発掘本・再会本100選★犬は詩人を裏切らない |清水正一…………☆オーサカ淀川左岸の町や右岸JUSOの暮らしをうたった。

20171201

20171201犬は詩人を裏切らない


 さて貴方の、なぜ淀川をうたわないか? 先週木曜に着いたお便りの手きびしい質問。啄木が北上川を、白秋が筑後の柳川を、犀星が金沢の犀川を詩にしたように、

 如何にして淀川をうたわないのかという提起、何故?と言われると、簡単に言って、わたし自体が川の番人みたいでしょ。

 川岸に五十年近くも生活すれば、噤(つぐ)んでしまいますね。人工の川だから余計にかわいそうに見えるということもありますよ。


 フランス映画『河は呼んでいる』、あれを見て、ジャン・ジオノオ羨しいと頻りに思いました。自信のもの一つや二つはあるけれど、もっと拡大律した視野で、組曲みたいに詩をかいて行きたいですネ。川に、水に、橋に。川そのものは批評家ですよ。紙に、貧しい声をのせられない。(友への手紙)

――「左岸への手紙――わが新淀川と右岸の町」


★犬は詩人を裏切らない |清水正一 |手鞠文庫 |1982年9月 |ISBN: 9784924721005 |○

 編集工房ノア社主涸沢純平による『遅れ時計の詩人』(2017)によって清水正一(1913~1985)という詩人を初めて知り、その著作、
  清水正一詩集・1979年10月・編集工房ノア
  続清水正一詩集・1985年8月・編集工房ノア
  犬は詩人を裏切らない・1982年9月・手鞠文庫
 全3冊を、兵庫県立図書館で借りた。いずれも「小島蔵書」という2.5センチ角の朱印があり、当方の推察では、小島輝正氏の没後に寄贈されたものではないか。

 エッセイ集のタイトル『犬は詩人を裏切らない』は、萩原朔太郎の「見しらぬ犬」、ツルゲーネフの「犬」など犬の詩歌を紹介しながら、亡くなった愛犬を偲んだエッセイを元にしているが、「あとがき」で「いかにもオーサカ風に、ちょっとあざとい書名と気がさす」と言い訳をしている。

 大阪をオーサカと書き、十三をJUSOと書き、「神戸・京都・宝塚・千里とクロスする路線のホーム・サイドで、ブルックリン最終出口を連想したりする」と書くが、神戸、京都へ、そして海外へ足を延ばすことはなかった。大阪・清水正一は、神戸・足立巻一、京都・天野忠、阪神・杉山平一、播磨・坂本遼などと同じく、それぞれの都市の一般的なイメージとは異なるが、その都市の風土、気質を濃厚に背負った同じ匂いを放つ関西の詩人の一人だ。

 清水が多用する“右岸・左岸”の淀川は、洪水の脅威から逃れるために改造された人工河川である。

 ――人工の河川というものは、治水学の見地から観て、如何に人間の暮しに貢献していても、<風景><自然>論の対象とされる場合、人工の川は、すくなくとも軽視されがちだという現実。(「左岸への手紙」)

 と書くように、川そのものに愛着と同時に若干の“引け目”を感じていたようだ。上掲で「組曲みたいに詩」を書きたいとしているが、川そのものを詩にしていない。

 当方は、神戸から淀川を越えるとき電車の音が変わり、まもなく大阪だと気づくくらいで、広すぎる川幅、無味乾燥な右岸・左岸が広がるだけの風景で魅力に感じない。川の上には空しかない、それだけがすばらしい。

  ――オーサカへ現われたのが筒ッぽの紺飛絣(かすり)を着たまだ少年の日だったが、詩らしきものを書いた年月だけ淀川の左岸(海老江)と右岸(十三)に生活したと云える。五十年と一寸。精神的には川の番人みたいな処がある。自然より人間が好きなのだろう。(『清水正一詩集』あとがき)

 清水は、大阪の淀川をはさんで右岸の十三で蒲鉾の製造販売という家業に従事し、同時にかつて住んだ海老江のある左岸で大阪の詩人たちと交流しながら詩作に励んだ。淀川やそこにかかる橋は、その二つの生活を鉄道線路を切り替える分岐器のような役割を果たしていたのではないか。

 当方が好きな一節を掲げる。

  ――雨のふる日であった。季節はもう秋。あるいて十三大橋を、中津の方へ渡って行つた。電車にも乗らず、独り。そして渡りきらず、おおかた行ったところから、又曲レ右して帰ってきた。灰暗く、水上は重く黒ずんで、音もさだかでない。右岸の町へ移ってきたため、奇しくも繋がりをもった人々のこと、その繋がりが束の間に切れて、消えてしまったことなど、不思議に思いかえされてならなかった。(「左岸への手紙」)

  さて、当方がいつも散歩でいく公園の隣り合わせの墓地に、この詩人の墓があるとの記述が涸沢純平『遅れ時計の詩人』にあった。詩人が亡くなったのは、1985年1月だが、その年の12月に涸沢は詩人の墓を訪ねたが、まだ石碑は建っておらず、木の墓標と卒塔婆だけだった、と。
 高橋輝次『ぼくの古本探検記』(2011)の「十三の詩人、清水正一の生涯と仕事を追って」を読むと、「雪」という詩の前半6行が墓碑裏に刻まれているそうだ、という記述を見つけた。

  そこでいつもの散歩のついでに、当方の畏敬する先輩の墓があるその墓地を訪れ、詩人の墓を探してみた。
 清水家の墓碑の横に、この詩人らしいいかにも謙虚な小さな詩碑があって、こう刻まれている。

「雪
    清水正一

雪ガフッテイル




ソンナオトシテ降ッテイル

   清水正一詩集より」

裏面には「浄岳正道禅定門 俗名正一
昭和六十年一月一五日亡 行年七二才」とある。

 ついでに書けば、この「雪」という詩は、1955年、42歳のとき夕刊新大阪「働く人の詩」欄に発表されもの。その続きを紹介すると……。

町ニデテ「心」トイウ本ヲカッタ
オオキナ白イフウトウニイレ
スミデ
八重子ドノトカイタ
ポストニイレシナチョットフッテミタ





ソンナ音ガシタ

 八重子とあるが、3歳下の妹のことだろうか。昭和の匂いにする詩であり、詩人である。

涸沢純平★遅れ時計の詩人――編集工房ノア著者追悼記 


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