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三浦英之◎水が消えた大河で――ルポJR東日本・信濃川不正取水事件   …………☆新潟十日町市の信濃川“過大取水・過小放流”のてん末

2019.12.23水が消えた大河で



 (JR東日本は)「地域の信頼回復のために最大の努力を果たす」と口では決意表明しながらも、その裏では地域が最も望んできた取水を停止させることなく、命令書が交付される当日の朝まで目一杯水を取り続けていたのだ。
 言っていることとやっていることがまるで違う。

 虚偽回答を生んだ本当の原因は、法令遵守に対する現場の意識レベルの低さや社内のチェック機能の未熟さではなく、

建前と本音を使い分けてあらゆる物事を乗り切っていこうとするJR東日本が抱える体質なのではなかったか。


 そして、それは今に始まったことではない。
 1990年、JR東日本が毎秒317トンという大量取水を開始し、日本一の大河がみるみるうちに干上がっていったとき、このまま大量取水を続けていけば信濃川中流域の環境が著しく破壊されてしまうことは誰の目から見ても明らかだった。

 にもかかわらず、JR東日本は惨状が明らかになった後も住民との対話のテーブルに着くことを拒み、国が協議会を立ち上げた後も取水量を減らすことなく、一方で社会には「環境問題に取り組む企業」を標榜し続けてきたのである。

◎水が消えた大河で――ルポJR東日本・信濃川不正取水事件/三浦英之/2010年8月・現代書館/改題増補版2019年8月・集英社文庫/ISBN:9784087440140/◎=おすすめ


 旅をしていて、その地域のシンボルは山と川だとつくづく思う。山は遠くから見上げるだけでも記憶に残るし、川はその端に立ち、川面を眺め、そして橋を渡る。たとえばここ数年のうちに訪ねた東北や北陸の奥入瀬川、桧木内川、北上川、中津川、雫石川、閉伊川、広瀬川、最上川、只見川、常願寺川、庄川……、それぞれのショットが目に浮かぶ。川は故郷の誇りであり、旅人たちを慰める。

 同時に津波で逆流したり、台風で決壊し、住民の死や生活の崩壊を招く。川は住民にとって闘いの対象でもある。ことし2019年10月の台風19号では、名だたる一級河川が決壊し、氾濫した。信濃川も増水で決壊したが、本書で描かれる信濃川はその逆に水が“涸れた川”である。

 長野県の千曲川と梓川が合流し、新潟県に入ると信濃川と名を変え、やがて日本海に至る。信濃川は中流域にふたつの発電用ダムがあり、大量の水が抜き取られ、約63キロの区間に水がほとんどなくなってしまう。

 信濃川はいわば「電気の川」なのだ、と著者は言う。そして、「ラッシュ時の山手線の2本に1本が信濃川の水で動いている」が著者の“惹句”である。

 信濃川中流域の2つのダムの1つは、とJR東日本・宮中ダム(新潟県十日町市)である。
傾斜の緩い流域に位置しているため、「水路式」とよぶ地中に埋め込まれた導水管で、最大約26km下流にあるJR東日本の3つの発電所(千手発電所、小千谷発電所、新小千谷発電所=総称・信濃川発電所) へと送り込まれる。そのため上空から眺めると、その間は水を失い川が姿を消したように見える。

 本書に沿って時系列で動きを見る。

1982年 数年前から新しい発電所がつくられ大量の水が抜き取られるという噂が建設業者から流れ、「信濃川をよみがえらす会」が十日町市の“昆虫博士”樋熊清治、地元教師らで発足する。

1984年 国鉄が信濃川沿いに新発電所の建設を発表。取水量を毎秒317トンに引き上げることを要求し、同年、十日町市長が議会の同意なく協定書調印。

1990年 新発電所が小千谷市に完成。毎秒317トンの取水開始。
1997年 河川環境の保全の概念を加えた新河川法成立。よみがえらす会、建設省へ「信濃川に水を戻してほしい要望書」。
1998年 本田欣二郎十日町市長を先頭に「信濃川に水を取り戻す」署名活動、市の人口の7割の署名、また近隣町村も署名活動。総決起集会開かれる。

1999年 建設省主導の「信濃川中流域環境改善検討協議会」発足。長野、新潟両県、流域7市町村、河川工学、河川環境等の有識者が参加。だが東京電力、JR東日本は参加辞退(1年半後オブザーバーとして参加)。

2008年 国土交通省、JR東日本の不正プログラムによる取水記録、放水量データ改ざんを公表。さらにその後国土交通省の極秘調査で、「過大取水、過小放流」が判明。

 ――JR東日本の幹部たちは厳しい表情を崩さずに、小さな声で釈明を続けた。
「信濃川の貴重な水を使わせて頂いているという意識は変わっていません。ただ、地球環境問題で水力発電は地球に優しいということもあり、今後とも(発電を)維持をしていきたいと思っております」
そんな一言が、再び地域住民の感情に火を入れた。
「信濃川を涸らしておいてどこが地球に優しいんだ」
「謝りに来るなら一度発電を止めて来るのが筋だろう」
 (本書)

2019.12.23水が消えた-信濃川

2009年 著者三浦英之による朝日新聞新潟県版「JR東、信濃川から不正取水」全6回連載記事。
同年 JR東日本の水利権を取り消すと国土交通省が発表。①超過取水量が膨大、②調査時の虚偽回答、③不正を隠しながら国の協議会に参加、による重い処分。また、新たに発覚したJR東日本の不正内容についても発表。

2009年 信濃川中流域環境改善検討協議会、解散。協議会事務局は「JR東日本・宮中ダム毎秒40トン以上」「東京電力・西大滝ダム毎秒20トン以上」と最低限度の流量だけを盛り込むに留め、「具体的な流量は、今後、地元と企業が話し合いによって決めてほしい」。

2009年 JR東日本社長は地元の自治体を訪れ、謝罪した上で、十日町市に30億円、小千谷市に20億円、川口町に7億円を寄付。地元では「やはり『カネ』か」という嘆きの声も聞かれた。
2010年 十日町市「信濃川のあり方検討委員会」が「水利権再取得後から5年間を試験放流期間とし、宮中ダムからの放流量を季節ごとに毎秒40トンから毎秒100トンの範囲で変動させ、その効果を検証していく」

2010年6月 JR東日本、1年3か月ぶりに取水再開。

 ――JR東日本が引き起こした不正取水事件や同社に対する水利権の剥奪は、この数十年間先延ばしにされ続けてきた「川をどうするか」という問題を全市民が一体となって考える絶好の機会となっていいはずでした。ところが、蓋を開けてみると、地元はわずか1年数カ月で再開に合意。〔…〕

 故郷の未来の姿を決める大切な話し合いを、どうしてそんなに急ぐのか。そこにはやはり、企業の論理が関与しすぎているのではないかという疑念が捨て切れません。 (本書あとがき)

ゆたかな水嵩悠々と
流れて尽きぬ信濃川

 という幼少期を長岡で過ごした堀口大学が作詞した十日町市立千手小学校校歌が本書に記載されている。
 百里流れて信濃川、悠々海に入るところ。信濃川、豊かに流れ清らなる。海に流るる信濃川。悠々流れる信濃川。みこしじはるか汪洋と本島一の大河なる信濃川……。信濃川流域にある小・中・高の校歌はほぼ全校、信濃川がうたわれている。

 本書で描かれた豪雪の地十日町市は、魅力的な自然や客を迎えるイベントも多く、そして東京方面への送電線の強烈な風景も見たいが、金沢、富山経由で行くにはそこからがあまりに遠い。

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