及している首相を、一面では停滞していた領土問題に風穴を開けようと奮闘していると称える……

東都新聞は完全なダブルスタンダードに陥っている。


 早版を降ろした後、社会部のデスクが集まった。紙面会議からデスクが外されたという連絡を聞き、休みだった相島と城所も会社に来て、同期のデスク5人が揃った。


◆傍流の記者 |本城雅人|2018年4月|新潮社|ISBN:9784103360537|○

大手紙の東都新聞に同期入社し、支局で結果を出した6人が社会部に配属された。社長秘書になったトップランナーはいるが、ほかの5人は警視庁、検察、司法、遊軍、調査報道のキャップにそれぞれがなり、40歳過ぎにデスク、社会部次長に昇進する。“最高の同期”たちの出世競争である。

 産経出身の著者、得意の新聞社ものだが、「今の新聞は、社会への影響力がまったくなくなった」とか「影響力どころか経営の基盤となる部数の減少が著しい。商品を宣伝する媒体に新聞を使おうという企業も減り」とかいった記述は横にやられ、社内人事がテーマである。

 もちろんそれだけでなく上掲にあるように時の首相をめぐる政治部と社会部の闘いが扱われる。

 ――新聞社は権力を見張るだけが役割ではない。この国を良くするにはどうすべきか考察し、論を発信する役目もある。前者の中心になるのが社会部なら、後者は政治部の仕事だ。

 政治部にとっては、大塚首相の息子が病院の理事長から資金を受け取ったことや首相が閣議に30分遅れてきたことより、束アジアの国際情勢や外交、消費増税、憲法改正の方がよほど重要なのだ。

 その政治部でさえ、今朝は大塚首相を攻撃する側に回った。もう政権は守れないと判断したのだろう。
(本書)

 なんだか読売がモデルかと思わせる。が、現実には、安倍“姑息”首相、麻生“化石”蔵相、菅“隠蔽”長官のトリオを、残念ながら「もう政権は守れないと」と新聞、テレビが判断すると国民が期待するが、そこには至らない。

 人事ネタが得意のキャップが言う。

 ――内示の前日に「どうせあと数時間経てば内示なのだから」と話してしまう者は幹部から信頼を得られず、「あと数時間で内示なのだから今は話さない」と白を切り通す者が認められる。 (本書)

 また、降格人事についてこうも言う。

 ――とくに降格人事は自分が見切られたようでひどく傷つく。上の人間は恨みを買いたくないから「○○のポストを用意したから」とか「○○に行って、あっちを立て直してくれ」と調子のいいことを言ってごまかそうとする。だが降格を言い渡される人間はすでに自分が切られるだろうと感づいているのだ。それなら最初から「あいつに譲ってやってくれ」と真正面から訴えた方が、受け入れやすい。自分は実力勝負で負けたのではないという逃げ道になるからだ。 (本書)

 ま、左遷経験者の当方からみれば、こんな見方は甘い、ゆるい、ですけどねえ。
 それはともかく、だれが社会部長になるかとか、社会部と政治部の闘いであったはずが、彼ら中間管理職対会長、副会長、社長という経営者との闘いになる。

 サルバドール・ダリ「記憶の固執」のうんちくや、播州弁を日本一押しが強い方言と言ったり、アナグラムを用いた遊び、といった気になる部分があるが、著者の“余裕”とみたい。

 本書は「小説新潮」連載の6篇の連作短編にプロローグとエピローグを加え、「組織人としては個性が強すぎる」記者像をうまく5人に書き分け、見事な長編に仕立て上げた作品である。直木賞目前、ではあるまいか。



松本 創◆軌道――福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い …………☆。一人の遺族が「遺族の責務」として原因究明と組織と安全体制の変革を求める、その行動に密着する

20180614

2018.06.14軌道


 だが、井手はこれに真っ向から異を唱えた。
「事故において会社の責任、組織の責任なんていうものはない。そんなのはまやかしです。組織的に事故を防ぐと言ったって無理です。個人の責任を追及するしかないんですよ。〔…〕

 本社・支社の幹部は日々現場を歩き、小さな芽を見つけたら一つ一つ潰していかなきゃならない。その努力が不足していた。放っておけば、現場はすぐに緩む。楽をしようと元に(国鉄時代に)戻るんです。管理をするべき幹部が現場を歩いていなかったから、事故を防げなかったんです」〔…〕

 鉄道の歴史は事故の歴史であり、だから安全が向上してきたのだという言説も、よく言われるこ
とで、一般論としてはその通りなのだろう。

 しかし――。
 ここには、安全技術の進展の陰で犠牲になった者への視点がない。家族を失った者の嘆きに、少しも立ち止まって耳を傾ける姿勢がない。

無数に起こる事故に、たまたま出くわしてしまった不幸な、名もなき個人の群れ。井手の目には、そう映っているのではないか。


 組織や全体の発展のためには、あるいは、大きな歴史や大義の前にあっては、「個」の存在など踏み潰され、排除されても仕方がない。そんな信憑を強く抱いているのではないか。


