fc2ブログ
l>
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

青山文平■白樫の樹の下で

20161210白樫の樹の下で



 5年前、佐和山道場の門弟は登たち3人だけだった。
 正しくは、かなりの人数が押しかけて結局3人だけが残った。

 3人が並外れて剣術を好んだことは確かだが、3人には剣術の他に止まるべき枝がなかったと言ったほうがより事実に近い。

 木剣の重みを感じていないことには、己がどこに落ちて行ってしまうか分からない危うさを常に抱えていた。
〔…〕

 あの頃は、薪1本でも手にすれば、直ぐに怖さを忘れてしまえるほどに身の置き所がなかった。
その危うさが尋常ではなかったからこそ、漂泊の剣客、佐和山正則も敢えて3人を遠ざけなかったのかもしれない。


■白樫の樹の下で|青山文平|文藝春秋|2011年6月|ISBN:9784163807201 |○

 上掲の佐和山道場の3人とは、村上登、青木昇平、仁志兵輔である。タイトルの「白樫の樹」とは、道場のある深堀河内守の屋敷にそびえる樹齢100年を超えるえる大木、3人の友情のシンボルであろうか。

 竹刀と防具の掛かり稽古の錬尚館に道場破りが現れると、より厳しい木刀の形稽古で鍛えた3人はその相手をしている。
 
 連続無差別殺人事件が起こる。武士4人、町人1人、夜鷹1人が辻斬りにあう。凄惨を極めた殺人であった。ミステリ仕立てなのでストーリーは紹介できない。しかしこんな文体である。

 ――この天明の世ならば誰が下手人になってもおかしくはない。
 天明3年以来、飢えぬための営みはあまりに長く続き、一方で中洲辺りはいよいよ不夜城のごとく江戸湊に浮かび上がって、そこでは狂歌などという倦んだ言葉遊びがけっして飢えぬ者たちの間で垂れ流される。

 どう足掻いてもそこに加われぬ者がいよいよ路傍の土筆などに手を延ばす羽目に陥れば、誰もが従容と骸になるのを待つとは限らない。
 剣の腕を頼む者ならばなおさら、飢えへの不安を知らない顔を乗せた胴体を斬り刻んで、誰にも了解されることのないそれまでの苦闘との帳尻を合わせようとするかもしれない。
(本書)

 田沼意次から松平定信へ治世が移る時代の江戸の様子を描きながら、天明の閉塞感のなかで貧しい暮らしをする3人の生き方を追う。

 読後気づくのだが、事件の伏線は随所に張ってある。だが、狂言回しをつとめる役者のような蝋燭屋の次男坊巳乃介という不可思議な人物が途中で消えてしまうのがなんとも惜しい。


関連記事
スポンサーサイト



トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

検索フォーム

最新記事

カテゴリ

リンク

平成引用句辞典2013.02~

RSSリンクの表示

QRコード

QR