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正津勉□詩人の愛――百年の恋、五〇人の詩

20131127詩人の愛

げに君は夜とならざるたそがれの
美しきとどこほり
げに君は酒とならざる麦の穂の
青き豪奢

すべて末路をもたぬ
また全盛に会はぬ
涼しき微笑の時に君はあり
とこしなへに君はあり〔…〕

――村山槐多「君に」

少時から詩画に才をみせ、奇矯行動が目だった。

13歳、ポーに心酔した槐多は、幻想と現実を混同して、

グロテスクな仮面をかぶりオカリナを吹きつつ、夜毎に洛東を彷徨した。


16歳、京都府立一中生の槐多は告げられない恋に身を灼く。相手は一級下の「稲生の君」なる美少年。稲生はかのジョコンダを彷彿とさせる「京都一のめでたき少年」だったとか。

――「げに君は酒とならざる麦の穂の」


□詩人の愛――百年の恋、五〇人の詩 │正津勉│河出書房新社│ISBN:9784309014784│2002年07月│評価=○

〈キャッチコピー〉
初恋、不倫、別れ、恋に生き、愛に死す…。詩作の陰に日なたに、さまざまな愛があった。50人の恋愛詩から、その恋人と愛の中身を訪ねる。

〈ノート〉
北村透谷「双蝶のわかれ」から辻征夫「婚約」まで日本の近代詩、現代詩の著名な詩人の「百年の恋のありようを、50人の詩をもってたどる」アンソロジーである。当方が知らなかった詩人は、左川ちか(伊藤整に失恋)、淵上毛銭(寝たきりの病気ながら結婚)、森川義信(ビルマで戦死)の三人。

本書は、詩人である著者が詩を鑑賞するだけでなく、詩が書かれるに至った事実、体験の部分を明らかにしていること。すなわち、「恋のウラ」を取ってみせたことにある。

上掲の村山槐多(1896~1919)は画家だとばかり思っていたが、22歳の生涯で多くの詩を残した詩人でもある。稲生澯(いのう・きよし)という美少年に憧れた。

『槐多の歌へる』(2008、講談社文芸文庫)によれば、……。
17歳の日記(大正2年11月19日)には、「今日われ戯れに『世をこめて稲生の君を思ふ時涙は雨とふりにけるかな』ちょう歌をつくりしに横地そを君に渡せし由にて、放課後野球仕合を見物し君に会いたるに君真赤になり給いて気の毒なりき」と書いている。

「にぎやかな夕ぐれ」という詩はK・Iに捧げられており、「稲生像」という水彩画も残されている。22歳で夭折した天才画家の狂おしき短歌。「わが面のみにくきことに思ひ至りかうもりの如泣ける悲しさ」。

尾形亀之助は吉行あぐりに思いを寄せていたとか、マリイ・ローランサンは堀口大学にぞこんだったとか、万年床に伏した三好達治はその横に去った妻の長襦袢や着物を人の形に並べていたとか、仰臥不動の重患であった淵上毛銭が看護婦を妊娠させたとか、これが著者のいう恋愛詩の「恋のウラ」らしい。

〈読後の一言〉
俳句に親しむ当方は天野忠のこんな挿話に魅かれた。「あるとき天野さんと西脇順三郎氏が南禅寺の庵でお茶をよばれた。そのとき天野さんは言ったとか。『庭は便所の窓からみるのがよろしいな、庭が油断してますさかいに』」。

〈キーワード〉
村山槐多 「恋のウラ」 天野忠

〈リンク〉
山田稔■ 北園町九十三番地――天野忠さんのこと
天野忠■ 耳たぶに吹く風


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