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2018. 02. 26  
2018.02.26路地の子


龍造は常日頃、恵子にこう言っていた。

「人間はな、金さえ持ってれば馬鹿にはされん。ここの人間で金ない奴はアカン奴ばっかりや。解放運動たらいうのに参加してる奴は、たいがいそんな奴や。

己の才覚と腕一本さえあれば、差別されてもどうってことあらへん。

差別されんのは己が怠けてるからじゃ。貧乏やから差別されるんや。


金さえ持てば、誰にも後ろ指さされるようなことはない」

 龍造はそう喝破していた。だからこそ、仲卸として独立を目指したのである。ただ一つの計算違いは、いま流行りの市民運動の団体だと思っていた解放同盟が、大きな権力を握っていたということだった。


◆路地の子|上原善広 |2017年6月|新潮社|ISBN: 9784103362524|○

 著者は、『日本の路地を旅する』(2009)で、「中上健次に倣い、私もいつの頃からか被差別部落のことを路地と呼ぶようになった」と書き、それは「被差別部落は路地へと昇華され、路地の哀しみと苦悩は、より多くの人のものとなった」からだと。

 さて本書は、昭和39(1964)年、大阪河内・更池のとば(屠場)から始まる。60軒あまりの仲卸業者が買ってきた牛220頭、豚240頭を1日で“割る”、食肉処理場。
 見習いで働いている小柄な中学3年生が、著者の父親である主人公の上原龍造だ。腹にまいたサラシから牛刀を抜いて、18歳の極道見習いに立ち向かう。

 読後思ったのだが、これは何度も映画になった青成瓢太郎、瓢吉親子、飛車角、宮川健、吉良常らが登場する「人生劇場」のようでもあり、一連の東映やくざ極道路線のようでもあると。“コッテ牛”龍造の周りに、愛人、間男、成金、職人、極道、解同、共産党、食肉界のドン(この著名な人物がなぜか仮名)等々、利権への欲望むき出しの人々が登場する“痛快娯楽巨編”。そしてどんでん返しのように「おわりに」でシリアスな暗いトーンになり、現実に引き戻される。

 「自伝的ノンフィクション」であるとしている。父親から聞き取り、裏付けを取ったものだが、細部の会話や描写は想像力を駆使したものだろう。「おわりに」で執筆の経過や著者自身のことが語られるが、この「おわりに」によってノンフィクションとして成り立っているものの、この部分を切り離せば、事実に基づく“物語”といっていいだろう。

 そして40歳を越えた著者は、家族にとって“恐ろしい男”、独特の“筋”を通して路地の中で生き抜いた60代の父親に、愛憎なかばで向き合ったのが本書である。絶賛された本書の著者にエールを贈るとすれば、「おわりに」を抜いた『路地の子』でエンターテイメントの筆力を発揮しているので、そういう方向で差別の真実を潜ませるフィクションの物語を期待したい。

 本書の最後に、著者はこう記している。

 ――書き終えてはっきり思ったのは、私たちは、どこに住もうが更池の子であるということだ。更池という地名はもう残っていない。かつて路地がなくなれば、人に蔑まれることもなくなると考えられた時代もあった。今もそう考える人は少なくない。しかし逆説的なようだが、更他の子らが故郷を誇りに思えば思うほど、路地は路地でなくなっていくのではないだろうか。


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