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2018. 02. 15  
2018.02.15ぼくの伯父さん


 父は僕がこれから思春期という時に退場してしまった。

 そこで僕は男のモデルなしに成人しなければならなかった。ぶつかってのりこえるべき壁というものがなかった。

 こうしてできあがった人格はおそろしく幼児的で社会的訓練を欠いたものだった。


 これは悲惨だった。僕はおよそ十年は確実にまわり道をしたと思う。

 ――「父」


◆ぼくの伯父さん――単行本未収録エッセイ集 |伊丹十三|2017年12月|つるとはな|ISBN-: 9784908155062|○

 これはなつかしい。伊丹十三(1933~1997)の登場である。没後20年にして、独特の文体によるエッセイが甦った。

 読書好きは本の始末に悩んでいるが、結局は、贈る、売る、捨てるの三つしかない。この年末年始に捨てたものに“雑誌の創刊号”がある。その中に『mon oncle (モノンクル)』があった。伊丹十三が精神分析学者岸田秀とともに1981年に創刊した月刊誌で、半年ほどで廃刊になったと思う。

 で、売ったものに『ヨーロッパ退屈日記』(1965)がある。伊丹が「十三」ではなく「一三」で、ポケット文春という新書判。伊丹のデビュー作である。欧米の匂いを発散させ、ややペダンチックで、しかもユニークな文体。あとがきに「婦人雑誌の広告に、ほら、『実用記事満載!』というのがあるでしょう。わたくしの意図もまたこの一語に尽きるのであります」とある。

2018.02.15ヨーロッパ退屈日記1

 そういえば姫路文学館の「水屋珈琲」というカフェに「昔ながらのナポリタン(サラダ・コーヒー付セット¥950」というメニューがあって、つい最近もそれを食しながら、『ヨーロッパ退屈日記』の「スパゲッティの正しい調理法」「スパゲッティの正しい食べ方」を思いだした。半世紀前のエッセイを憶えているほど、伊丹のカルチャーは当時の田舎の若者にとって衝撃だった。

 本書は、単行本未収録エッセイ集。「父の思い出」というエッセイは、1947年「映画芸術」に掲載された池内岳彦(伊丹の通称)「父ノ思ヒ出」のカタカナ文(現物写真あり)をひらがな文に替えたもの。13歳の見事な文章に驚嘆する。

 父は映画監督伊丹万作(1900~1946)である。「父、万作のかるた」の中に「私の父は、私が3歳のとき結核に罷り、以来ずっと寝たっきりで、戦争が終ったつぎの年に死ぬ」と書かれている。十三13歳のとき「病臥九年更に一夏を耐へんとす」の句を残し、46歳で没している。

 脚本家八尋不二『時代映画と五十年』(1974)の中で、伊丹万作について「登場人物は諧謔的言辞を弄し、諧謔的行動をしてみせる」とし、「日記やエッセイ風なものは実に見事で、映画人であれだけのものを書けるのは、万さんの前にも後にも無かったし出て来ないだろう」と書いている。まるで息子の伊丹十三のことを書いているみたい、と驚いたことがある。

 さて、雑誌の誌名にもしたmon oncle (モノンクル)とは、フランス語で「ぼくのおじさん」の謂いである。

 ――ある日ふらっとやってきて、親の価値観に風穴をあげてくれる存在、それがおじさんなんですね。「男なら泣くな」なんて親ならいうところを「人間誰だって悲しい時には泣くんだ。悲しけりゃ泣いてもいいんだよ」みたいな、親のディスクールと違ったディスクールでくる人、それがおじさんなのね。(「ぼくのおじさん」)

 ――おじさんと話したあとは、なんだか世界が違ったふうに見えるようになっちゃったト、そういう存在が、まあ、僕におけるおじさんというイメージなんですね。〔…〕
 でね、そういうおじさんの役割りを果たすような雑誌を作ろう、と僕は思いたったのであった。
(同上)

 小さい頃に父を失った伊丹は、全国の青年諸君の“おじさん”になりたかったのですね。

 雑誌『mon oncle (モノンクル)』を最後に、当方は伊丹十三本から離れたが、『ヨーロッパ退屈日記』(1965)から『女たちよ!』『問いつめられたパパとママの本』『再び女たちよ!』『小説より奇なり』『日本世間噺大系』『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』『自分たちよ!』(1983)まで、当方にとってこれらの著作は“ぼくのおじさん”であったとの思い至った。



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