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発掘本・再会本100選★引用句辞典の話│加島祥造    …………☆引用句辞典が文化を継承し、思想と情緒を豊かにする

2019.11.28引用句辞典の話




 これからの日本の読書界には次のような引用句辞典が生まれることを期待したくなるわけです――。

状況に依存せずに独自の着眼点をもつ言葉、
真のアフォリズムやユーモアや機智を備えた言葉、
散文と劇と詩の上で傑出した表現や美しい表現の句


 ――これを第一の規準とする。

 この規準に沿って、単に古来の有名な辞句ばかりか、個性的な表現や深い観察のものを広く現代のなかからも採用する。〔…〕

 以上のような方針をもって古来から現代までのすぐれた表現を集めれば、私たちは標準的な、権威のある大型引用句辞典を持つこととなるでしょう。

◎引用句辞典の話/加島祥造/1990年9月/講談社学術文庫/ISBN:9784061589407/◎


 加島祥造(1923~2015)は多彩な貌をもつ。当方は、最初「クレアモントの秋」という詩の作者、「荒地」の詩人として知った。つぎにエド・マクベイン“87分署シリーズ”の訳者。さらに「老子」に関するさまざまな著作者として知った。

 そしてずっと気になっていたのが本書である。ただ“英語の辞書の話”らしいので敬遠していた。

 さて、本書はまず、教養と実用に引用句辞典が役立つ点を13項目掲げている。たとえば……。

1 ひとつの主題について、さまざまな見解や考え方を知ることができる。
1 スピーチや作文において、適切な言葉を見つけることができる。
1 自分の考えを強調したり印象づけたりするのに、ひとの言葉を引くことができる。


 日本と英米の引用句辞典を比べると大人と子供ほどの違いがあり、日本のものは現代生活に広く深く役に立つものはない、とある。
 『故事熟語大辞典』『金言名句新辞典』など引用句辞典として使える辞典もあるが、大多数は貧弱な“教訓的名言集”の領域から出ていないという。

 また万葉から現代までの傑出した詩文を抜粋した引用句辞典はない(ただし『歳時記』はその役割を果している)。また日本ではまだアフォリズムが収められておらず、アフォリズムとはどんな句を指すかの規準さえ立っていない、と嘆いている。

 かつて謡曲は引用だらけ、和歌や俳文その他の多くの文章も古典からの引用を織りこんでおり、明治になっては幸田露伴がそれを受けつぎ、露伴の文章には仏典や漢詩文や古典、江戸期の川柳や俗語や通俗の口語表現まで含まれていたという。

 が、大正から昭和にかけて自国と中国の過去の文化に背を向け、西欧の古典や文芸からも摂取せず、思想と情緒の流入を断ったことにより、わが国の散文、詩文が乾燥したものになり、衰弱に向かったという。

 本書で引用句辞典待望論が書かれて約30年、まだ現れない。辞典ではないが、引用句を扱ったものに池澤夏樹『叡智の断片』(2007)、鹿島茂『悪の引用句辞典』(2013)があるが、洋の東西をあつかったエッセイである。

 上掲の著者のいう“権威のある大型引用句辞典”をわが国で編纂できる人はというと、思い浮かぶのは丸谷才一(1925~2012)である。だが本人はその気がなかったらしい。『無地のネクタイ』(2013)に「ほしい辞書」というエッセイがある。

 ――ところで、一つ作ってもらひたい辞書がある。引用句辞典である。〔…〕

 英米の家庭でこれを備へつけるのは、差当りクロス・ワード・パズルのためらしいが、あのパズルの出題で引用句からみのものが多いのは、彼らの文化それ自体が引用句に満ちてゐるからだ。
政治家の演説も、新聞の論説も、長篇小説の題も、日常の会話も、典拠を持つことがしばしばである。

 そのへんの事情を最もよく示すものとしては、はじめて『ハムレット』を見た女の人が、「変なお芝居ねえ。誰かが言った文句ばかり集めて書くなんて」とつぶやいたといふ笑ひ話がある。
 かういふジョークを作るやつは偉いよ。


 そのあと、「実はわれわれの文化も、かつては引用づくめだった」として和歌の本歌どり、漢詩文の故事、能の詞章などをあげ、

 明治40年代にはじまる新文学は、古典の糟粕をなめることを嫌って新しい表現を求めた。その態度の基盤としては、社会全体の、旧套を蔑視し進歩を誇る気風があったらう。日本は急速な近代化といふ嵐の海を乗り切るために、古人の名文句や名台詞といぶ積荷を敢へて捨てつづけたのである。

 さらにもう少し……。

 ――一国の言語は、歴史によって然るべく裏打ちされなければ安定を欠き、現在に生き未来に生きつづげろ力を失ふ。そして言語生活が伝統との縁を回復したとき、言葉の花はまづ引用といふ形で咲き乱れるだらう。 (丸谷才一「ほしい辞書」『無地のネクタイ』収録)

 著者も最後に書いている。

 ――引用句辞典のなかに引かれた幾千もの名句や機智の句や警句は、すべてそこにあるかぎり死んでいるのです。その句の精神は生きて働いていない。〔…〕
 自分の心を(心情と知性を)生かし働かすことであり、そのための助けとして引用句がある。そういう自尊と謙譲の融合した精神を持つ人にたいして、引用句辞典はさまざまに、優しく、援助の手をさしのべてくれる。
 (本書)

 本書にはこんな引用句が掲載されている。

見事な言葉だね――ところで、君、それをどこから盗んできたかね。――スイフト



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