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2017. 08. 14  
2017.08.14夫・車谷長吉


 長吉の句をふと思い出してみる。

「鈍重な男の恋や……」。下五は何だったか、「牛のごと」ではなかったよね、と思い、句集を見てみると、「鈍重な女の恋や黴のごと」だった。

女としているが、自画像っぽい。


長吉には狂気にまごう冴えがあったが、強情といったらなかった。それは鈍重に通ずるところがあったような気がする。黴はいつまでもそこに、心に居つづける。

 私の恋句を一つ掲げる。「わが恋はどの紫の花菖蒲」


★夫・車谷長吉 |高橋順子 |文藝春秋|2017年5月|ISBN:9784163906478|○
 
 車谷嘉彦という当時無名の小説家から、1988年に、「詩集3冊読んだ」云々という独り言のような絵手紙が高橋順子に届く。以来、ほぼ月一度、11通の絵手紙が届く。のち1993年にふたりは“この世のみちづれとなって”、2015年の長吉の死まで夫妻の生活が続く。

 本書は高橋順子によって書かれた小説家車谷長吉(1945~ 2015)・詩人高橋順子(1944~)という“夫妻の年譜”である。

 1990年にふたりは初めて会うのだが、「曙橋の近くで初めて高橋順子さんにお目に掛かった時、私はこの人は弥勒菩薩のような微笑を浮べた人だと思いました」という1993年の手紙が残っている。その末尾に「どうかこの世のみちづれにして下され」とある。長吉にとって順子は一途な“純愛物語”の相方である。

 詩人仲間の新藤凉子がいう。「よくあなたなんかをもらってくれる男がいたもんだ。あなた怖いもん」。ただの弥勒菩薩ではなかった。美しい顔が一瞬にして鬼女になる文楽のガブというからくりの頭(かしら)をもっていたかもしれない。

 ――結婚して2年と4カ月だった。この結婚は呪われたものになった。〔…〕
「このままではあなたを殺すか、自殺するかだ」とたびたび言うので、怖くなり、3本とも包丁を隠す。〔…〕
それでも、治るかもしれない、という希望は私はもっていた。いま書いている長編小説を完成させてほしかった。書かせてあげたかった。
「大学病院の精神科に行きましょう、治るから」と私が言っても、「小説を完成させるまで行かない」と言う。そしてついに「順子ちゃん、ぼく狂ってしまった」と自分でも異常をきたしたことを認める。
(本書)

 強迫神経症であった。

 車谷長吉は『鹽壺(しおつぼ)の匙』(1992)で三島由紀夫賞、『赤目四十八瀧心中未遂』(1998)で直木賞を受賞。当方は、長吉の出身地姫路の近くにいるので、興味を持って読んだが、この作品が既にピークではなかったか。作品によって家族、親族、友人、編集者、作家を“誹謗”し、孤立無援。それを“編集者”として、妻として高橋順子に伴走したもらった69年の生涯。

 『世界一周恐怖航海記』(2006)、『四国八十八ヶ所感情巡礼』(2008)を読んでも、旅の楽しさも生きるヒントも得られなかったし、地元姫路を描いた『灘の男』(2007)も単なるインタビューに思えた。生前に『車谷長吉全集』全3巻(2010)を企画したころから、小説家とし題材に枯渇し、書き残すべきものをもたなかったようにみえる。

 もう一つの肩書「俳人」としての俳句で記憶に残る句。
  人一人殺せしあとの新茶かな
  遠き火事今年最後の大あくび
  名月や石を蹴り蹴りあの世まで


 だが、書きたい作品を残し、よき伴侶に恵まれ、思い残すことのない生涯だったように思われる。これからも少数ながら熱心な読者によって作品は読まれ続けるだろう。

 2016年、車谷の故郷姫路で高橋順子の「車谷長吉という人」という講演をきいた。その日の当方のメモに「陰湿・独善→稚気、哀切というイメージ」と記している。


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