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2017. 07. 26  
2017.07.26枕草子のたくらみ


 これが、清少納言のたくらみだった。

 悲劇の皇后から理想の皇后へと、世が内心で欲しているように、定子の記憶を塗り替える。

定子は不幸などではなく、もちろん誰からも迫害されてなどおらず、いつも雅びを忘れず幸福に笑っていたと。


 その目的は、清少納言自身にとっては、もちろん定子の鎮魂である。〔…〕
 
 ただ、この書は真実ではない、この虚像には騙されない、そう呟く紫式部を別にして。
「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人」

「清少納言こそは、得意顔でとんでもなかったとかいう人」(『紫式部日記』消息体)


★枕草子のたくらみ――「春はあけぼの」に秘められた思い |山本淳子 |朝日新聞出版|2017年4月|ISBN: 9784022630575|○

 平安時代中期の第66代天皇一条帝は、986年に7歳で即位し、1011年に崩御。その時代は、以下のように2行に言い換えてもいいだろう。

関白・藤原道隆・兄 -その娘 中宮・定子 - その女官・清少納言
関白・藤原道長・弟 -その娘 中宮・彰子 - その女官・紫式部 

 清少納言が綴る「枕草子」に描かれる定子は、清少納言より10歳ほど年下で、若く、美しく、理知的で、機知に富み、一条帝とは仲睦まじく、周りに気配りをする女人である。

 だが、父・藤原道隆の死、事件を起こした兄・伊周の大宰府、同・隆家の出雲への左遷、実家・二条宮の焼失、一時出家、実母の死、藤原道長の娘・彰子の中宮に伴い皇后、第三子出産時に崩御、と一条帝に寵愛されつつも多難の生涯だった。

 ――この人生を、なんと形容すべきだろう。浮かぶのはおそらく、波瀾や苦悩という言葉ではないか。にもかかわらず、定子を描く『枕草子』は幸福感に満ちている。紫式部が違和感を唱えるのも、決して筋違いとは言えないのではないだろうか。(本書)

 紫式部「源氏物語」の桐壺帝の寵愛を一身に受けた光源氏の母・桐壺更衣は、定子がモデルではないかと著者は書く。それゆえ、「枕草子」の定子礼讃は「そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らむ。=その空言を言い切った人の成れの果ては、どうして良いものでございましょう」(『紫式部日記』)との清少納言批判になった、という。

 だがそれこそ清少納言のたくらみであった、と。

 ――「春は、あけぼの」に見て取れるように、『枕草子』のものの見方は、花鳥風月から生活文化に至るまで、知性と革新性、明朗快活と当意即妙を旨とした定子の文化から生まれたものである。はじけたバブルとなったその文化を、『枕草子』はバブル崩壊後も、まるで何事もなかったかのように旗印にし続けた。

つまり、『枕草子』が記しているのは、定子のための、ひたすらの〈文学的真実〉なのだ。清少納言はこの優しい〈嘘〉によっで、定子が生きている間は定子を慰め、定子の死後はその魂を鎮めようとした。
(本書)

 当方は山本淳子の大ファンである。
『源氏物語の時代-一条天皇と后たちのものがたり』(2007)
『私が源氏物語を書いたわけ 紫式部ひとり語り』(2011)
『平安人の心で「源氏物語」を読む』(2014)
そして、本書『枕草子のたくらみ――「春はあけぼの」に秘められた思い』(2017) 

 山本淳子は平安朝研究者ではあるが、それ以前に天性の教師である。これほど分かりやすい古典の啓蒙書はほかにない。時代、人物、生活が目に見えるように展開され、わかりやすい現代語訳、そしてときにユニークな解釈。読者として褒め言葉をいくら連ねても余りある。

 本書『枕草子のたくらみ」を読んで、池田亀鑑校訂『枕草子』解説を想いだした。
 樋口一葉の「さをのしづく」の次の一節が引用され「総てが語り尽されているといってもよい程の深い含蓄がある」と書かれている。
「かりそめの筆すさびなりける枕草子をひもときはべるに、うはべは花もみぢのうるはしげなることも、ふたたび三たび見もてゆくに、あはれにさびしきけぞ、この中にもこもりはべる。」

 ――すべて折につけつつ、一年ながらをかし。
すべて、折々につけて、一年中素敵
 (『枕草子』第二段「ころは」)


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