02/作家という病気│T版 2015年4月~8月
02/作家という病気 - 2015年09月03日 (木)
02/作家という病気│T版 2015年4月~8月

**2015.05.05
★重金敦之『食彩の文学事典』
「今は身を水にまかすや秋の鮎、とか、死ぬことと知らで下るや瀬々の鮎、とかいう昔の句があってね。どうやら、わたしのことらしい」(川端康成『山の音』)★重金敦之『食彩の文学事典』○2014
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『食彩の文学事典』は食の歳時記的な要素に、食べる喜びと読書の楽しみを味わって、と重金敦之の労作。鰹、鱧、桜桃、西瓜、うどん、炒飯、コロッケ、醤油など、小説、エッセイの“食の場面”を綴ったもの。「鮎」では、康成のほか獅子文六、夢枕獏、開高健、井伏鱒二、丹羽文雄、谷崎潤一郎、立原正秋と(ちょっと古いが)錚々たるメンバーが登場。
**2015.05.20
★柳美里『貧乏の神様――芥川賞作家の困窮生活記』
わたしは、書くことで自分に他人を宿し、読まれることで自分を他人に託すことによってしか生きられないので、生きているうちは書くことを手放せない。★柳美里『貧乏の神様――芥川賞作家の困窮生活記』○2015
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『話の特集』『噂の真相』時代から唯一続く『創』。編集兼発行人の篠田博之は良心的な出版人と思っていた。『生涯編集者』にも自らの報酬はゼロで親の金まで『創』に充てていると記述。ところが長年にわたる原稿料未払いを柳美里に公表されると、零細企業の親父が脱税の言い訳するような醜い発言を繰り返す。そういうのをブラック企業と言うんだよ。
**2015.06.05
★尾崎真理子『ひみつの王国――評伝石井桃子』
「石井桃子は子ども好きだっただろうか?」。私は石井にゆかりの人々に取材するたびにこの質問を繰り返した。すると、ほぼ全ての人々から「ノー」に近い答えが返ってきた。★尾崎真理子『ひみつの王国――評伝石井桃子』◎2014
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児童文学の“王国”をつくった石井桃子101歳の生涯を綴った傑作評伝。編集者、翻訳者、出版者、戦争中は秘書、戦後は農場経営、それから児童文学者、家庭文庫の主宰者にして、なによりも作家。児童文学のみならず、戦後の出版界の内情と多彩な人脈とのエピソードが興味深い。
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ところで石井桃子に太宰治が「相当あこがれていました」という話が井伏鱒二のエッセイにあるが、尾崎真理子が石井桃子から直接聞いた話。「だって、太宰さんの訛りはひどくて、何を言ってらっしゃるのか、よくわからなかったから。あれじゃあ、愛は語れないわね」
**2015.07.27
★宮沢章夫『長くなるのでまたにする。』
広辞苑では、「エッセー」にあたる。「①随筆自由な形式で書かれた、思索性をもつ散文。②試論。小論。」ここでなにより注目しなければならないのは、「思索性」の問題である。私は「思索」していただろうか。★宮沢章夫『長くなるのでまたにする。』
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宮沢章夫といえば、以前『東京大学「80年代地下文化論」講義 』『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』を読んだが、エッセイ集は初めて。タイトルのつけかたがかっこいいし、中身は全編、脱力系。しかし劇作家らしく計算し尽くされている。蒸し暑い昼下がり、本書を読みつつ、つい昼寝。
**2015.08.12
★校條剛『作家という病』
作家であるということは、ある恍惚感を伴う。そうでなければ、一字ずつ文字を刻んでゆく地味で厳しい仕事を続けていけるわけがない。★校條剛『作家という病』
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小説雑誌華やかなりし昭和の「小説新潮」編集長だった著者によるエンターテイメント系作家の常軌を逸した“過剰さ”のエピソードを綴る。物故した作家21人の追悼の書であり、“なつかしのメロディ”である。

**2015.05.05
★重金敦之『食彩の文学事典』
「今は身を水にまかすや秋の鮎、とか、死ぬことと知らで下るや瀬々の鮎、とかいう昔の句があってね。どうやら、わたしのことらしい」(川端康成『山の音』)★重金敦之『食彩の文学事典』○2014
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『食彩の文学事典』は食の歳時記的な要素に、食べる喜びと読書の楽しみを味わって、と重金敦之の労作。鰹、鱧、桜桃、西瓜、うどん、炒飯、コロッケ、醤油など、小説、エッセイの“食の場面”を綴ったもの。「鮎」では、康成のほか獅子文六、夢枕獏、開高健、井伏鱒二、丹羽文雄、谷崎潤一郎、立原正秋と(ちょっと古いが)錚々たるメンバーが登場。
**2015.05.20
★柳美里『貧乏の神様――芥川賞作家の困窮生活記』
わたしは、書くことで自分に他人を宿し、読まれることで自分を他人に託すことによってしか生きられないので、生きているうちは書くことを手放せない。★柳美里『貧乏の神様――芥川賞作家の困窮生活記』○2015
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『話の特集』『噂の真相』時代から唯一続く『創』。編集兼発行人の篠田博之は良心的な出版人と思っていた。『生涯編集者』にも自らの報酬はゼロで親の金まで『創』に充てていると記述。ところが長年にわたる原稿料未払いを柳美里に公表されると、零細企業の親父が脱税の言い訳するような醜い発言を繰り返す。そういうのをブラック企業と言うんだよ。
**2015.06.05
★尾崎真理子『ひみつの王国――評伝石井桃子』
「石井桃子は子ども好きだっただろうか?」。私は石井にゆかりの人々に取材するたびにこの質問を繰り返した。すると、ほぼ全ての人々から「ノー」に近い答えが返ってきた。★尾崎真理子『ひみつの王国――評伝石井桃子』◎2014
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児童文学の“王国”をつくった石井桃子101歳の生涯を綴った傑作評伝。編集者、翻訳者、出版者、戦争中は秘書、戦後は農場経営、それから児童文学者、家庭文庫の主宰者にして、なによりも作家。児童文学のみならず、戦後の出版界の内情と多彩な人脈とのエピソードが興味深い。
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ところで石井桃子に太宰治が「相当あこがれていました」という話が井伏鱒二のエッセイにあるが、尾崎真理子が石井桃子から直接聞いた話。「だって、太宰さんの訛りはひどくて、何を言ってらっしゃるのか、よくわからなかったから。あれじゃあ、愛は語れないわね」
**2015.07.27
★宮沢章夫『長くなるのでまたにする。』
広辞苑では、「エッセー」にあたる。「①随筆自由な形式で書かれた、思索性をもつ散文。②試論。小論。」ここでなにより注目しなければならないのは、「思索性」の問題である。私は「思索」していただろうか。★宮沢章夫『長くなるのでまたにする。』
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宮沢章夫といえば、以前『東京大学「80年代地下文化論」講義 』『NHKニッポン戦後サブカルチャー史』を読んだが、エッセイ集は初めて。タイトルのつけかたがかっこいいし、中身は全編、脱力系。しかし劇作家らしく計算し尽くされている。蒸し暑い昼下がり、本書を読みつつ、つい昼寝。
**2015.08.12
★校條剛『作家という病』
作家であるということは、ある恍惚感を伴う。そうでなければ、一字ずつ文字を刻んでゆく地味で厳しい仕事を続けていけるわけがない。★校條剛『作家という病』
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小説雑誌華やかなりし昭和の「小説新潮」編集長だった著者によるエンターテイメント系作家の常軌を逸した“過剰さ”のエピソードを綴る。物故した作家21人の追悼の書であり、“なつかしのメロディ”である。
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