ジョン・ネイスン/前沢浩子・訳◆ニッポン放浪記――ジョン・ネイスン回想録   …………☆緊張のせいで大江健三郎の英語の発音はひどくなり、多くのヨーロッパ人にはなにを言っているのかほとんど聞き取れなかったに違いない。

20180208

2018.02.08ニッポン放浪記


 私が初めて大江に会ったのは、1964年の12月、三島の家で開かれたクリスマス・パーティーでのことだった。

 大江と三島が友人同士だったことはない。それから数年後、三島が国粋主義へと傾いていくと、ふたりは政治的に敵対することになる。

 だが三島は大江の才能を認める鋭い批評家でもあった。いっぽう、大江の方は三島を作家として真剣にとらえてはいなかった。


 若い頃(それ以降もずっと)、大江には他の人々をはねつけ、見下すところがあった。

 三島の家のパーティーにやってきた理由も、虚栄心と田舎者らしい好奇心からだった。
 大江はビュッフェのテーブル後ろの片隅にじっと立ったまま酒を飲み、分厚い眼鏡越しににぎやか
な部屋を観察していた。


◆ニッポン放浪記――ジョン・ネイスン回想録|ジョン・ネイスン/前沢浩子・訳|2017年11月|岩波書店|ISBN: 9784000612340|○

 ジョン・ネイスン(John Nathan)は、1940年ニューヨーク生まれ。ハーバード大学卒業後、来日。著書に『三島由紀夫――ある評伝』『ソニー――ドリーム・キッズの伝説』がある。日本文学をアメリカに紹介したドナルド・キーン、エドワード・サイデンステッカーのひとまわり下で三島由紀夫、大江健三郎等の作品を翻訳した。

 本書は三島、大江をはじめ、安部公房、北杜夫、勅使河原宏、金田竜之介、三遊亭金馬、勝新太郎、大賀典雄、石原慎太郎、水村美苗等、多彩な交遊を綴ったジョン・ネイスンの自伝である。

 上掲の三島パーティでジョン・ネイスンは大江(当時29歳)に出会い、大江はアメリカのセミナーに招聘されているが英語に自信がないと語り、以後、ネイスンの家に週2回通い、英語に磨きをかけることになる。

 その59年後の1994年、大江はノーベル賞を受賞する。スウェーデン・アカデミーで「あいまいな日本の私」という記念講演を行う。だが英文解釈は得意だが、発音が苦手なのは昔のままだったらしい。

 ――大講堂は満員だった。大江は英語で厳かに講演原稿を読み始めた。その晩、緊張のせいで大江の英語の発音はひどくなり、多くのヨーロッパ人にはなにを言っているのかほとんど聞き取れなかったに違いない。 (本書)

 じつは引用すべきはこの部分ではない。大江は講演の出だしで、スウェーデンの女性作家セルマ・ラーゲルレーヴの『ニルス・ボーグルソンの不思議な旅』を読み、作家としての想像力形成に影響を受けたと語る。1906年に書かれた『ニルス』は、魔法のガチョウの背中に乗ってスウェーデンを渡っていく少年の物語だ。

 そんな話をこれまで大江から聞いたことがない著者は、ひよっとしてスウェーデンに対するお追従として言っているのかと思う。そして翌日からスウェーデンのメディアは大江の“「ニルス」愛”を連日報じられる。
 
 授賞式の後の国王が出席する晩餐会は、150人が給仕する招待客1400人の祝宴である。著者も200ドルを払って、この席へ。食後、受賞者たちによる3分間スピーチがある。

 ――皆が予想したとおり大江の話は『ニルス』だった。だが今回、大江は結末ですばらしいどんでん返しを繰りだした。〔…〕

 大江は自国の古典文学を見下して背を向け、『源氏物語』の作者紫式部より、『ニルス』の作者セルマ・ラーゲルレーヴにより大きな敬意をいだくようになった。だが最近になって、光源氏がその生涯の終わりに、亡き妻の魂を探し求める思いを空を渡る雁に託して歌を詠んだことを思いだした。今、『源氏物語』と古典文学の伝統に戻りたい、『ニルス』に出てくる魔法のガチョウの背中に乗って戻りたい、それが自分の望みであり、意志であると大江は述べたのだ。

 きらめく光の中の聴衆たちは、この大江の言葉のマジックを耳にして一瞬どう反応したものかわからないようだった。やがて満足気などよめきがその部屋にいたスウェーデン人たちの口元からもれだし、大江は拍手喝采の中を足を引きずりながら席に戻った。
(本書)

 以下、ゴシップ好きの当方にとっては、大江が著者をソープランド(当時「トルコ風呂」)に誘う話や三島がノーベル賞のために力を貸してほしいと著者に頼む話などがあるが、作家でない人のゴシップを三つ。

 1965年、初代水谷八重子がお吉を演じる新派の舞台に、三島由紀夫の指示でタウンゼント・ハリスを演じた著者ジョン・ネイスン。
ハリスは障子越しに通訳のヒユースケンに「なにをしておるか。起きておるか」と問いかける。台本ではヒユースケンが「寝ております」と答える。だがささやき声ではあるが劇場全体に聞こえる声量で……。ヒユースケン役の金田龍之介は言う。
――「アイム・ファッキング(ヤっている最中だ!)」


 著者ジョン・ネイスンは三遊亭金馬に弟子入りしようと決意し、毎晩、鏡の前で「居酒屋」をくりかえし稽古し、ついに金馬に見てもらうことに。金馬は膝の上に扇子を置き、横に小豆の入ったお椀を置いた。弟子の芸にダメなところがあると、その都度、師匠は小豆を一粒ずつ床に落とすのだ。
 サゲ言い終わって、ふたたびお辞儀をした。金馬は手を開き、手にしていた小豆をすべて落とした。三遊亭金馬は言う。
――「江戸っ子じゃないと、たぶん無理だろうね」


 東京でバーをはしごする勝新太郎に著者ジョン・ネイスンはついてまわったことがある。勝は白いジーンズにディズニーランドで買ってきた黄緑色の花柄Tシャツという出で立ちだった。銀座の高級クラブ「ラムール」と「徳太寺」だ。飽きてくると勝は次の店に行くぞと、まるで銀座の通りを歩くハーメルンの笛吹き男のようだった。勝新太郎は言う。
――「ジョン、毎日が俺の誕生日なんだ。毎晩、俺の誕生パーティなんだよ」




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