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発掘本・再会本100選◆殺人者はいかに誕生したか|長谷川博一…………☆重きを置いたのは、彼らがまだ犯罪者ではなかった「子ども」のときのことです。……宅間守という“凶獣”

20180212

2018.02.12殺人者はいかに誕生したか


 妻は、遺体を引き取るときの状況も話してくれました。普通は拘置所内で火葬され、お骨のみ受け取ります。しかし妻は、遺体を引き取ることを強く要望したのでした。

 拘置所の裏門で、棺が載せられた車に乗ろうとする際、拘置所の若い職員が駆け寄ってきて、囁き、すぐに帰っていったそうです。 〔…〕

 彼、宅間守の最後の言葉を伝えるためでした。それは、
「○○さん(妻) に、ありがとうって伝えてほしいねん」


そこには、モンスターが40年間かけてはじめて知った、家族の絆があったのかもしれません。

 死刑判決から執行までの1年1カ月、連日のように面会し続けた妻でした。

――第1章 大阪教育大学附属池田小学校事件 宅間守


◆殺人者はいかに誕生したか――「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く|長谷川博一 |2010年11月|新潮社|ISBNコード:9784103287612/新潮文庫版:2015年3月|◎おすすめ

 著者長谷川博一(1959~)は臨床心理士。裁判所や弁護人や検察官から鑑定の依頼を受け、また臨床心理学的対話をしたいとの自らの意志で、被告人、死刑囚に面談してきた。本書では以下のような世間を騒がせた事件の人物を扱っている。ジャーナリストでも法曹関係者でもこれだけ多くの“著名人”に会った者はいないだろう。

1・大阪教育大学附属池田小学校児童殺傷事件 宅間守
2・東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件 宮崎勤
3・大阪自殺サイト連続殺人事件 前上博
4・光市母子殺害事件 元少年
5・同居女性殺人死体遺棄事件 匿名
6・秋田連続児童殺害事件 畠山鈴香
7・土浦無差別殺傷事件 金川真大
8・秋葉原無差別殺傷事件 加藤智大
9・奈良小一女児殺害事件 小林薫
10・母親による男児せっかん死事件 匿名

 当方はノンフィクションを10篇読んだ気分だが、ここでは宅間守死刑囚のみを扱う。著者は本書の意図をこう記している。

 ――犯罪やその取り扱われ方(裁判)も示しますが、重きを置いたのはタイトルの「いかに」の部分に込めたとおり、彼らがまだ犯罪者ではなかった「子ども」のときのことです。犯罪への伏線となった「子どもの事情」です。

 つまり本書は、犯罪学の本ではないということです。個々の犯罪事例を通して、子育てや家族・親子関係について深く考え直してみることを提案する、教育本なのかもしれません。
 あるいは、刑事司法が犯罪抑止に積極的に向き合うように問いかける、司法改革への提案なのかもしれません。
(本書)

2018.02.12凶獣

 じつは本書を手にしたのは、池田小学校児童殺傷事件の宅間守について書かれた石原慎太郎『凶獣』(2017)のなかに、長谷川博一臨床心理士へのインタビューが含まれていて、知ったからである。

 池田小学校児童殺傷事件とは、2001年大阪教育大学附属池田小学校の教室で出刃包丁を持った宅間守によって児童8名を殺害され、児童13名・教諭2名が重傷を負った事件である。
 石原慎太郎『凶獣』は、臨床心理士のほか弁護士、精神科医、ジャーナリストに取材し、「人間の世の中を支配する不条理」に迫ったもの。事実関係を補うため一部作者の想像を組みこんだノンフィクションである。

 ――宅間の犯した出来事について知れば知るほど私は人間なるものの生き様の芯の芯にある大きな虚構のようなものに突き当たり困惑させられ、物書きの想像力をはるかに超えたものに突き当たり立ちすくんでしまったのだった。 (『凶獣』)

 こういう事件を起こす人間は、生来的に危険因子として持っているDNA、そして生まれた後の生活環境が大きく関係しているという。
 宅間の場合、機嫌に任せて荒れ狂い暴力を振う父親、情けない哀れな母親、しかし母親は精神病院を退院させないようにしたり、生まれてほしくなかったと言ったり、宅間自身には虐げられた子ども、憎むべき敵としての両親だったようだ。

 ――幼児期の愛着形成の重大な欠陥。これが彼をモンスターに仕立て上げた主因であるのは間違いないでしょう。被虐待児やドメスティック・バイオレンスの環境下で育った子どもたちには、程度の差こそあれ、愛着形成の失敗という問題がつきまといます。その後遺症として対人関係の障害が発露するのです。 (本書)

 当方にとって、もっとも戦慄した犯罪者は、宅間守である。
 車を運転しているときに女性をはねて動かないようにして強姦する、など事件化されていない多くの犯罪もあるようだ。
 宅間は何番目かの妻となる“加古川の女”が不同意堕胎したことが、事件の引き金になった。父親の暴力の中で育った彼は、自分の男の子をまともに育てることに憧れを抱いていたという。
当方が“加古川の女”の父親(その職場に当方は縁がないわけではなかった)の立場だったらどうするだろう。当方はおそらく逆に殺されるのを覚悟で凶器で差し違えただろう。

 2003年8月28日、死刑判決。判決前に「最後に俺にも言わせろ」と叫び、退廷させられ、本人は判決文を聞いていない。9月26日、死刑確定。刑の早期執行を訴え、翌年2004年9月14日に異例の早さで死刑執行。死刑判決が出されてから死刑執行までの間に、著者は15回の面会を重ねる。
 上掲の遺体を引き取った妻は、死刑囚と面会の権利のため「獄中結婚」した死刑廃止運動の女性。

 著者は、裁判員制度にふれてこう書いている。

 ――制度は、犯罪を解読する機会を失う方向に進んでいるようです。
 凶悪事件は頻発しています。判決によって量刑は決まっても、「真相は闇に葬られた」と締めくくられてしまう事態が続いています。司法は、あってはならない不幸を教訓とし、犯罪者を誕生させない社会づくりに資する機能を備えてはいません。
(本書)


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