野村進★解放老人――認知症の豊かな体験世界
07/老人たちの賛歌 - 2015年05月22日 (金)

私は病棟の消灯前、相部屋のベッドで横になっている敏江さんのところに、松香さんが夜間用の紙オムツを小脇にはさんで持っていったのを知っている。〔…〕
ところが、それはなんと使用済みのものなのである。
松香さんは、自分の紙オムツをはずして、敏江さんに届けようとしていた。
「ねえちゃんに、これ持ってきたの」
そばにいる私に気づき、話しかけてくる。きつい尿臭が鼻をつく。
「ねえちゃん、これ持ってきたのに……。あの人(看護師)、持ってってしまったの。いい?」
松香さんが子どもなら、微笑んでうなずいたかもしれないけれど、この場合そうもいかない。
*
本書は、山形県にある精神病院の重度認知症治療病棟の患者を、長期にわたって取材し、人生の先達たちの日々に“救い”を探し求めたもの。「俗世の汚れや体面やしがらみを削ぎ落として純化されつつある魂」を追ったノンフィクション。
年下の女性を「おねえさん」と慕う上掲の女性、これは老残を描いたものではない。
あるいは、こんなケース。「初秋の未明には、時蔵さんがまたモヨエさんのベッドに潜り込み、抱き合って 寝ているところを、深夜勤の女性看護師に見つかっている。ふたりとも下半身裸で、失禁していたという」。
家族の失望、寂寥、喪失感は、苦悩、徒労、絶望へ。けれど本人は俗世、しがらみ、過去の重しを解き放たれ、超俗、生まれたまま、そして恍惚の世界へ。
読むひとにとって、この病棟の認知症患者の世界を地獄と思うか天国と思うか。だが著者は認知症の中に「救済が内包されている」と見るのだ。
当方は、認知症の世界は、現世ではなく既に“あの世”なのだと気づいた。
★解放老人――認知症の豊かな体験世界│野村進│講談社│ISBN:9784062164252│2015年03月│評価=◎おすすめ│重度認知症治療病棟から認知症を”救い”の視点から見直す。
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