内館牧子★終わった人…………☆職場と墓場の間で、失ったものを取り戻したい“空腹”の60代

20170925

20170925終わった人


「え、そうか。声かけてくれればよかったのに」
「ちょっとかけられなかった」
「何で……」

「スーツ姿だったけど、スーツが息をしてなかったから」
「息を……?」
「仕事を離れて、スーツにふさわしい息をしていない男には、スーツは似合わなくなるのよ」


 スーツが死んで、息をしなくなるということか。
 このママに見栄を張ってもお見通しだなという気になった。これも、今は仕事があるという余裕がなせる業かもしれない。

「あの頃、俺、どん底だったんだよ」
「そう見えたわ。でもね、昔の部下と店に来ないだけ、田代さんは骨があるわ」


★終わった人 |内館牧子 |講談社|2015年9月|ISBN:9784062197359 |〇

 田代壮介63歳。大手銀行で役員寸前のところで子会社に出向、そのまま定年を迎える。

 仕事一途だった男は、あすからはたっぷりとある時間を妻といっしょにいよう、旅や映画や食事を楽しもうと思う。が、あっさり妻に断られる。“孫が命”にはなれないし、囲碁将棋、競馬競輪など一人でやれる趣味もない。図書館もカルチャー教室も老人大学も、年寄りばかりでいやだ。ついにスポーツジムに行くことに。しかしジムで老人仲間に入る気はない。駅前の喫茶店で、買ってきたばかりの石川啄木『悲しき玩具』を広げる。

 と、まあ、小説が始まるのだが、当方、いちばん身に沁みたのは上掲の「スーツが息をしていない」という、かつての行きつけの店のママの台詞である。たしかに同期の集まりに行っても、みんなスーツが似合わなくなっているし、またスーツを着る機会がなくなっている。

 親会社から子会社へ、正社員から嘱託へ、というのは突然『終わった人』にはさせないソフトランディングなのだ、と本書にある。そういえば本社の後輩たちから指示が来るという経験は、軟着陸への第一歩だったかもしれない。そして職域から地域へのソフトランディングが難関だ。当方も、地域活動のためのNPO設立、自治会役員など行ったが、“定時制住民”だった壁は厚く、“難着陸”に終わった。

 ――年齢と共に、それまで当たり前に持っていたものが失われて行く。世の常だ。親、伴侶、友人知人、仕事、体力、運動能力、記憶力、性欲、食欲、出世欲、そして男として女としてのアピールカ……。〔…〕
 だが、60代は空腹が許せない。理不尽だ。まだまだなのだ。まだまだ、まだまだ終わってはいないのだ。
(本書)

 そして結局、主人公は「思い出と戦っても勝てない」(あとがきによれば、これはプロレスラーの武藤敬司の名言)と、宮沢賢治のイーハトヴ(理想郷)、石川啄木「やまひある獣(けもの)のごときわがこころふるさとのこと聞けばおとなし」の生まれ故郷の盛岡へ、妻を残して、高齢の母や幼なじみの元へ帰る。“卒婚”である。

 ――「故郷は遠くにあって、遠くから思うからいいってことを、だよ。パパの得意な石川啄木が最初にそう言ったんじゃなかったっけ? パパ、故郷になんか住んでごらんって。〔…〕戻ってくれば自分たちと同じだもの、誰も特別扱いなんかしてくれないよ」(本書)

 と、娘。さて、軟着陸か難着陸か? 娘は両親の間に入って、検察、弁護、裁判官の役割をする。

 盛岡といえば、数年前ひとり旅で市内の北上川、雫石川、中津川を自転車でわたり、丸一日遊んだ楽しい記憶がある。そのとき「もう忘れ去られようとしている賢治と啄木」での町づくりは、大丈夫かとひそかに思った。しかし本書を読めば岩手の人は、いまも賢治と啄木とに癒され励まされているのだと分かる。

 そして著者はあとがきで「品格のある衰退」(政治学者坂本義和)という言葉が脳裏から離れなかったと書く。

内館牧子□十二単衣を着た悪魔――源氏物語異聞


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新郷由起★絶望老人…………☆単に年を重ねただけで誰もが“人生の達人”になれる訳ではない。

