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廣川まさき★私の名はナルヴァルック

2015.03.25私の名はネルヴァルック

日本は、かつての西洋人たちによる、鯨油だけを採り、肉を捨てていた捕鯨とは違い、鯨を尊び、食文化として大切に無駄なく食べてきたことを明確にしなければ、

現在も未来も、日本人から、「賢くてかわいい海洋哺乳類の鯨を、密漁して食べる野蛮人」というレッテルは、はがれないだろう。〔…〕

 エスキモーたちの捕鯨は、何度もいうように命がけの漁である。しかも、鯨以外に食料の乏しい極地の暮らしが、そこにはある。

一頭の鯨が、エスキモーたちの一年の命をつなぐといっても過言ではない。


もはや日本において、鯨は、“嗜好物”以外の何ものでもない。

有り余る物質に囲まれた今の裕福な日本と、極地において大きな鯨の肉が多くの人々の命をつなぐ彼らと、同じ土俵で考えることではない。



*

 アラスカのチュクチ海に突き出た岬にあるティキヤック村。人口約850人。

 ――森林限界域、木がまったく生えていないツンドラが広がり、冬ともなれば氷に閉ざされる極寒の地だ。(本書)

 廣川まさき(1972年生まれ)は、ナルヴァルックというエスキモーの名前を貰い、ここに滞在する。エスキモーの漁師たちの生活を綴ったものだが、上掲の捕鯨についてはここでは触れない。

 核の問題――。
 1958年、ここからわずか40キロの地を、爆で爆破し人口の港をつくる「チャリオット計画」があった。実際にはネバダ州に替わる核実験の場の確保だった。1962年、原子力委員会の計画に、環境活動家とともに地元エスキモーの反対によって、計画は中止される。

 ところが30年後の1992年に判明するのだが、計画中止直後、ネバダ核実験場の放射能に汚染された土砂が、ここに大量に運び入れ埋め立てられていた。

 ――一年のほとんどが氷で閉ざされる永久凍土の大地で放射能汚染物質がどのように浸透するかの調査・実験だった。実験であるために、放射能の漏洩防止処理などいっさい行っておらず、地元エスキモーたちの狩り場であるにもかかわらず、立ち入り禁止という警告もされなかった。(本書)

 この30年、地元ではがん患者が増加し、さらに政府の土壌処理作業に携わった村人が甲状腺がんで死んでいったという。「村人たちは、政府が、まだ嘘をついているかもしれないと思っている。何かを隠していると考えている」。フクシマを彷彿させる事件だ。

 温暖化の問題――。
 アラスカの内陸にあるインディアンの村でクマを仕留めたところ、それがシロクマだったという。シロクマの生息地である北極海からこの村の間には、二千メートル級の山脈が連なっている。こんな内陸の森の奥まで、「よくやってきたものだ」。

 もしも今の日本だったら、「地球温暖化によって、住処を奪われたシロクマ」「ストップ地球温暖化」と悲劇とされるのではないか、と著者はいう。

 ――しかし、このシロクマが、氷上での生活をやめて森への引っ越しを決めた先駆けだったとしたら、シロクマの生命力に未来が見える出来事なのである。動物の生態はそもそも環境に順応して、進化と退化を繰り返し、変化してきた。それは、ごく自然なことなのだ。(本書)

 このほかにも本書は、捕鯨、エスキモーとイヌイットという呼称、グローバル化による村の変化、麻薬と働かない若者など、いくつもの課題を提起する。すなわち、“主張するノンフィクション”である。

★私の名はナルヴァルック │廣川まさき│集英社│ISBN:9784087814613│2010年08月│評価=◎おすすめ│極北の地から捕鯨、温暖化、核実験……、主張するノンフィクション。


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