M・ジャコーザ、R・モツタデリ、J・モレッリ/村田綾子:訳■世界の特別な1日――未来に残したい100の報道写真…………☆20世紀は忌まわしい戦争の連続であった。

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1993年3月|スーダン、アヨド
「ハゲワシと少女」
瀕死の国の内戦と貧困、病気の蔓延
〔…〕

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南アフリカの報道写真家ケビン・カーターは、長年にわたり母国のアパルトヘイトと血みどろの暴力を記録していた。

1993年、彼はスーダンの国民を死に追いやる深刻な飢饉を取材する。この国は内戦と貧困、病気の蔓延ですでに瀕死の状態だった。

飢えた人びとに食糧を配給している国連のキャンプからそう遠くないアヨド村の近くで、カーターはこの光景に遭遇した。

彼の写真「ハゲワシと少女」は1993年3月26日に『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載され、翌94年にカーターはピュリツアー賞を受賞するが、厳しい非難にさらされた。


目の前に助けを必要としている少女がいるのに、何もせずにただ写真を撮っていた、と。


■世界の特別な1日――未来に残したい100の報道写真|マルゲリータ・ジャコーザ、ロベルト・モツタデリ、ジャン二・モレッリ、村田綾子:訳|日経ナショナルジオグラフィック社|2017年6月|ISBN:9784863133853|○

1869年大陸横断鉄道、同年スエズ運河の開通から、2015年火星探査機「キュリオシティ」のセルフィー、同年ギリシャ・レスボス島、難民流入まで、100の報道写真が選ばれている。

――過去150年間における重要な歴史的瞬間を写しとったものだ。そのため、写真の歴史というより、歴史の写真集とでもいうべき1冊となっている。(はじめに/ロベルト・モツタデリ)

 したがって1941年真珠湾攻撃、1945年長崎への原爆投下など第2次世界大戦、1967年第3次中東戦争、2003年イラク戦争、引き倒されるサダム・フセイン像まで、戦争報道が圧倒的に多い。

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ベトナム戦争では、1968年エディ・アダムス「ベトコンの処刑」、1972年ニック・ウット「戦争の恐怖」という共に有名な写真が収録されている。

 これは余談だが、ここには収録されていないが、ホーチミン市へ行ったとき、沢田教一がピュリツァー賞を受賞した「安全への逃避」がある戦争証跡博物館を訪ねたことがある。

  博物館では戦闘機や戦車が野外展示され、別棟の粗末な展示館では沢田教一や一ノ瀬泰造の写真が展示されていた。帰ってから、あらためてデーヴィド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』を読み、アメリカの中枢部門の“最良にして最も聡明な人たち”がなぜベトナム戦争という泥沼にはまり込んだかを知り、また平敷安常『キャパになれなかったカメラマン』を読み戦争報道の生々しい現場を知った。

 さて、100点の作品の中でもっとも記憶に残っているのは、上掲の「ハゲワシと少女」である。

――時が止まった、衝撃的な写真。そこには目を背けたくなるほどの痛ましさがある。〔…〕少女はひどく痩せ衰え、もう力は残っていない。うずくまった彼女は餓死しようとしている。表情はわからないが、私たちは彼女の疲れと苦しみを感じることができる。彼女の背後では、 1羽のハゲワシがじっと待ちかまえている。(本書)

 最初に見たのはいつだっただろう。写真の悲惨さだけではなく、カメラマンの運命も変えた。
 このケビン・カーターの写真は、「報道か人命か」というメディアの姿勢を問う論争に発展した。ピューリッツァー賞の受賞式の1か月後、かれは自殺する。33歳だった。本書には「彼は自分のカメラがとらえた痛みに鈍感でいられなかったのだ」とある。

 ――以来、この少女の写真はアフリカ大陸全土の苦しみの象徴となっている。その苦しみは無関心の産物でもある。国際社会はあまりにも多くの場合、積極的に関わろうとする行動力だけでなく、ただ見るという勇気にも欠けている。(本書)

 ロベルト・モツタデリは、「歴史」が訪れたときのためにカメラを手に、その瞬間をとらえる準備ができていることの大切さを強調する。画像こそ文章を超えたアイコンだと。

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