佐々涼子■紙つなげ!彼らが本の紙を造っている――再生・日本製紙石巻工場
05/ビジネスという甘きもの - 2014年11月11日 (火)

「衰退産業だなんて言われているけど、紙はなくならない。自分が回している時はなくさない。書籍など出版物の最後のラインが8号です。8号が止まるときは、出版がダメになる時です。
ネットが全盛の世の中ですが、もしかしたら、サーバーがパンクして世界中の情報が消失しちゃぅということだってあるかもしれないでしょう。その日のためにも、自分たちが紙を作り続けなければと思っています。
娘とせがれに人生最後の一冊を手渡すときは、紙の本でありたい。
メモリースティックじゃさまにならないもんな。
小さい頃から娘を書店に連れでいくと、『おとうの本だぞ、すごいだろう』と自慢をするんですよ。だから娘は言ってくれる…」
そこまで憲昭が語ると、それを隣で聞いていた礼菜はまぶしそうに笑って、その言葉を継いだ。
「本はやっぱりめくらなくちゃね……。お父さん」
■紙つなげ!彼らが本の紙を造っている――再生・日本製紙石巻工場 │佐々涼子│早川書房│ISBN:9784152094605│2014年06月│評価=△
〈キャッチコピー〉
「この工場が死んだら、日本の出版は終わる……」。絶望的状況から、奇跡の復興を果たした職人たちの知られざる闘い。宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に呑みこまれ、完全に機能停止した。従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。その日から、従業員たちの闘いが始まった。震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクション。
〈ノート〉
企業PRノンフィクションという分野があるのだろう。本書は石巻市にある日本製紙石巻工場の震災からの復興の物語である。
石巻市は3.11大震災で死者・行方不明者約4,000名という最大の被災市である。日本製紙石巻工場は、敷地の南側にある太平洋岸と、西側の工業港、そして東の旧北上川という三方から巨大な津波に襲われ、回復不能と思われる被害にあった。本書によれば、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だったという。
本書は、震災から1年後、工場を訪れた早川書房副社長のお声がかりで書かれた本だという。工場の全面的な取材協力があり、したがってたとえば「石巻工場の震災前の生産量は1年に約100万トン。工場の整理が進み、被災後の2012年には約85万トンをもって完全復旧としている」という文章があるが、“工場の整理が進み”という表現には従業員のリストラが含まれているだろうが、被害1000億円と書いても、リストラは直截的には書かれていない。
また震災前の事件で、古紙を40%使うとしていた年賀はがきの「再生紙はがき」向けの用紙を日本製紙は古紙を1~5%しか配合していなかった“古傷”にも触れていない。
震災直後、工場には流失した巻取(全長15㎞の紙が巻き付いている)を回収する仕事があった。海水につかった紙は重く、少しずつ手で破ったりする気の遠くなる作業だった。巻取の上に瓦礫や車が折り重なって、一つだけの巻取回収のために「ホイールローダー、四トン車、クレーン付きトラック、パッカー車(ゴミ収集車)を手配した」と多大の経費と労力をかけたことを自慢げに書いている。
また「あんたのところの製品さえ入って来なければうちは壊れなかったんだ」という市民からの電話を、「やり場のない怒りを日本製紙にぶつける、ヒステリックな電話」と書いている。
上掲は、本書の主人公の一人、中質紙などを製造する8号抄紙機(全長111m)のオペレーターを束ねる抄造一課の係長の話。その仕事への情熱は十分理解する。本に関して印刷会社や製紙会社は裏方だと思っていたが、文化を支えるプライドには感心した。
が、3.11当日、彼が自宅へ7時間かけて自転車で帰る途中、大川地区の公民館にたどり着く。知り合いの主婦たちから大川小学校の子どもたちが流されたと聞く。彼は大川小PTA会長を務めたことがある。そのときの台詞、「……うそだろう」、「まさか……」の二言のみ。避難準備中の校庭にいた児童108名中74名、教職員13名中、校内にいた11名の10名が死亡した“石巻最大の事件”である。これだけしか書かないのなら、最初から一切触れるなよ、と著者に言いたい。
〈読後の一言〉
最近読んだある小説の一節に、「日本製紙の工場は操業を再開しているようで、煙突から煙が上がっている。だが、それ以外の土地は手つかずと言ってよかった」とある。本書は企業PR本だから仕方がないが、当方は逆に“企業あって地域なし”の印象を受けてしまった。
〈キーワード〉
3.11 製紙工場 企業PRノンフィクション
〈リンク〉
池上正樹/加藤順子□あのとき、大川小学校で何が起きたのか
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