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2013. 11. 05  
20131105東宝見聞録

ある日、成瀬監督が通称“ヌイさん”というカメラマンと話をしていた。
「ヌイさん。あなたは素晴らしい画面を撮りますねぇー。本当に綺麗ですねぇー」〔…〕

ヌイさんは、興奮の面持ちで、何度も頭を下げた。撮影賞を受賞したほどのカメラマンである。

「本当に素晴らしい……。でもね……。僕は風景写真を撮っているんじゃあないよ。……ドラマを撮っているんだよ。

主人公の心理描写が風景に負けてしまっては困るんだ」


成瀬監督はやさしく話をしているけれども、言葉の内容は強烈であった。
自然の変化と心の変化を重ね合わせてはいるが、画面の比重は主人公にあるべきだ。

カメラマンの良いところは最大限に引き出し、本人が自覚するまでやんわりと説得するのである。


□東宝見聞録――1960年代の映画撮影現場 │磯野理│アスペクト│ISBN:9784757219915│2011年11月│評価=△

〈キャッチコピー〉
寝ても覚めても映画、酔っても醒めても映画。人生に必要なことはすべて映画製作現場で学んだ。いま明かされる名匠・巨匠たちの撮影秘話。

〈ノート〉
上掲は、成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』(1967)撮影の一コマ。加山雄三、司葉子主演の十和田湖と奥入瀬渓谷を舞台にした作品である。“ヌイさん”とは逢沢譲のことか。

磯野理(いそのおさむ)、1939~2011。東宝入社以来、編集・助監督・プロデューサーとして数多くの映画制作に参加。本書は、映画の現場の日常を綴ったもの。

1970年、セカンドに昇格して内田吐夢監督『真剣勝負』(1971)に携わる。「宮本武蔵」5部作の番外編とも位置づけられる作品。宮本武蔵(中村錦之助)と宍戸梅軒(三国連太郎)の死闘を描く。

――撮影が思い通りにはかどらないと、内田吐夢は著者が用意した備前と高尾の土を混ぜて焼いた茶碗で抹茶を飲み、精神統一をしていた。「この茶碗のように、いい作品に仕上げたいね」と語ったという。

――撮影終了後、旅館の一室で吐夢さんは一晩中、うなされていた。
「ヨーイ! スタート!」
「キンちゃん違う! レンちゃん違う! カット! カット!」(本書)

作品は未完成のまま、監督は長期入院を余儀なくされる。会社は脚本を執筆した伊藤大輔監督に後を任せようとしたが、内田は演出コンテは自分が作るからその通りに演出すればいい、と著者にゆだねる。が、コンテはできず、著者は撮影を再開する。「ダビング作業は、医者と看護婦が付き添いのもとに行い、吐夢さんは最後のエネルギーを振り絞っていたようだ」。この作品が内田吐夢監督の遺作となる。

この作品は、当方、2006年にBSで見ている。武蔵、梅軒、その女房と子の4人に話をしぼり、全体を8割の立ち廻りシーン、武蔵が梅軒の家を訪れる夕刻から24時間の出来事をセミ・ドキュメンタリータッチで描いたもの。

〈読後の一言〉
著者は2011年9月にがんで死去、2011年11月に本書を発行。撮影所の編集係の現場の雰囲気を伝えるが、エピソードが断片の積み重ねで、撮影所も個々の作品も全体が把握できない。撮影現場の私的メモといった趣き。

〈キーワード〉
成瀬巳喜男『乱れ雲』 内田吐夢『真剣勝負』 撮影所




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