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2017. 09. 01  
2017.09.01日本ノンフィクション史 (2)


 物語分析はノンフィクションの条件を考えるうえで、ひとつの視点を提供することができる。というのも

ノンフィクションの成立とはジャーナリズムが単独で成立するひとつの作品としての骨格を備えたこと、

その骨格を形成するものとして出来事の発生から帰結までを示す物語の文体を持ったことだ


と考えられる。

 だからこそ物語論の分析方法がノンフィクションに関する議論に応用できるのではないか。

 それならば、ジャーナリズムはいつ、どのようなかたちで物語の文体を持つようになったのか。それを検討するために、本書は「ノンフィクション」という言葉が今のように使われるようになった1970年よりも以前に、そうした物語化の源流を遡ってみたい。

――まえがき


★日本ノンフィクション史――ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで |武田徹 |中公新書|2017年3月| ISBN:9784121024275 |△

  ノンフィクションは低迷している。このあたりで一度振り返るしかないのか。たしかに著者が書いているように「ノンフィクション史」としてまとめられた本はない。ノンフィクションを概観できるものとしては、作品中心では佐藤優責任編集『現代プレミア――ノンフィクションと教養』(2009・講談社)、また年表が貴重な石井光太責任編集『ノンフィクション新世紀』(2012・河出書房新社)というムックがあるが……。

 それだけに期待が大きかったが、本書は「ノンフィクション“論”の“史”」に終始し、残念ながら「ノンフィクション史」ではない。なぜか巻末に『世界ノンフィクション全集』(1960~64・全50巻・筑摩書房)全作品リストがあり、その重要性は本書で理解したが、しかしそれが「年表」や「索引」に代わる意味があるのか、はなはだ疑問だ。

 ――ノンフィクションの歴史を書いていて、常に意識させられ続けていたのは大宅壮一の存在だった。最初は全くそのつもりはなかったのだが、本書は大宅の評伝的な性格も半ば持ってしまった。(あとがき)

 とあるように本書は大宅壮一とその一門の作家たちの活動が“史”として大きな部分を占めている。初期のノンフィクション・クラブ、東京マスコミ塾が出版社系週刊誌の興隆ともに語られ、大宅壮一ノンフィクション賞や当方もある漫画家を調べるために利用したことがある大宅壮一文庫が語られる。

 賞にしても、開高健、小学館、新潮などはスルーされ、講談社ノンフィクション賞は、例の石井光太作品にクレームをつけた野村進の問題がイントロでとりあがられているだけ。「石井光太論争」と呼ばれる論争があった、と本書では記述しているが、「論争」として広がりはなかったように思う。

 それはともかく、当方がいちばん気になったのは、『世界ノンフィクション全集』第24巻の解説での丸谷才一の発言が引用されていること。

 ――たとえば、松本清張の『日本の黒い霧』などという、小説でもなければノンフィクションでもない、調査者としての怠慢と記録者としての無責任さを小説家(?)としての想像力によって補っている本が好評を博している現状は、日本におけるノンフィクション概念の末成立と密接に結びついていることだとぼくは考えるのである。(丸谷才一)

 この丸谷説を引いて、ノンフィクションの歴史のなかで松本清張を位置づけしている文脈なのだが、果たしてそうか。これについては、先に当方のブログ(篠田一士『ノンフィクションの言語』)で詳しくふれた。

 本書の武田徹は、「ノンフィクションの方法について検討した貴重な著作である篠田一士の『ノンフィクションの言語』を道案内役としたい」として、篠田が引いた歴史書「春秋」の「經・傳」を長々と引用しながらも、篠田の『日本の黒い霧』の肯定的評価はスルーしている。“史”である以上、『日本の黒い霧』について篠田説も引用してほしかった。

 ――『日本の黒い霧』が小説への未練気をきっぱり捨て、ノンフィクション言語こそ、唯一無二の武器だと覚悟して書かれたことを意味する。
 すなわち、名実ともに、小説離れした、ノンフィクション作品が、ここに生まれたのである。〔…〕
『日本の黒い霧』が、日本のノンフィクション文学の発展のために果した意味合いの大きさ、深さを思いやるとともに、ひいては、広い視野において、日本の現代文学そのものにも、なにがしか決定的な効力をおよぼすような結果を確認することができる。
(篠田一士)
 