20170822

2017.08.22絶望老人


 客にはサバを読んでいるが、実際には「70(歳)を超えている」と内緒で打ち明けてくれた、このスナックのママがカラカラと笑いながら説く。〔…〕

「仕事人間だった男ほど、退職してからやることを見つけるのは難しいのよね。
だって、長い間ずっとそういう風に生きてきたんだもの。〔…〕

 仕事がなくなって、エロや色恋も抜け落ちた無趣味の連中は、途端に生気が抜けた廃人のようになっちゃって、街には“生ゴミ”のようにしてくすぶっているジイサンがごまんといるでしょう?〔…〕

金持ちでも貧乏人でも、年を取ったら自分でやること、やれることを見つけて、自分の中で筋を通していける人が一番幸せなんだと思うな。

カツコいいよ、そういう風に生きてる人はさ。


 でも少ないわね、そっちのほうが。
だから、ほとんどの人が、とりあえず毎日のウサを晴らすだけで1日を過ごしちゃう。何かはわからないけど、何かをごまかしてるんだろうなぁ……って気持ちはあって、モヤモヤした感じはあるんだけど、でも、どうしていいかわかんないし、どうしようもないの。だって、みんな年寄りだから!」

 アハハハ、と肩をすくめておどけるように笑った後で、実感を込めてこう言うのだった。
「老いていくってさあ、大変なことなのよぉ」


★絶望老人 |新郷由起 |宝島社|2017年3月|ISBN: 9784800249548|◎おすすめ

 孤独を癒すのは詐欺師の詐欺話、老後破産は“強欲血縁者”とともに、「生かされるだけ」の高級老人ホーム、居場所は激安居酒屋、最後はアル中、同居は地獄、施設は天国という現実、行き場なく「パチンコ依存」全財産破綻――。

 と本書のオビは、センセーショナルである。たしかにそういう事例が扱われているが、読者を煽る本ではない。だが、高齢男性には厳しい。上掲のスナックのママの言もそうだが、婚活市場では「三大“ない”」の男が多いとの話を記録する。曰く、「お金がない、気が利かない、会話もつまらない」だ。当方も思わず頷いてしまう。

 ――多くの勤め人にとって、老いて第一線を退いた後は一時的に心と体の行き場を失う。

 ――“モノ”が家の中を占拠している理由は三つで、①年を重ねた歴史の分だけ物品が増えていること、②無料で持ち帰ったものや新たに買い込んだ品をストックし続けていること。③それらを捨てずにいること、に尽きる。

 こういった著者の分析をはさみながら、詐欺被害に遭った高齢女性、居酒屋に集う高齢男性、元介護ヘルパーの経験談などインタビューにもとづくドキュメント、それにさまざまな情報を詰め込んだルポ、著者の考えを織り込んだコラムで構成される。

 たとえば、「終活」の落とし穴のこんな事例……。70代夫婦、「体が元気なうちに」と二人で生前整理を決意し、200冊ほどあったアルバムは「ベストセレクション」の1冊にまとめて他をすべて処分する。ところが、直後にご主人が病に倒れ、寝たきり状態、一緒に旅行に行けるどころか会話すらやっとの状態になる。

 ――「なぜ思い出の品をあんなに捨ててしまったのか。どうして写真をネガごと捨ててしまったのか。これからずっと家の中にいて二人で過ごすのに、思い出を懐かしむのに、あれはど大事なものはなかったのに。200冊のアルバムがあれば、それこそどんな本や映画よりも主人の慰めになった。これからどうやって二人の思い出を振り返ればいいのか」(本書)

 そして著者は言う。
 ――高齢者にとって、あまりにも行き過ぎた身辺整理は心の活力を失い、記憶の扉をも閉ざしかねない。
持ち物が減れば身軽にはなるが、物欲を欠くのは生きる意欲の枯渇にも通じる。
 人により、心を満たすものが“モノ”である限り、物を得るのが喜びであり、幸福感をもたらす以上は、その楽しみさえも奪って「余計なものを増やさずにおとなしく老い続けろ」と強いるのも甚だ酷な話である。
 どうあっても、モノは本人の死と同時に大量の不用品となるのだ。
(本書)

