藤井誠二★僕たちはなぜ取材するのか…………☆ノンフィクション“冬の時代”の書き手たち

20171016

20171016僕たちはなぜ取材するか


安田 いまの日本社会では、事件や事象の原因や背景が見えにくくなっています。〔…〕
いずれにしても、いまどきは事件ものの取材や執筆は苦労をするよね。そこにはかならずのっぴきならない事情も、情念も、愛憎もあるはずなんだけど、簡単には姿を見せてくれない。

藤井 そう思うな、僕も。〔…〕

 検察官の起訴状も判決も、明確な「動機」というものが書けていないことが多い。わからないから、書けないんだよね。
 
〔…〕たとえば「キモイと言われて激しい殺意を覚えたのである」なんて整合性の乏しい事件のストーリーは、検事も判事も書きにくい。

 もともとは、まともな人間がなんらかのひどい環境に置かれて犯罪を犯す。そんな性善説的な見立てが刑事事件ではなされてきたと思う。

 けれど、この十数年は脳の気質からくる障害や、精神病質、反社会性人格障害といったことが原因で社会になじめず、コミュニケーションが取れず、問題が生じる場合もあるという見方が、とくに刑事弁護の主張では主流になってきている。

――安田浩一・藤井誠二 「なぜ人がやりたからない取材対象を選ぶのか」


★僕たちはなぜ取材するのか |藤井誠二:編著 |皓星社|2017年8月|ISBN: 9784774406374|〇

 ――あらゆる表現行為は、「取材」を欠かすことができない。図書館やインターネットで書物や資料(史料) にあたったり、くわしい人に話を聞いたり、実地を踏んだり……。人それぞれの取材スタイルがある。(本書)

 そこで同業者が新作を出すタイミングで藤井がインタビューを重ねてきたのが本書。中原一歩、上原善広、安田浩一、尹雄大、土方宏史、森達也、という顔ぶれ。

 当方がとくに興味をもったのは、安田浩一。『ネットと愛国──在特会の「闇」を追いかけて』の著者である。

 佐野眞一ファンである藤井と、人間的にも佐野を尊敬している安田(佐野のデータマンとしていたことがある)とが、「週刊朝日」の「ハシシタ 奴の本性」連載中止騒動について語る。被害者や加害者が在日コリアン、被差別部落の人間だった場合、そこに大きな「物語」があるに違いないという強烈な思い込みが、ライター全般にあり、佐野にもある。そのうえで佐野は結果的に被差別部落への偏見をあおってしまった、と。

 上掲の発言の前段で安田はこういう。

 ――犯罪報道も事件ものも、団塊世代のライターが手掛けてきた作品の多くには、貧困と差別が欠かせない要素として存在した。それは当然だったとも言えるでしょう。時代が、社会が、まさにわかりやすい形で犯罪を作り出してきた。そして、それを描いた作品はおもしろかった。
殺す理由や殺される理由のなかに「時代の悲鳴」が響いていた。事件を紐解いていけば、社会の断層が見えてくる。そこからさまざまな物語が生まれていく。


 ノンフィクション“冬の時代”の安田の発言も記憶にとどめておきたい。

  ――廃業する同業者があとを絶たないのも当然です。僕も金の面ではつねに不安を抱えている。それに、僕は本当に人間が怖いし、話をするのも苦手です。臆病で卑屈な人間です。
それでもやはり、取材は楽しい。知ること、発見することの楽しさがあるからこそ、どんなに割の合わない商売であっても、ライターを続けている。取材現場で感じる不安や葛藤も記録として残しておきたい。
(本書)

 森達也は「取材とはつねに残酷で私的なものである」のなかで、いつものようにぶれない次の発言がある。

 ――ドキユンタリーの一般的な定義は、事実をありのままに脚色や演出もないまま撮った映像、ということになるようです。『広辞苑』(岩波書店) でもそのように書かれています。でも、それは違う。
だってこの定義は、極端に言えば監視カメラの映像です。取材や撮影する側の意思が反映されていないのなら、少なくともそれは作品でもないし表現でもない。〔…〕
そんなつまらないジャンルを仕事に選んだつもりはありません。僕は記録する人ではなくて、状況を演出して撮ったり善いたりする人です。
(本書)

 中原一歩は、「ノンフィクションで『食』を記述する方法」のなかで、料理について「うまい」「まずい」と勝手に感想を書いたネットのレビューが影響力を持つことについて、「そんな情報の前に、その一皿の料理ができるまでの物語だとか作り手の人生など、そういったものが全部なかったことにされてしまう」と嘆く。

 その中原は、銀座「てんぷら近藤」の近藤文夫を取材した『最後の職人』(2013)での裏話を詳細に語る。その取材に費やした膨大な時間と金を知ると、ほんとうに驚く。

 で、思うのは、“書評”についてである。当方は、読んだ本の中から“気になるフレーズ”を探し出すのを趣味としている。書籍は商品であり、購入したものを消費者として評価するのは当然のこと、と思っていた。

 しかし一冊の本ができるまでの中原一歩の取材方法を知り、かつて嵐山光三郎が『ぼくの交遊録的読書術』で「新刊書評にとりあげるならば、ほめろ。けなすのならば取りあげるな」と書いていた(新刊とあるのがミソだが)。それがやっと理解でき、少し反省した。

 なお各人の「私が影響を受けた10作品」というリストが掲載されている。

藤井誠二・普久原朝充・仲村清司■ 沖縄 オトナの社会見学R18
中原一歩★私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝
上原善広●日本の路地を旅する
安田浩一▼ネットと愛国──在特会の「闇」を追いかけて
東海テレビ取材班★ヤクザと憲法――「暴排条例」は何を守るのか
森達也◎A3

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