清武英利★石つぶて――警視庁二課刑事の残したもの …………☆ノンキャリアという石つぶてが放つ哀感にじむノンフィクション

20171127

20171127石つぶて


 生きて償ってもらうと中才が言うように、古手の刑事になると、独特の哲学を持つようになる。鈴木も「償い」について、中才に似た思想を持っていた。

 ――松尾が上申書にあるような罪を犯しているのならば、同情の余地はない。しかし、それは償える。生まれつきの犯罪者はいない。環境が人間を変えていくのだ。

 不正を許す環境に身を任せたときに、人間が犯してしまった部分が犯罪であって、その部分だけは責任を取ってもらわなければいけない。

 俺たち捜査二課の刑事というものは、取り調べて、落とし、刑務所に送ることが最後の目的ではない。


人間がその罪を償った後、対等の関係になって、できれば付き合うということが本当の役目なのだ。捕まえることだけが目的ではない。


★石つぶて――警視庁二課刑事の残したもの |清武英利 |講談社|2017年7月|ISBN: 9784062206877|◎=おすすめ

2001年に発覚した外務省機密費流用事件は、外務省のノンキャリア松尾克俊が官房機密費を搾取した事件。1993年10月から1999年8月まで外務省要人外国訪問支援室長だった松尾は46回の首相外遊を担当し、搾取した官房機密費から競走馬14頭、高級マンション、愛人等に費消していた。

 松尾は、たとえば1997年のサウジアラビアでは首相一行が無料の迎賓館に滞在したし、1999年のヨルダンではホテルで休憩しただけなのに、宿泊費をだまし取っていた。といった手口で官邸機密費10億円を自らの口座に入れていた。

事件を追う警視庁刑事部捜査二課は、他の部署の応援を得て総勢162人という捜査陣、情報入手の1999年11月から追起訴を追える2001年6月まで、実に598日を要した大事件だった。

  これは個人の犯罪ではない。たとえば現事務次官杉山晋輔は、斉藤邦彦事務次官の秘書官時代に2億円の機密費を飲食等に使ったことは、『外務省犯罪黒書』等の佐藤優の著作でおなじみであり、歴代事務次官をはじめとした“金と女”にだらしない外務省を弾劾するものだった。

 だが本書は大上段に振りかぶらず二人のノンキャリア刑事と一人のノンキャリア官僚に絞り込んで見事なノンフィクションに仕上げ、その“氷山の一角”から国家のタブーを推し量ることを読者に促すのだ。

 ――警視庁捜査二課には明確な棲み分けがある。
 情報係は汚職情報を収集し一定の裏付けを終えると、それ以降の逮捕、起訴までの捜査を、「ナンバー」と呼ばれる知能犯捜査グループ任せることになっている。つまり、不正の情報を掘り起こす班があり、一方にその事件をまとめあげて逮捕する班がある。捜査も分業なのだ。
(本書)

 その情報収集と裏付け捜査を担当するのが、中才宗義・捜査二課第1知能犯情報係主任。富山県出身。国士舘大学夜間学部中退。
 逮捕、起訴までの捜査を担当するのが、鈴木敏・捜査二課第4知能犯第3係主任。福島県出身。専修大学夜間学部卒。
 二人は農家の末っ子。警視庁に年間1500人採用の高卒組である。

 他方、外務省は、サミット準備に関し、Ⅰ種のキャリアやⅡ種の中級職である専門職は、首脳会談の議題や発言要領作成など「サブスタンス(substance)」、あるいは「サブ」と呼ばれる本筋の仕事を担当し、Ⅲ種職員と呼ばれるノンキャリア職員は、「ロジスティクス(logistics)、あるいは「ロジ」と呼ばれる、要人一行の出入国手続きから会場準備、車両やホテルの手配、諸物品の調達に至る後方支援を仕切る。

 そのノンキャリアの“星”、かつ外務省の“三悪人”が、浅川明男、松尾克俊、小林祐武である。
当事件の主役松尾克俊は、神奈川県出身の高卒組、明治大学法学部夜間部中退である。

参考人として取り調べを受けたキャリアは、松尾の仲人でもある“ミスター外務省”国際協力事業団総裁・斉藤邦彦。松尾がかけマージャンの世話をしていた事務次官、川島裕、野上義二、谷内正太郎。大蔵省国際金融局長・黒田東彦(現・日銀総裁)、大蔵省財務官・榊原英資、内閣官房首席内閣参事官・羽毛田信吾(元宮内庁長官)、外務省総合外交政策局総務課長・河相周夫(現・侍従長)などの名前が登場する。そして、機密費問題を封じ込めたい総理官邸に被害届を、事件をもみ消そうとした外務省には刑事告発状を出させなければならない。

 ――鈴木は一枚の写真を取り出して、松尾に見せた。そこに松尾の両親の墓が写っていた。捜査員が撮ってきたのだ。
「嘘をついて、ご両親に恥ずかしくないか。墓の下で泣いているんじゃないか」
鈴木がそう言った瞬間、「わーっ」という慟哭が調べ室に響き渡った。張りつめるだけ張りつめた胸の奥が破裂したのだ。机に突っ伏した松尾の両目から涙が噴き出した。

 誰もが心の奥底に秘事や痛みを住まわせている。逃げ場のないところに人間を追い込み、その闇や弱点を突いて声掛けをすると、緊張の糸が切れ、抑えていた感情が悶え始める。そして本音が現れる。
(本書)

 こうした中才や鈴木たちの地を這う捜査によって事件は終結するが、二人に待っていたのは左遷である。サラリーマンに悲哀が切々と迫ってくる。松尾は懲役7年6カ月の刑を終えて社会復帰しているが、定年退職した鈴木は取材に応じない。鈴木は松尾の相談相手になっているかもしれない、と元上司はいう。 

 ――私は、巨大な組織の「餌付け」を拒んで生きる人々を、社会の片隅から見つけ出すことを仕事にしているが、無欲の元刑事たちに出会って「廉吏」という古い言葉を思い浮かべた。(あとがき)

 ひるがえって“姑息”な安倍首相と“隠蔽”菅長官率いる官邸、“忖度”づくしのキャリア官僚、……いまも“卑しい面々”が跋扈している。


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