◆軌道――福知山線脱線事故JR西日本を変えた闘い |松本 創 |2018年4月|東洋経済新報社|ISBN:9784492223802|○

 福知山線脱線事故は、2005年4月25日にJR西日本で発生した列車脱線事故。107名が死亡、562名が負傷した。

 事故名に「福知山」とつけられて福知山市民には気の毒だが、100kmほど南の尼崎市で起こった事故である。この沿線は、伊丹市立美術館、立杭陶の郷・陶芸美術館、また古い町並みの篠山を訪れるのに利用するが、事故現場を通過するとき切ない気持ちになる。

 被害者や遺族の数だけ、数百通りの事故後があるが、と著者は断ったうえで、……。浅野弥三一(やさかず)という事故で妻と妹を失い次女が瀕死の重傷を負った一人の遺族の原因究明と組織と安全体制の変革を求める行動に密着する。
 浅野弥三一は、尼崎公害地域の環境再生、阪神淡路大震災の須磨千歳地区の復興計画などに係わってきた都市計画コンサルタント。 

 事故被害者の会「4・25ネットワーク」世話人の一人である浅野は「遺族の責務」をいう。

 ――「事故を教訓とするため、JR西日本は自分たちが起こした事故に本気で向き合い、原因を検証しなければならない。そして、その結果を遺族・被害者にきちんと説明する責任がある。それを求めていくことが、われわれ遺族の使命、社会的責務だと思う。私個人としても、女房の気持ちを考えると簡単に引き下がれない」 (本書)

 2007年2月の事故調査委員会による意見聴取会において、浅野は「日勤教育の内容と妥当性」「余裕のないダイヤ編成」「ATSIP設置遅れの原因」「経営会議などを含めた安全管理体制」の4項目の検証と解明をあらためて求めた。

 他方、意見聴取会で「出来の悪い運転士がミスをしたせいで、大変な損害と迷惑を被っている」という“本音”発言をしたのは、JR西に君臨した井手正敬元会長に近いとされ次期社長“本命”の副社長だった。
 だが、7年近くも前に清掃業務の子会社へ出向していた山崎正夫が社長になった。平時ならあり得ない“出戻り”人事であり、初の技術屋社長だった。

 2010年12月、事故は裁判に持ち込まれる。山崎社長が鉄道本部長時代にATS-P設置など対策を怠ったと問われた。「現場と同じ半径300m以下のカーブはJR西管内に2000カ所以上あり、特
に危険性が高いと認識できたとは言えない」として無罪になったが、安部誠治関大教授の調査によれば、鹿児島線の事故で78人が負傷するなど全国で5件発生している。「法廷では真実を語る」と言ってきた山崎は「支障があっても語るべき」と、井手の“独裁”と組織風土を裁判で語った。
 
 浅野の提案による遺族と加害企業による異例の共同検証を行う「課題検討会」、「JR西日本安全フォローアップ会議」によって両者は歩み寄った。浅野と同じ技術屋である山崎元社長の人間味が二人を通じさせた。

 だが、事故後遺族の前に出てこなかった井手正敬元会長こそが、裏の主役である。2017年9月、著者はついに井手に会う。『昭和解体――国鉄分割・民営化30年目の真実』(2017)の著者元日経新聞の牧久の仲介で、『マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』(2007)の著者で神戸新聞の先輩である西岡研介の同席のもとで……。

 当方は、『昭和解体』では、国鉄改革3人組の井手、松田、葛西の思いと異なる中曽根康弘首相、橋本龍太郎運輸大臣の行った7社に分割する首脳人事の話に驚いた。また『マングローブ』では、国鉄を牛耳る革マル派松崎明との抜き差しならぬ関係の行方が興味深かった。
 
当方は同席した牧久、西岡研介がどのような発言をしたのか知りたかった。上掲は、インタビューでの井手の発言の一部。著者は「安全技術の進展の陰で犠牲になった者への視点がない」と憤っているが、紋切り型の記述に終わってしまっている。

 本書は、よくある悲痛な叫びを綴った“事故もの”とは一線を画す。事故後のJR西の改革に焦点を当てた労作である。


 

島田文六◆失権 …………☆島田のブンブン、島文オーナー権喪失のてんまつと神戸製鋼所“裏面”話

20180604

2018.06.04失権


 ところで、おもろいもんで、大事なこと言うてくれる人の言葉は、ようわからんでも、

騙そうとしたり、ハメようとしたりするもんの言うことは、えらいわかりやすい。

なんでやろなぁ……。それも、甘い言葉で言うてくれる。


甘い言葉はええなぁ……。けど、そやから人は、ついつい、わかりにくい本当より、わかりやすい嘘を取ってしまうのかもしれへんなあ、悲しいほどに。


◆失権 |島田文六 |2017年12月|幻冬舎メディアコンサルティング|ISBN:97843449945609|〇

著者島田文六は、1932年、江戸時代から続く島田本家の長男として神戸に生まれる。神戸製鋼所の構内作業や製鉄原料納入を請け負う協力会社「島文工業(現シマブンコーポレーション)」のオーナー社長を40年にわたり務めるが、リーマンショックによる海外巨額投資損失事件で解任される。紅白歌合戦でも歌われた『島田のブンブン』のモデル。

 阪神灘駅、JR灘駅、阪急王子公園駅から、北へ上れば原田の森ギャラリー、横尾忠則現代美術館へ続き、南へ下ればBBプラザ美術館、兵庫県立美術館があり、“ミュージアムロード”と称されている。当方は、年2、3度訪れる。

