FC2ブログ

江 弘毅・津村記久子★大阪的  …………☆私大阪の人間やけど、だんじりの話聞いてても、外国の話みたいですよ(笑)。

20170627

2017.06.27大阪的


 大阪以外の地方は、〔…〕。もっと粛々としている。

 これ以上発展はしませんがべつに、とか、歴史はありますからべつに、とか、身の丈をきれいに保つことに専心するシンプルさだとか、成長の余地を残したまま、静かにたたずんでいる。

 わたしはときどき、地方都市の駅前から宿までてけてけ歩きながら、このぐらいのおばちゃんでなさが楽でいいなあ、と思う〔…〕

 でももう、大阪という場所は見るからに老獪なのである。

老獪さを隠そうともしてないというか、終始、「そらおばちゃんかて商売やからあんたらにうるさく売り込むで」という態度なのだ。

具体的にどこが? と言われたら、街並みそのものが、としか答えようがないのもなんだか手の施しようがない感じがする。



★大阪的 |江 弘毅・津村記久子 |ミシマ社|2017年3月|ISBN:9784903908922|△

 コーヒータイムに読み切ることができる薄っぺらい100ページ前後の「コーヒーと1冊」シリーズの1冊。
 
 “当世大阪文化”を取り仕切る何人かの一人江 弘毅と大阪生れの小説家津村記久子の対談集。20歳も年上なので江が上から目線になるのは当然だとしても、本書を読むのは大部分が津村ファンなので、「この偉そうなおっちゃん、誰?」となるだろう。知らんけど。

 その対談よりも、津村による「大阪のあかんところだとか、東京でない場所で感じる大阪っぽさ」について書かれた「大阪から来ました」という前説というか巻頭エッセイは、まことに秀逸な大阪論である。以下、引用……。

 ――大阪の人間は、人数の割にまったくニュートラルさを持ち合わせておらず偏っている、というのは、大阪からあまり出たことがなくてもなんとなくわかる。

 ――こんなにうるさいし街全体が厚化粧だし、住んでいる人もくどいのに、意外と個性がないな。

 ――大阪が厚化粧のスナックのおばちゃんだとすると、増床とメニューの拡張のみがビジネスの拡大の手段だと思い込んでいる様子だが、彼女の着手するどれもにだいたい既視感がある、というような感じだ。

 ――長女へのコンプレックスを持つ次女。自分は姉より美人だと言い聞かせながらも、どこかで姉の影響を振り切ることができない。姉のことをさしてかまわないという態度をとりつつ、わたしお姉ちゃんに似てる? とときどき誰かにたずねている。

 ――大阪は、自分で思っているほど美人でもないし、個性もないし、ましてや自由ではない。

 ――大阪はおばちゃんであることから逃れられない。化粧はいくらでも濃くすることができるけど、老獪さを消し去ることはできない。そしてこれまでに覚えた手練手管を、そう簡単に捨てることはできないのだ。 

 当方がもっとも強烈なパンチだと思うのは、対談の最後にかつての岸和田だんじりの“若頭”江に放った津村の一言である。
 
 ――私大阪の人間やけど、だんじりの話聞いてても、外国の話みたいですよ(笑)。

 津村の大阪論各論が読みたい。江の大阪論は、10年古い。10年同じことをしゃべっている。知らんけど。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント
プロフィール

koberandom

Author:koberandom



http://koberandom.o.oo7.jp/a-kensaku/index-zen-sakuin.html

Azensakuin_3

最新記事
カテゴリ
平成引用句辞典2013.02~
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

Pagetop