 以下、著者の見事な問題意識。  

――貧富の差にかかわらず、単に年を重ねただけで誰もが“人生の達人”になれる訳ではないのだ。

――人は、生きてきた通りに老いる。歩みのままにしか老いない。

――自立も自活も叶わずとも生き続けられる社会システムは、それまでの「何となく生きて、ほどほどで死ねる」時代から、「限界まで生きて、仕方なく死ぬ」時代をつくり出した。

――長寿とは、死までの道のりが長く、ゆっくりになったということ。急がずに済むようになった反面、ゴールも見当がつかなくなった。

 過去の栄光や成功談を鼻にかけた自慢話、「昔はよかった」で始まる回顧録、そして人へ何かを教えるふりをして、上から目線で語る説教。その「三大話」をループ(繰り返し)とワープ(本筋の内容から、本人の思考が繋がった話題へいきなり飛ぶ)を我慢しながら、いったん肯定し、頃合いを見て取材を掘り下げる。この根気のいるインタビューによって、本書は成立する。

 本書は傑作ノンフィクション。ノンフィクションの範囲を越えて、金、無縁、独居という高齢期の課題について、いかに生きるかのヒントを提示し、まだ間にあう“絶望”しないためのチェック本に見事に仕上げた。



勢古浩爾★ひとりぼっちの辞典…………☆「ひとり」の自立? やかましいわ。知らんけど……。

20170730

2017.07.30ひとりぼっちの辞典


友だち ①いたほうがいいが、いなくても十分生きていける。②心理的負担になるような者は、友だちでもなんでもない。③水増しして「友だち」の数を増やしても無意味。〔…〕

 友人関係をつづけるために、無理や我慢をするつもりもない。男であれ女であれ、何事かがあれば(世間的にはつまらないことでも)、わたしはいつでも関係を切ることができる。

 喜んでそうするわけではない。その結果、極端に友たちの少ない人間になってしまった。しかしそのことを「悲惨」だとは思わない。

 人は友だちがいなくても当然、生きていける。

友だちはいらないというのではない。いなくてもかまわない。
〔…〕

 時折、わたしは“友だち甲斐”のない偏狭なやつかもしれないと思うことがある。


★ひとりぼっちの辞典|勢古浩爾|清流出版|2017年5月|ISBN:9784860294625|○

 著者勢古浩爾は、1947年生れ。34年間のサラリーマン生活ののち、執筆業。

「ひとりぼっち」をテーマとした辞書形式のエッセイ。「本書は『ひとり』の自立に関する本である。しかし『ひとり』であることを勧めているわけではない」とある。

 当方、年齢が近いので、共感できるところが多い。たとえば、……。

公園 ①定年になったひとり者は、気に入った静かな公園をひとつは確保したいもの。②河岸、散歩道、寺などでもいいが、べンチはあったほうがいい。③もしそこで話し相手ができそうになったら、別の場所を探す。

 定年後にほぼ毎日通っていた公園で、「話し相手もなく、ここ以外に行くところもないんだろうな」と思ったのか、話しかけてくる人ができた。ありがた迷惑とはこのことだ、とその公園に行かなくなったと。
 じつは当方も遺跡公園、博物館広場、であい公園、北公園と約200メートル続く地に毎朝行っている。公園まで往復1時間、ベンチで読書1時間という日課である。ところがときどき話しかけてくる人がいる。たいていは見知らぬ当方に、自慢話をひとしきりする高齢者である。迷惑千万。

 また著者は公園について「前は全然平気だった夏の陽射しがきつく、冬の寒さも身に堪えるようになった」とも書いていて、「いまの生活のなかで、一番愉しいことはなにか。わたしの場合、一番は、ない。ないことにしている。二番目は、客の少ない広い喫茶店で」云々と記す。