 県立美術館以西の海岸沿いはHAT神戸と呼ばれている。もともと神鋼工場の敷地で、用途地域を変更したい神鋼が、兵庫県が進めるWHO神戸センター誘致のスポンサーとなって動いていた。1995年の大震災で、復興事業として一挙に進んだ。WHO、美術館、人と防災未来センター 等、兵庫県の“陣地”となり、神鋼も風格ある古い本社の建物が巨大な本社ビルになった。

 BBプラザ美術館のある南への坂道は、国道2号線の横断など難点が多かったが、著者の長男文吾が島文の敷地の一部を無償提供し、陸橋やスロープを建設することを市に提案し、のちにできた高層住宅群の住民に歓迎された。

 その息子は、大震災を機に海外から戻り、震災で倒壊したシマブン本社ビルの再建を担っていた。のちに父との軋轢で「僕を失えばお父さんはやってはいけない」と告げ父のもとを去る。(「人生最大の後悔や」と著者が気づくは10年後である)。

 ところで著者が計画した「BBプラザ美術館」のBBの意味をはかりかねていたが、本書で島田のブンブン(BB)であると知って納得した(もっともHPによれば、BBプラザの「BB」は、「“B”eyond Steel,SHIMA“B”UN」と苦しい説明)。ついでに「島田のブンブン」というヒット曲の歌詞。

 夜のとばりが パラリと降りりゃ
 祭りごころが 騒ぎ出す
 今日は祇園か 先斗町
 三味に太鼓に 鳴物ばやし
 ぬる燗ふくんで ひと節はア

 誰が呼んだか 島田のブンブン
 今夜もちょいと ご機嫌さん
 〔…〕

「シマブンの島田文六だから、島田のブンブン。もとは私の宴席での余興の歌。この『島田のブンブン』をメジャー発売しないかという冗談のような話があったのは」云々と本書にある。
 
 神戸の貿易商社鈴木商店が、神戸製鋼所を設立し、脇浜に工場を建てるために島田本家に海上権を買いにきて、それを三代目当主である島田文三郎が無償譲渡したこと、神鋼と協力会社島文の関係が始まる。

 そのうち著者は、神鋼幹部に気に入られ、「B勘」と言われる裏金づくりに係わる。それは神鋼工場での不良品の発生品が110なら、伝票は100とし、残り10を外で換金し、裏金とするもの。やがて総会屋に対する利益供与及び神鋼の加古川製鉄所の裏金捻出事件が発覚し、著者の「B勘」への協力も終わる。

 それで思い出すのは安倍晋三首相である。ここから少し本書からそれる。安倍は地元山口県に神鋼の工場があったことから、1979年に“コネ入社”し、3年半のうちにニューヨークの事業所、加古川製鉄所、東京本社に勤務する。安倍は加古川時代に、ラインパイプの長さを間違って入力し、間違った製品が大量にできあがり、しかしギリギリ誤差の範囲内だった、と後に回顧している。

 神鋼による製品の検査データ改ざん問題で、東京地検特捜部と警視庁は2018年にも加古川など複数の製造拠点を一斉捜索する。この加古川工場は2006年に大気汚染防止法の基準値を超える窒素酸化物、硫黄酸化物を排出しながら、地元自治体に提出するデータを改ざんしていた前歴がある。

 また本書では、神戸灘浜で、2002年、神鋼の火力発電所が営業運転を開始したが、「原料の石炭をビレットという石炭片にして燃やすから、大気汚染は心配ないですよ」と地元説得に著者は借り出された。だが、石炭をビレット化しての発電には成功せず、生石炭を燃やしているのだと知る。しかも神鋼は地元に説明していないという。

 2017年神鋼製品改ざん発覚後、安倍首相は「誠実な責任感をぜひ取り戻してもらいたい」とテレビで語り、かつての勤務時代を振り返り、「工場では品質を高めていくために、職場で皆、忙しい中で知恵を出し合い、汗を流していた。それが日本のモノづくりの強さだった」と語った。その白々さよ。神鋼の虚偽、改ざん、そして姑息さは、安倍官邸のモリカケ問題と同じであり、安倍は新入社員時代にこの“体質”に染まったようだ。

 本書のあとがきに代えてかつて交遊のあった『芸者論』の著者岩下尚史が書簡を寄せている。

 ――御本の後半になるにしたがって、愈々烈しくなる痛罵の言のありどころは、悪を憎む正義の念に他ならないと拝察は致しますが、しかし、対手方に言わせたならば、すべては公益を優先する社会正義に基づいての行動だったと言うに違いありません。

 ――盛あれば必ず衰あり、隆あれば必ず替あり、是れ皆、事物自然の理であります。ですから、恨み悶えの妄執に駆られ、折角の御功績を此れ以上失墜する様な事になりましては、御当家のために甚だ悲しむべき事と存じます。必ず御心煩し給うことなく、超然たる態度を以て、静観遊ばさる様祈り上げます。
 (本書)

著者島田文六略歴に「親族を含む経営幹部らに名義株の返還を否認され、オーナー権も喪失」とあり、「まさに人生は、一瞬にすべてが凝縮する」が座右の銘とある。だが、……。

