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2017. 05. 03  
2017.05.03ノンフィクションの言語




 松本氏の連作、『日本の黒い霧』が書かれる。

 これは、名実ともにノンフィクション言語で書かれ、内容のうえでも、従来、個人の足と目だけを使った、報道記録、すなわち、ルポルタージュとも戴然、境を分った、まさにノンフィクション文学に新紀元を画す問題作というべきもので、

今日のノンフィクション文学の源泉のひとつとして、その重要性は、もっともっと認識されるべきだし、同時に、もっともっと論議されて然るべきだろうと、自分の無能を棚上げして、ぼくなどは、ひそかに口惜しい思いをしている。

 いま、名実ともにノンフィクション言語で書かれていると言ったが、それは、とりもなおさず、『日本の黒い霧』が小説への未練気をきっぱり捨て、ノンフィクション言語こそ、唯一無二の武器だと覚悟して書かれたことを意味する。

 すなわち、名実ともに、小説離れした、ノンフィクション作品が、ここに生まれたのである



★ノンフィクションの言語 |篠田一士|集英社|1985年5月|ISBN: 9784087725223|◎=おすすめ

本書はノンフィクションについて書かれた先駆的名著である。

 1982~85年に雑誌に連載されたもので、「ノンフィクション物と小説作品が重なり合う地点にたたずんで、その境界線を見定め、ノンフィクションのものはノンフィクションへ、小説のものは小説へと、仕分ける」という困難な作業から、卓抜したノンフィクション論を展開するに至る。

 なぜ名著かといえば、そこに扱われている作品群を見れば、その“選球眼”の確かさに驚かされるからである。

 1960年代
松本清張『日本の黒い霧』、上野英信『追われゆく坑夫たち』、石牟礼道子『苦海浄土』、吉村昭『戦艦武蔵」
 1970年代
大岡昇平『レイテ戦記』、鎌田慧『自動車絶望工場』、本田靖春『誘拐』、沢木耕太郎『テロルの決算』など。

 篠田一士は冒頭に本田靖春の「語られる言葉は私たちのものであっても、体験は私たちのものではない」というフレーズを引いているが、たしかに自らの体験ではないが、自らの言葉で書くのがノンフィクションなのだろう。

 ところで、最近読んだ武田徹『日本ノンフィクション史』(2017)で気になるところがいくつかあり(別稿で紹介するつもり)、そのうちここでは「世界ノンフィクション全集」第24巻の丸谷才一の解説を引用した部分について触れる。

 ――丸谷才一は「(自分が)『ノンフィクションの形式』という本を欲している」と書き出す。それはノンフィクションが隆盛を示しているが、その内実の規定が伴わず、玉石混交状態になっているという認識からだ。

「たとえば、松本清張の『日本の黒い霧』などという、小説でもなければノンフィクションでもない、調査者としての怠慢と記録者としての無責任さを小説家(?)としての想像力によって補っている本が好評を博している現状は、日本におけるノンフィクション概念の末成立と密接に結びついていることだとぼくは考えるのである」
(武田徹『日本ノンフィクション史』)

 『日本の黒い霧』を「小説でもなければノンフィクションでもない」と丸谷を引いて、ノンフィクションの歴史のなかで松本清張を位置づけしている文脈なのだが、果たしてそうか。

 文藝春秋社編集者であった半藤一利『文士の遺言』(2017)は、こう書いている。

 ――「文藝春秋」に日本のノンフィクションの先駆的な作品『日本の黒い霧』が連載されることとなり、読者にアッといわせ、これが爆発的な人気をよびこんだ。
 それまでのノンフィクションといえば、インサイド・ストーリーというか、暴露物という印象のみが強かった。たいして、清張さんのノンフィクションは、複雑に入り組んだ現代史を語るにふさわしい条件を、十二分に備えたものとして読者に迎えられた。
 その条件とは、新事実を徹底的に追求し、執拗に取材して関係者の肉声を集め確かめ、どうしても不可解なところには理知的な推理を加え、それを平易に語る真面目な営みということなのである。
(「ノンフィクションの先駆」2008)

 半藤一利は「いまのノンフィクション文学の鼻祖は、まさしく松本清張その人である、といっていいのである」と続けている。

 また本書『ノンフィクションの言語』で篠田は、「『日本の黒い霧』が、日本のノンフィクション文学の発展のために果した意味合いの大きさ、深さを思いやるとともに、ひいては、広い視野において、日本の現代文学そのものにも、なにがしか決定的な効力をおよぼすような結果を確認することができる」とまで書いている。

 武田徹『日本ノンフィクション史』は、「ノンフィクションの方法について検討した貴重な著作である篠田一士の『ノンフィクションの言語』を道案内役としたい」として、本書を長々と引用しながらも、篠田の『日本の黒い霧』の肯定的評価はスルーしている。“史”である以上、『日本の黒い霧』について本書からも引用してほしかった。

 ともあれ本書『ノンフィクションの言語』は、ノンフィクションが文学作品とどのようなかかわりをもち、相互に作用し、混在と共存をしている現状を探ったノンフィクション論の傑作である。

松本清張★日本の黒い霧



   


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