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発掘本・再会本100選★ベスト&ブライテスト│デーヴィド・ハルバースタム

2014.02.28ベストブライテスト

これに加え、相手は民族主義的統一要素と、共産主義的統制力をもつ国である。

北爆は彼らの団結を強化した。その指導者は有能で国民から支持されていた。国民は、不屈の精神をもち、自分たちの使命の正しさを信じていた。

新聞報道も、議会の反対勢力も、テレビもない国で、国家を統一し外国人を追い出すという使命だけが、彼らにとって、最高の優先順位を与えられるべき唯一の問題なのであった。

これに対時したのが、自国から1万2000マイルも離れた土地で、目的の曖昧な戦争を戦う民主主義国家なのである。


この民主国家には、長年放置されてきた国内の社会的、政治的課題が解決を求めて山積していた。〔…〕

人口2億の巨大国家が1千7百万のアジアの小国を相手に限定戦争を行ったといわれているが、これは誤りである。問題の本質は、アメリカと違い、相手は全面戦争を戦っていたというところにあった。

――「28 歴史の流れに逆らった人たち」


■ベスト&ブライテスト(上)(中)(下)│デーヴィド・ハルバースタム/浅野輔・訳
│朝日新聞出版│文庫│ ISBN:9784022612618│1999年07月│評価=◎おすすめ

〈キャッチコピー〉
The Best & the Brightest――ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ「最良にしても最も聡明な」人材だと絶賛されたエリート達が、なぜ米国を非道なベトナム戦争という泥沼に引きずり込んでしまったのか。賢者たちの愚行を、綿密な取材で克明に綴るベトナム問題の記念碑的レポート。

〈ノート〉
佐藤優責任編集『ノンフィクションと教養』で、翻訳もので唯一ベスト10に選ばれ、後藤正治『探訪 名ノンフィクション』でも傑作として取り上げられていた本書を、やっと読むことができた。

ケネディ、ジョンソン、ニクソンの3代の大統領のアメリカは、ベトナム戦争の時代であった。ケネディの“最良にしても最も聡明な”スタッフが、ベトナムに介入し、そのスタッフがジョンソンに引き継がれ、泥沼化していった10年間を、ニューヨーク・タイムズのジャーナリストが追ったもの。

第1に興味があったのは、……。ケネディ政権に参集した知識人たちは、“最良にして最も聡明な人たち”であるが、彼らがベトナム戦争生みの親でもある。アメリカが戦争に負けたことが無かったように、彼らも人生に常に勝ってきた。彼らは東部出身の“知的エスタブリッシュメント”であり、しかし“大西洋しか知らない田舎者”であった。そしてジョン・ウェインのようにフロンティアの荒々しさを信じたジョンソン大統領と超エリートたちとの間にかずかずの齟齬を生む。ジョンソン大統領が語る。( )内は、当方の註。

――「重大な決定が下される会議には、フォード自動車会社社長(ロバート・マクナマラ国防長官)、ローズ奨学生(ディーン・ラスク国務長官)、ハーバード・カレッジ学長(マクジョージ・バンディ国家安全保障担当大統領補佐官)、そしてテキサス州立サンマルコス師範学校の一卒業生(リンドン・ジョンソン大統領)が席を並べているのだ」

1964年の時点で、国防長官主任補佐官が数量的に示したベトナム介入の理由は……。
70%は、屈辱的なアメリカの敗北を回避すること。20%は、ベトナムとその隣接諸国を中国の侵略から守るため。残り10%は、将来高校の歴史教科書に、南ベトナム人の生活を向上させるために援助したと記すため。

――閣僚に対しても、「君たちは、勝手にジョンソン政権を抜け出すわけにはいかないのだ」。出て行ったら、「フーヴアー(FBI長官)と国税庁長官に死ぬまで君たちのあとをつけさせるぞ」と恫喝する。

第2は、ホワイトハウスと軍との確執である。いったん戦争が始まればシビリアン・コントロールがきかないという教訓である。

――彼らは、意のままに軍部を統制できると考えていた点で、傲慢だった。緩急自在に軍事的圧力を調節し、それを政治的目的に合致させるということは、いったん戦争に足を突っ込んだ以上、不可能だった。〔…〕文官が将軍を統制する最善の道は戦争を起こさないことである、ということを彼らは気づかなかった。

――文民統制ということがよく言われるが、これは幻想にしかすぎない。政策、情報、目的、手段、すべての領域において、軍部が容赦なく確実に支配的地位を築きあげていくというのが現実である。(本書)

そして第3に、そもそもアメリカがベトナムというアジアの小国に嵌りこんでしまったのは、じつは第2次世界大戦後に中国が共産化することを防ぐことができなかったというトラウマのせいだった。

南ベトナムが負ければ、ベトナム全土、ラオス、カンボジアが“中国化”し、ビルマ、インドネシア、マレーシア、タイ、そしてフィリピンでさえも不安定な状態になり、台湾、韓国、日本にも脅威が急激に増大するだろう、と。しかし「北は外国勢力を排除した人間によって指導され、南は外国人のおかげでその座についた人間によって指導されていた」。

ケネディが大統領になったころ始まったらしいベトナム戦争は、やがて「ケネディは暗殺されたが、自分は生きて拷問にかけられている」とジョンソン大統領が去り、1969年共和党のリチャード・ニクソンが大統領になる。1975年4月サイゴン陥落によってベトナム戦争が終わったとき、ジェラルド・フォード大統領になっていた。アメリカの戦死者5万8千人、ベトナム人の犠牲者は200万人を超えていた。

ベトナム戦争といえば、開高健など作家、ジャーナリストの戦場ルポ、映画では「ディア・ハンター」、「地獄の黙示録」、「プラトーン」、「7月4日に生まれて」、「フルメタル・ジャケット」等々、戦場を扱ったものしか知らなかった。本書は、インタビューを重ねながら、アメリカ政府のさまざまな局面における政策決定のプロセスを明らかにする。読み継がれていくノンフィクションの“古典”である。

当方が観光でホーチミン市(旧サイゴン)を訪れたのは、2008年、終戦から30年以上経っていた。戦争証跡博物館を訪れ、戦場で活躍した沢田教一や市ノ瀬泰三の写真も見たが、フランス時代の建物に魅かれ、つぎは朱色の火炎樹や紫のバンランの花の咲くころに来たいなどと、のんびりした旅だった。

〈読後の一言〉
世界は今、アメリカ、中国、日本を含め重厚なトップが不在である。各国のトップを取り巻く“最良にしても最も聡明な”スタッフは、信頼に値する人びとであろうか。そうであっても過ちは繰り返すもの。

〈キーワード〉
ベトナム戦争 ケネディ大統領 ジョンソン大統領




〈しばらく当ブログを休みます〉

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