趣味 ①人生は暇つぶしだということを証拠立てる極私的な暇つぶしの行為。②「なにもしたくない病」と自嘲するが、ほんとうをいえば、それはそれで愉しい。

 毎年、同期が30人近く集まる。参加しなければ半生を否定することになる、死ぬまで参加、と決めていた集まり。だが、昨年たまたま体調を崩していたせいで、話題についていけなかった。
 同期の顔を思い浮かべながら、その日常を記すと、ジョギング、マラソン、ゴルフ、釣り、ダンス、カメラ、家庭菜園、陶芸、油絵、海外旅行、支援学校や図書館のボランティア、民生委員、会社役員など。

 みんながそれを話題に“忙しい”と自慢するのである。60代の“病気自慢”が70代では“多忙自慢”になった。著者と同じく当方は「いまでは、なにもしたくないからなにもしないという一番いい状態なのである」。「だらっとしています」は蔑視されるので、今年から参加をやめた。

 本書でいちばん気になったのは上掲の「友だち」の項。当方も“友だち甲斐”のない偏狭なやつ、なのだと思う。

 数少ない友人が、幼なじみも、級友も、職場の同僚も、いまはめったに会わないその“親友”たちが、どんどん死んでいく。もっと会っておけばよかった、と思う。今も会いたい。
 生涯の友と思っていた男が亡くなったとき、その遺族から知らせがなく、偶然死を知って通夜に行ったが、そこにいた数人の顔ぶれを見てなぜ当方には知らせがなかったのかと強いショックを受けた。
 当方はエンディング・ノートに「家族葬」と記すつもりだが、友人にはどう知らすべきか悩ましい。

 もう一つ、本書から。

やかましいわ ①相手の余計な一言を半分は受け入れながらも、冗句めかしてはねつける言葉の一撃。②「なんでやねん」「どないやねん」「知らんがな」と並ぶ、他に類例のない関西弁秀逸語のひとつ。

 この言葉の説明に、孤独死、老後破綻、無縁社会、下流老人、老人漂流社会などをあげ、「全部余計で、やかましい言葉ばかり」と書いている。ちょっと違うのではないか、著者は大阪人ではないな、と思っていたら、そのあとで、「やかましいわ」の次元が違っていた、「忘れてください」と書いている。その通りである。「やかましいわ」は、当方の隣町出身の芸人陣内智則の口癖だが、例にあげるとすれば、本書の以下の部分である。

哀愁 ①人生の悲しみに耐えている「ひとり」の男(「ひとり」の女)の現実の姿に、滲みでる悲しみの幻像が二重に映る。②薄暮。叶わぬ恋。人間は悲しい、と思う瞬間。ヨーロッパの石造りの街に降る雨。困ったような笑み。寡黙。薄暗い電球。深く刻まれた顔のシワ。農家の縁側に無言のまま座る老人。

 この饒舌が、やかましいわ。
「やかましいわ」のあとに「知らんけど……」とぼそっと呟くのが、いい使い方。

07老人たちの賛歌│T版 2015年12月

20151231

07老人たちの讃歌
★海老坂武『自由に老いる――おひとりさまのあした』

ほんとにいい死に方は『楢山節考』のおりんばあさんのような孤独死だ。冬山に行けば一夜で眠り込みながら死ねる。でもあれは家族の協力が必要だからなあ。

★海老坂武『自由に老いる――おひとりさまのあした』△2015


 『自由に老いる』の海老坂武は1934年生まれ。68年に『シングル・ライフ』、00年に『新・シングルライフ』とずっとシングルを謳歌している著者にして、上掲の「家族の協力が必要」には笑ってしまった。
 老いのスタイルには、隠居型、老年賛美型、引きこもり型、社会参加型があると書く。アラカサや相合傘であと十年。著者の川柳、アラカサとは?


