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村田喜代子◎飛族      …………☆天を仰いで鳥踊りをする老女にアジサシが空を切り裂いて降りくる。鳥も魚も線引きのない空と海の茫漠の中に生きている。

2019.05-03飛族


 イオさんは表情を変えずに淡々と言う。

「人間は人に寄りついて暮らすものではねえて。

長年ずっと土地に寄りついて生きてきたもんじゃ。地震、津波、火山が火を噴く。そんなことが起こってもその土地をなかなか動かんのはそのせいじゃ」


「自分の娘より、この島の方がいいのね」

「海の人間が、どうして山さ行けるか」
「…………」


◎飛族 |村田喜代子 |2019年3月|文藝春秋|ISBN: 9784163909899|◎おすすめ

 五島列島とおぼしき地方の小さな島に、イオさん92歳と海女仲間ソメ子さん88歳の二人だけが住む。本土に住むウミ子65歳が母イオさんのもとを訪れ、島の「飛族」の日々が綴られる。

 暴風雨で舟が転覆するとき、漁師たちは鳥になって空に舞い上がるという。その一人、イオさんの夫功郎はアジサシという鳥になって、明け方イオさんの夢に現れる。小魚咥えてアジサシが来る。「土産じゃ、食うがいい」。

 ――「鳥のまなことわしのまなこがじっと見交わした。そしたらな、アジサシのまなこの奥に青か空が映っておった。そんな気がした。爺さん、とわしは声が出かかった。わしも空を飛びたかぞ。海は越えてどこまでん補陀落浄土まで行きたかぞ」 (本書)

 ウミ子は、イオさんとソメ子さんが、遠い崖の畑で手をヒラヒラ動かして、天を仰いで羽ばたく格好をしているのを見る。鳥踊りのようだ。いまにも飛びそうである。

 物語の背景に島の実情が語られる。
 1人でも島民がいれば、島のインフラが必要になり、船着き場に、定期船。道に、電信柱、水道など、多額の経費がかかると、役場の職員が言う。だが、無人になれば、海の国境の向こうから密航者や密漁船が踏み込んでくるとも。

 ――こうしてウミ子が空と海を一望すると、空は海よりも遥かに大きな世界だった。海は足元に敷き延べられて寄せては返す波の蓋で閉じられている。けれど空はどこまでも突き抜けて深く果てしがなかった。しかし空がこれほど広いことを知る場所は、やはり海しかない。

 島に住むのは、つまり空の下に棲んでいることだった。
(本書)

村田喜代子●蕨野行




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