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2017. 07. 20  
2017.07.20記者と権力


 私にとって忘れえぬ“事件”がある。それは私が社会部長、渡邊は社長兼主筆という関係の時に起きた。湾岸戦争が本格化し、多国籍軍の侵攻が厳しさを増していたころだった。当時の社会面が「街の声」とうたって、戦禍を心配する市民の意見を集めた。

 それを読んだ渡邊は社長でありながら、何階級下か分からないが、社会部長である私に直接電話をかけてきて、「街の声」を止めろ、と怒鳴りつけてきた。理由は簡単である。

酔った人たちが集まる新橋駅前の機関車がある広場、怪しげな服装をした若者たちが渡っている渋谷スクランブル交差点、

そんな場所で集めた「街の声」は市民の意見ではない、
というのが渡邊の考え方だった。


 新聞が民意を正確にキャッチすることは、本当に難しい。「戦争か平和か」という択一的な質問をぶつける記者はいないと思うが、時代が大きく変わろうとしている時、新聞記者が民意を可能なかぎり正確に把握することは、職業上の使命であろう。

「街の声を止めろ」と怒鳴った渡邊であっても、やはり「街の声」に耳を傾けて、ニュースの価値の方向性を探っているはずである。

―― 覚書9 朝日と読売


★記者と権力|滝鼻卓雄|早川書房|2017年4月|ISBN: 9784152096807|△

 本書でもっとも面白かった一節が上掲。

 著者が社会部長、渡邊は社長兼主筆時に湾岸戦争が本格化とあるから、1991年のことと思われる。社長になりたてのナベツネは紙面をすみずみまで目を通していて、気に入らぬことがあれば怒鳴りつけていたことが分かる。このころのナベツネは、まだ鋭いジャーナリストだったのだ。新橋や渋谷が“街の声”というのはせいぜいワイドショーの仕事で、渡邊がワンパターンの記事を叱るのは当然である。

 著者の滝鼻卓雄は、社会部出身で司法記者を長く、やがて社長・会長を10年務める。上掲を読めばわかるが、この程度の“感想”を書くところから、記者としてよりもサラリーマンとして優秀だったように思われる。

 「私も含めて近年のジャーナリストは、プライバシーなどの基本的人権の尊重や個人情報の保護といった“建前”だけにこだわりすぎて、“建前”を理由にして、真実への接近を怠っているのではないか。あるいは“建前”を口実にして、書かなければならないことを書いていないのではないか」

 と、わざわざ30年来の知り合いの著名弁護士に訊くのである。弁護士の答えは省略するが、自分の考えを書かずに他人の主張を引き出すのは「自分の責任にはならない」という記者根性である。あなたはジャーナリストで、専門だろう。単なるインタビュアーかと言いたくなる。(「覚書5 書くことと書かないこと」)。

 「覚書9 朝日と読売」では、読売の好きな“朝・読”比較である。朝日には“おれこそは”と言い張るスター記者が多いとしたうえで、東電吉田調書報道取り消し事件での朝日の記者体質を批判する。また尊敬する記者として疋田桂一郎と深代惇郎をあげる。そこまではいいのだが、さて、読売にも一人だけ“スター記者”がいる、として30年以上上司・部下の関係だった渡邊恒雄をあげる。以下、朝日の疋田と深代をまくらに使ったかのようにナベツネ褒めまくりである。

 『記者と権力』というタイトルはすごいが、凄腕記者のイメージはなく、全編気配りの人という印象だった。

 そういえば、安倍首相が「憲法改正に関する私の考えは読売のインタビュー記事(2017.5.3)を読んでほしい」と、国会で発言し物議をかもした。この記事で政治部長は「社長賞」(副賞100万円)をもらったそうである。

 また前文部科学事務次官が、安倍首相のお友だちである加計孝太郎の加計学園獣医学部新設問題で、官邸に楯突いたら、読売は社会面で大々的に前川次官は“出会い系バー”に出入りしていたと報じて、官邸の印象操作に加担した。政治部が官邸にべったりは、朝日でも菅直人時代にあったが、社会部が従順というのは読売ならではである。

 かつて読売社会部で活躍した本田靖春(1933~2004)は、朝日の深代惇郎とは同じ時期に警察担当だった。「組織が大きくなればなるほど、個が強くならなければならない。〔略〕かつて、社会部では噛みつくことがよしとされた。噛みつくというのは、弱者である若手が、自分よりも強い上位者に向かって、非を鳴らすことである。社会部で最も忌み嫌われたのは、ごますりであった」と書き残している。

 首相の指南役を自称するナベツネの読売らしく、政治部長も社会部長もナベツネに従順である。いずれ本書の著者のように社長になるのかも知れない。


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