07老人たちの賛歌│T版 2015年9月~11月

20151209

07老人たちの讃歌
★山田太一『夕暮れの時間に』

 このところ日本の科学や医学は随分老人を長生きにしてくれたけれど、早くもその成果をもて余しているのではないだろうか。

 なんとか表面だけでもヒューマニズムを維持しながら、実は老人の数を調節できないかと考えてやしないだろうか。


★山田太一『夕暮れの時間に』〇2015


 山田太一は1934年生まれ。『夕暮れの時間に』は70代のエッセイ集。
 上掲のあとがきは「老人に長命に見合うほどの取得が見つからないのだ。経済や適応力や健康や効率や美醜で計れば、老人はなるべく早くいなくなってくれれば助かるという存在にしかならない。しかし社会は現在と未来だけでは不足で、過去を生きた人たちを失えば、その分人間の現実を見失ってしまう、というようなことを思うのだが……」と続く。
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 こんな記述もある。「実に驚くべきほど、私は山田洋次さんと間違えられるのだ。『あなたのドラマは大好きです。中でも寅さんが一番です』などといわれるのは、ちっともめずらしいことではない。「黄色いハンカチもよかったろう」などとなりすましてしまおうかと思うくらいである」
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 「あえていえば、時代の流れが激しく太くなった時にはとるに足りないものになって行く小さな本当、小さな矛盾、小さな誤解、小さな深淵、小さな善悪、小さな夢、小さな物語は、まだ日本では書く余地があると思うから(ないのかな?)、急いで未来に適応しないで、アナクロニズムを生きるのも積極的なことなのではないか、などと思っている。(「このごろの話-「文芸別冊総特集山田太一」はしがき」)
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 こんな引用も……。
「私たちは若さのなんたるかを知ることなく少年時代を去り、結婚の意味を知らずに結婚し、老境に入るときですら、自分が何に向かって歩んでいるかを知らない。つまり、老人はおのれの老齢に無知な子供なのだ。この意味で、人間の世界は未熟な惑星である」(ミラン・クンデラ『小説の精神』金井裕・浅野敏夫訳)




★沖藤典子『老妻だって介護はつらいよ』

 しみじみ、“生活習慣病”というのは、“人生破壊病”だと思った。家庭の経済を破壊し、国の医療費も破壊し、何よりも本人の人生を破壊する。

 その危機感のないままに、健康を過信し、妻の忠告を無視して酒を飲み、タバコを吸った。

★沖藤典子『老妻だって介護はつらいよ』△2015


 『老妻だって介護はつらいよ』の著者は、介護問題の専門家で理論編は得意だが実践編は不得手。
 閉塞性動脈硬化症の夫の入院約500日、在宅介護22日の記録。自分には甘いが、医療や介護の従事者には辛らつだ。
 私憤を公憤に塗り替え、全国の夫の介護に苦しむ妻たちが“老妻ハラスメント”を受けていると糾弾する。






07/老人たちの賛歌│T版 2015年4月~8月

20150916

07/老人たちの賛歌│T版 2015年4月~8月

07老人たちの讃歌

**2015.04.01
★近藤富枝『92歳まだまだやりたいことばかり』

この歳になると、毎日努力しないと生きていけません。私は毎日、自分に課していることがいろいろあって、朝起きてから寝るまで、本当に一生懸命やっているんです。★近藤富枝『92歳まだまだやりたいことばかり』△2015
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『本郷菊富士ホテル』の名著をもつ近藤富枝。瀬戸内寂聴に『源氏物語』に出てくる服装について知りたいから代わりに読んでと頼まれ、以来源氏に熱中。「源氏が盛んに読まれるようになる時というのは、いつも日本が危急存亡の時。人間は頼るべきものがなくなった時には、文化に頼るしかなくなる」
**
近藤富枝『92歳まだまだやりたいことばかり』。夫の認知症と徘徊にもめげず作家活動を続ける秘密。「いつも若い時以上にきちんとすることを考えていないと新鮮な発想がわかないものです。歳を取ったから楽にやろうなんていうことだと、その部分から老化がどんどん広がってしまうんです」




**2015.04.09
★岡野雄一『ペコロスの母の玉手箱』

「そうそうみつえさんが手紙を書いておられましたよ。ひまごさんへのお返事らしいですよ」。それはやはり解読不能(笑)。童女同士の暗号のように思えた。★岡野雄一『ペコロスの母の玉手箱』△2014
**
岡野雄一のまんが『ペコロスの母に会いに行く』がベストセラーになり、映画化もされ、本書はその2冊目。91歳の認知症の母が「今」と「過去」を行き来戻りつする姿が、“昭和の母親”として郷愁をかきたて、見守る息子の切なさが共感を呼ぶ。