 ――誰が呼んだか 島田のブンブン 今夜もちょいと ご機嫌さん。
 自分だけの利に走らず、一族や地域のために尽くせという「利他の精神」に生きた島田のブンブン、いいではないか。





児玉博◆テヘランからきた男――西田厚聰と東芝壊滅 …………☆“財界総理病”の会長・社長たちの欲望、嫉妬、復讐が東芝を蝕んでいった。

20180329

2018.03.29テヘランからきた男


 東芝に乗り込んできた土光[敏夫]は、まず社長室にあった社長専用に風呂の存在に驚き、直ちにそれを撤去させた。業界で「お公家さん集団」と揶揄される理由を土光は見た思いだった。

 その意識改革のために土光が導入したのか「チャレンジ」と「レスポンス」という考え方だった。
「チャレンジ」とは、ただの挑戦ではなかった。

 土光の言う「チャレンジ」とは、目標が達成できなかった場合、その原因を突き止め、その上で再び挑戦することを意味した。

 その言葉がいつの間にか、利益を水増しする意味に使われようとは土光とて予想していなかっただろう。


〔…〕いつしか「チャレンジ」は水増し、粉飾の隠語となった。


◆テヘランからきた男――西田厚聰と東芝壊滅 |児玉博|2017年11月|小学館|ISBN: 9784093897747|◎おすすめ

 東芝15代社長 西田厚聰(あつとし・1943~ 2017)の半生と東芝の崩壊を描いたノンフィクションである。

 美しい日本語を話すファルディン・モタメデイというイランの若い女性は、東芝とイラン政府との合弁企業では秘書兼通訳としてなくてはならない存在だった。彼女から、東大大学院に留学中知り合った男と結婚するが、その男を採用してほしいと頼まれ、彼女にやめられたら困るからと男を現地採用する。早稲田大卒業後、東大大学院で西洋政治思想史を学んでいた学生 西田厚聰である。

 東芝は、1985年に世界初のラップトップ型パソコン「T1100」、89年にノート型「dynabook」開発。西田はヨーロッパやアメリカでパソコンの販売一筋で輝かしい成果をあげる。

 ここで余談……。
 当方のパソコン歴は、1981年にNEC8801に始まり、富士通FM、ゲートウエイ、コンパック・プレサリオ、ソーテック、NEC、ASUSなどと変転し、現在の東芝dynabookは2代目である。内橋克人『匠の時代』所収の「東芝・ワープロ誕生の日」を再読した際、その開発力、技術力にリスペクトし、それ以降、dynabookを愛用し、これを打っているのもそれである。

 さて、西田は、1995年本社パソコン事業部長、10年後の2005年に社長に就任。

 西田社長の4年間は「選択と集中」。東芝セラミックス、東芝EMI、東芝不動産、銀座東芝ビルなどを次々と売却し、他方で半導体や原子力事業に資源を集中する。だが社長就任前後から、バイセル取引(BUY SELL)に手を染める。外部の組み立てメーカーに部品を実際の価格の4~8倍で販売し、水増し分を利益として計上、決算では水増し分を含んだ額で買い戻す。決算前には一時的に利益が出ているように見える。

 かつて西田は、笑顔を絶やさずに、理路整然としてビジネスを語り、未来を語り、ビジネス以外にも政治、外交、哲学、現代思想を語っていた。だが社長就任前後から、数字のことしか言わなくなった。

 東芝は、石坂泰三、土光敏夫という“財界総理”を生んできた。

 ――東芝の社長は自らの在任期間での“勲章”、つまり業績だけでなく、東芝の歴史に名を刻むような成果を求める風潮が顕著になっていく。東芝では、社長が目標とすべき最終ゴールではない。最終ゴールは社長、会長を経験した後に控える財界なのだ。
 だから、社長在任中の業績を異常なほどに気にする。なぜならば、そこでの評価が最終ゴールへの評判に影響するからだ。
(本書)

 “財界総理病”は、西室泰三、西田厚聰、佐々木則夫など元社長たちの欲望、嫉妬、復讐などの軋轢によって東芝を蝕んでいく。東芝壊滅の最大原因である。また西田社長時のアメリカの原子力企業ウエスチングハウス(WH)の買収が東芝の致命傷となる。

 著者は西田に何度も面談を要請し、ついに胆管がんで長期入院後の西田に3時間にわたってインタビューする。 

 ――かつての西田は違った。圧倒的な知性に裏打ちされた言葉は煌めき、重電出身者が幅を利かす古い世界に現れたスターのような存在だった。その同じ西田の口から、今、出て来るのは怨嗟と罵りの言葉であり、底なしのような批判、批評でしかなくなっていた。 (本書)

 株主代表訴訟を受ける身であり、メディアの批判も集中する中、西田は「自己正当化」をくりかえしつつ、2017年12月、73歳で没。

2018.03.29東芝の悲劇2

**
 大鹿靖明『東芝の悲劇』(2017.09・幻冬舎)は、徹底的にトップ批判を繰り返すのみの一書である。「その凋落と崩壊は、ただただ、歴代トップに人材を得なかっただけであった」として“人災”説を展開する。トップを傍流から抜擢する人事は実力者の院政とセットになっており、そのトップは将の器ではないと、“傍流人事”原因説で東芝の4人の社長の糾弾する。

