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2014. 07. 18  




2014.07.18誘蛾灯

「それでは主文を読み上げます。主文。被告人を死刑に処する」
 そしてこう付け加えた。
「これは裁判官と裁判員、全員で評議を尽くした結果です」〔…〕

 その直後に美由紀が取った態度と発した言葉に私は眼と耳を疑った。裁判官と裁判員に向かって礼儀正しくペコリと顕を下げ、か細くて微かな声で、しかし、私の耳にも確かに届く声で、こう言ったのである。

「ありがとう、ございました」

 判決は美由紀の訴えを一顧だにせず、検察の主張をほぼ丸呑みする内容だった。しかも、死刑である。

なのに、それを言い渡した裁判官や裁判員に向けて「ありがとう」と言って礼を尽くす被告人。
〔…〕

その表情には動揺の色も狼狽の気配もほとんど感じ取ることができなかった。


■誘蛾灯――鳥取連続不審死事件 │青木理│講談社│ISBN:9784062186735│2013年11月│評価=◎おすすめ

〈キャッチコピー〉
 刑事、新聞記者…上田美由紀の周りでは6人の男が死んだ。現場は鳥取、主役はスナックのホステス。筆者は町を歩き、スナックに通い、裁判を傍聴する。美由紀に惚れ、貢ぎ、騙された男たちをみつける。なぜ男たちは肥満のホステスに惹かれたのか?

〈ノート〉
 鳥取連続不審死事件は、鳥取市内のカラオケスナックに勤めていた上田美由紀に係わりのある6名の男が不審な死をとげていたという事件である。2009年、当時35歳だった美由紀は逮捕され、6人の内2人を殺害した罪で起訴され、一審二審とも死刑判決。

 鳥取市、県庁所在市であるとはいえ、人口わずか20万。そのさびれた歓楽街弥生町のスナック。70歳のママはでっぷりと肥えている。ホステスのアキちゃんも60歳を越え、ママと同様の肥満体質である。そしてそこで働いていた美由紀もでっぷりと太った肥満体で、お世辞にも容姿端麗と評せるようなタイプではなかった。

 同じ2009年に発覚した首都圏での連続不審死事件の木嶋佳苗も35歳の肥満体。高級マンションに住み、高級車に乗り、セレブ、婚活、ネット、ブランド品というトレンドで結婚詐欺を働き、何人もの男を殺した。

 他方、鳥取での不審死事件。著者は、その“デブ専”スナックを調査の拠点とし、なんども訪れる。小さいころから嘘をつくことで世渡りをしてきた美由紀という女を調べれば調べるほど、地方の“近未来”が浮かんでくる。

 交通アクセスに恵まれない地方の中心街の寂れ。ジャンクフードにより肥満した女たち、ゴミ屋敷、女のいいなりになる弛緩した男たち、生活保護をうける高齢者……。めったに大事件の起こらない地方の警察、検察、弁護士、裁判所の恐るべき“地方力の劣化”。やがて地方の近未来は全国どこでもこうなるであろうと思わせる。

 一審判決後、美由紀は松江刑務所拘置区に収容されていた。著者とのやりとり。
――判決を言い渡された時、「ありがとうございました」って言って頭を下げてましたね。
「一生懸命にやってくださったじゃないですか、みなさん」
――一生懸命っていっても、検察の主張を丸呑みして、しかも死刑判決でした。
「それは許せないですよ。けど、裁判員の人は苦しかったと思う。だから、言ってしまいました。これは掛け値なく、思わず言っちゃいました」

 美由紀はいまも嘘を吐き続けている。

〈読後の一言〉
 佐野眞一の木嶋佳苗事件を扱ったものは、例によって血脈調査と上から目線で木嶋を断罪する。青木理の本書は、スナックで焼酎を飲みながらの会話を通じて上田美由紀の謎に迫る。それにしても“地方力の劣化”というリアルな近未来を見事に描き出したノンフィクションである。

〈キーワード〉
上田美由紀 死刑 肥満体 近未来 地方力の劣化   

〈リンク〉
佐野眞一▼別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判


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