**2015.05.19
★大島一洋『介護はつらいよ』

認知症の母の口癖は「ああ、倒れそうや」「頭がふらふらする」「はよ、死にたいわ」などですが、たまに面白い表現をします。たとえば、「なんか、おかしいなあ、頭んなかに、ぽーんと花が咲いたみたいや」「むかしは、体がぴゅっとなっとったもんやけど、いまはもう、だらーじゃ」★大島一洋『介護はつらいよ』△2014
**
嵐山光三郎『ぼくの交遊録的読書術』で取り上げた20冊の書評で、唯一知らない著者の大島一洋『介護はつらいよ』。嵐山の絶賛は元編集者同士の仲間褒めだった感あり。故郷の中津川に帰り、高齢の両親の介護の日々を綴ったもの。“同病相哀れむ”向きへの実用書なのか、他人に見せる還暦古希日記なのか、子や孫に残す記録なのか。深刻話の明るく話すエッセイとしては秀逸。



**2015.05.22
★野村進『解放老人 認知症の豊かな体験世界』

ベッドで横になっている敏江さんのところに、松香さんが夜間用の紙オムツを小脇にはさんで持っていった。〔…〕ところが、それはなんと使用済みのものなのである。松香さんは、自分の紙オムツをはずして、敏江さんに届けようとしていた。★野村進『解放老人 認知症の豊かな体験世界』◎2015
**
『解放老人 認知症の豊かな体験世界』◎2015は、山形県にある精神病院の重度認知症治療病棟の患者を、長期にわたって取材したノンフィクション。著者は人生の先達たちが患った認知症の中に「救済が内包されている」と見るのだ。当方は、認知症の世界は、現世ではなく既に“あの世”なのだと気づいた。



**2015.08.25
★新郷由起『老人たちの裏社会』

ところが、帰属集団を失うことで抑制機能がなくなってしまう。ネクタイがなくなるのは犬の首輪が外れた状態にも等しく、人によってはタガが外れてしまうのです。(心理学者・冨田隆)★新郷由起『老人たちの裏社会』○2015
**
「会社で億単位のカネを動かしてきても、目玉焼き一つ満足に作れない自分が情けなかった」と妻を亡くした男。老人=円熟、ではなかった。時間がありすぎるが、他人から必要とされず、しかも”枯れない”老人たち。万引き、ストーカー、暴行・DV、売春、ホームレス、孤立死、……他人事ではないのだ。





野村進★解放老人――認知症の豊かな体験世界

20150522

20015.05.22解放老人



 私は病棟の消灯前、相部屋のベッドで横になっている敏江さんのところに、松香さんが夜間用の紙オムツを小脇にはさんで持っていったのを知っている。〔…〕

ところが、それはなんと使用済みのものなのである。

松香さんは、自分の紙オムツをはずして、敏江さんに届けようとしていた。


「ねえちゃんに、これ持ってきたの」
 そばにいる私に気づき、話しかけてくる。きつい尿臭が鼻をつく。

「ねえちゃん、これ持ってきたのに……。あの人(看護師)、持ってってしまったの。いい?」

 松香さんが子どもなら、微笑んでうなずいたかもしれないけれど、この場合そうもいかない。



*
 本書は、山形県にある精神病院の重度認知症治療病棟の患者を、長期にわたって取材し、人生の先達たちの日々に“救い”を探し求めたもの。「俗世の汚れや体面やしがらみを削ぎ落として純化されつつある魂」を追ったノンフィクション。

 年下の女性を「おねえさん」と慕う上掲の女性、これは老残を描いたものではない。

 あるいは、こんなケース。「初秋の未明には、時蔵さんがまたモヨエさんのベッドに潜り込み、抱き合って 寝ているところを、深夜勤の女性看護師に見つかっている。ふたりとも下半身裸で、失禁していたという」。