 ――東芝の元広報室長は「模倣の西室、無能の岡村、野望の西田、無謀の佐々木」と評したが、この四代によって、その美風が損なわれ、成長の芽が摘み取られ、潤沢な資産を失い、零落した。 (『東芝の悲劇』)

**
 FACTA編集部『東芝大裏面史』(2017.05・文藝春秋)は、キワモノを思わせるタイトルだが、そうではない。会員制情報誌『FACTA』に2008年から2017年まで連載されたもので、その10年の東芝を“定点観測”した記録として意味がある。

 ――首相官邸の中枢、総理政務秘書官の椅子には、東芝をおだててウエスチングハウスを買わせた「原子力ルネッサンス4入組」の一人、今井尚哉が坐っている。 (『東芝大裏面史』)

 など、森友問題、加計問題でも名前が取りざたされている今井秘書官(経産省出身・元資源エネルギー庁次長)の名前もしばしば登場する。
 原子力を中心に“隠れ戦犯”の安倍官邸や経産省と東芝のつながりをウオッチングしたもので、単なる東芝“没落”ものではない。おすすめの一書である。

杉原淳一・染原睦美★誰がアパレルを殺すのか …………☆人口減少社会でアパレル産業はいかに生きるか……。

20171129

20171129誰がアパレルを殺すのか


 翻って、日本の百貨店が“服を売らない”企業に売り場を提供するかといえば、こうした取り組みはほとんどない。モノにしてもコトにしても、いまだに「売る」ことを前提として売り場を作っている。

 これまで洋服は、「新品を」「売り場で」「買う」のが当たり前とされてきた。アパレル業界内の各社は皆、この価値観を疑うことなく商売を続けてきた。

 だがアパレル業界の「外」から参入した新興プレーヤーはこの前提を疑った。


 〔…〕消費者はもう洋服を買うためにわざわざ売り場まで足を運びたいとは思っていない。いつも新品ばかりを買いたいわけでもない。洋服を買うだけでなく、中古品を売買することにも興味を持つ。

 この変化に目を向けず、今まで通り新品を大量に売り場に並べるだけではもう見向きはされない。


★誰がアパレルを殺すのか |杉原淳一・染原睦美|日経BP社|2017年5月|ISBN:9784822236915 |○

 1970・80年代のファッション=アパレル業界は……。川久保玲、山本耀司などデザイナーがパリ・コレを席巻し“芸術家”として扱われた。メーカーのワールドは、社員たちが人工島の本社まで毎朝タクシーで通勤した。アパレル販売員は憧れの仕事で渋谷109ではカリスマ店員ともてはやされた。

 そして今……。
 オンワード、ワールド、TSI、三陽という大手アパレル4社の売上は減少の一途をたどっている。アメリカではアマゾンのファッション部門の売上高が、米百貨店最大手のメーシーズの売上高を追い抜くとみられている。いやわが国でも、ネット通販のZOZOTOWNは年間流通金額は2000億円を超え、三越伊勢丹、高島屋も真っ青である。

 アパレル販売員は、土日出勤、夜遅くまで立ちっぱなし、正社員にせず、とブラック企業のイメージがある。
 ――みんな、洋服が好きでこの業界に入ってくるんですけど、何年か仕事をしているうちに気付いちゃうんです。この待遇なら、条件のいいほかの仕事をして、稼いだお金で好きなブランドの服を買ったほうがかしこいんじゃないかって。(本書)

 本書は日経ビジネスの若き書き手杉原淳一・染原睦美によって、生地や糸の生産をする「川上」から、商品を企画するアパレル企業などの「川中」 、百貨店やショッピングセンターなどの「川下」まで、アパレル産業を取材をしたもの。

 そしてその結論は……。

 ――そのすべてを取材して見えてきたのが、業界全体に蔓延する「思考停止」だった。多くの関係者が、過去の成功体験から抜け切れずに目先の利益にとらわれ、年々先細りして競争力を失っていた。(本書)

 川上・川中・川下といえば佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』(2001)を想起する。書店・流通・版元・地方出版・編集者・図書館・書評・電子出版の関係者を取材し、“本が悲鳴を上げている”と訴えたノンフィクションがベストセラーとして注目を浴び、続編まで出た。が、その後出版業界は凋落を止められず、“だれも「本」を買わなくなった”と断末魔のごとき様相である。

 さて、アパレル業界の「外」から参入する新興勢力はITを武器にする。「新品を買う」ものであるという価値観を軽々飛び越えて、「新品を売る」→「中古になったら買い戻す」、また、「新品を貸す」→「貸したものを中古品として売る」という時代である。業界の「中」からも、古い慣習を破ろうとしている。
 そしてアパレル産業は次の成長につながるチャンスがある、と本書は結論づける。

 だが当方は、スマホ・フリマ「メルカリ」の興隆といった社会事象ではなく、人口減少社会の動向にファッション=アパレル産業は大きく左右され、再現はあり得ないと思っているが……。さて、いかに生きるか。


山根一眞★スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち――標高5000mで動き出した史上最高の“眼" …………☆理系ノンフィクションを文系読者が読む

