児玉博◆テヘランからきた男――西田厚聰と東芝壊滅 …………☆“財界総理病”の会長・社長たちの欲望、嫉妬、復讐が東芝を蝕んでいった。
20180329

東芝に乗り込んできた土光[敏夫]は、まず社長室にあった社長専用に風呂の存在に驚き、直ちにそれを撤去させた。業界で「お公家さん集団」と揶揄される理由を土光は見た思いだった。
その意識改革のために土光が導入したのか「チャレンジ」と「レスポンス」という考え方だった。
「チャレンジ」とは、ただの挑戦ではなかった。
土光の言う「チャレンジ」とは、目標が達成できなかった場合、その原因を突き止め、その上で再び挑戦することを意味した。
その言葉がいつの間にか、利益を水増しする意味に使われようとは土光とて予想していなかっただろう。
〔…〕いつしか「チャレンジ」は水増し、粉飾の隠語となった。
◆テヘランからきた男――西田厚聰と東芝壊滅 |児玉博|2017年11月|小学館|ISBN: 9784093897747|◎おすすめ
東芝15代社長 西田厚聰(あつとし・1943~ 2017)の半生と東芝の崩壊を描いたノンフィクションである。
美しい日本語を話すファルディン・モタメデイというイランの若い女性は、東芝とイラン政府との合弁企業では秘書兼通訳としてなくてはならない存在だった。彼女から、東大大学院に留学中知り合った男と結婚するが、その男を採用してほしいと頼まれ、彼女にやめられたら困るからと男を現地採用する。早稲田大卒業後、東大大学院で西洋政治思想史を学んでいた学生 西田厚聰である。
東芝は、1985年に世界初のラップトップ型パソコン「T1100」、89年にノート型「dynabook」開発。西田はヨーロッパやアメリカでパソコンの販売一筋で輝かしい成果をあげる。
ここで余談……。
当方のパソコン歴は、1981年にNEC8801に始まり、富士通FM、ゲートウエイ、コンパック・プレサリオ、ソーテック、NEC、ASUSなどと変転し、現在の東芝dynabookは2代目である。内橋克人『匠の時代』所収の「東芝・ワープロ誕生の日」を再読した際、その開発力、技術力にリスペクトし、それ以降、dynabookを愛用し、これを打っているのもそれである。
さて、西田は、1995年本社パソコン事業部長、10年後の2005年に社長に就任。
西田社長の4年間は「選択と集中」。東芝セラミックス、東芝EMI、東芝不動産、銀座東芝ビルなどを次々と売却し、他方で半導体や原子力事業に資源を集中する。だが社長就任前後から、バイセル取引(BUY SELL)に手を染める。外部の組み立てメーカーに部品を実際の価格の4~8倍で販売し、水増し分を利益として計上、決算では水増し分を含んだ額で買い戻す。決算前には一時的に利益が出ているように見える。
かつて西田は、笑顔を絶やさずに、理路整然としてビジネスを語り、未来を語り、ビジネス以外にも政治、外交、哲学、現代思想を語っていた。だが社長就任前後から、数字のことしか言わなくなった。
東芝は、石坂泰三、土光敏夫という“財界総理”を生んできた。
――東芝の社長は自らの在任期間での“勲章”、つまり業績だけでなく、東芝の歴史に名を刻むような成果を求める風潮が顕著になっていく。東芝では、社長が目標とすべき最終ゴールではない。最終ゴールは社長、会長を経験した後に控える財界なのだ。
だから、社長在任中の業績を異常なほどに気にする。なぜならば、そこでの評価が最終ゴールへの評判に影響するからだ。 (本書)
“財界総理病”は、西室泰三、西田厚聰、佐々木則夫など元社長たちの欲望、嫉妬、復讐などの軋轢によって東芝を蝕んでいく。東芝壊滅の最大原因である。また西田社長時のアメリカの原子力企業ウエスチングハウス(WH)の買収が東芝の致命傷となる。
著者は西田に何度も面談を要請し、ついに胆管がんで長期入院後の西田に3時間にわたってインタビューする。
――かつての西田は違った。圧倒的な知性に裏打ちされた言葉は煌めき、重電出身者が幅を利かす古い世界に現れたスターのような存在だった。その同じ西田の口から、今、出て来るのは怨嗟と罵りの言葉であり、底なしのような批判、批評でしかなくなっていた。 (本書)
株主代表訴訟を受ける身であり、メディアの批判も集中する中、西田は「自己正当化」をくりかえしつつ、2017年12月、73歳で没。

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大鹿靖明『東芝の悲劇』(2017.09・幻冬舎)は、徹底的にトップ批判を繰り返すのみの一書である。「その凋落と崩壊は、ただただ、歴代トップに人材を得なかっただけであった」として“人災”説を展開する。トップを傍流から抜擢する人事は実力者の院政とセットになっており、そのトップは将の器ではないと、“傍流人事”原因説で東芝の4人の社長の糾弾する。
――東芝の元広報室長は「模倣の西室、無能の岡村、野望の西田、無謀の佐々木」と評したが、この四代によって、その美風が損なわれ、成長の芽が摘み取られ、潤沢な資産を失い、零落した。 (『東芝の悲劇』)
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FACTA編集部『東芝大裏面史』(2017.05・文藝春秋)は、キワモノを思わせるタイトルだが、そうではない。会員制情報誌『FACTA』に2008年から2017年まで連載されたもので、その10年の東芝を“定点観測”した記録として意味がある。
――首相官邸の中枢、総理政務秘書官の椅子には、東芝をおだててウエスチングハウスを買わせた「原子力ルネッサンス4入組」の一人、今井尚哉が坐っている。 (『東芝大裏面史』)
など、森友問題、加計問題でも名前が取りざたされている今井秘書官(経産省出身・元資源エネルギー庁次長)の名前もしばしば登場する。
原子力を中心に“隠れ戦犯”の安倍官邸や経産省と東芝のつながりをウオッチングしたもので、単なる東芝“没落”ものではない。おすすめの一書である。



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