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青山文平■鬼はもとより

20161211鬼はもとよ



「優しさです」
間を置かずに、清明は答えた。
「貧しい国ゆえの優しさなのです」〔…〕

「この国では、“喰うや喰わず”は、比喩ではありません。飢饉でもないのに、喰えずに人が死にます。いつしか、人を追い詰めないのが習いとなりました。追い詰めれば、そこに死が口を開けると分かり抜いているからです。

藩士が御勤めに出て来ずとも、藩からの借財を返さずとも、注意をするのみで、それ以上の詮議はしないのが当り前になっていきました。

ほんとうに貧しい国では、誰もが人に対して曖昧に、優しくならざるをえないのです。

父もまた、〔…〕いつしか、自身も腹を切れない、というよりも、腹を切るということを思いつくことができない武家になっていたのです



■鬼はもとより|青山文平|徳間書店|2014年9月|ISBN: 9784198638504|◎=おすすめ

 北の海岸線の長い国でどんこ汁が名物とあるから岩手県の旧藩が舞台のようだ。東北地方に被害をもたらした宝暦の飢饉で島村藩1万7千石は病弊し、政治経済は混迷を極める。そこで小判など正貨の代わりに紙に印刷された藩札を流通させることによって産業を新興し打開を企てようとする。

 かつて小藩で藩札掛を経験した奥脇抄一郎は、島村藩執政梶原清明、その甥梶原講平の要請を受け、コンサルタントととして藩立て直しに参画する。

 というのがメインのストーリーだが、上掲にあるように武士の生き方がもう一つのテーマである。

 だが本書の面白さはそれだけでなく、司馬遼太郎の「余談だが……」と同様、間奏曲のように入る“無駄話”“うんちく”のたぐいである。たとえば……。

 ――諭せば通じるはずだと思った。が、抄一郎が並べた道理は、ことごとく訳の分からぬ言い分で跳ね返された。なんで、それほどに依怙地になるのか分からず、いささか面喰らって、些細なことにも理不尽は宿るものだと思った。〔…〕

 抄一郎の知る限り、その性癖はあらゆる女が備えているように思えた。男勝りの商家の女主人も、捉えどころのない妖しさを醸している囲われ者も、まだ可憐さを残す武家娘も、その点においては変わることがない。美形も、醜女も、老女も、若い女も、少女も、学問があるかないかも一切、関わりがない。
(本書)

 それは「己の非を非と認めない」という女の本質である。

 たとえば、また、「作事」は知っていても「中作事」という言葉には初めて出合った。

 ――船を長持ちさせるためには、補修が欠かせない。通常は造ってから7年目でノミ打ちをする。木組みが緩んでくるので、槙の木の皮でできた水洩れ止めを繋ぎ目に打ち込むのである。そして、11年を過ぎた頃には、垣立や屋倉など、甲板の上の造作をすべて取り替え、傷んだ船材を新材にして、釘や鎹(かすがい)も抜き替える。この大補修を、中作事と言った。(本書)

 さて、メインテーマのすさまじい武士の生き方だが、以下のみ引用する。

 ――武家にできて商人や百姓にできぬことが、一つだけ残る。
 死ぬことだ。(
本書)

青山文平■白樫の樹の下で


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