20170915

2017.09.15スーパー望遠鏡アルマの創造者たち


 アルマの目的は、大きくわけると3つある。
 1990年代にアルマの取材を開始して以来、何度となく聞いてきたその3つの狙いとは……。

(1)銀河系の誕生を探る
(2)惑星系の誕生を探る
(3)宇宙物質の進化を探る

 なかでも「惑星系の誕生を探る」のは、太陽系、そして地球がどのようにしてつくられたのかを知ることを意味している。

 宇宙のどこかで、太陽系と同じような惑星系が誕生しつつある姿を観測できれば、およそ50億年前の私たちの太陽系、地球がどうつくられたのかを知る手がかりが得られる。

 それは、私が、私が暮らす地球がどのようにして誕生したのかを、タイムマシンに乗ってまじまじと見ることにも通じる。


 とはいえ、そんなことは「多くの天文学者が抱いてきた夢」にすぎなかった。
 それが実現したというのだ。


★スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち――標高5000mで動き出した史上最高の“眼" |山根一眞 |日経BPコンサルティング|2017年7月|ISBN: 9784864430425 |○

 アルマ望遠鏡は、南米チリの標高5,000mのアタカマ砂漠の高原に設置された巨大電波望遠鏡。正式名称はアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計。

 この電波望遠鏡は、光ファイバーで相互に結ばれた66台のパラボラアンテナが一体となって、天体から数億年、数十億年かけて地球に届いている「電波」をとらえようというもの。

 ――電波も光も1秒間に30万キロメートルの速度で進むので、たとえば私たちが見ている太陽は、およそ8分前という「過去」の太陽の姿だ。それと同じで、アルマが受信するビッグバン直後の電波とは138億年前という過去に発したものなのだ。その電波を詳しく調べれば、宇宙の誕生時、ビッグバン直後の様子だって知ることができるかもしれない……。(本書)

 というのがアルマの目的なのだが、その“眼”は「東京から大阪にある1円玉がくっきりと識別できるほどの視力」なのだそうだ。

 ところで本書では、偉業をなしとげた天文学者たちだけでなく、アンテナ製造にたずさわった技術者たちも追う。たとえば、「主鏡面パネルは、800×800×50ミリのアルミ板をNC機械で数ミリ厚の表面とリブ構造に切削加工し、軽量でしかも5ミクロンという超高精度を達成することができた」と当方にはさっぱり理解できない技術について、当方にとって未知の人だが、当方の町の住民で、高校の後輩にあたるエンジニアが紹介されている。まことに喜ばしい。

 この国際共同プロジェクトには、日本・アメリカ・ヨーロッパの22か参加している。そして、……。

 ――アンテナや受信機、相関器などの開発製造は日本のみならず米国も欧州も渾身の技術を投入した。日米欧は、大きなライバル意識をもちながら切磋琢磨を続けた。〔…〕仔細に取り決めた仕様にもとづいて、それぞれが独自の開発製造をしたのだ。(あとがき)

 実際には、日本は、パラボラアンテナは66台のうちの16台、電波をとらえる受信機は10種類のうち3種類を開発した、という。つまり他国も日本と同様の開発製造技術をもっていたということらしい。

 だが本書は、「日本のものづくりの底力」として、また「日本が自信を取り戻す」熱いドラマとして喧伝されている。それはそれで結構だが、おそらく文系の編集者による惹句だろう。

 ところで、理工系には門外漢の当方にも興味ある挿話が記述されていた。

 ――アンデス地方では、天の川銀河の「暗い部分」のかたちを星座としてきたのだという。あまりにも明るい星の数が多く見えるため、明るい星のみを結んで星座をつくることができなかったのだ。

 まばゆいばかりの天の川という背景に暗いシルエットをつくっているのは、羊飼い、リャマ、リャマの子、キッネ、ヤマウズラ、ヒキガエル、ヘビなどの姿だ。彼らに欠かせない家畜であるリャマ、体表からの分泌液に幻覚作用があり神聖な存在とされるヒキガエルなど、それら影絵のような星座はアンデスの人々にとって天と地をつなぐ霊的な存在でもある。
(本書)

 チチャやピスコという酒をのみながら、「何だ、これは!」と絶句してしまう星空を眺めるために、そして66台の銀色に輝くパラボラアンテナの壮大な姿を見るために、標高5000メートルのアタカマ砂漠を訪ねたい。20年若ければの話ですが…。

大野裕之★京都のおねだん  …………☆底抜けの“京都自慢”本

20170621

2017.06.21京都のおねだん


 実のところ、京都こそ水の都である。

 京都盆地の下には、琵琶湖の3分の2の水量を誇る地下水脈が存在している。それは、2百年前に比叡山に降った雨が長い年月をかけて地層をくぐつて濾過された名水であり、いわば名水の水瓶のうえに京都は成り立っている。

 京都の軟水だと、他の地域の硬水に比べて、出汁をとったときに1.5倍のうまみ成分が出るそうだ。

 水こそ京都の味を支える第一条件なのだ
〔…〕。

 いわれてみると、お茶といい生け花といい、京文化の粋は名水を条件としている。日本酒も水が命であるし、西陣織の仕上げにも大量の水が必要だ。


★京都のおねだん |大野裕之 |講談社現代新書|2017年3月|ISBN:9784062884198|○

 京都の料理の美味しさの理由は、京野菜など食材の良さ、懐石の本場の料理人の技、味わうほうの舌の肥え方の三つがあるが、しかしと著者はいう。「料理にとって、第一に重要なのはなんといっても水である」。

