佐藤優★プラハの憂鬱
10/オンリー・イエスタディ - 2015年05月15日 (金)

「ズデニェクと宗教の話をしたの」とヘレナは、笑いながら私に尋ねた。
「そうです。ズデニェクからチェコの神学と思想について教えてもらい、とても勉強になりました」〔…〕
「ズデニェクは、宗教の話が大嫌いなの。
『信仰がすべての災いのもとで、
宗教を信じる人が不毛な殺し合いばかりを続ける。
カトリック教会とプロテスタント教会が和解し、宗教戦争がなくなったら、今度は民族という宗教が生まれた。
そして、民族的な差異からいがみ合いが生じ、戦争になる。それに加えて、共産主義という宗教も生まれた。そしてまた殺し合いだ』。
ズデニェクからこんな話を聞かされてきたので、私にはこの人がマサルに宗教について話しているというのがとても不思議なの」
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1986年7月から1年2か月の英国といえば、著者が陸軍語学学校に在籍した期間である。前著『紳士協定――私のイギリス物語』(2012)で下宿先の少年グレンとの交遊を描いた傑作の期間でもある。
本書は、英国に亡命したチェコ人古書店主ズデニェク・マストニーク、その妻でケンブリッジ大学の語学教師ヘレンカ、同期の海軍中尉のテリー、テリーの恋人クリスなどマージナルな人々との交流を描いたもの。前著は少年の成長物語、本書は若き著者の自己形成物語である。
といっても、著者が心酔する神学を言葉、心、力、行為の総合としてとらえるチェコの神学者フロマートカ、解体以前のチェコやスロバキア、ソ連の国情などほとんど興味がなく、話も難解で当方には理解できない。
しかしところどころで、例えば、
――イギリス以上に住みやすい国はないと思います。特に亡命者にとって、イギリスはとても住みやすい国です。同時に、イギリス人には外国人を近寄せない、日に見えない膜のようなものがある。
――詩がわからないとロシアの社会に深く入っていくことはできないわ。
といったフレーズが出てきて、先へ進むことを促すのだ。
当方にはまったく縁のない人物や話題だが、若き著者が品格のある人物との知的な交遊の記録が、なぜこれほど知的興奮を呼ぶのだろう。
★プラハの憂鬱│佐藤優│新潮社│ISBN:9784104752089│2015年03月│評価=◎おすすめ│1986年ロンドンでの亡命チェコ人による“知の個人授業”
佐藤優▼紳士協定――私のイギリス物語
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