 以下、本書への不満を列挙する。

“生涯編集長”元木昌彦がこんなことを書いている。

 ――私の周りには私と同年代の高齢ノンフィクション・ライターがいっぱいいます。若い時は原稿料は安いけど働く雑誌はたくさんありました。〔…〕特にノンフィクションは取材費や資料代がかかります。しかも、ノンフィクションを載せる雑誌も次々に潰れ、出版社も売れないから単行本も出したがらない。〔…〕大宅壮一ノンフィクション賞をとったノンフィクション・ライターでも苦しい生活をしている人が多くて、(以下略)。(『現代の“見えざる手”――19の闇』・2017)

  こういう時代だからこそ、過去に優れた作品を書いたノンフィクション作家たちを“史”のなかで顕彰してほしかった。本書を読んでいちばんがっかりしているのは現役のノンフィクション作家たちだろう。

 せめて「選集」が出版された作家とその代表作に言及してほしかった。梶山季之、柳田邦男、沢木耕太郎の記述はあるが、大森実、開高健、内橋克人、本田靖春、本多勝一、斎藤茂男、後藤正治など。「選集」はないが、立花隆、佐野眞一など。

 さて、本書のオビに「興隆から衰退、そして新しい活路」とある。
 アカデミック・ジャーナリズムとして宮台真司、古市憲寿、開沼博をあげている。宮台は読んだことがないが、古市は『絶望の国の幸福な若者たち』『誰も戦争を教えてくれなかった』で期待し、「コメンテーターにならずに活字の世界で活躍してほしいものだ」と以前書いたが、テレビのほうへ行ってしまった。開沼博は『「フクシマ」論――原子力ムラはなぜ生まれたのか』で刮目したが、以後ノンフィクションとしては見るべきものがない。

 「第5章 テレビの参入」では、テレビのドキュメンタリ―番組など活字ではなく映像でのノンフィクションを記述している。それはいいのだが、“史”としては、調査取材費用が賄えない出版社に代わってNHKのディレクターなどが映像作品制作とセットで紙書籍版のすぐれたノンフィクションを多く上梓した時代があったことに触れる必要がある。

  もう一つ、ノンフィクション史として取り上げなければならないのは、児童ものノンフィクションである。学校図書館に備わった宇宙、乗り物、動物、植物、スポーツ、偉人など子どもたちへ夢をいざなったノンフィクション作品群が長い間出版され続けている。最近ではISILに殺害された後藤健二の『ノンフィクションシリーズ』がある。

 柳田邦男責任編集『同時代ノンフィクション選集』では、「ノンフィクションと呼ばれる表現分野は、事件や社会問題や国際問題のドキュメント、ルポルタージュ、体験記、冒険記・探検記、紀行、伝記・自伝など範囲は広く」云々とあるが、このうち現在は伝記・自伝など「評伝」が中心になりつつある。

  これは取材費、取材時間の問題もある。が、澤康臣『グローバル・ジャーナリズム』にも提起されているが、個人情報の過剰な保護、また冤罪を訴えたり刑事手続きや裁判を検証したりすることが犯罪となってしまう刑事訴訟法「目的外使用の禁止」条項などによって、事件や社会問題のノンフィクションを書くことできなくなっていきつつある現状を指摘しなければならない。

 篠田一士は『ノンフィクションの言語』冒頭に本田靖春の「語られる言葉は私たちのものであっても、体験は私たちのものではない」というフレーズを引いている。たしかに自らの体験ではないが、自らの言葉で書くのがノンフィクションなのだろう。上掲の武田徹の「物語の文体を持ったジャーナリズム」も同じ意味だろう。

 ノンフィクションについてストイックな考えをもつ角幡唯介という大型新人の登場が2010年。アカデミック・ジャーナリズムも悪くはないが、本筋のノンフィクションの新たな書き手の登場を促すようなノンフィクション“史”を著者には期待したい。

篠田一士★ノンフィクションの言語

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