 その水を守るために、地下鉄工事では「鴨川の地下水脈」沿いに新しい井戸が多く掘られ、そのせいだけではないが、京都の地下鉄の建設費は大阪の2.6倍。すなわち水のおねだん、1キロ260億円。

 といった、京都のおねだん談義は、食のおねだん、季節のおねだん、絶滅危惧種のおねだん、舞妓・芸妓のおねだん、すなわち、京都のおねだん、と続く。本書のハイライトは、「花街で、自腹で遊んでみた!」。

お茶屋遊び歴20年のAさんと、5時30分から某花街でじつに6時間半のお茶屋遊び。舞妓さん、芸妓さん、地方さんの3人が来て、宴会がスタート。近くの料亭からの仕出しの京懐石。食後、舞妓さん、芸妓さんの舞の披露。続いて、三味線の音にあわて「こんぴらふねふね」などのお座敷遊び。盛り上がって杯が進み、お開きは真夜中の12時。

 さて、お花代、ご飲食代、宴会ご祝儀お立替、あわせて24万4836円。その詳細な謎解きは本書で。そして恐ろしい言葉が付け加えてある。

 ――おねだんには、決して定価があるのではない。店と客の、人と人との「関係」のおねだんであり、それは請求書を受け取った客が己の価値を知る数字である。(本書)

*
2016.01.06京都ぎらい

 ところで京都ものといえば、大ベストセラーになった井上章一『京都ぎらい』(2015)がある。同書には、僧侶の話題がしばしば登場し、僧侶があそばなくなれば京都の花街はついえさる、「わしらでもっているようなもんや」という一僧侶の発言もあった。
 ところが本書ではほとんど僧侶が登場せず、「京都には何でお金を稼いでいるのかわからない暇な人が多く」、「京都人がお茶屋に通うのは、そこが安いと感じるからだ」とある。
 
 井上章一『京都ぎらい』は、洛外人による洛中人への“格付け”の憎悪を綴ったもので(じつは東京に対する京都自慢でもある)、当方はあとがきの「七は『ひち』である」に大いに共感した。井上章一のユニークな作品『愛の空間』『パンツが見える。』『日本に古代はあったのか』『妄想かもしれない日本の歴史』『美人論』などかつて愛読した。 

 ところが「井上センセ、またも京都人を敵にまわす!?」というコピーのある『京女の嘘』(2017)は、そのほとんどが旧著『日本の女が好きである。』に短いエッセイを加えたもので、“詐欺”本である。あの井上センセも60を過ぎればこうなるのかと、京都人から蔑視されるでしょうね。

 それはさておき、『京都のおねだん』の著者大野裕之は、1974年大阪府生まれ。京都大学入学後、京都に居住。チャップリンの研究家で、映画・演劇プロデューサー。

 本書は、底抜けに明るい“京都自慢本”。したがって揶揄する気にもなれない。




津野海太郎★読書と日本人 ※――あかし市民図書館、大丈夫か?

20170528

2017.05.28読書と日本人


「聖域なき構造改革」の旗のもとで、経営難になやむ各地の自治体がいっせいに図書館「改革」にはげみはじめた。〔…〕

 図書館のような公共事業にはとことん冷たい。その冷たさが自治体の役人や政治家、はては住民(利用者)の多くにまで共有され、図書館の内外で、いつしか「図書館に企業の経営手法を積極的にとりいれよう。それは文句なしにいいことなのだ」という判断が力をもつようになった。

 そんな空気のなかで、図書館予算を大幅切りつめ、専任の図書館員を派遣や契約社員におきかえ、ついには、われわれの社会に図書館があることの意味など本気で考えたこともないような外部企業に運営を丸投げしてしまう――

そんな無茶なことまでも平気でやってのけるようになってしまったのです。

 そしてこれらの「改革」の一環として、近年、図書館が新たに購入する本に占める〈やわらかい本〉の割合が激増し、その一方で〈かたい本〉のかずがますます減らされている。


★読書と日本人|津野海太郎|岩波新書|2016年10月|ISBN:9784004316268|

 本書は読書という行為の「源氏物語」時代から現在までの変化、さらに未来はどうなっていくのかを語った読書論だ。だが当方がいちばん気になったのは、「活字ばなれ」の現在について、著者の住む東京近郊の某市立図書館についての記述の部分である。

 ――読むのに多少の気力を要する部厚い翻訳本や研究書などはゼロ同然。岩波書店もみすず書房も白水社も藤原書店もなければ、講談社や中央公論新社や筑摩書房の叢書や双書類もない。
 おことわりしておくと、もともとここは全国でも有数のすぐれた図書館だったのです。それがちょっと見ない間に、いやはや、ここまですさまじい事態になっていたとは……。
(本書)

 以下、図書館の未来予測に続くのだが、それはともかく指定管理者を導入する図書館が急激に増え、窓口応対はていねいだが、レファレンスはやらない図書館が増加、と危惧したとおりになっていきつつある。