 家族の失望、寂寥、喪失感は、苦悩、徒労、絶望へ。けれど本人は俗世、しがらみ、過去の重しを解き放たれ、超俗、生まれたまま、そして恍惚の世界へ。

 読むひとにとって、この病棟の認知症患者の世界を地獄と思うか天国と思うか。だが著者は認知症の中に「救済が内包されている」と見るのだ。

 当方は、認知症の世界は、現世ではなく既に“あの世”なのだと気づいた。

★解放老人――認知症の豊かな体験世界│野村進│講談社│ISBN:9784062164252│2015年03月│評価=◎おすすめ│重度認知症治療病棟から認知症を”救い”の視点から見直す。

野村進■ 調べる技術・書く技術


奥野修司□看取り先生の遺言――がんで安らかな最期を迎えるために



07/老人たちの賛歌│T版 2015年1月~3月

20150511

07/老人たちの賛歌

07老人たちの讃歌

■気になるフレーズ @koberandom 1月12日
★黒井千次『老いの味わい』

古いものは古いまま、汚いものは汚いまま、わかりにくいものは不可解なまま、すべて受け入れて暮していけばよい、と思うのはただの諦めや横着とは違う。積極的にして悠揚迫らぬ構えがそこに芽吹こうとしている★黒井千次『老いの味わい』2014

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黒井千次『老いの味わい』は「それを老いの成熟と呼びたい、などと主張するほど厚かましくはないけれど――」と続く。畏友が長く続けているブログ、日が経つごとに長文になり、垂れ流し状態になっている。自らも省みてブログを字数制限のツイッターに替えた。しかし1/5に縮小の短文は至難。



■気になるフレーズ @koberandom 3月16日
★谷川俊太郎『悼む詩』

葬儀屋さんがあらゆる葬式のうちで最高なのは食葬ですと言った。/父はやせていたからスープにするしかないと思った。(「父の死」)★谷川俊太郎『悼む詩』 2014

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『悼む詩』は、谷川修太郎のつくった33人への弔詩を、正津勉が編集したもの。「ジェームス・ディーンに」という詩を引いて、「わたしたちの生はというと、『私のなかの年とらない私』である死者のその『果されなかったきみの未来』、それをこそ生きることだ」と正津勉。



■気になるフレーズ @koberandom 3月26日
★中澤正夫『死のメンタルヘルス』

「惜しい人を失った」でも「やっと死んでくれてすっきりした」でもいいのである。「変化が来る、その人抜きの再構成がはじまる」ことが見落とされているのではあるまいか?★中澤正夫『死のメンタルヘルス――最期に向けての対話』2014

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中澤正夫『死のメンタルヘルス』。54歳のとき『「死」の育て方』で、正気を保て意思が通せるのでがんで死にたいと書いた精神科医師。それから23年経って、心筋梗塞で死の淵から生還し、福島の医療活動に参加し反原発を訴え「このまま死ねるか!」。フツーの人がフツーに死ぬ「終活」は難しい。


岡野雄一★ペコロスの母の玉手箱

20150409

2015.04.09ペコロスの玉手箱


 母に3歳のひまごから便りが届いた。童女からの手紙を、老いた童女が見つめる。

「母ちゃんあてにいっしょうけんめい書いたとげな。
わいたァ!文字どおりミミズののたくっとる(笑)」〔…〕

「そうそうみつえさんが手紙を書いておられましたよ。ひまごさんへのお返事らしいですよ」

 それはやはり解読不能(笑)。童女同士の暗号のように思えた。


――「童女4」



ペコロスの玉手箱2



 母は父の亡くなった年に認知症を発症していたが、変わることなく月に一、二度、一緒に墓参りに通った。

 そのつど母はてきぱきと墓掃除を行った。そして花見の時期は、そのまま風頭公園に上った。〔…〕その夜、昼間と同じ、花見の夢を見た。〔…〕

「母ちゃんの事は心配せんで良かよ」と言うと、父は、母の手をさすりながら、ビールを買うて来てくれ、と応える。〔…〕

 その夢を見た目からほどなくして母は脳梗塞で入院した。そして、沖合に天草の島影の見える海辺のグループホームに入所し、穏やかに過ごしている。次第衰えて行く母に、禿げた息子が会いに行く。

