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左右社編集部・編◆〆切本2 …………原稿執筆という楽しみの時間は長い方が良いに決まっている。

20180125

2018.01.25〆本2


 音符という抽象の世界を紡ぎ出す仕事の中で、1週間に2日の具象の世界に対面する懐しさは言うに言われぬ幸福だった。

 その至福の時間、それは「パイプのけむり」を書く時だった。僅か6枚の原稿に2日間は時間の使い過ぎだと思う人も居ようが、

僕は全くそう思わないし、その事を墨守して来た。楽しみの時間は長い方が良いに決まっている。


 そうして、その習慣は30年を遥かに越えた。正確に言うなら、1964年の6月5日号から、2000年10月13日号迄。回数にして1842回分の掌編「パイプのけむり」は、こうした環境の中で生まれ、『アサヒグラフ』に送られて行った。

 ――さようなら・團伊玖磨


◆〆切本2 |左右社編集部・編| 2017年10月|左右社|ISBN:9784865281774○

 “悶絶と歓喜”の『〆切本』の続編、“勇気と慟哭”の『〆切本2』が出た。詫び状魔、逃亡魔でおなじみの作家たち、山の上ホテル、和可菜、出版社社長私邸、印刷所への缶詰め、そして数々の言い訳アンソロジーである。

 そのなかで上掲團伊玖磨(1924~2001)のさわやかなこと。文筆のプロでない故、さらにすがすがしい。團が「パイプのけむり」を『アサヒグラフ』に連載を始めたのは、40歳。まもなく東京オリンピックが始まる1964年の夏。掲載誌の終刊とともに、20世紀が終わり、團は76歳。

 ――親切な朝日新聞社は、「パイプのけむり」を同社の他の出版物で続けては、と奨めて呉れたけれども、僕はその総べてをお断りした。「パイプのけむり」は、『アサヒグラフ』の頁の組み方、上等な紙質、あの美しい活字が生んだ文体だからである。これは僕の美学である。 (本書)

 当方はむかし広報誌の編集をしていたとき、職場でレイアウトの参考にと『アサヒグラフ』と『暮らしの手帖』を購読していた。毎号「パイプのけむり」は掲載されていたが、いい読者ではなかった。興味は単行本『パイプのけむり』のタイトルにあった。

 第1巻「パイプのけむり」(1965)から、続・続々・又・又々、とタイトルは続きさて次は何と称するかと思えば、又々まだ・まだまだ・も一つ・なお・なおなお、これで10巻、読者の興味はもっぱら次のタイトルになり、重ねて・重ね重ね・なおかつ・またして・さて・ さてさて・ひねもす・よもすがら・明けても・暮れても、20巻に到達そしてなお、晴れても・降っても・さわやか・じわじわ・どっこい・しっとり・そして第27巻「さよならパイプのけむり」(2001)と世紀を越えて終わった。

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他方、不埒なのはタモリである。筒井康隆編集長の頃の『面白半分』1977年9月号に白紙のページがあらわれた。編集後記に「印刷ミスではありません! 今月はタモリ氏の原稿は間に合いませんでした。担当A (特に名前を秘す) は、ショックのあまり、この数日、床に伏しておりましたが」云々とある。

 筒井康隆だからこの趣向でおさまり、編集後記は冗談めかしているが、実務の担当者は当然代替の作品もしくはページ減など対策を講じただろう。しかしこの結末に相当な痛手を受け、編集者としてのプライドをズタズタにされたことだろう。

 興味をひかれたのは、「なぜ私たちはいつ締め切りに追われるのか」という松尾豊の一文。

 ――しかし、忘れてはならないのは、創造的な仕事は、集中しなければ進まないことである。集中力は多くの場合、時間の制約がなければ上げにくいものであって、締め切りはそれに寄与しているから、我々はいわば締め切りのおかげでパフォーマンスを出せるわけである。〔…〕我々が反省すべきは「早めにやっておけば良かった」ではなく、「もっと集中すべきだった」である。 (本書)

 ついでに本書の奥付も掲載しておこう。
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左右社編集部:編■〆切本









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