北村薫★遠い唇

20170510

2017.05.10遠い唇


 父がいう。
「この間、ある雑誌、見てたら、エッセー欄に書評書いてる人がいた」
「うん?」

「《さすが》と感嘆した本について、ネットで悪評が並んでいたんだって。

それも、根拠のない非難。全く読めてない連中が、とんちんかんな悪口いってる。


 自分に、その本に立ち向かう体力がないのに、気づいてない。歯が立たなかったんだな。――それなのに、叩かれない蚊が調子に乗って刺しまくるように、気安く傷つけてた」
「怖いねえ」
「読む――のは難しい。そんな評だけ読んだら、駄目な本だと思う。手に取らなくなる。
――《これではいかん》と怒って、《今回は、その本がどうして傑作なのか、どこがいいのか。よく分かるように書く》っていうんだ」

「でも、ネット見た人が皆、その雑誌読むわけじゃないからねえ」

――「解釈」


★遠い唇|北村薫|KADOKAWA|2016年9月| ISBN: 9784041047620|△

 “謎と解明の物語”中心の「遠い唇」「しりとり」「パトラッシュ」「解釈」「続・二銭銅貨」「ゴースト」「ビスケット」という7つの短篇を収める。当方、北村薫の熱心な読者ではないが、詩歌にかかわるものは読んでいる。

 今回は「解釈」という奇妙な短篇について……。

 夫婦と高1の娘が、日曜の夜、食事を終えてぶらりと書店に立ち寄る。3人が手にした本は、太宰治『走れメロス』、夏目漱石『吾輩は猫である』、川上弘美『蛇を踏む』の3冊。ところが「光るマーマレードを全体にまとったような、人間ぐらいの大きさのものが、その場に現れ」て、3冊の本が宙に浮き、吸い取られてしまう。

 場面が変わって……。
 新星探査隊艇長のガルブレン・ガルプレレレン・ガルブレーンたちは、その《本》を翻訳機にかける。《吾輩は猫である。名前はまだない》――ところが著者に「夏目漱石」とちゃんと名前がある。矛盾だ!と艇長はいう。

 ――「過去を回想し、《わたしは当時まだ無名であった》と、謙遜しているのではないでしょうか。――察するところ、この記録完成後、何らかの勲功により、《夏目漱石》という名を得たのかと――」(「解釈」)

 「俳句をやってほとゝぎすへ投書をしたり、新体詩を明星へ出したり、」の部分を翻訳機にかけると、こう出て来る。

 「ことに当たり浮かんだ心の動きを、言葉にまとめた短いものを、ホトトギスという鳥に書いて投げたり、ことに当たり浮かんだ心の動きを、言葉にまとめたものを、太陽系二番目の惑星に向かって提出したり、」

 こんな風に『走れメロス』も『蛇を踏む』も描かれる。そこで、上掲のエッセー欄に書評書いている人の話に戻る。なぜ上掲の落語のマクラのような文章が挿入されているのか。しかもサゲつきで。「解釈」は「ダ・ヴィンチ」に掲載されたものだ。作者は日ごろ自著についてカスタマーレビューで批評され、「そんな評だけ読んだら、駄目な本だと思う。手に取らなくなる」と慨嘆することが多いのではないだろうか。そして“異星の自動翻訳機”のような解釈の書評を嗤っているのではないか。

 というのが当方の謎の解明の“解釈”であります。が、正直に言えば、歯形立たない。なにしろ一筋縄ではいかない作家である。“とんちんかんな悪口”にならぬよう自戒したい。

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