発掘本・再会本100選★楔の塔――羽黒山五重塔仄聞|久木綾子 …………☆89歳の作家デビュー

20170928

20170928禊の塔


 幸正は、五層目の屋根の野地板を張るとき、どうしたら壮太の仕事がやりやすいかを考えた。〔…〕
 
 しかし、五重塔はお互い初仕事だし、生涯に、再びめぐり合うとは考えられぬ大仕事だ。得心のいく仕事を競い合い、この塔を後世に残したい。堂塔の姿、形の美しさを支えているのは、実際は、見えない部分の構築力と均衡である。だが、人はそこまで想像できない。

 人が塔を見てまず魅了されるのは、屋根の反りの美しさ。それを支える茸材の静まり方であろう。〔…〕

 つまり屋根の美しい線は、見えない場所に反りを加工した棟梁の理想(夢)と、それに合わせて何万枚かの木羽を積んでいく葺師の技にかかっている。


 二人の呼吸がぴったりと合わねばならぬ。


★楔(みそぎ)の塔――羽黒山五重塔仄聞 |久木綾子 |新宿書房|2010年7月|ISBN: 9784880084060|〇

 久木綾子は、1919年東京生まれ。若いころ同人誌に参加し小説を執筆。結婚後は主婦専業。夫の没後、2008年に『見残しの塔――周防国五重塔縁起』を刊行。89歳の作家デビューで一躍脚光を浴びる。

 『見残しの塔』の瑠璃光寺は、山口市にある大内文化を伝える寺院。境内は香山公園と呼ばれ、池のほとりに五重塔がたつ。室町中期にその五重塔建立に関わった番匠たち、交錯する男女を描いた歴史小説。
 
 若き宮大工左右近(さうちか)はできあがった塔に、自分の齢と年月日、筆で書き込み花押を入れる。
嘉吉二年二月六日
比のふでぬし弐七


 これは大正4年、解体再建中に発見された墨書。
 嘉吉2年は、1442年、室町時代である。「誰のために、塔を建てているのか?」と問われ、「塔のためです。塔が満足してくれるように。それだけを考えて造っています」と左右近は口にする。

 当方、瑠璃光寺五重塔は、観光バスで半時間ほど留まっただけだが、池と樹木に囲まれた優美な姿の塔だという記憶がある。
20170927禊の塔2

 さて、久木綾子の第2作『楔の塔――羽黒山五重塔仄聞』は、同じく五重塔建立が描かれるが、こちらは南北朝時代。葺師の壮太19歳が中心。宮大工の幸正とともに五重塔の初仕事に挑む。

 当方が羽黒山を訪ねたのは、2015年。芭蕉奥の細道の出羽への一人旅だった。
 参道の入口随神門をくぐると、空気が一変する。樹齢数百年の老杉がそそり立つ。杯やひょうたんの彫られた石段を下り、小さな祓川の朱塗りの橋を渡ってしばらく行くと、左手に600年前の五重塔が見えてくる。爺杉もある。

 『楔の塔』の山伏浄海は幸正に言う。「なんと力強い塔じゃのう。雪に埋まっていると、一層尊いのう」〔…〕「あんた、大した塔を建てたのう。まだ完成していないのに、この炎のような、組み物の勢い」

 上掲は当方が写したものだが、こんな荒々しい木肌を露出し、黙して、仁王立ちしている五重塔は初めてである。塔は、まわりの千年杉に囲繞され、修験者たちを見下ろすごとく立っている。高さ約30メートル、彩色等を施さない素の塔。

 「枓栱(ときょう)が、塔身から暴れ出しそうな勢いだな。火炎のように見える」と描かれたのはこの塔か。5層の屋根の稜線の長さ、反りも見えるが、肝心の木羽(こば)葺きは下からは見えない。

 なぜ五重塔だけぽつんとあるのか不思議だったが、明治時代の神仏分離により、山内の寺院や僧坊が廃され、取り壊され、五重塔のみが残されたらしい。

 塔からは、一の坂、二の坂、三の坂を上り羽黒山頂大鳥居へ1.7kmの石段を行くのだが、当方旅程の都合で自動車道で山頂へ。前日、立石寺(閑さや岩にしみいる蝉の声)の1015段を上ったのに、羽黒山(涼しさやほの三か月の羽黒山)の2446段を上れなかった。だが三日月はないが、羽黒山から残雪の月山、湯殿山を眺めた。

 そして厚さ2.1mもある茅葺に驚いた月山・羽黒山・湯殿山の三神合祭殿にお参りし、銅鏡が埋納されている鏡池、芭蕉像をみて、玉こんにゃくを食べるという当方の旅。

 『楔の塔』は、十和(とわ)という女が登場する。両親が自刃し、赤子の十和が成長し17歳で嫁ぐが、その後離縁。十和の両親の自刃の謎が少しずつ解き明かされるが、最後まで解決に至らない。といった物語が、五重塔の工事と並行して進む。

 著者はあとがきに、「『見残しの搭』も『禊の塔』も、人の世の優さを根底に置き、人間への決して諦めることのない信頼回復の願いを書き綴った」と記す。91歳の著者は、次回作『何の花降る』を予告していたが、刊行されることはなかった。




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