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2013. 11. 22  
20131122流星ひとつ

「そうだね……声は昔からよく出なかったんだ。それが心配だから、ふだん話すときもほとんど声を使わなかったくらいでね。

どうしてもしゃべらなくてはいけないときは、小さな、空気のかすれるような声で話してた。もったいなかったんだよ。

人とおしゃべりする声があったら、歌う声に残しておきたかったから。
〔…〕

だから、一週間休んで出なくなったときも、そんなに慌てることはなかったはずなんだ。〔…〕切ったんだ。切っちゃったんだ。〔…〕。結節さえ取れば、これから楽に声が出るようになるって、それしか考えなかったんだ。でも、それを切り取ることで、あたしの、歌の、命まで切り取ることになっちゃったんだ」〔…〕

「もし、そのとき、手術をしなかったとしたら……」
「今度の、この引退はなかったと思う」


□流星ひとつ │沢木耕太郎│新潮社│ISBN:9784103275169│2013年10月│評価=○

〈キャッチコピー〉
「何もなかった、あたしの頂上には何もなかった」--1979年秋。歌を捨てる決意をした美しき歌姫・藤圭子に、沢木耕太郎がインタヴューを試みた。その肉声は、聞き手と語り手の「会話」だけで紡がれる、まったく新しいノンフィクションに結実した。だが――。一度は封印された作品が、33年の時を隔てていま、新たによみがえる。

〈ノート〉
藤圭子(1951~2013)
1969年「新宿の女」でデビュー。1970年「女のブルース」がオリコン1位、「圭子の夢は夜ひらく」が大ヒット。同年「命預けます」もヒット。
1971年前川清と結婚、翌年離婚。1979年突然引退を表明。


テレビのワイドショーで引退表明を知った沢木は、一度会ったことのある藤にインタヴューを申込み、1979年秋、ホテルニューオータニ40階のバー・バルゴーで実現する。本書はそのときウオッカ・トニックを飲みながらの二人の会話のみで1篇のノンフィクションとして仕上げたもの。

まあそういう作りになっているが、あとがきにも書いているように実際は年末まで場を替え何度もインタヴューをしている。翌年仕上がった500枚近い作品をアメリカに居を移していた藤に送った。が、沢木は出版を躊躇する。その理由のひとつが、引退をしたもののもし藤が「復帰」したら、この本によって藤やまわりの人びとに迷惑を書けるかもしれない、ということだった(実際に引退の決意を語っておきながら、藤は2年後に復帰する)。

その出版されなかった本書が、2013年藤の自殺を機に封印を解かれる。藤の死後、メディアは「精神を病み、永年奇矯な行動を繰り返したあげく投身自殺をした女性」という一行が定着しそうなのを見る。とくに娘の宇多田ヒカルが幼いころから藤圭子の精神の輝きを知らないらしいことを知り、著者は「透明な烈しさが清潔に匂っていた」藤圭子の姿を記録にとどめるべく出版を決意する。

上掲の喉の手術は、おそらく1974年のことと思われる。手術によって声がキンキンした高音になってしまったという。「低音をゆっくり絞り出して……高音に引っ張りあげていって……そこで爆発するわけ。そこが聞かせどころだったんだよ。ところが、その高音が高すぎるわけ。〔…〕ミキサーの機械が、ハレーションを起こすみたいになっちゃうわけ」

「つらいのはね、あたしの声が、聞く人の心のどこかに引っ掛からなくなってしまったことなの。声があたしの喉に引っ掛からなくなったら、人の心にも引っ掛からなくなってしまった」(本書)

手術してすぐのショーのとき、本番の前に音合せをしていたら、盲目の母があの上手に歌っている人は誰だと訊き、本人だといっても信じなかったという。そして引退を決意する。

〈読後の一言〉
本書に沢ノ井龍二という本名で石坂まさを(1941~2013)という藤圭子の“育ての親”である作詞家が登場する。藤曰く、嘘つきで、女と見れば口説こうとする(もちろん藤をも)という。この人には『きずな――藤圭子と私』(2013)という本があるらしい。読んでみたい気もするし、読まない方がいいようにも思う。

〈キーワード〉
藤圭子 引退決意 喉の手術

〈リンク〉
沢木耕太郎□旅の窓
沢木耕太郎□キャパの十字架


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