 ところで図書館といえば、宮田昇『図書館に通う――当世「公立無料貸本屋」事情』(2013)という示唆に富む好著があった。
 他方、川本三郎『そして、人生はつづく』(2013)には、図書館への“癇癪文”が掲載されていた。「××図書館に対して怒っている。温厚な私が?!」と。著者の些細なミスについての図書館の処置が厳しすぎると、怒っている。図書館と館長、苦情の手紙を出した区長、すべて実名である。数度にわたるエッセイでその図書館を嫌味たらしく非難している。『マイ・バック・ページ――ある60年代の物語』の著者は、1944年生まれ。癇癪持ちの老人の一面を見せるようになってしまった。

2017.05.28読書と日本人2

なぜこんな話を持ち出したかといえば、“公憤”“私憤”さまざまだが、以下の記述は、川本本とは混同しないでいただきたいからである。

 当方は、神戸市から姫路市まで(高砂市を除く)の4市2町の図書館を利用したことがある。そのなかで「本の探し難さ」でだんとつ1位という致命傷をもつのが明石市立図書館である。非難が目的ではないために書いておくが、返却場所が多数あることで「便利さ」でも1位である。

 この図書館が「あかし市民図書館」と名を改め、2017年に駅前再開発のビル4階に設置された。TRC(図書館流通センター)が指定管理者として運営する。
 蔵書2倍、床面積4倍になったという。駅に至近距離のためか、勉強する若者や窓際で駅前風景を眺める若者が目立つ。周辺の図書館が老人憩いの場となっているのと大違いで、若者を取り戻したことで大成功といえる。だが目当ての本が探せないのである。

 運営するTRC(図書館流通センター)は、設立時はともかく現在は大日本印刷傘下の純然たる株式会社である。公共図書館の裏方であったが、苦節ン十年、指定管理者制度の発足とともに一躍表舞台に出た。取次店でもあるので、指定管理者のコンペがあっても経費面で断然優位に立つので、地域のNPOが地域に密着した図書館を提案しても、太刀打ちできない。

 明石市に隣接する播磨町でもTRCが指定管理者となっているが、当初、「新刊本を(書店に行かなくても)当図書館で取り寄せて購入できます」とPRしたので、「地域の書店を廃業させるつもりか」と苦情を言ったことがある。また、30年ほど前に刊行された作家の個人全集60巻余りが突如購入、配架されたことがある(理由は推測できるが、推測なので書かない)。TRCとはそういう会社である。
 
さて、大いに期待して明石市立図書館へ、ネットのOPACで事前に調べたうえ、「状態=貸出中」でない以下の3冊を借りに出かけた。

① 高島俊男『お言葉ですが…… 別巻7 本はおもしろければよい』
 このシリーズは18冊でているが、「文学」という表示の棚が約20あり、うち「エッセイ」の棚にたどりついたが、このシリーズは背ラベル「Eタ」という表示で無作為に(本巻1~11、別巻1~の順でなく)十数冊並べられていた。が、別巻7はない。念のため館内OPACで調べると、背ラベル「E タカ 18」とある。1メートルほど横にぽつんとこの1冊があった。

② 小玉武『「係長」山口瞳の処世術』
 「背ラベルのカタカナ表示はすべて著者の頭文字です」とこの館の社員は平気で嘘をつく。本書は、背ラベル「910.2」とある。著者は小玉だから「910.2 コ」を見たが、ない。以前読んだ小玉武の『佐治敬三 』は「Bサ」。この図書館は以前はNDC分類の「伝記」を「B」(Biographyのことか)と表示していた。同『開高健』は「910.2 カイ」。ようやく見つけた『「係長」山口瞳の処世術』は「910.2」の上に「や」という字のラベルが張ってあった。

③ 荒木一郎『まわり舞台の上で 荒木一郎』は背ラベル「289.1 アラ」とある。「個人伝記」の分類である。これが見つからない。10分ほどでギブアップし、窓口の社員に探してほしいと頼んだ。念のため時間を計ってみた。社員2人で探してくれたそうで、実に17分が経過したいた。背ラベルが分かっていながら、これだけ時間がかかるのは、配架に欠陥があるのは明らかである。

 さて、同ビル2階にはTRCと同じ大日本印刷の傘下にあるジュンク堂書店もオープンし、合わせると100万冊以上の本が集まる“日本一の本のビル”と(なぜ合算するのか意味不明だが)、明石市は豪語し、市長は(これも意味不明だが)「本のまち明石」をめざすという。

 その市長は自宅の壁はすべて本棚という。それほど本好きなら、この図書館でご自分の著書を何分で見つけることができるか、試してみてはいかがか。1人で同時に20冊まで貸し出すというサービス(どうやって持って帰るのか?)を自慢する前に、配架の表示と配架順を周辺地域の図書館並みに分かりやすくしたらどうか。

 TRC社員は、苦情を言うとその場限りの返答でクレーマー扱いする以前に、サービスは細部に宿る、ディテールこそ図書館司書の使命であることを知ってほしい。

 当方は、書棚番号優先の館内表示、旧館からの引継ぎ本の背ラベルと配架順の改善、館内案内チラシの改善について案を持つが、書かない。それを自ら考え、実行するのが、TRCの矜持だろう。

 
プロフィール

koberandom

Author:koberandom



http://koberandom.o.oo7.jp/a-kensaku/index-zen-sakuin.html

Azensakuin_3

最新記事
カテゴリ
平成引用句辞典2013.02~
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Pagetop