神山典士★ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌
01/ジャーナリスト魂・編集者萌え - 2015年07月26日 (日)

会見では、当然のことではあるけれど、佐村河内を崇拝するような番組を作ったNHKの記者や、これまで佐村河内のインタビュー記事を何本も掲載してきた全国紙の記者たちからもたくさん質問が出た。
時には新垣を詰問するような、佐村河内を断罪するような内容の質問もあった。
だが世間から見れば、私を含めたマスメディア全体が、
ある意味で佐村河内の虚構づくりに加担した「共犯者」であることを忘れてはいけない。
たとえそれが無自覚ではあっても、私たちは「障害者、被爆二世、クラシックの長大な交響曲」という3つの物語にやすやすと乗ってしまったのだ。それが「売れる」と思って。
つまり私たちは佐村河内と同じ穴の貉ではないか。「売れるが勝ち」という、市場原理に踊らされた者として――。そのことを訴えたかったのだ。
*
現代のベートーヴェンと騒がれた聴覚障害の作曲家佐村河内(さむらごうち)守は、実は耳も聞こえ、作曲は新垣(にいがき)隆というゴーストライターが行っていた、と世間を騒がせた2014年の事件。嘘の上に嘘を重ねる佐村河内、流されるままに流れていく新垣、二人の“犯罪”はともかく、その生き方は興味深い。しかし、ここで問題にしたいのは、著者神山(こうやま)典士の“はしゃぎぶり”である。
狭い世間というか、何とも不可思議な構図なのだ。Mさんという先天性四肢障害をもつ少女ヴァイオニストがいる。2001年、Mさんが4歳のころから彼女のヴァイオリン発表会でピアノの伴奏をしていたのが新垣隆である。2009年、Mさんが小3のころテレビ番組で紹介された。それを見て、Mさんに手紙を出したのが佐村河内守である。
2011年佐村河内の企画によるMさんのヴァイオリン・コンサートが開催され、Mさんは佐村河内から贈られた「左手のためのピアノ曲 MIKU1」を演奏する。著者である神山典士は、ここで佐村河内とMさんに出会う。
この光景を見て、この夜二人に初めて出会ったわたしは、とてもおどろきました。
――片腕のない子がピアノとヴァイオリンを演奏するだけでも大変なことなのに、その曲を作ったのが、耳がまったく聞こえない作曲家とは――。(『みっくん、光のヴァイオリン』)
そしてのちに判明するが、Mさんの伴奏者新垣隆と、Mさんに曲を贈った佐村河内守は、その15年前からの知り合いであり、新垣は作曲家佐村河内のゴーストライターを務めていた。Mさんに佐村河内が贈った「左手のためのピアノ曲 MIKU1」は、Mさんのピアノ伴奏者新垣が作った曲だったのだ。
新垣は佐村河内から「ヴァイオリンを弾く義手の女の子」のための曲を頼まれたとき、それはMさんのことであることに気づくが、佐村河内には話さないで引き受ける。(新垣隆『音楽という〈真実〉』)
この頃から佐村河内、新垣の二人はMさんとその家族をだましていたのである。ゴーストライター騒動の発端は、佐村河内の無理難題(たとえば舞台に登場して観客の前で義手を装填せよ)に耐えられなくなったとMさんの両親が新垣に漏らしたところ、新垣が佐村河内は楽譜も書けない人で、実は古い付き合いで、と告白する。両親は『みっくん、光のヴァイオリン』の著者神山にそのことを打明け、2014年1月、Mさんの両親、新垣、著者神山が善後策を相談する。Mさんが佐村河内の“ペテンぶり”を知っている以上、このまま放置すれば、
――「この世の中は嘘も突き通せば通用する」と思わせてしまうことになる。それでいいのか。ここは大人がふんばって、子どもたちに恥ずかしくない世の中にしていかなければいけないのではないかと説得して、同年2月6日、新垣氏の単独謝罪記者会見を開くに至った。(『ゴーストライター論』2015年4月)
さて、著者神山典士である。
神山は、その著『みっくん、光のヴァイオリン』(2013年1月)のなかで、2009年Mさんと佐村河内が初めて出会ったときのことをこう書いている。
――その日、みっくんがヴァイオリンを演奏すると、佐村河内さんはヴァイオリンに手を当てながら、じっと目を閉じていました。そうすると楽器の震動が指から伝わって、音が聞こえるというのです。「すごい人だな〜」と、みっくんは改めて思いました。
なんとも嘘くさい話である。さらに……。
――こうして二人は、初めて出会った瞬間に、おたがいの音楽的なすごさをみとめあったのです。〔…〕守さんには、耳が聞こえなくても、世界に通用する曲を作っていきたいという夢がある。(Mさんには)、右手がなくてもピアノやヴァイオリンを弾いていきたいという夢がある。二人は障害を持ちながらも同じ音楽への夢を追っている。(『みっくん、光のヴァイオリン』)
神山の著は佼成出版社の「感動ノンフィクションシリーズ」の1冊として出された児童書である。障害を持つ音楽家同士の師弟愛を軸にしたけなげな少女の成長物語である。「取材を終えて佐村河内さんの家でバシャリ!一番左が筆者」という写真も、「このころには、ヴァイオリン用の特注の義手を使って演奏するようになった」という演奏するMさんとその後ろでピアノ伴奏をする新垣が写った写真も掲載されている。発行部数3000とはいえ、全国の図書館や学校図書室に配架され、多くの小学生に読まれたと考えられる。
新垣のゴーストライター謝罪会見の場で、神山はこう発言している。
――「神山と申します。今回、この記事を書かせていただきまして、一つだけ皆さんに聞いていた だきたいことがあります。実は今日この会場に来る途中にメールがありまして、義手の女の子のことを主人公にした私の児童書――去年の正月に出たものですが――は今日の段階で出版停止にします、ごめんなさいというメールが出版社からきました。仕方ないとは思いながら、とても悔しい、悲しい思いをしながらこの会場まで来たわけです。〔…〕
同時に、私も自分の作品がこれ以上読んでもらえないということになりましたから、この事件の被害者ということにもなります」(『ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌』)
なんという厚顔であろう。上掲のように「私を含めたマスメディア全体が」云々と他人事のように書いているが、少なくとも活字の世界でのマッチポンプの張本人は神山である。その神山が“被害者”である、とは笑わせる。その後、プロデューサー気取りで新垣隆のコンサートを企画したり、自らのゴーストライター歴の言い訳として「ゴーストではなく、チームライティング」と呼べと主張したり、このはしゃぎぶりはどうだろう。
★ペテン師と天才――佐村河内事件の全貌│神山典士│文藝春秋│ISBN:9784163901848│2014年12月│評価=○│週刊文春が告発した佐村河内守のゴーストライター事件の全貌。大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)受賞。
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