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2017. 09. 05  
2017.09.05名君の碑


「かえりみまするに天守閣とは、織田信長公の築きたまいし安土城のものがはじまりだったのではござりますまいか」

 さらに、正之はことばをついだ。

さりながら豊臣家が大坂城に滅ぶまで、天守閣がいくさのおりに要害として役立った例は史書に見えませぬ。

すなわち天守閣とは、そこに登りさえすればただ遠くまで見えるというだけのしろもの。


 大火後の公儀の作事がさらに長引くならば下々の暮らしむきの障りになるやも知れず、いまはかようの儀に国家の財を費すべき時にあらず、とそれがしは愚考つかまつります」


★名君の碑 保科正之の生涯 |中村彰彦 |文藝春秋|」1998年10月/文庫版2001年10月|ISBN: 9784167567057|〇

 当方の東北ひとり旅シリーズは、福島県を残すのみとなったが、体調を崩し、断念したままである。そこで福島ゆかりの本書を手にした。

 将軍家光の異母弟にして、のちの会津藩中興の祖保科正之は、その輝かしい功績は知られることなく、歴史に埋もれていた。それはもちろん明治薩長史観による朝敵会津だからだろう。未読だが、中村彰彦には、『保科正之――徳川将軍家を支えた会津藩主』(1995)、『保科正之言行録――仁心無私の政治家』(1997)の著書があり、光をあて、歴史に再登場させた。

 保科正之が四代将軍家綱の輔弼役としての功績を、著者は列挙する。

1 家綱政権の「三大美事」の達成(末期養子の禁の緩和、大名証人〔人質〕制度の廃止、殉死の禁止)。
2 玉川上水開削の建議。
3 明暦の大火直後の江戸復興計画の立案と、迅速なる実行。


 このうち明暦の大火は、江戸時代最大の火事で、江戸の町の6割が焦土と化し、10万人が焼死した。このときの保科の判断。

1 火事が城に迫ったとき、天下のあるじ家綱を軽々しく城外へ非難させるのはもってのほか、と反対。
2 幕府の米蔵が焼けたとき、火を消して米を持ち出せ、すなわち窮民は火消しに、蔵米は救助米にと一石二鳥の案。
3 諸大名に帰国を命じ、米の需要を減じ、米価を安定。
4 主要路の道幅を6間(11m)から10間(18m)になど大胆な復興計画。

上掲の天守閣再建問題は、そのときのもの。この江戸城の天守閣はついに再建されなかった。明治以降、宮城、皇居と名を変えた。もし天守閣が復活していたら、天皇家はこれほど親しみをもって存在したか疑問である。

 保科は、高遠藩、山形藩、会津藩と国替えがあるのだが、住民たちも保科を慕いついてきた。

  ――今日も長野県高遠町と福島県会津若松市とに、共通する姓が多いことは知る人ぞ知る事実。会津若松市のそば屋にかならず「高遠そば」という品書きがあるのも、正之にはじまった両地方の歴史的むすびつきを示す事例のひとつだ。

 いずれにしても、去った土地では惜しまれて臼ひき唄に歌われ、あらたに統治した土地で善政をまた唄に歌われた大名というのも珍しい。
(本書)

 会津藩主としての業績は、飢饉の年にも餓死者がなくなった社倉制度の創設、また間引の禁止等がある。そして、「あんずの種をそっと土に埋めるように、生涯を閉じる前にわが会津藩に不変不動の精神を植えつけておきたい」と会津藩の憲法である家訓十五ヵ条の「会津藩家訓」の制定。

一、大君の儀、一心大切に忠勤を存ずべく、列国の例をもってみずから処(お)るべからず。
もし二心を懐(いだ)かば、すなわちわが子孫にあらず、面々決して従うべからず。


 「徳川将軍家に対しては一心に忠義に励み」云々というもの。歴史の恐ろしさは、保科正之から200年後、9代藩主松平容保が家訓にそって京都守護職を受け、戊辰戦争を経て、“賊徒首魁”会津藩は下北半島の斗南藩に移封(10/1に縮小)。石光真人編著『ある明治人の記録』の柴五郎のことばを使えば、「挙藩流罪という史上かつてなき極刑」となる。

 さて、当方、福島へは以前、猪苗代湖を見下ろす磐梯山の麓に宿泊、会津若松の県立博物館へ、また福島市へ出張の折は県立美術館を訪ねたことがある。

 そこで今回のひとり旅は、旧磐城平藩(保科正之の正室は磐城平藩主内藤政長の娘菊姫)であるいわき市、その3.11の傷跡のままの海岸線を塩屋岬まで車で走ること、大内宿を経由して只見川河畔に泊まり、会津柳津町の斎藤清美術館を訪ねることを考えていた。その木版画の会津の風景が今も車窓に残っているのを祈って……。

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