 父も会いに来るらしく、時々母が父の消息を教えてくれる。母が伝える父の姿は、あの夢の中のように、過ぎゆく年を行き来して、定まらない。

 ――「花の下を訪れる人 満開の花の下では死んだ人が現れる」

 岡野雄一のまんが『ペコロスの母に会いに行く』がベストセラーになり、映画化もされ、本書はその2冊目。

 91歳の認知症の母が「今」と「過去」を行き来戻りつする姿が、“昭和の母親”として郷愁をかきたて、見守る息子の切なさが共感を呼ぶ。

★ペコロスの母の玉手箱 │岡野雄一│朝日新聞出版│ISBN:9784023313286│2014年10月│評価=○│91歳の認知症の母を、64歳の息子が切なく漫画で描く。ペコロスの母、第2冊。

岡野雄一□ペコロスの母に会いに行く





中澤正夫★死のメンタルヘルス―― 最期に向けての対話

20150327

2015.03.27死のメンタルヘルス

 誰の死でも、その人の属していた「世界」へいろいろな影響を及ぼし、変化を与える。よい影響か、悪い影響かは問題ではない。

 「惜しい人を失った」でも「やっと死んでくれてすっきりした」でもいいのである。

「変化が来る、その人抜きの再構成がはじまる」ことが見落とされているのではあるまいか? 


 あるいは、あまりに当たり前すぎて誰も言及しないのであろう。再構成の中で残された人は耐え、育ち、大きくなり、新しい世界を築いていかざるを得ないのである。〔…〕

 誰の死も「新しき世界」をつくり出していくための、豊かな源泉である。死は「喪失」ではなく、個人だけでなく、社会にとって発展のきっかけであり創造なのであると言える。

 そこに「死の豊穣さ」ともいうべきものがあるのではあるまいか。



*

 著者の中澤正夫は精神科医師。かつて「どんなふうに死にたいか」という問いに、こう答えていた。

 ――癌で死にたい。疼痛コントロール(意識低下の少ない)が可能なので、あっちこっち不義理をしているところに仁義をきってあら死ねる。しかし自死以外、死に方の選択権がない!という現実がある以上、あらかじめの計画は無駄。「それがきたとき考える」ようにしている。(椎名誠『ぼくがいま、死について思うこと』)

 54歳で上梓した『「死」の育て方』という著書があり、ぜひ読みたいと思っていたが手に入らず、本書はその増補改訂版というべきものかもしれない。死への考えが変化している。

 1937年生まれの著者は、2010年心筋梗塞に倒れ、危うく生還する(第1章死が最も自分に接近した日)。

 2011年の大震災に遭遇し、福島相馬の医療活動に加わり、原発に反対してこなかった“加害者”として「このまま死ねるか!」という心境にいる(第5章東日本大震災がもたらした変化)。

 本書の圧巻は、第4章「上手に家で死にたい」。著者の同僚であった男性看護師は2009年、57歳で肺がんが見つかる。以降、自らをコントロールしながら病いとともに生きる姿を、介護した妻の話を元に記述している。2013年に亡くなるのだが、1か月前から譫妄が出、大小便垂れ流しとなり、家族では無理と入院。痛み止めを増やし、酸素吸入だけ。拘束衣装着の承認、そして水しか摂れなくなる。

 ――たとえば、わたしなら、あと、誰と誰に会いたいと決め、会ったらもう少し多目の麻薬と安定剤を自分で飲み、酸素供給量を減らすであろう。緩和なかたちであるが、それは、自死の選択である。自分で自分を死なせていくのだから、医療関係者も家族も自殺討助罪は適用にならない。(本書)

 やつれミイラ顔になり、意思の疎通がはかれない姿を「思い出の夫」の顔にしたくなかった、と妻は語る。20日間の入院が長く感じたのは、言葉、目線、気配でも気持ちが通じなかったからだ、と著者は推測する。

 どうやらがんでは自宅で死ねないらしい。

★死のメンタルヘルス―― 最期に向けての対話 │中澤正夫│岩波書店│ISBN:9784000287210│2014年05│評価=○│“終活”は難しい。フツーの人がフツーに死ぬには……。

椎名誠 □ぼくがいま、死について思うこと



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